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人形だと思って縫ったら騎士様でした〜お風呂場で始まる勘違い〜  作者: 白井夢子


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6.そして私たちは


目の前で、三人の会話が弾んでいる。

コハルナは、賑やかに笑い合うその様子を、ただ見つめることしかできなかった。



「合コンなんだから、お前ら二人で喋っとけよ」


「なによ。あなたたち二人で話しとけばいいでしょう」


「はは。セラフィナは面白いな。たまには隊を離れて、君たち二人でゆっくり話したらいい」


「お前ら仲いいじゃねえか」


気安く笑い合えるその輪に、自分の入る余地はない。

三人はとても仲がいいようだ。

その親しさが、かえって怖かった。



だからこそ、コハルナを許せないのだろう。


(セラフィナさんの、あの問いかけも……)


『魔法の銀糸についてどう思う?』


(あれはきっと……)


――大切な仲間の体に、なんて無礼な真似をしてくれたの。


そう責めていたのだろう。


軍の監察官だというルシアンもそうだ。


『うちの王立医療監査局に来てみるといい。見学ついでに、簡単なテストも体験できるよ』


(あれは……医療ミスとして調査されるってこと……?)


縫い方が、何か重大な軍の規則に違反していたのかもしれない。


(私、そんなにひどいことを……)


胸の奥が、じわりと冷えていく。


――英雄の頬にあんな傷を刻むとは、医療従事者として、風上にも置けないな。


ルシアンの冷たい声が、頭の奥で響いた気がした。

コハルナの行為は、処罰対象になるのかもしれない。


(まさか……終身刑……?)


すっと血の気が引く。

もう、コハルナは牢から出られないのだろうか。


そのとき、アルジャンが深く、長いため息をついた。

そのため息が、『お前、まだしらばっくれるつもりか?』と、コハルナを責めていた。


(……やっぱり、怒ってる……!)


逃げ場は、もうどこにもなかった。

コハルナは罪を認めて、誠意を込めて謝ることにした。


「アルジャンさんの傷を縫ったのは、私です。あの、責任は……」


そこで、込み上げる涙に言葉が詰まった。


本当は――


「責任は必ず取ります。だから、留置所送りは見逃してください」


そう伝えるつもりだった。

けれど、声にならない。


それでも震える声で絞り出した。


「一生を捧げます!」


一瞬、周囲が静まり返った気がした。

けれど、それを確かめる余裕もない。


一生をかけて、アルジャンに仕えて償うつもりだった。

なのに、彼は何も言ってくれない。

沈黙が落ちた。


(やっぱり留置所送りなの……)


彼に仕えるだけではだめなのか。

許してもらえないのか。

やはり――終身刑なのか。


「……だめですか?」


半泣きになりながら、許しを乞う。


「だめなわけねえだろ?いいさ、結婚しようじゃねえか」


(……え?)


予想もしなかった言葉に、一瞬思考が止まった。


(結婚……?)


言葉の意味が、すぐに理解できない。


(……生涯をかけて、責任を取れってこと?)


アルジャンが満足げに口の端を上げている。

やはり――そういうことなのだろう。


(契約……)


彼のような高潔な騎士が、コハルナのような町娘を愛するわけがない。

これは結婚という、契約だ。


それを、ほんの少しだけ寂しいと思った。

できることなら、コハルナだって誰かに愛されて結婚したかった。


けれど、仕方がない。自業自得だ。

人形だと思って持ち帰り、あんな縫い目を付けてしまったのはコハルナだ。


償いを許されたのは、思いもよらない形だったが、それでもようやく息がつけた。


そして――気がつく。


(あら?あの人形がアルジャンさんだったってことは……)


あの日、人形を持って帰ったとき、コハルナはお風呂に入るついでに人形を洗った。

それはつまり――


カァッと顔が熱くなる。


「あ、あの……アルジャンさん」


「なんだ?」


機嫌よくアルジャンが答えた。


「あの……人形になっていた時、もしかして……見えていましたか」


「……いや、何も感覚がなかったからな――見えてもいない」


「あ、そうですか」


ほっと息をつく。

人形になっていた時、彼の感覚はなかったらしい。

針で縫う痛みもなくて――お風呂のことも、見えていなかったらしい。



「あら、どうしてそんなこと聞くのかしら?教えてよ、コハルナちゃん」


うふふと楽しげにセラフィナが笑う。


「あ、いえ。人形をお風呂で洗ったので……見えてなくてよかったなって」


「あら――そう。……ふうん。なら、安心ねえ」


セラフィナが、面白くてたまらないといった様子で、横目でアルジャンを見た。


「高潔な騎士様が、女の子を相手に嘘なんてつくはずないものね。ねえ、アルジャン。『見えてなかった』のよね?」


「うるせえな」


その返答に、セラフィナの目がわずかに細まった。


「婚約おめでとう、アルジャン。こんなに可愛い子が奥さんなんて、羨ましいわ。これからはぜひ――私も一緒に、コハルナちゃんと仲良くしたいわね」


「おめでとう。アルジャンの奥さんになる人か」


ルシアンも、穏やかな笑みを浮かべる。


「それなら私もぜひ、コハルナさんとは親しくさせてもらおう。……いろいろと、興味深いからね。人形化の魔法は視覚もない……だろうな。はは」


アルジャンは、セラフィナとルシアンに笑顔で結婚を祝われていた。


そんな二人を見ていると、これは償いのための契約のはずなのに、まるで本当にお祝いの席みたいに思えてくる。


コハルナは、体の大きな人は怖くて苦手だ。

けれど―― こんなふうに仲間に祝福される人なら、きっと。


(悪い人じゃ、ないよね……)


ふっと気持ちが上を向く。


「あの……よろしくお願いします」


「……ああ。こっちこそ」


ぎこちなく笑うアルジャンに、コハルナは思わず目を瞬いた。


(……そんなふうに笑うんだ)


怖いだけの印象が、わずかにやわらいだ。

一瞬だけ視線を逸らした彼が、照れているようにも見える。


その耳がほんのり赤くなっている気がして――

胸の奥が、少しだけ落ち着かなかった。


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