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人形だと思って縫ったら騎士様でした〜お風呂場で始まる勘違い〜  作者: 白井夢子


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2.運命の分岐点は、あそこだ!〜コハルナ


あれは――半月くらい前だったと思う。


仕事帰りのことだった。

激しい夕立が上がり、空にはオレンジ色の光が差していた。


水たまりを避けながら慎重に歩いていると、ふと赤いものが目の端に止まる。

何気に視線を向けると、道端に騎士の姿をした人形が落ちていた。


誰かが落としていったのだろうか。


コハルナは足を止め、あたりを見回してみたが、人影はなかった。

もう一度、人形に視線を戻す。


雨に打たれたせいか、赤い髪色が布地全体に滲んでいる。

まるで、血に濡れた騎士が倒れているようにも見えた。


騎士様は魔獣と戦うこともある、勇敢な戦士だ。

この国の平和のために頑張ってくれている、国の英雄でもある。


思わず拾い上げると、人形は雨を含んでずしりと重い。

軽く絞ると、ぼたぼたぼたっと赤い水が地面に落ちた。


そのとき、人形の腕が今にも取れそうなほど裂けていることに気づく。

顔も、頬のあたりが横に大きく破れている。


(可哀想……)


胸がきゅっと痛み、気づけば人形を拾い上げていた。


裁縫は得意ではない。

それでもこのままにはしておけず、持ち帰ることにした。


(家に糸、あったかな?)


腕と顔を縫うなら、肌色がいい。

けれどコハルナは、最低限の色しか持ち合わせていない。


(白……でいいよね)


そう考えて、家へと足を早めた。




手元の人形に気を取られていたせいだろう。

帰るまでに、何度も水たまりに足を取られてしまった。

せっかく雨は上がっていたのに、家にたどり着くころには、足元もスカートの裾も泥で汚れていた。


一人暮らしの部屋に戻り、扉を閉めてから足元を見る。

茶色い泥水が跳ねたスカートに、ふうとため息をつく。


「先にお風呂ね。……そうだ、スカートと一緒に、この子も洗っちゃおうかな」


そう考えて浴槽に湯をはり、自分の体を洗うついでに、スカートと拾った人形を丁寧に洗った。


「お風呂、気持ちよかった? 綺麗になってよかったね」


洗い終えた人形に話しかける。

全身に滲んでいた赤は、すっかり落ちていた。

とはいえ、髪の赤は鮮やかなままだ。縫い付けられた赤いビーズの瞳と、同じ色をしている。


少し考える。


コハルナは裁縫が苦手だ。

どれだけ丁寧に縫っても、仕上がりはどうしても粗くなってしまう。隣に住むドロテアに頼んだ方が、綺麗に直るだろう。

けれど今日ドロテアは、恋人のカイルとデートだと言っていた。帰りはきっと遅くなる。


(明日、人形が乾いてからドロテアに頼もうかな……)


でも――

優しく洗ったつもりなのに、腕は今にも取れそうだ。

頬の破れも、少し広がった気がする。

それに、あちこち綻びもある。


「すぐに腕と顔を直してあげるね。待っててね」


少し考えてから話しかけ、裁縫箱を開く。

白い糸を取り出そうとして――ふと手を止めた。


そういえば、治癒院で仕事着のボタンが取れてしまったことがあった。


『先生、ボタン取れちゃいました』 


『おや、じゃあこれを使え。もう短すぎて使い道がない端切れだが、魔法耐性が強くて丈夫な糸じゃから、ボタン付けにはちょうどいいじゃろ』


そのとき、おじいちゃん先生のロロじいが、魔法の銀糸の余りをくれたのだ。


光を受けてきらりと輝く、その銀色が印象に残っている。

ボタンを付けたあとも少し余って、たしかカバンに入れたままだったはずだ。


「白より……銀の方がきれいよね」


コハルナはカバンから銀糸を取り出した。

ゆっくりと、慎重に、丁寧に針を進めていく。


ひと針ひと針心を込めて抜い終え――

その出来栄えを確かめた。


やっぱり、縫い目は少し荒い。

針を刺す位置が悪いのか、銀糸が表に出て、縫い跡のように細く光っていた。

それでも腕の形は元に戻ったし、顔の破れも、少し引きつれてはいるが、コハルナにしては上出来だ。


「よし!完成!さあ、騎士様。手術は終わりましたよ。痛かったのに、よく頑張りましたね」


人形に声をかけ、裁縫道具を片付ける。


「どうしようかな……ベランダに干しておこうかな」


洗ったスカートを干したベランダに出て、ふかふかのタオルの上に人形をそっと置いた。


「お休みなさい、騎士様。怪我が治ってよかったね」


そう話しかけて、扉を閉めた。


そして翌朝――

ベランダを開けると、人形は消えていたのだ。



* * *



(こっち見てる……)


目の前には、がたいのいい男。

隣には、圧倒的な美人。

斜め前には、只者ではなさそうな男。


――全員が、コハルナを見ていた。

奥まった席に、逃げ場はない。


(怖い……)


膝の上で震える手をぎゅっと握りしめ、ただ、テーブルの木目を目でなぞる。


「コハルナちゃん」

「は、はいっ!」


沈黙を破るように、隣のセラフィナに名を呼ばれ、肩が跳ねた。

その大きな返事に、彼女が一瞬だけ目を瞬かせる。


「……あ、すみません。大きな声を出して」


「コハルナちゃんは元気がいいのね。ねえ、何食べる?」


微笑みながらメニューを差し出したセラフィナに言いたい。


(こんな状況じゃ、喉を通らないです……)

――そう、訴えたい。


けれどそんなことを言えるはずもなく、コハルナは大人しくメニューを指差した。


「季節のタルトと……アイスミルクティーをお願いします」


「それだけでいいの?」


優しく言葉を重ねられる。


「あ……じゃあ、いちごのタルトもお願いします」


「それだけ?他には?」


「あ……じゃあ、濃厚ショコラタルトもお願いします」


さらに尋ねられて答える。


「それだけ?他には?」


「あ……じゃあ、ベイクドチーズタルトもお願いします」


また尋ねられて、チーズタルトも追加する。


満足してメニューを閉じると、セラフィナが店員を呼び、コハルナの分を注文してくれる。

他の人たちは、どうやら飲み物だけでいいらしい。



注文を終えると、また、しん……と沈黙が訪れた。

再び空気が重くなる。


そっと窓の外へ視線を向けると、空はからりと晴れていた。


「合コン日和ですね」

――そんな無難な世間話でも始めた方がいいのだろうか。

横目で、ゆっくりと流れる雲を見つめた。




「お待たせしました。先にタルトをお持ちしました」


そこに店員さんが、コハルナを助けるかのように早速タルトを運んでくれた。


コハルナの前にタルトが四つ並ぶ。


「どうぞ。コハルナちゃん、先に食べてね」


そう言って、セラフィナも勧めてくれた。


(そんなに見られてたら、食べられないし……)


皆の視線を集めながら、タルトが喉を通るはずがない。

とは思うものの、沈黙に耐え切れずにコハルナはフォークを手に取った。


「すみません、お先にいただきます」


ぷすとマスカットを一粒、フォークで刺して口に運ぶ。


(おいしい……!!)


皮のぱりっとした食感と、爽やかで上品な甘みに目を見開く。

さすがルピナスのフルーツタルトだ。瑞々しさが違う。

衝撃的なまでのおいしさに、緊張がほどけていった。


ひと口。

また一口。

味わいながら食べているうちに、あっという間にマスカットのタルトがなくなった。

次はいちごだ。


(いちご――!!)


食べた瞬間、口いっぱいに広がるいちごの甘みに、嫌なことはずべて忘れられそうだった。


「どう?おいしい?」


セラフィナがコハルナに尋ねる。


「はい!マスカットもおいしかったけど、やっぱりいちごは最高です!」


「そう?よかったわ。たくさん食べてね」


微笑んだセラフィナに、コハルナも微笑みを返す。

麗しい美人の笑顔も最高だ。

とんでもない人たちに囲まれて、一時は生きた心地もしなかったが――今はもうその思いは過去のものだった。


目の前に座る男のことも、もう気にしないことにした。

相変わらず鋭い視線は感じるが、だからと言って何を言うわけでもない。


だいたい、落ち着いて考えてみれば、あの人形が目の前の人間のはずがない。

銀の傷跡は、確かにコハルナの縫い目に似ている気はするが、それも気のせいかもしれない。


斜め前の男も特に何も話さないし、きっと空いていた席にいたのがコハルナで、期待はずれの合コンだったのだろう。




「ふぅ……お腹いっぱい」


全てを食べ終え時計を見ると、もう夕方だった。

――そろそろ帰る時間だ。


「あ……じゃあ、私はそろそろ帰りますね。みなさんお疲れさまでした」


「「「えっ」」」


「え?」


重なった三人の声に、立ち上がりかけたコハルナは驚きの声を返した。


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