3章19 false brave? ⑥
事後――
「――ご苦労だったな」
弥堂はそれが終わるとすぐに立ち上がり、素っ気なく女を労った。
魔力オーラはもうスッキリ消えている。
見下ろした視線の先では、希咲がペタンと地面に女の子座りをしていた。
彼女の方は動かない――と思いきや、若干プルプルと震えているようだ。
希咲の顔色はさっきまでとは別の意味で変わっていた。
顏は少し青褪めていて、両手で口を押さえている。
(――と……、とんでもないことをしてしまったのでは……っ⁉)
七海ちゃんはもう素に戻っていた。
今しがた自身が行っていたことに、とってもショックを受けている。
(なんで……⁉ なんでこんなことになったの……⁉)
チューは論外だし、指をチュパチュパするのはちょっとエッチだしと、総合的に判断した結果。
鎖骨ならギリセーフだと思ったのだが――
(――な、なんかえっちじゃなかった……⁉)
終わった後に冷静に考えると、普通にアウトな気がしたのだ。
「おい、なにやってんだ?」
「――ッ!」
弥堂に不審げな眼を向けられて、希咲は反射的にキッと彼を睨みあげる。
(こ、こいつ……ッ!)
そんな視線を受けても弥堂は不思議そうに眉を歪めるだけだ。
(な、なんでこいつ平然としてんの? え? あたしがおかしいの……?)
自身の価値観と貞操観念に疑問を覚え、先程の“サコチュー”を思い出してみる。
どう考えてもアウトで七海ちゃんのお顔がボっと赤くなった。
「なにしてんだ。さっさと立て」
弥堂が手を差し出してくる。
希咲は口元を押さえる手の片方を動かそうとして、ハッとなった。
「……ッ⁉」
「おい?」
手を取ろうとしない彼女を弥堂が不審そうにする。
七海ちゃんは両手で口を押えたまま、お顔を横にブンブンっと振った。
なんとなく今は口を見られたくなかったのだ。
「あ?」
しかし、そんなことは弥堂には伝わらない。
面倒をかけられたと思ったようで、「チッ」と舌打ちをして希咲の手首を掴む。
「むぅーッ⁉」
希咲はそれに大袈裟に驚き、そして抵抗をした。
「むぅーっ! むぅーっ!」
「なんだよ、めんどくせえな。立てっつってんだろ」
いい加減焦れた弥堂も両手を使って彼女の左右の手首をそれぞれ掴み、力尽くで彼女を引っ張り上げる。
それを嫌がった彼女は両足を畳んで従うことを拒否した。
そのまま弥堂に持ち上げられると、バンザイをした状態でプラプラと地面から浮く。
「むぅ! むぅーっ!」
「…………」
弥堂は呆れて口を開けたまま、彼女を左右にプラプラ揺らしてみた。
胡乱な瞳で彼女の顔を見るが、希咲は真っ赤になった顔をイヤイヤした。
やがて希咲の方が先に諦めて両足を地面に着ける。
弥堂が手を離すとすぐに――
「――あにすんのよ! このヘンタイッ!」
「意味がわからんのだが」
弥堂としては本当に珍しく親切心で彼女を立ち上がらせてやっただけなのだが、理不尽にも怒られてしまう。
「なんで⁉ なんですぐそうやってエッチなことしてくんの⁉」
「なんのことだ?」
「したじゃん! あたしにヘンなことさせて!」
「お前が勝手にしてきたんだろうが」
「て、手口なんだ……! こうやってワケわかんなくさせて……、それで女の子にエロいことするんだ……っ!」
「そのような事実はない」
「あるもん! 騙されないから! あたしそんなに安くないし!」
「…………」
昨日は無理矢理キスしてきて、今日は突然服を開けさせて肌に吸いついてきた女がそんなことを主張してくる。
弥堂は珍しく反論に困った。
「何言ってんだこのアホ」と思ったのだが――
『――そうです。気を付けてくださいナナミ。この子はいっつもこうなんです』
『まぁ、ナナミも大概だが、確かに「どうしてそっからそうなんだ?」ってのが昔から多いよな。このエロガキ』
――『勝ち確』だと言って去っていたお姉さま方の声が聴こえくる。
弥堂も確かにそういったシチュエーションが多いということには心当たりがあり、多少自覚もあったのでまた反論出来なかった。
「大体あんたってさぁ――」
希咲はさらに追撃のクレームを入れようとしたが。
弥堂の開けたままの襟元を見てハッとした。
さっきまで自分が口を付けていた箇所に、赤い印がハッキリと残っている。
「むぅーーっ!」
「おい、なにすんだ」
希咲は指輪から素早くウェットティッシュを取り出すと、弥堂の胸倉を掴んで“その痕”をゴシゴシ擦る。
しかし、そんなことでは簡単には消えない。
七海ちゃんはプンプンだ。
「もぉーっ!」
仕方ないので弥堂のYシャツのボタンを留め直して痕を隠し。
ついでにネクタイもキュッと整えてから、彼の胸をドンっと突き飛ばした。
それから自身のお口もササッと拭いて――
そして伝統的な様式美を感じさせる動作で、ビシっと弥堂を指差す。
「勘違いしないでよね! これからも手軽にこういうこと出来るなんて! 二度としないから!」
「そう願う」
「はぁ⁉ あんだけしといて、なに? その言い方!」
「いや、今のはミスだ」
「ふんっ! あ、あと……」
「なんだ?」
「な、なかったことに、なりませんか……?」
「……オーケーだ。俺たちには何もなかった」
理不尽だとは思いつつも。
この状態の女に正論で口答えをしても余計に面倒なことになるだけだ。
経験上それをよく知っている弥堂は少しの間彼女の愚痴を聞き流した。
そしてようやく場が落ち着き――
「――ね。これ貰ってもい?」
足元の木箱を指差して希咲がそう訊ねた。
魔力が満タンになった魔石を自分が使ってもいいかという意味だろう。
「駄目だ――と言いたいところだが」
弥堂は適当に肩を竦める。
「それがなんなのか、俺にはわからん」
ある程度の予測は先に済ませたが、弥堂自身に使える物でなければ所有権を主張しても意味がない。
「これは魔石よ」
希咲は赤くなった石を一つ手に取って、存外あっさりと教えてくれる。
弥堂が眼を細めてそれを視ると、コメカミに痛みを感じた。
どうやら“安物”ではないらしい。
「……それに魔力を貯蔵しておいて。武器に燃料として供給し。魔剣としての能力を使用する。そういうカラクリか?」
「そそ。よくわかったわね」
「この眼には魔力の動きも映る」
「へぇ。あの線とか糸みたいなのと混ざるとワケわかんなくない?」
「線?」
「ほら。“魂の設計図”?」
「あぁ。もう慣れた。それにいつも視ているわけでもないからな」
「ふぅん、そっか」
「というか。何故お前にそれが視える?」
「え? 視えないわよ?」
「じゃあ何故“魂の設計図”が……」
「あぁ。あんたの夢で観たのよ。夢の中ってあんた視点になるの。だからあんたの眼に映ってるから記憶にも残ってて。だから夢の中限定ね」
「……そうか」
「ん」
弥堂は希咲との会話に違和感を覚える。
彼女の発言に嘘を感じたわけではない。
ただ彼女と、こんな内容を自然と話していることに――
それを自然なことだと感じてしまった自分に違和感があるのだ。
だが――
今はその違和感を押しのけて、それよりも希咲の戦闘能力について考える。
弥堂の知っているだけで希咲の特殊な武器は、『無限にナイフを生み出す指輪』『意のままに操れる鎖を伸ばすガータリング』の2種類があった。
(……いや。物を収容するイカれた指輪もあったか)
双剣やブーツも怪しいが、ハッキリと能力を見たわけではない。
わかっている物だけで考える。
あれら一つ一つの能力はまるで上位レベルの“加護”だ。
“聖剣”のような。
格としては聖剣の方が上なのだろうが、希咲の持つ魔剣の方が使い勝手がよさそうにも思える。
そして彼女はそれを何種類も操る。
(魔剣や魔道具の扱いを専門にする魔術師は確かに居たが……)
どちらかというとそういった者たちは研究職の色が強く、その人物自身には戦闘能力はそこまで備わっていなかったケースが多い。
戦ったとしても魔剣や魔道具の能力頼みになることがほとんどだった。
弥堂自身もそうだ。
しかし、希咲は『魔法職ではない』、そして『ジョブは盗賊』――そう言った。
(なんなんだこいつ……?)
弥堂の持つ知識の大部分は異世界で培ったものだ。
こっちの世界ではこれが普通なのだろうかと考えるが、そうとも思えない。
先日アムリタの件で戦った魔術師たち――
あれがおそらくこっちのスタンダードだ。
そうすると、希咲のことは余計に異質に思えた。
そんな疑念や疑問を処理していると――
「――それにしてもこれ……」
希咲が足元の木箱を見下ろしてなんとも言えない顔をする。
「なんだ?」
「や、いっぱい出たわねって」
「……表現を変えた方がいいぞ」
「へ? なにが?」
キョトンとする彼女に弥堂は肩を竦めてそれ以上は答えなかった。
希咲も首を傾げただけで、自分の話題に戻す。
「これよ。あの短時間でこんだけ魔石埋めるなんて、勇者ヤバって話」
「あぁ……」
意図を把握して弥堂も木箱の中を見てみる。
赤くなった魔石で木箱1つがいっぱいになっていた。
「リィゼが徹夜でね。魔力ポーションがぶ飲みしながら補充したんだけど。それの半分くらいあるわよこれ」
「へぇ」
それはどれほどのことなのかという基準がわからないので、弥堂からは生返事しか出ない。
それよりも――
「魔力ポーションってなんだ?」
「ん? 魔力が回復する薬だけど?」
「魔力が増えるのか?」
「んーん。減った分を回復させるだけ。元々の最大値までが上限よ」
「そうか。それは素晴らしいな」
「…………」
適当な返事をする弥堂を希咲はジト目で見た。
彼が何を期待して興味を持ち、そして何故興味を失ったかを察したからだ。
とりあえず今回は見逃してあげることにする。
「ともかく。魔力とMPの高いリィゼでも魔石充填するのは苦労するからさ。あたしも気軽にポンポン使えないのよ。あたし自身は魔力ないようなもんだし、自分じゃ補充出来ないから」
「昨日のは?」
「あれは結構な大盤振る舞い。出し惜しみなんかしてたら絶対負けるって思ってたから、使い切るつもりでやったの」
「へぇ」
「だから10分そこらでこんなに充填出来たのは助かったわ」
「あ――」
それを聞いて、弥堂は遅れて気付く。
これでは敵に塩を送っただけだと。
今からでもゴネて所有権を主張するべきかと考えたが――
「ん?」
――不思議そうに首を傾げる彼女の顔を見て、やめた。
これを狙ってそうしたわけではないことがわかったからだ。
自分が間抜けだったのだと納得をさせる。
するとその間に――
「――まだもうちょっと時間あるわね」
――スマホを取り出した希咲が嘆息する。
1時間目はまだ終わらないようだ。
彼女はスマホから弥堂の方へ視線を戻す。
「ね? 授業終わるまでここで時間潰さなきゃだし、お喋りしよ?」
「おしゃべり……?」
生まれて初めて聞く単語だといった風にに呆けた顔をする弥堂に、希咲はクスクスと笑った。
「愛苗のこと教えてよ」
だが、続けた希咲の言葉に弥堂の警戒心が上がる。
「それは魔法少女のこと――という意味か?」
「んー……」
眼を細める弥堂の前で、希咲は宙空に目線を遣る。
そして――
「――それもあるけど、でも他のことでもいいわ」
「あ?」
彼女の答えに弥堂は眉を顰めた。
「魔法少女のこともちゃんと知りたいけど。それ以外の愛苗のことはもっと大事だもん」
「…………」
「愛苗は元気?」
「夢で見たんだろ?」
「一番最近は知らない」
「……まぁ、元気だな」
「なにしてた?」
「なにって……」
直近の愛苗ちゃんとの記憶といえば昨日のことだ。
彼女のおブラと半裸で会話しているところを見られ。
そしてその後は「ななみちゃんのニオイがする」とスリスリされた。
「……リハビリをがんばっている」
「ふぅん、そっか……」
弥堂は嘘を吐いた。
バレたら面倒なことになると判断したからだ。
「ホントに……?」
しかしそれを勘づかれたようで、見事なジト目を向けられる。
弥堂はジッと彼女の目を覗き――
「疑うのならそのスキルとやらで見ればいいだろ」
「ふぅん……?」
気合で言い張る弥堂を希咲がじっくりと品定めする。
数秒ほどそうして――
「――ま、いいわ」
――どうやら見逃してくれたようだ。
「そうそう、スキルといえばさ――」
彼女としては目の前の小さな嘘よりも、重要なことを思い出したからだ。
「――んっ」
彼女はまたそうして両手を差しのべてくる。
「? 今度はなんだ?」
弥堂はそれを不審な眼で視た。
希咲は一度苦笑いをして、すぐに表情を改める。
「愛苗のこと訊く前に、先にスキル解除するね?」
そう言われて、そういえばそんなことを言っていたなと弥堂は思い出す。
弥堂の価値観では、せっかく仕込んだそれを解除するなんていう選択肢はないので、本当に解除するとは思っていなかったのだ。
「ちゃんとあんたの口から聞きたいからさ……」
「…………」
真剣な瞳でそう言ってくる希咲の手を、弥堂は魔眼に映す。
そのココロのカタチは視えない。




