3章20 a lull in the grump ⑤
2時間目の授業が終わる。
(七海ちゃんは大丈夫でしょうか……)
紅月 望莱は少し思案げに教室から窓の外へ目を向けた。
今日は七海ちゃんが学校に行くということだったので、「じゃあわたしもー」と彼女も登校を再開させている。
ちなみに、彼女の苗字は「あかつき」なので出席番号は2番だ。
本来なら兄の聖人同様に廊下側の最前列席で今学期をスタートするはずだった。
しかし彼女は入学早々に、生家のお金持ちパワーを利用して窓側の最後列席にするよう学年主任に圧力をかけた。
それなのにも関わらず、出席番号は1番にするようにも要求した。
みらいさん曰く、「自分は天才であり主席での入学なので1番以外はありえない」そうだ。
紅月家が学園の運営陣と深い付き合いがあり、実際に寄付のお得意様でもあるので、そのワガママは他の生徒たちに内緒で通ってしまっている。
彼女の出席番号と座席の位置が他の生徒と同じ五十音順になっていないことには、クラスメイトたちも気付いてはいる。
だが、ここまでの時点ではみらいさんは『病弱で大人しいお嬢さま』を完璧に演じているので、誰も迂闊にツッコめないでいた。
ちなみに。
病弱設定を盛り込んでいるのは、いつでも好きな時に学校を休むためだ。
兄をロックオンしている地雷系女子と同じ心根をしていた。
そんな彼女は希咲と弥堂の接触を心配している。
(念のため設けたセーフティにもかかっていないですし、騒ぎにもなっていません……)
それならば希咲と弥堂の二人はとりあえず話し合いの体はとれたのだろうと。
そのように判断した。
ちょうどそこまで考えた時、授業を終えた教師が廊下へ出ていく。
1年A組の生徒たちも席を立って、仲の良い者同士でお喋りを始めた。
仲の良いお友達の居ないみらいさんが嘲笑で鼻を鳴らそうとすると――
右隣の席の男子生徒がそわそわとしていることに気が付いた。
彼は出席番号29番の幸馬 颯太くんだ。
颯太くんは正真正銘男子の出席番号最後尾なので、ワガママっ子のみらいさんとは隣の席になっている。
みらいさんは前を向くフリをし、間接視野にて彼の様子を捉えた。
颯太くんは話しかけたそうにチラチラとこちらを見ながら引っ込み思案をしている。
(ふっ……)
みらいさんは、つい2ヶ月前まで中学生だった男子の草食仕草を心中で嘲笑う。
そしておもむろに「ん~」と腕を天井の方へ伸ばして、身体を解すフリをした。
途端に張り出される胸。
ガラ空きになる腋。
制服のブレザー越しではあるものの、思春期真っ盛りの男子には少々刺激がある。
この颯太くんも例には漏れず、隣の席の女子を意識してしまい頬を染めた。
みらいさんはさらに身体が伸び切ったタイミングで、「……んっ」と隣にしか聴こえない声を漏らす。
ショタ系男子はポーっと見惚れてしまった。
その様子にみらいさんは内心でベロリと舌を舐める。
颯太くんはすぐにハッとして目線を逸らした。
彼から見た望莱は、学年トップに頭脳が明晰で、さらにちょっと見たことないレベルの美少女であり、おまけに雲の上に存在するようなお金持ちの子だ。
なのに人当たりもよく誰にでも優しく丁寧に話す。
そしてちょっと病弱なところもある。
完璧な女の子だ。
颯太くんは、そんな憧れの女子のこういった仕草にドキドキしてしまう自分に戸惑いつつ。
だけど「見てはいけない」という背徳感を感じてモジモジと戸惑った。
そんな彼を横目で観察しつつ、みらいさんは尚も彼を惑わせにかかる。
「……え? あら?」
「え?」
わざとらしくも、「見られていることに今気付きました」という風に颯太くんの方へ顔を向けた。
か弱いショタのお胸がドキっとする。
「や、やだ……、わたしったら……」
みらいさんは頬を染め、上げていた手を自身の両頬に当てる。
指先だけをチョンっと添えて、自身が恥じらっていることをアピールする。
みらいさんくらいになれば、急な赤面くらいは自由自在だ。
「ご、ごめんっ! ボク、そんなつもりじゃ……っ」
「もぅ……っ、うふふ……」
どんなつもりかはわからないが、望莱は一度拗ねたような目を向けてから「許し」を与えるように微笑んで彼を安心させてやる。
その笑顔に颯太くんはホッとした。
「はしたないところをお見せして申し訳ありません」
「そ、そんな……っ。ボクが勝手に……」
奥ゆかしき日本女性であることをアピールするために、みらいさんはお嬢さま言葉で謝罪をする。
その謙虚さに、気弱な文化系男子は恐縮してしまう。
「ナイショにしてくださいね?」
「え?」
「お外でこんな風にだらしなくしていることが知られたら、お父様に叱られてしまいます」
「も、もちろん……っ! 誰にも言わないよ、ボク!」
家の厳しさと父親との距離の近さを仄めかしてみらいさんは自身の処女性を補強した。
こいつみたいなモンはどうせユニコーンなんだろ?と、見下しているのだ。
そうとは知らず、幼気な颯太くんは「守ってあげなきゃ」と、堅く約束を誓う。
「うふふ。では――」
「うん?」
少しタメを作ってから望莱は口元に手を添えながら彼の方へ顔を近付ける。
そして――
「――二人だけのヒミツですね?」
「――っ⁉」
耳元での囁き声にショタの未開発な性癖が刺激される。
彼はくすぐったさから慌てて顔の向きを変えると、近い距離で彼女と目が合う。
すると、みらいさんはパチリと――まるで訓練でもされているかのような完璧なウィンクを披露した。
お堅いお家のお嬢さまが見せたそのお茶目仕草に、草食系男子のハートがプスリと射抜かれる。
急なアオハル成分に中毒になってしまったかのように自失する彼に、望莱は満足げに微笑む。
そして、ミステリアスなお嬢さま感の演出をするために、また窓の外へと顔を向けた。
颯太くんからは死角となった途端、みらいさんの表情が崩れる。
自尊心が満たされたようでもあり、心の底から見下しているようにも見える顏だった。
(ぅへ。これだから童貞はチョロいです)
高校一年生に上がりたてというこの時期の草食系男子からしか得られない栄養分があると、みらいさんは考えていた。
つい最近まで中学生だったこともあり、彼の手足は細く華奢で背も高くない。
高校生といえば大人と子供の中間くらいの微妙な年頃だが。
このショタと少年の境でもあるさらに微妙な時期は特に貴重だと望莱は感じていた。
最近の子は発育がいいので中学生の間には身体は大分男性として出来上がってくる。
そんな時代の中でこの颯太くんのような今でも幼さを残すショタキャラは保護対象だ。
みらいさんは彼のようなタイプの男の子が主人公のラブコメ作品を嗜んでいる。
そして彼のような実在男子に、高嶺の花でありながら何故か親しみやすくてさらに向こうから勝手に近寄ってくる美少女ヒロインムーブを悪戯にぶちかまし。
こうして純真で気弱な男子を誑かすことを趣味にしていた。
そこに恋愛感情などはない。
強いていうなら性癖と承認欲求であり。
大部分は悪ふざけだ。
1年生がスタートして一ヶ月。
その半分くらいしか出席していないというのに、颯太くんは既にみらいさんの被害者となっていた。
モジモジするショタを背景に、望莱は「うふふ」と清楚に微笑む。
すると、窓のカーテンがそよそよと爽やかな風に揺れた。
(――む? これは……⁉)
望莱はお外から何かを受信した。
(これはラブコメの波動……⁉)
幼馴染のお姉さんがまたなにやらおかしなことになっているのではと。
望莱はこの新学期の空気に期待を寄せた。
「――絶対におかしなことが起こってる気がする……っ!」
その頃――
2年生校舎の教室では望莱の兄の聖人が、妹とは別の電波を受信していた。
「それで?」
「え?」
2時間目の授業が終わるなり聖人がそんな警鐘を鳴らすと。
左後ろの席の天津 真刀錵がジロリと目を向けた。
「おかしいんだろう? ならば私は誰を斬ればいい?」
「い、いや、真刀錵……、そうじゃなくって……」
実直に刃傷沙汰を匂わせてくる彼女に、聖人は慌てて掌を左右に振る。
「そういうんじゃなくって。七海がさ」
「なに? まさか七海を斬れと? だが、やむなし――」
「ちょっと!」
驚きに目を見開きながらも僅か1秒も葛藤しなかった天津が立ち上がろうとする。ビックリした聖人は咄嗟に彼女の腰にしがみついた。
「ダメだよ! 七海を斬っちゃ!」
「そうだな。私もそう思う。しかしお前が言うのならば致し方なし」
「そんなこと言ってないって……!
二人が「切る」「切らない」と騒いでいると――
「――なにやってんだよ、オマエら」
――ジト目の蛮くんがやってきた。
ずっと停学していたので自席の近くにお友達がいないのだ。
問いかけながらも、蛭子は長年の経験からシチュエーションには察知がついているようで。
溜め息を吐きながら聖人に協力して天津を元の席に座らせた。
真刀錵さんは着席と同時に目を伏せていつもの瞑想に入った。
もう喋るのに飽きたようだ。
蛭子はそんな彼女に辟易とした目を向け、それから――
「で? 今度はなんだ?」
――聖人にも似たような目を向ける。
その扱いに若干納得がいかないようで、聖人は首を傾げながら答えた。
「いや、ほら。七海がさ?」
「あー……」
「心配で……」
「まぁ、大丈夫だろ」
「そんな……⁉ 絶対になにかあったに決まってる……!」
「あのなァ……」
面倒そうに蛭子が答えると聖人の眦が上がった。
それに対しても蛭子は呆れの態度を示そうとしたが、寸でで口が止まる。
先程の2時間目の授業中の出来事を思い出したのだ。
話題に上がっている希咲は、授業中に突然奇声をあげただけでは飽き足らず。
意味不明な供述を残して教室を飛び出してしまった。
彼女はまだ戻ってきていない。
「……まァ、なにかはあったんだろうな……」
何もないだろうとは流石に言い切れず、蛮くんは気まずい顏をした。
我が意を得たりと聖人は活気づく。
「やっぱり、弥堂がなにか……っ!」
「あー、うんうん。そうな?」
彼が弥堂の方へ顔を向けようとすると、蛭子は適当な相槌をしつつ自身の身体を聖人の視線の前に割り込ませた。
「そのへんは放課後にオマエんちで聞いてやっから」
「でも……っ」
「七海だって明日には何かしら話せるって言ってただろ? もうちょい待てよ」
「それは……、そうだけど……。それなら七海を探しに――」
「――やめとけって。もう帰ってくんだろ。諸々の愚痴も一緒に聞いてやっからよ。みらいが何か話があるから集まれってんだ。その前に面倒起こすなよ」
「……わかったよ」
聖人はまた悔しそうに顔を俯けた。
「七海……、いったいなにがあったんだ……」
深刻そうに眉を歪めるイケメンを見て、マリア=リィーゼさまもキュッと切なげに胸を痛める。
蛭子はそんな二人に胡乱な瞳を向けつつ――
(――こんなモンあと何日ももたねェぞ……)
内心で首を傾げた。
希咲と望莱に2日前に呼び出された時には攻撃予定を聞かされ。
それが昨日には「話がつけられそう」に変わった。
(ホントかァ?)
今日の希咲の様子を考えると懐疑的になってしまう。
だが――
希咲と弥堂の雰囲気に、今すぐ殺し合いに発展しそうなヒリついたものが感じられないのも事実だ。
そうすると、“話し合い”とやらがいい方向に進んでいるとも考えられる。
なんにせよ――
(こっちが先にキレちまわなければいいがな……)
蛭子とて全ての事情を自分が聞かされているとは考えていない。
秘密主義の望莱と、今の聖人を脳内に並べる。
とはいえ。
望莱は優秀だ。
こうして気を揉んだことはこれまでにも何度もあるが。
望莱が許容内と判断したことは結局は丸く収まってきた。
だから、今回も懸念で済めばいいと思いつつ。
現在のよくわからない事態とよくわからない人間関係の決着が、いい加減さっさと着けばいいと。
蛭子は大きめの溜息を吐いた。
「――はぁ……」
学園内の廊下にて、重めの溜息がもうひとつ。
「また、やらかした……」
絶賛後悔&反省中の七海ちゃんだ。
自分の教室へと向かっている道中である。
先程の授業中に教室を脱走した彼女は、またも屋上に逃げ込んでいた。
体育座りをしながらお空を眺め。
今一度自分というものを見つめ直していた。
結局のところ――
『えっちなのはよくない』=『弥堂が悪い』
――という答えを得て、どうにか彼女は立ち直った。
というわけで。
そろそろ本気で授業を受けなければ本当に色々とマズイので、こっそりと教室に戻ろうとしている。
二年生校舎の廊下では他のクラスの同級生たちの姿が多く見られる。
教室移動のために廊下を行き交う者。
特に用事はなく廊下に出て、他のクラスの生徒と立ち話をして交流を深めている者たちなど。
喧噪に身を任せて空気に馴染めば、自分もその一員だ。
ここには授業中にエロイことを考えて発狂し脱走したバカな生徒など一人もいない。
「――でさぁ。ついに彼氏と……」
「えぇーっ⁉ マジで⁉」
「早くない⁉」
廊下を歩いていると一際大声が聴こえて、希咲はビクッと肩を跳ねさせた。
窓際で立ち話をしている女子集団だ。
希咲は若干所在なさげな風に肩を縮める。床に目線を下げながら足早に集団の傍を通り抜けることにした。
「ちがうちがう。そこまでは許してないって」
「あー、ビックリした」
「だよね。彼氏できたって聞いたの先月だし」
一人の女の子を囲むように何人かの女子が周囲に展開している。
どうも中心に居る女子の彼氏事情を聞いているようだ。
(いいな……)
その年相応なアオハル感にいくらかの劣等感を覚えながら、希咲がまさに彼女らの前に差し掛かった時――
「そうそう。こないだ彼氏とキスしちゃったのー」
「ぶっ――」
――聴こえた文言に希咲は思わず吹き出してしまった。
身に覚えがあったからだ。
そのせいで、女子集団が希咲に気が付く。
「うん?」
「あ、希咲さんだー」
「登校してたんだね」
「あ、うん……。今日から、あはは……」
希咲はとりあえず愛想笑いで乗り切ろうとした。
しかし顔なじみの女子もその中にいたので、気さくに話しかけてくる。
「きいてよ希咲さん。この子が先週さぁ――」
「――や、やめてよ! 恥ずかしいよー」
今しがたしていた話を希咲にも振ってこようとした。
七海ちゃんは「ちょっとヤダなー」と思いつつ、適当にやり過ごそうとする。
「いいじゃん。教えてあげなよー」
「で、でもぉ……」
「そういえばさー。初キスはレモンの味とか言うじゃん? どうだったの?」
キャイキャイとお喋りする女子たちの会話内容を聞いて、七海ちゃんは泣きそうになる。
自分たちの間で最近ホットなトピックといえば、『勇者』だの『魔王』だの『殺し合い』だのといった高校生にあるまじきイカガワシイものばかりだ。
この差はなんなんだろうと悲しくなる。
「言えばいいじゃーん?」
「えー、でもぉ……」
「ほらほらー」
女の子はチラチラと少し希咲を気にしながらもったいぶる。
そんな感情を抱くべきではないのだが。
七海ちゃんはちょっとイラっとした。
「テンパっててわかんなかったけど……。でも甘酸っぱい感じ? だったかも……」
ついに観念した彼女がそう言うと、女子たちは「キャー」と歓声をあげる。
希咲も便乗して「きゃー」と言っておいたが、思ってたよりもずっと自分の声に感情がなかったのでビックリした。
「それでー?」
「舌とか入れられちゃったのー?」
「ぶっ――⁉」
さらに攻めていく質問内容に希咲はまたも噴き出した。
やっぱり身に覚えがあったからだ。
「そ、そんなのするわけないじゃん! 初めてだし!」
「だよねー。初めてでそこまでするとかないよねー」
「そんなわけないかー。聞いといてなんだけど。初めてでそこまでしてたらドン引きよー」
「ぐっ、ぐぬぬ……っ」
女子が一人喋るたびに希咲の胸に刃物が刺さっていく。
屋上で回復させたメンタルがゴリゴリと削れていった。
すると――
「ん?」
質問攻めされていた女子がまたもチラチラと希咲の方を気にしている。
確かに喋ったことのない子だったが、ここまで顔色を窺われると希咲も不思議に思った。
「えと、あたし聞いたらマズかったかな? ゴメンね?」
本音は真逆で「聞かされたくなかった」なのだが。
コミュ強の七海ちゃんはそんなことをおくびにも出さずに“初チューちゃん”に謝る。
“初チューちゃん”は希咲が今脳内で勝手に付けた仇名なのだが。
思いついた後で自分も“初チューちゃん”であることに気付き、また泣きたくなった。
「あ、そういうの気にしてた?」
「だーいじょうぶだよ。希咲さんは言いふらしたりしないからー」
他の女子たちもフォローを入れてくれる。
すると“初チューちゃん”は慌てて首を左右に振った。
「ち、ちがくて……! 希咲さんゴメンね? 疑ったわけじゃないの!」
「あ、うん。だいじょぶだいじょぶ」
希咲に誤解だと告げて、彼女は意を決して本音を切り出す。
「え、えっとね? 喋るのがイヤだったとかじゃなくって」
「そ? ならあたしもよかったけど」
「なんていうか、恥ずかしいなって」
「まー、うん。そうよね。わかるわかる」
関係を悪くしたいわけではないのだが。
今は少しでも早くこの場を離脱したくて、希咲はおざなりな相槌に終始する。
そうすると――
「――その……、希咲さんってギャルじゃない?」
「はい……?」
――ちょっと流すのに苦労する言葉が出てきて希咲は首を大きめに傾げた。
「あー、そうよねー」
「うんうん。わかるわかる」
「えっ⁉」
だがわからないのは希咲だけで、他の女子たちからは共感の嵐だった。
普通の子たちの中にいて、こういうことになるのはあまり経験がないので七海ちゃんはビックリだ。
「希咲さんくらい色々経験してるとさ。初キス程度の話聞かされてもつまんないかなって」
「ねー? 希咲さん的には『キスごとき』だろうし」
「こんなんでテンション上がってる私たちダサイかもって。そんな風に気後れしちゃうよね?」
そして、続いた彼女たちの言葉に希咲の胸は一層強くドキリと跳ねた。
“初チューちゃん”の初チューは先週。
対してこちらの初チューは昨日。
なんなら希咲の方が“初チューちゃん”だった。
「ほら、ギャルの子ってそういうのみんな早いって言うし」
「挨拶と変わんないって言ってる子もいたよね」
「ギャルにとっては、生まれて初めて食べたパンの味くらい初キスなんて印象に残ってないって聞くしね」
「えぇ……」
それはそれでどうなんだろうと思いつつも。
希咲は肯定も否定も出来ないでいる。
「やっぱり希咲さんも色んな男子と付き合ってきたんだよね?」
「初キスなんて中学生……ううん、小学生くらいの時には終わってるよね?」
「当たり前じゃん! 希咲さんめっちゃモテるし! ウチのクラスの男子にもいるじゃん。希咲さん好きってヤツ!」
「ゔっ……」
一斉に矛先が向けられて希咲はたじろぐ。
ギャルをなんだと思っているんだろうと感じつつ。
もしかしてこれはどう答えても自分にダメージが入るやつなのではと戦慄した。
「希咲さん……?」
お目めをキョドキョドさせる希咲の様子を女子たちは訝しんだ。
「どうしたの? もしかしてこういう話苦手だった?」
「じゃないって。きっと私たちのレベルが低すぎて引いてるんだよー」
「そうそう。まさかキスどころか男子と付き合ったこともないなんて。希咲さんレベルのギャルにあるわけないじゃーん」
「ぅぎっ――」
またも七海ちゃんの精神にダメージが入る。
男子と付き合ったことないのに先に初キスしてしまったのだ。
しかも嫌いな男子に、自分から。
こんな話は到底他人に聞かせられない。
なので――
「――ま、まぁねー? そんなのヨユーだし?」
――七海ちゃんはイキった。
真実は言えないから仕方ないと自分に言い訳しつつ。
何より、女としてナメられるわけにはいかないのだ。
希咲が「ふふーん」と去勢を張ると、女子たちは一気に活気づく。
「きゃー、やっぱりー」
「ほらねー?」
「ちなみに何人くらいと――とか聞いても?」
「えっ? あーっとー、ちょっと数とかわかんないかなー? そんなのいちいち数えないって。ギャルだし?」
咄嗟にわけのわからない受け答えをしたら女子たちはさらに「きゃー」と喜んだ。
「じゃあさじゃあさ?」
「そんな希咲さんの初キスの思い出とかあったりする?」
「どんな味だったとか」
「えっ⁉」
ドツボにハマってしまったようだ。
動転した希咲は「あ、あじ……?」と、思わず真剣に考えてしまう。
(え? なに? 味? そんなのあったっけ……?)
よくよく記憶に浮かべてしまうと、またもトラウマ映像の再演だ。
そのことでさらに動揺が大きくなってしまう。
女子たちは固唾を飲んで希咲の答えを待っている。
なんか答えなきゃいけない気がしてきた。
(味……っ、キス……、初めて……っ、なんか酸っぱいんだっけ……⁉)
またも七海ちゃんのお目めはグルグルしだす。
そしていっぱいいっぱいになって――
「――う、うめぼし……っ!」
「「「えっ――⁉」
「えっ――⁉」
満を持したその答えに女子たちはビックリ仰天する。
七海ちゃんも自分の答えに自分でビックリ仰天した。
「き、希咲さん……?」
「えっと……?」
「なんて……?」
何かの間違いじゃないかと彼女たちは気まずげな目で見てくる。
プレッシャーにさらされた身体はプルプルと震え――
「――ギャ、ギャルだし……っ」
「え?」
――七海ちゃんはまたも言い張った。
女子たちは動揺し、お互いの顔を見る。
空気はめちゃくちゃだ。
すると――
「ギャルだもん――っ!」
「あっ――」
「希咲さん――⁉」
――場の空気に耐えられなくなって、七海ちゃんは踵をかえすとまたもダッシュで逃亡した。
女子たちはポカーンとした。
(なんで、梅干し……っ!)
本当はレモンと言いたかったんだと、七海ちゃんは涙を溢す。
“酸っぱい”から連想したら今日の朝ごはんを思い出しちゃったのだ。
ギャル系モテカワ女子としてはとてもカッコ悪いミスだ。
しかし、実際のところ梅干しでもマシなのだ。
なにせ――
七海ちゃんの初キスの味は血の味だったから。
それも鼻血だ。
こうして、七海ちゃんは3時間目もサボりました。




