3章19 false brave? ⑦
「――いや、いい」
「え――?」
弥堂は希咲の手を取らなかった。
希咲はぱちぱちと瞬きをする。
「スキル解除しないってこと……?」
「少なくとも、今はしなくていい」
「えっと……、なんで?」
希咲は心底不思議に思う。
こんなイヤなスキルを解除しないなんて――
そんな選択が存在するとすら想像していなかったからだ。
「俺たちは敵だからだ」
「あんたまだそんなこと――」
「正確には、どっちみち敵対するしかない――だな」
「あたしにはおんなじ意味に聞こえるんだけど?」
「何も意地になってこう言い張っているわけじゃない。今からそうならざるをえない理由を説明してやる」
「…………」
いつもの意固地や頑固ではないようだと信じ、希咲は続きの言葉を待つ。
「俺は水無瀬を守る。お前は水無瀬の――魔法少女の事情に関わりたい。そうだな?」
「うん。そうよ」
希咲は自信を持って即答した。
もはやそこに迷いはない。
「俺は水無瀬を守る上で、お前らに関わって欲しくない。何が何でも、だ」
「どうして――ッ」
喰ってかかろうとした希咲へ、弥堂は掌を向けて制した。
「その理由をお前に説明して、納得をさせられるとは思わない」
「そんなのわかんないじゃん!」
「わかる。これはお前がバカだからだということだけじゃない」
「はぁッ⁉」
早速煽ってきた弥堂の言い草に希咲は眉をナナメにする。
「ほら、それだ」
「え――」
「お前だけじゃなく、俺も説明が上手くない。おそらく説明している途中でキレる。お前もそうだろ?」
「そ、それは……っ」
七海ちゃんはお目めをキョドキョドさせる。
今早速怒りそうになったことだけでなく、これまでの彼との関わりの中で何度もあったことだからだ。
それには一定の説得力を感じてしまった。
だが、だからといって――
「――でも……っ、事情を知らないことには」
「そうだな」
「え――」
あまりにもアンフェアだと訴えようとして。
だが言い切る前に弥堂が肯定した。
希咲は目を丸くする。
「だから夢で見ろ――」
「はい……?」
さらに続いた弥堂の言葉には、本気で意味がわからずに首を傾げてしまった。
「水無瀬になにがあったのか。俺の拙い説明を聞くよりも、自分の目で見てこい。ちょうどお誂え向きに便利なスキルとやらがあるんだからな」
その捕捉にも呆気にとられてしまう。
言っていることの意味自体はわかる。
だけど――
「えっと……、あんたヤじゃないの……?」
希咲はどこか恐る恐ると、上目遣いをする。
今度は弥堂が意味がわからないという顔をした。
「なにが?」
「なにがって……、あたしに夢を見られちゃうこと」
「嫌か嫌じゃないかと訊かれたら、嫌に決まってんだろ。何してもバレるんだ。邪魔くせえ」
「だったら――」
「――だが、現状既にもうそうなってしまっている。それが使えるんなら使えばいいだけだろうが」
「えぇ……?」
希咲はますます困惑する。
これなら確かに彼から説明を受けても自分は納得しないかもしれないなと。
そっちに関しては大きな納得感を覚えてしまった。
「なんだその顏は」
「だって……」
ちょっと引いていると、弥堂がムッとする。
態度を咎められた希咲は足をモジモジとさせ、そしてお口をモニョモニョさせた。
「……だって。キモくない……?」
「お前、また悪口か?」
「ちがうってば! あんたじゃなくって、あたし!」
「あ?」
「だからぁ! あたし、キモくない……?」
「…………」
萌え袖を顎に添えて上目を向けてくる彼女の顔を、弥堂はマジマジと視た。
「わかってるってば! 今更なに言ってんだコイツ――って感じでしょ⁉」
「あぁ、まぁ」
「あたし、このスキル好きくないの。だって、他人の夢に勝手に入って記憶を覗くなんて、サイテーじゃん?」
「まぁ、そうだな」
気を遣ってフォローなど一切しない――そんな弥堂らしい相槌に希咲は苦笑いしてしまう。
「だから、キモくないかなって……」
「そんなこと言われてもな……」
弥堂は答えに困る。
(そりゃあ、キモいかキモくないかで言えばキモいんだろうが……)
しかし、弥堂にとってはそれ以前の問題だ。
そもそもが敵同士なのだ。
目的が違っていて利害がぶつかっている。
その敵を潰すなら使えるものは何でも使うし、何でもする。
それが弥堂の価値観だ。
「俺からすると、こんなモン使って当たり前なんだが。他人を陥れるのに便利すぎるだろ。使わない理由がない」
「や、あんたはそうかもだけど……」
だからスキルを使ったことよりも、こんなことをいちいち訊いてくる方が弥堂にとっては『キモい』と感じる。
加護持ちが加護を使用することに罪悪感を覚えていたら何も出来ないだろう。
そう考えているので、純粋に疑問を覚えた。
「お前今までどうしてたんだ? これを使うたびに相手に謝ってたのか? バカじゃねえのか」
「バカは余計でしょ! 今までだって数回くらいしか……。それも手で触れるだけだし……」
希咲はスキルの段階についてのこと。
それから、これまでは悪人だとわかっている者から証拠をとるためにサクッと使って即捕まえていただけなので、その後に会ったりしたことはないことなど。
そんな事情を簡単に説明する。
ただ、それを訊いても弥堂の理解不能だという顔は変わらなかった。
「よくわからんな。何故わざわざ弱い方で使うんだ? 俺なら使いまくるぞ」
「そ、そんなわけいかないでしょ!」
「何故だ?」
「なんでって……」
希咲はまた腿を擦り合わせて、今度は萌え袖で口元を隠した。
赤くなった目元から上目遣い――
「だって……。チューするのはじめてって、言ったじゃん……」
「そうか」
弥堂は素っ気なく答えてスッと目線を外した。
すると――
『――お? 効いたぞ。もっとやれナナミ! そいつ処女厨とかいう純潔主義のキモいヤツだぞ』
『よしなさいルビア。そんなことを言うとまたこの子が意固地になってしまいます』
「そのような事実はない」
「え?」
思わずお姉さま方に反論をしてしまうと、希咲が反応する。
「いや、キモくないという意味だ。大丈夫だ」
「そ……?」
弥堂は咄嗟に色々と誤魔化した。
都合が悪いので話を戻すことにする。
「要するに、だ」
「あ、うん」
「それを使われるとオレに都合が悪い。基本的には。だが、今は使った方が都合がいい。そういうことだ」
「あ、はい」
七海ちゃんは「人としてそれはどうなんだろう」と思ったが、反面で実に弥堂らしいので妙に納得してしまった。
「大体な、水無瀬のこと説明しろったって俺が知ってるだけでも一週間分はあるぞ」
「それって、あんたもあたしたちが旅行に行った後から魔法少女のこと知ったってこと?」
「そうだ。お前に正門前で頼まれただろ? あれの後に駅前で業務中のあいつに偶然出くわしたんだ」
「魔法少女の活動を業務ってゆーな」
希咲はジト目を一回向けてから、さらに尋ねる。
「ってことは最近魔法少女になっちゃったってわけじゃないんだ……」
「ちゃんと確認したわけじゃないが、多分1年くらいやってるぞ。あれでも」
「そう、だったんだ……。全然気が付かなかった……」
「…………」
希咲はそのことにショックを受ける。
弥堂は彼女へ向ける眼の平静さを保った。
(なんだかな……)
虚しさを覚える。
希咲が相手を探るためのスキルのどれか1つでもを、もしも愛苗に使っていたら――
そうしたら現在の状況はまるで違ったものになったのかもしれない。
希咲は「友達に使うわけないじゃん」と言った。
スキルを使用しなかったのは彼女の誠実さと、親友である愛苗への好意故だ。
しかし、その“誠実”がこの状況を招いた――とまでは言わないが。
確実に希咲を愛苗の真実から遠ざけた。
この現実を言い表すならば――
「――運が無かったのさ」
「え?」
――そうとしか言い様がない。
「いや、なんでもない。とにかく――」
それを彼女に言うことにも意味はない。
必要なことだけを言う。
「――俺はその一週間分をお前に言って聞かせるのが面倒だ。だから夢で見ろ」
「結局身も蓋もないのね」
「『世界』ってのはそう出来ている。それに、俺が説明をすると、俺はどうせ嘘を吐く」
「は?」
「それは言うと都合が悪いから嘘を吐いたり、単純にちゃんと説明するのが面倒で嘘を吐いたりもする。俺のことだからどうせやるぞ」
「すごい……。人間ってここまで開き直れるんだ……」
正々堂々とこんなことを言ってくる男に、七海ちゃんは逆に感心してしまった。
「でも、頭おかしいと思う」
それも素直な気持ちだった。
弥堂はそれを無視する。
「だから。俺から訊いてもお前はどうせ夢で確認するハメになる。それが本当かどうかを。二度手間だろ?」
「や……、だから! スキルは解除するって言ったじゃん」
「俺はそれを信用しない」
「はぁッ⁉」
「そのスキルを掛けられた時、俺は何も気づかなかった。解除する時もどうせ同じだろ?」
「えっと、それはそうかも?」
「だったら、お前が解除したと言っても、それが本当かどうかは俺にはわからない」
「はぁ⁉ あたしがウソつくってこと⁉ 自分が一番ウソつきのくせに何言ってんのよ!」
「うるさい黙れ。下手に信用して、それで嘘を吐いたらすぐにバレるんだろ? 俺が損をする。誰が騙されるものか」
「もぉーっ! なんなのこいつ! マジめんどい!」
自分を含めた何もかもを信用しないメンヘラ男子に七海ちゃんは憤慨した。
しかし彼が譲らないことはもうわかっている。
「だから――お前が夢で見ろ。俺が体験したことと同じことを。その方が効率がいい」
「でた……、こうりつ……。はぁ。もぅ、わかったわよぉ……」
仕方ないので希咲は自分が折れることにした。
しかし明日には必ず解除することを決める。
こんな人といつまでも繋がっていたくはない。
「一週間とは言っても、最初の方は特に重要じゃない」
「そなの?」
「肝心なのは最後の港の戦いあたりに集約してる」
「あ、そこはちょっと見た」
「ポイントは『魔法少女』『悪魔』『生まれ孵る卵』、それから『魔王』だ」
「あ、これに大体書いてあったわよね」
希咲は弥堂からの手紙を取り出す。
弥堂は無言でそれに手を伸ばすが、希咲はその手をスっと避けた。
「…………」
「…………」
二人はお互いの顔をジッと見る。
弥堂がもう一度手紙を取ろうとすると、希咲はそれを自分の胸に押し付けて背中で隠すようにした。
「返せ」
「や」
「なんでだよ」
「あたしがもらったんだもん」
「同じこと今言ったからもういいだろ」
「やだし」
「あ――」
言い争っている内に希咲は指輪の中に手紙を仕舞ってしまう。
弥堂は舌打ちをして諦めることにした。
「港でアスとかいうスカした悪魔が丁寧に色々くっちゃべってる。それが大体だ」
「ん。いちお最初から通しで観てみて、改めてそこをちゃんと訊いてみる。でも、あんたはそこだけでも説明してくんないの?」
その質問には弥堂も少しだけ考える。
説明するだけなら容易いのだが――
「――お前を納得させる自信がないと言っただろ?」
「そんなの訊いてみないと――」
「そういう話じゃない。お前が俺と同じものを見て、それでも結論を変えないのなら――そんな感性のヤツとは相容れることは絶対にない」
「…………」
面倒だからと、投げやりになったわけではない。
弥堂の強い言葉に、希咲は何かを感じ取った。
「……ん。わかった。あんたの言うとおりに、とりあえず観てみる」
「初めに言っておくが、俺の結論は変わらない。何があっても」
「…………」
「水無瀬の事情を知った上で、それでもお互いに関われるのかどうか――それを明日答えろ」
「……わかった」
「あと、先に言うべきだったが条件がある」
弥堂は眼を細める。
視線の温度が下がった。
「明日。俺とお前で答えを突き合わせるまで――それまでは絶対に俺や水無瀬の正体を誰にも言うな。仲間にもだ。言ったら、お前もそいつらも殺す」
通常通りの弥堂の物言いだ。
それは希咲にはもうわかっている。
「ん……、それは約束する。でも――」
「でも? なんだ?」
「ごめん。一人だけ。あんたの異世界とか勇者とかを言っちゃった子がいる。色々相談してたから……」
「それは誰だ?」
「言わない」
「…………」
希咲は真っ直ぐに弥堂を見返す。
だが、背中に冷たい汗が流れた。
殺意が、昨日よりも強い。
弥堂も彼女を視線で捉えながら考える。
一旦許容するべきかどうかを。
今殺すか、明日殺すか。
彼女は敵で、その彼女に仲間が居るのなら――
知った情報を共有するのは当たり前のことだ。
だから――
「水無瀬のことは?」
「魔法少女は言っちゃったかもしんないけど、魔王は言ってない」
「…………」
ギリギリ許容することにした。
何故なら――
「――いいだろう。だが、これ以上は何も教えるな」
「わかった。ゼッタイ言わない。でも――」
「なんだ?」
「明日あたしたちが話して。それで結局意見が合わなかったら?」
「その時は同じことだ。お前らを排除する」
「――ッ」
やはりそういうことになるかと、それも希咲の予想通りであった。
だが、目の前でこうして宣告されると、その重圧は強い。
「厳重に口を塞いでおけよ。ここが譲歩の限界ラインだ」
「譲歩……?」
「お前なら――お前だけならギリギリ許容できるかもしれない。だが他の連中はダメだ。考慮の余地もない」
一瞬疑問を覚えそうになったが。
確かにこれは弥堂にしては寛大すぎるほどの譲歩なのかもしれないと思えて、そんな状況ではないが希咲は少し笑いそうになってしまった。
だが――
「でも、どうしてそこまで……?」
愛苗が大変ならみんなで助け合えばいい。
幸運にも自分たちはみんな愛苗の“特殊な事情”に対応できるスキルを持っている。
これが希咲の考えで、だからこそ弥堂のこの徹底的なまでの排他主義が理解できなかった。
「だから夢で見ろ。見てそれでも同じことを思うのなら、俺たちは絶対にわかりあうことはない」
「わかったわよ……ッ!」
買い言葉のように返事をしてから、「ヘンなの」と希咲は思った。
まるで煽られたり挑発をされているように感じたが。
自分が挑むのは、彼の感じたことに共感できるかどうかだ。
これはある種お互い歩み寄ろうとしていることのはずなのに。
何故かそれが勝負のようになってしまっている。
「ヘンなの」
思わず口からも出てしまう。
弥堂は片眉を下げて怪訝そうにした。
「何がおかしい? なにか別の道が模索出来るのだとしても。先にお前が俺と同じだけの情報を頭に入れておいた方が、その先の結論を出すにも効率がいいだろ」
「ふふ……、そうね。でも、あんたやっぱヘン。すっごくあんたらしいけど」
そして希咲はとうとう笑ってしまった
弥堂はムッとする。
「バカにしてんのか?」
「してない」
「じゃあ褒めてんのか?」
「んー、どうだろ? わかんない」
「なんだそりゃ」
「ホント……。なんなんだろね。あたしたち」
すっかりと、希咲の笑う声と仕草が大きくなっていき。
今度は弥堂の方が困惑してしまう。
いつの間にか殺意はどこかへ引っ込んでいた。
「よっと――」
そうしていると、希咲が掛け声とともに地面にお尻をつける。
校舎の壁に背を預けて座り、そして――
「――じゃ、ほら」
「あ?」
ポンポンっと、自身の隣のスペースを叩いた。
弥堂は不可解そうに彼女を見る。
「なんだ?」
不審そうに見下ろしてくる弥堂に、希咲も不可解そうにした。
「だから。おしゃべりしよーって」
「だから。夢で見ろっつっただろ」
「それはわかったから。だから。違うことしゃべろ?」
「…………」
弥堂は警戒心のこもった眼で希咲の左手が置かれたスペースを視る。
なんとなくその場所に危険性を感じた。
「断る」
「断るな。はやく」
「このままでも会話はできる」
「そんなとこに立たれてると、なんか見下されてる気がしてムカつく」
「被害妄想だ」
「うっさい! いいからはやく! おすわりっ!」
弥堂の言い逃れは問答無用に切り捨てられて、希咲はバンバンと地面を叩く。
すると――
「…………」
『お、言うこと聞いたぞ?』
『考える方が面倒になると、少し素直になるんですよね』
弥堂が希咲の隣に腰を下ろすと、面白がった保護者さんたちが姿を現した。
野次馬のように少し離れた場所に座って見物をしている。
その二人の会話が聴こえたことで、弥堂はハッと正気にかえる。
授業中に屋上で希咲と並んで座っている自身の姿に疑問を覚えた。
「俺は何をしているんだ……?」
「ちょっと!」
思わず呟くと、希咲に抗議の目を向けられる。
「急に素になんないでよ」
「そう言われてもな」
「あたしだって恥ずいんだからっ」
「あ? なにが?」
「なにがって……、わかるでしょ!」
「いや、わからんが?」
「……ッ! あっそ!」
「なんだお前」
希咲がプイっと顔を背けると弥堂は首を傾げた。
全く意味がわからないと。
しかし、こうしていても仕方ないので彼女へ水を向けることにする。
「で?」
「ん?」
「で?」
「あによ」
「だから」
「ちゃんと言いなさいよ」
「なにを喋るんだ?」
「え? 愛苗を一緒に守っていこうねって話でしょ?」
「そんな話はしていない」
「してたじゃん」
「してない」
「だって、そういうことでしょ?」
「なんだと……?」
「んー……」
弥堂が心底わからないといった顔をすると、希咲は視線を空に向けて他の話題を考える。
弥堂は少し会話にうんざりしてきた。
彼の人生において、詐欺や口論は別として、他人との目的のない会話が30分以上続いた経験などほとんどない。
だから彼は少し疲れてきていた。
「愛苗のことは明日話すとして。んじゃ、あんたのこと聞かせてよ」
「……もうほとんど知ってるんだろ。他に言うことなどないぞ」
希咲のペースに振り回される弥堂の姿を過去の女たちは面白がった。
『なんかよ。一発ヌイてもらったからちょっと優しくなったみたいに見えんな?』
『シッ、静かに。聴こえると拗ねますよ』
「聴こえてんだよ」
聴こえちゃったので弥堂くんはスネた。
二人の方へ恨みがましい眼を向けている。
希咲はなにも言わず。
ぱちぱちとまばたきをして、そんな彼の顔を物珍しそうにジーっと見た。
「……なんだ?」
「んーん。なんでもない」
その視線に気付いた弥堂が問うが、彼女は何も言わなかった。
「あ、そだ」
そしてすぐに話題を変える。
「あんたのこと訊く前にさ。先にあたしたちのこと言うべきよね」
「は?」
「こっちばっか知ってるとズルイじゃん?」
「…………」
希咲の言うことは尤もなことだ。
しかし、弥堂は何故か不愉快そうに眉間を歪めた。
「それはお前らの出自とか、チカラの正体とか、そういう話か?」
「そそ。んとね、実はあたしたち――」
希咲は自分たちのことを明かそうとするが――
「――いや、いい」
「へ?」
弥堂はそれを遮った。
「それも後回しでいい」
「どして?」
「今訊きたくない」
「なんでよ?」
「それをわざと俺に訊かせて。自分たちは言ったんだからと、俺にも何でも答えるよう要求するつもりだろ。その手に乗るか」
「…………」
希咲はポカーンと口を開けて、見たことない生き物を見たような顔をした。
「なんでよ。そんなこと言うわけないし」
「ふん、どうだかな。それにお前の仲間どもに許可はとったのか?」
「え? や、全員はとってないかも?」
「その話がついていないのに勝手に訊かされて。それでお前の仲間どもに賠償を求められたり、お前らの中で起きた揉め事に巻き込まれるのは御免だ」
「そんなことなるわけないし」
「ふん、どうだかな」
「…………」
同じ台詞を繰り返しながら一見筋が通っているようにも聞こえることを主張する男の顔を、希咲はジッと見る。
「あんたなんか逃げてない?」
「逃げてない」
弥堂はそう即答するが――
『――いーや、そいつはビビってるぜ。畳みかけろナナミ』
『本当に、こういうところですよね……』
「お前らは黙ってろ」
またも野次が飛んできて弥堂も言い返す。
希咲はそれをスルーして――
だが、先程弥堂が視線を向けた場所をチラっと見た。
「ふぅーん……」
そして意味深になにかを得心した。
「なんだ?」
「んーん。べっつにー。まいっかー。ってことにしといたげる」
「どういう意味だ?」
「さぁ? どうだろね」
惚けた返事をしつつ。しかし彼女はどこか楽しげだ。
「じゃ、さ。ルビアさんのこと訊いてい?」
そしてそんなことを言い出した。
野次馬をするルビアが面白そうな目をする。
「ダメだ」
「ダメよ」
「じゃあ聞くなよ」
「ルビアさんってカッコいいわよね」
『お? ナナミ、やっぱオマエわかってんじゃあねェかよ』
希咲の称賛にルビアは喜ぶが、弥堂はムッとした。
「あんなもんカッコいいわけねえだろ」
「すんごいムキになるし」
「なってない」
「えー? でもでも。口悪いけど大事なこと教えてくれるし。同性から見てもカッコいいって」
『そうだぜ? 誰がオマエの童貞喰ってやったと思ってんだよ』
「うるせえんだよ、アル中のクソ女が」
思わず弥堂が居ないはずの女に言い返すと本人は爆笑した。
希咲もスッと顔を逸らして笑いを堪え、しかし知らんぷりを続ける。
「じゃさ? エルフィさんは?」
「…………」
弥堂はすごく嫌そうな顔をした。
「あんたルナリナさんにエロいことしてるのエルフィさんに見つかったじゃん?」
「そのような事実はない」
「あったし。あれって浮気になんないの? あの後怒られた?」
「……あれは付き合う前のことだ」
『いいえナナミ。確かに出来事の時系列はそうですが、この子は私と恋人になった後でも、普通にルナリナやリンスレットと関係を続けていました。しかも――』
「――おい、その話はもういいだろ。後で聞いてやるから黙ってろ」
弥堂のその情けない物言いに希咲は「ぷっ」と吹き出しそうになる口を押さえながらまた顔を背けた。
弥堂は非常に居心地が悪くなる。
そして――
「そんなこと訊いても意味が無いだろ。お前に必要な情報はもっと別のことのはずだ」
「そ? じゃあ、あんたのこと訊くわね」
「…………」
弥堂は何かがおかしいと首を傾げた。
女子3名はバカな子に向ける生温い目でほくそ笑む。
納得はいかないが自分で言い出したことなので、弥堂は仕方なくある程度観念した。
「……異世界のことを訊きたいのか?」
「んー……、それも?」
「よくわからんが。てゆーか、水無瀬の一週間でもダルイのに、7年分の話なんかしてられるか」
「ぷぷ、『てゆーか』だって。似合わない」
「お前のが伝染ったんだ」
「あたし今日あんま言ってないし。つか、え? 7年? そんなに?」
「大体そんなもんだろ」
「えー? だって……、あれー?」
計算が合わないと希咲は首を傾げてしまう。
弥堂は説明するのが面倒になり――
「それも夢で見ろ」
「あんた……」
――またそんなことを言い出した。
「あのさ? あたしが言うのもなんだけど……」
「なんだよ」
「あんたそんな投げやりなことばっか言ってると後で大変なことになるわよ?」
「……お前が言うな」
大変残念な目を向けてくる彼女に、弥堂は辛うじてそれだけ言い返した。
希咲はちょっと手心を加えてあげることにする。
「じゃー、異世界はまた今度にしたげる」
「今度などない」
「はいはい。それじゃさ? “アムリタ事件”の話しよ?」
「“アムリタ事件”?」
「こないだのアレよ。そういう風に呼ばれてるんだって」
「へぇ」
大して興味がなさそうな弥堂の様子を無視して、希咲は話をリードしていく。
「あれなら一緒に体験したことだし。フェアでしょ?」
「……いまさら何が訊きたい」
そう応じつつ。
フェアという単語に記憶が刺激される。
『話の早い子、理解の早い子、それと素直な子は好きよ。安心して。ワタシはフェアよ。仕事には正当な評価をするわ』
初対面の時に、彼女はそう言っていた。
「ミラーのことでも咎めたいのか?」
「え?」
「悪いが、何を言われようと改めるつもりはない。必要があれば俺は誰でも殺す」
「…………」
突然の空気を変えるような弥堂の告白に、希咲はすぐには何も言わない。
だが同意は出来ない。
ただ、彼の言葉の重さを一度受け止めた。
「あたしはそれを許せない。でも、咎めもしない」
「なんだそりゃ?」
矛盾をしているように聞こえるが、それを言った希咲の顔は真剣そのものだ。
どこか張りつめているような緊張感さえある。
「……あれを許さないって言う権利はあたしにはない。だって、同罪だもの」
「どういう意味だ?」
「あたしも同じ現場にいた。それであんたを止められなかった。それって失敗したってことでしょ? 許さないなんて言う権利ないわ」
「…………」
視線を屋上の柵の向こうへ向けてそう言った彼女の話を、今度は弥堂が黙って聞く。
「あたしね、ベツにあの仕事を受けたのって、美景の地を守るお役目とかってわけじゃないの」
「そうなのか?」
「ん。完全にあたし個人のワガママ。愛苗の手がかりを探すのにあんたに死なれたりしたら困るからって、だから無理矢理参加させてもらったの」
「…………」
その言葉に弥堂は少し意外な気持ちになる。
あの時の彼女のことはスパイのようなものだと思っていたが、まさか自分を守るために参加していたとは欠片も考えなかった。
そのことに驚きと、不愉快さを覚えた。
「あたしとあんたは勝手な都合で首を突っ込んだけど。でも他の人たちはそうじゃないでしょ? ちゃんと仕事とか役目とか、そういうのをマジメにやろうとしてた」
「そうかもな」
「あたしは自分の勝手でノコノコ出ていって。そんで何も出来なかった。甘く見てたつもりはないけど、でも結果はそう言われても仕方ないものだった」
「……お前戦場が初めてってのは本当だったのか?」
「うん……。あんな風に人が死んだり、殺し合いしたりとか……。知らなかった……」
「……そうか。それは運が良かったな」
「は?」
希咲はクルッと弥堂の方へ顔を向ける。
茶化されたのだと思った。
だが――
「新兵は最初の戦場で半分以上死ぬ。生き残りの半分も次の戦場で。その次もそうだ。だから生き残ったお前は運がいい」
「えっと……?」
「ちなみに3つ目の戦場を生き残ったら一人前だそうだ。お前は次を生き残れたらそうなる」
「そう、なの?」
「他人の生命まで背負うのは一人前になってからだってよ。それをしたければせいぜい足掻いて。それでも足りなければみっともなく神にでも祈るんだな。そうすればあと一回くらい生き残るだろうよ。運が良ければな」
「……あのさ? もしかしてそれ、慰めてくれてんの?」
「さぁ」
今度は弥堂がプイっと顔を柵の方へ向けた。
希咲はその横顔をマジマジと見る。
『オイ、それもアタシが教えたことだろうが』
『やめなさい。今いいところなんです。どうしてあの子に恥をかかせるようなことを言うんですか』
弥堂はその全てを無視した。
希咲はクスクスと笑って、話を戻した。
「だから――あの事件のことであんたを責めるのはお門違いだと思うの。自分の失敗の責任をあんたに擦り付けるみたいだし。アムリタ事件でのあたしとあんたは共犯よ」
「そうか」
適当に答えながら、弥堂はまた別の記憶を視た。
『んじゃ、試してみましょ?』
夕間暮れに視た隣の少女のことを。
『――『共犯者』』
あの時彼女は――希咲 七海は弥堂を指差してそう言った。
(まさかあれがこんなカタチで現実になるとはな……)
心中でそう自嘲する。
だが、あの約束はそれではまだ半分だ。
その先がまだあったはずで――
「――意味が無い」
「え?」
「なんでもない」
――言葉どおり、ナニでもない。
所詮は叶える気のない口約束だ。
お互いに。
それが偶然たまたまこうなっただけのことだ。
だから思い出す必要はない。
しかし、そうとはいえ。
こうして関係を続けていくと、こうして共通した出来事は積み重なっていってしまう。
望まずとも。
「でも。これからもまたあんたが同じことをするのは、あたし許さないから」
「そうか」
こうやって。
これがもっと続いてしまった時に、どうすればいいのだろうか。
どうすればいいと、言っていただろうか。
それもやはり思い出さない。
「――ねー、アムリタっていえばさ」
「あ?」
希咲の声に呼び戻される。
続きを考えたくないので、彼女のお喋りに付き合う。
「バイト先一緒だったのビックリよね」
「あー……」
「多分1年くらいお互いに気付かずに働いてたのよ? ちょっとうけるわよね」
「笑えねえよ」
「あたしマジで応接室でビックリしちゃって」
「そうだな。俺も男のガキのフリしたお前が突入してきて驚いた」
「ウソつき。全然動じてなかったじゃん。ゼッタイ気付いてないって思ってた」
「あれでも驚いていたんだ。隠すのに慣れているだけだ」
「それってウソつきってことじゃんか。あんたって何したらちゃんとビックリすんの?」
「仲の悪い女に呼び出されていきなりキスされた時かな」
「ねぇーっ! なんでそゆことゆーの!」
「お前が聞いたからだろ」
「キスしたってゆーな!」
「しただろ」
「ゼッタイ他の人とかに言わないでよね!」
「なんでだ」
「なんでとか聞くことじゃないでしょ! 彼氏でもないのにキスしたとか噂になったらまたおかしな誤解が……」
「その噂では彼氏ってことになってるんだが」
「そ、そういえば、その設定まだ生きてるんだ……」
「…………」
「ちょっと? なに黙ってんのよ」
「あ? いや……、どうしてこんなことになったんだろうなと。ありえねえだろ? こんなこと」
「素になんな! つか、あんたのせいでしょ⁉」
「お前のせいだ」
「あんたが行き当たりばったりでしょうもないウソつくからじゃん!」
「お前がそうやってすぐ感情的になって暴走するからだ」
「あんたのせい!」
「お前のせいだ!」
「あんたマジメンヘラ!」
「お前の方がメンヘラだ」
「大体あんたさ。こないだのデートの時だって……」
二人の話は続いていく。
共有した記憶について。
今暫く、チャイムが鳴るまでは。
地面に置いた右手と左手。
拳一つ分の隙間を空けて。
並んで座る二人の姿を――
春の終わりの太陽が見下ろしていた。
ドローンさんも見下ろしていた。




