3章19 false brave? ④
左右の掌を合わせて差し出してくる希咲に――
「なんだこれは?」
「んっ……!」
弥堂が意味を訊ねると、彼女はもう一度同じようにして手を強調してきた。
「チッ」と舌打ちをして弥堂はゴソゴソと自身の懐を探り――
「――おらよ」
――希咲の両手の上にそれを乗せてやる。
「なんでよ――っ!」
彼女はそれの正体を確かめもせずに弥堂の顔に投げかえし、
「ちがうでしょ! つか、なつかしいわねこれっ!」
ダンっと地面を一回踏んで、怒りなのかよくわからないことを言った。
「そうか? せいぜい半月くらいしか経っていないと思うが」
弥堂は顔に貼りついた一万円札を剥がしながら適当に答えた。
希咲は弥堂の言い分を無視してもう一度手を差し出す。
「んっ!」
「なんだよ」
「手、かして」
「断る」
「断るな! はやくして!」
「チッ、なんなんだ」
「お手っ」
「…………」
弥堂は不満そうにしながらも希咲の掌の上に右手を置いた。
それを両手でキュッと握られる。
「なんの真似だ?」
「魔力」
「あ?」
「要はそれ外に出せばいいんでしょ?」
「それが出来ないって話をしてただろうが」
「だーからっ! あたしが吸ってあげるって言ってんの!」
希咲の言葉に弥堂は眉を顰める。
すると、彼女はキョロキョロと目線を一度彷徨わせた。
「昨日、覚えてない? あたしが魔力吸ったの」
「あー……」
そういえばそんなこともあったなと思い出す。
意識が朦朧としているところにさらにワケのわからないことをされていたので印象が薄かったが、確かにレイスにやられた魔力吸収と似た感覚はあった。
「ベツに魔法使わなくっても、魔力が身体の中になくなればいいんでしょ?」
「まぁ、そうだな」
「じゃ、あたしが出させてあげる」
「…………」
これはどうなんだろうと、弥堂は希咲の顔を見る。
得体の知れない“魔力吸収”を許すなど冗談ではないのだが、弥堂は特に抵抗をしなかった。
「ちょっと?」
「あ?」
「していいの?」
「あー……」
魔力のオーバーフロウで死ぬこと自体は問題ない。
だが『死に戻り』を使った直後を狙われれば、完全に殺されることになる。
それならば、他に方法もないし“ドレイン”を喰らう方がマシかと判断した。
「チッ、わかったよ――」
「え――」
舌打ちをして弥堂は希咲の両手をグイっと引っ張る。
胸元に飛び込んできた彼女の顎を左手でクイっと上げさせて。
そして彼女の唇に自分のものを近づけていった。
「ちょちょちょっと! こらぁ! オマエなにしてんだぁっ!」
いきなりキスされそうになって慌てた希咲は、弥堂の顔面を正面からバチーンっと引っ叩く。
際どいところだったが、唇は接触することなく弥堂の顔は離れた。
「いてぇな……」
「いてぇなじゃないでしょ! あんたいきなりどういうつもり⁉」
希咲はキャンキャンと叫んでから、そういえばこうやって脈絡もなくセクハラをしてくる男だったなと思い出す。
それは特に懐かしいとは思わなかった。
「お前がやるっつったんだろうが」
「言ってないし! なに不服そうにしてんだ!」
「吸うって言っただろ」
「誰が唇吸えっつったのよ! チューになっちゃうでしょ!」
「昨日はやったじゃねえか」
「やってない……、って、あ、そっか」
希咲は弥堂の勘違いに気が付く。
「魔力吸うのにはその……、それは必要ないのよ」
「それ?」
「えっと、あたしね……、なんていうか“夢魔”って称号があって」
「称号?」
「その称号を持ってると“夢見”とか“魔力吸収”のスキルが使えるようになんのよ」
「スキル?」
「あっ! って言っても。あたしがベツに夢魔とかってワケじゃないから! ジョブは“盗賊”だし。勘違いしないでよね!」
「ジョブ?」
弥堂には一個も理解出来なかった。
それは要するに――
「――だから! その、アレしたのは“夢見”を強化するためで。魔力吸うのは別にソレしなくてもどっかが触れてればいいの!」
「さっきから言ってるアレとかソレってのは、昨日したキスのことか?」
弥堂が顔を顰めながら訊ねると、希咲はボッと赤面した。
そしてまた視線をキョロキョロさせながらお口をモニョモニョさせる。
「あ、あんまり、キスしたとか言わないでもらえますか……」
「しただろうが」
「し、してない!」
「あ? しただろ」
「あ、あれはキスじゃないの!」
「なんだと?」
よくわからない言い逃れを始めた女に弥堂は眉を顰めた。
「き、昨日のはあくまでスキルなの……っ!」
「まぁ、そうかもな」
「だからキスじゃないの!」
「舌まで入れてか?」
「い、いれてないっ!」
「入ってただろ」
「スキルだからセーフなの……っ!」
「お前……」
希咲が青春オーラと同じくらいに無理のあることを言い張ると、弥堂はまた口を半開きにして言葉を失った。
その呆れ顔に七海ちゃんはハッとし――
「な、なかったことに……、なりませんか……?」
「無理があるだろ」
「…………っ」
「わかった。希咲 七海。キミはキスをしていない。スキルだからセーフだ」
七海ちゃんのお目めにブワっと涙が浮かぶと、弥堂はすかさず合わせてやった。
また泣かれるのは面倒だからだ。
しかし、全てを譲ってやるほど優しい男でもない。
「だが、レイプはダメだ」
「えっ?」
「お前はキスはしていない。だが、俺をレイプはした。泣けば全部なかったことに出来るなどと甘ったれるなよ。自分の罪は忘れるな」
「そ、それはもちろん……! ヒドイことしたことまでなかったことにはしない!」
「では、希咲。お前はキスなしでレイプだけした女だ。復唱しろ」
「ねぇーっ! それあたしもっとサイテーな感じになってない⁉」
「最低は最低だろうが。これだからギャルは淫乱で困る」
「ぐぐぐぬぐ……っ! くっそぅ……っ! くっそぉ……っ!」
希咲は地面を踏み鳴らしながら己の失敗の重さを大層噛み締めた。
彼女が握る弥堂の手がギリギリと痛んだ。
「で? 結局どうすんだ?」
「あ、うん。このまま吸っちゃうね?」
希咲は弥堂の右手に触れる自身の両手に意識を集中させる。
「【魔力吸収】――ッ!」
そう唱えた瞬間、繋いだ手を通って彼女へチカラが流れていく感覚を弥堂は感じる。
そして――
「…………」
「…………」
七海ちゃんはジッと弥堂の顔を見る。
弥堂もジッと彼女を視た。
魔力オーラはユラユラと揺れる。
「……えっと、どう?」
「確かに吸われてはいるが……」
蒼銀の輝きは変わらずに二人を包んでいる。
「全然減ってないな」
「あー……」
希咲はガックシと肩を落とす。
ドレインは確かに接触さえしていれば出来る。
ただしその効果は粘膜同士を接触させた時よりは格段に落ちるのだ。
なので、戦闘中に手で触れただけで魔術師を無力化するなどという芸当は出来ない。
となると――
「――むむむむむぅー……っ!」
「なんだよ……」
希咲は目元を赤くして弥堂を睨みつける。
そんな涙目を向けられてもと、弥堂は困る。
「こ、こうなったら……っ」
希咲は意を決する。
もう少し接触を深めることを。
「ゆび……っ!」
「は?」
ヤケクソ気味に叫ぶ彼女に弥堂は眉を寄せる。
希咲は弥堂の手をキッと睨んだ。
「ゆびかして!」
「おい……」
貸してと言いながらも弥堂の了承は待たずに、希咲は両手で弥堂の右手を引き寄せる。
自分よりも大きな手。
自分よりも長い指。
その人差指の先端を凝視しながら、そこへ唇を近づけていく。
あと何センチかかまで距離を縮めた時、緩く口を開いた。
ドキドキと煩い自分の心臓の音で頭の中が埋まっていく。
そして弥堂の指先が、希咲の唇に触れた――




