3章19 false brave? ➂
問題児の弥堂くんとギャルの希咲さんは屋上で授業をサボっています。
「――てかさ。まずこれどうにかしないとよね」
希咲は弥堂の身体の周りにブォっと出てる魔力オーラを見ながら困った顔をする。
「ほっときゃそのうち治まるだろ」
「なんであんたが他人事なのよ」
「どうにかなんだろ」
「ホントにぃ?」
適当な受け答えをする弥堂に希咲は疑いの目を向けた。
弥堂は軽く肩を竦める。
「新しく魔力が生成されている感覚はない。既に生成されたモノがなくなれば消える」
「へぇ~」
「というか、俺の魔力保有量は多くないから、どのみちずっとこの量を留めてはおけない」
「ん? 勝手に消えるってこと?」
「どうだろうな。自然消滅する前に身体の方がもたなくなるかもな」
「ふぅん? そなんだ……って――え゛っ……⁉」
弥堂が何でもない世間話のように喋るので希咲は一回スルーしかけたが、遅れてその言葉の意味に気付きギョッとした。
「そ、それってどういうこと⁉」
「ん? 生物の身体にはそれぞれ魔力をストックしておける限界値があるんだ。これは主に才能に依存する」
「え、えっと、あんたの限界はこの魔力を貯めておけないってこと?」
「そうだ。ちなみに水無瀬の昔の心臓病があったろ? あれもおそらくこれが原因だ。あいつのストック量の限界値はとんでもなく高いが、使って減らさなければオーバーフロウする。それで心臓が不調になったんだ。魔法少女になった後は、日常的に魔法を使うことでそれが解消されている」
「はぁー……、そうだったんだ……。そういや、似た話をミラーさんとしてたわよね」
ホテル内で行われたミラーとの面談の時のことを思い出した。
「あぁ、あれか。魔力量には『生成量』と『消費量』と『保有量』があるという話だろ?」
「そーそー。『消費量』ってのは一回でどれだけいっぱい魔力使えるか、だっけ?」
「そうだな。所詮学問的な話に過ぎないから、実践や戦闘にはそこまで役に立つものじゃない。3つも混ぜてるせいでややこしいが、一般的に魔力が高いヤツというのは、3つ全てが高水準なことがほとんどだ」
「あんたは?」
「俺はどれも低い。魔術師を名乗れるレベルにない。逆に水無瀬は3つどれもがイカレてるくらいに高い。下手したら人類で比肩できる者などいないような別次元だ」
「えっ……⁉ 愛苗ってそんなにスゴイの⁉」
「俺の記憶を見たんだろ?」
「や。そうなんだけど。まだビックリがほとんどで。実感がないのよね……」
希咲にとっての愛苗は、未だ大人しくてか弱い、ぽやぽや女子のイメージが強い。
なまじ二人の距離が近かったのもあって容易には覆らない。
「あぁ、そういえば……」
「ん?」
苦笑いをする希咲を見て。弥堂は以前に浮かべた疑問を思い出す。
「お前らって他人の魔力量を感覚的に掴めないのか?」
「かんかく?」
「今の俺のこれは、俺が居た世界でいうと大魔導士クラスはあるぞ」
「えっと……?」
「赤い髪の魔術士が出てきただろ?」
「んと、ルナリナさんだっけ?」
その名前を口にすると弥堂は露骨に顔を顰める。
希咲は慌てて手を横に振った。
「あ、ゴメン。あたしが言うのヤだった? 悪意はなかったの」
「違う。お前にムカついたんじゃなくって、あいつにムカついたんだ」
だがそうではなく、ルナリナという単語を聞くだけで気分を害したようだった。
希咲は今度はあきれ顔になる。
「なんでよ。あんたあれだけあの人に好き放題やっておいてそれはないでしょ」
「どうでもいい。とにかく、あのメスブタはあれでも強力な遠距離砲台にもなる。ぬるい戦場で使うなら決戦兵器になるくらいの」
「へぇ、めっちゃ泣いてたから意外かも」
「つまり、今の俺はそのくらいの魔力があるわけだが、お前はそれを感覚的に察知できていないだろ? そういう話がしたかった」
弥堂の説明にようやく希咲も理解する。
「うん、そうね。なんかオーラ出てるってくらいしか」
「これは一定の魔力量がある者が過剰に魔力生成してストック量をオーバーフロウした時に起きる現象だ。だが、お前はそれを視覚的にしか捉えていない」
「確かにそういう感覚とかはないわね」
「まぁ、そうだろうな」
弥堂は希咲の反応に納得をする。
「だが、俺のこれですら普段の水無瀬の足元にも及ばない」
「えっ⁉」
「お前が旅行に行く前の、普通に教室に居る時のあいつでさえ、これ以上のバケモノだったぞ」
「そ、そうなの?」
「俺は初めてあいつを見た時に驚いた。だが他にはそれに気付いているような人間は誰もいなかった」
「あぁ、なるほど。魔力を察知する感覚があれば、愛苗のチカラに気付かないわけがないって話か」
「この世界ではそれが普通なのか?」
「あー……」
弥堂の問いに希咲は少し答えに困る。
「んとね。まず、『この世界の魔術師とか陰陽師』と、『あたしたち』を分けて考えて?」
「うん? どういうことだ?」
「出来ることが違うのよ。みらいが言うには『仕様が違う』ってことらしいんだけど」
「……とりあえず一回言ってみろ」
「あ、うん。まず、フツーの魔術師さんとかにはそういう感覚はあんまりないみたい」
「0ではないということか?」
「ん。でも、あんたみたいには感じられないっぽい。そういうのを測る術とかで調べるんだって――って、ミラーさんも言ってたわよね? 同じ説明をあたしもみらいから聞いてる」
「……なるほど。だから学園の運営陣やそいつらの誰も水無瀬に気付いてなかったのか……」
エアリスと話し合って立てた仮説が大体合っていたことが確認できた。
だが、そうすると気になるのは――
「お前らは?」
「あたしたちにもそういう感覚はない、かな? でもやっぱり計測するスキルみたいなのはあるの」
「それを水無瀬に使わなかったのか?」
「使うわけないじゃん。友達なんだし」
「……そうか」
その感性はやはり弥堂には理解出来なかったが、言及するのはやめておいた。
「――なんだけど。でもそれもやっぱり『仕様が違う』らしくって」
「あ?」
「使ったとしてもあんたの言う『魔力量』みたいな数値はわかんないのよね」
「なんだそりゃ?」
「これ説明ムズイのよね……」
「その『お前らのスキル』ってやつは、お前らにしか使えないのか?」
「それは……そうね。そう思ってもらってだいじょぶ」
「そうか……」
説明を受けてもその部分についてはやはり――
(――なんだそりゃ?)
――そんな感想にしかならない。
希咲たちのことは、この世界の魔術一派のようなものと考えていたが、今の説明を聞く限りはそうはならない。
(なにか特別な“加護”を持った集団……?)
そう考えた方がしっくりくるが、しかしそうなるとその“加護”に類似性が生まれるということの説明がつかない。
“加護持ち”とも違う、なにか彼女たちだけ特別だという意味に聞こえたが判然としなかった。
この機会にそこまで訊いてみるかと思ったところで、希咲が物珍しそうな視線を向けていることに気が付く。
「なんだ?」
「え? んと、てかさ?」
希咲はジィーっと弥堂の顔を見つめる。
(なんか、フツーに愛苗のことお話してくれる……)
弥堂があまりに自然に話題に出すので、それを意外に思ったのだ。
でも――
(――んー、一回どうでもいいやって思ったから、無意識に言っちゃってるだけかな?)
決してそれは、彼が完全に心を許してくれたわけではないと判断する。
そうなると――
(下手にイジったりするとまたすぐフテっちゃうから、指摘しない方がいっか)
――きわめて合理的にそんな判断をした。
だから、
「んーん。なんでもなーい」
「そうか」
「要するに、愛苗の健康とかは今はだいじょぶってことよね?」
「経過の観察は必要だが、今のところは問題ないという判断だ」
「そっか。うん。ありがと」
「なにが……?」
「んーん。なんでもなーい」
「……? そうか」
怪訝そうな顔で一応相槌だけ寄こす弥堂に、希咲は内心で「むふふ」と笑っておく。
そんな風にちょっとした優越感を覚えたばかりだが。
その直後に七海ちゃんはハッとした。
「――いや! なんでもなくないじゃん!」
「今度はなんだ?」
突然大きな声を出した彼女に弥堂は迷惑そうな顔をする。
「や。あんたよあんた!」
「あ?」
「このままだとあんたの身体がヤバイって話だったじゃん!」
「そうだな」
「なんでスルスルと違う話題に変わってんのよ⁉ スルーしちゃダメなやつじゃんか!」
「そう言われてもな。話題が変わっていることには気付いていたが、お前が次々に喋るから……」
「あたしのせい⁉ 違う話したのあんたでしょ⁉」
「そうだったか?」
「え? や……、あたしも、かも……。ごめん」
「別に。どっちでも大差ないからな」
希咲が謝ると弥堂は肩を竦める。
「あれー?」と希咲は首を傾げる。
自分と弥堂との会話はちっとも話が進まないのが常だった。
今も進んでいないのは同じなのだが、こんなにスムーズに会話が次々に連なっていくことなんて今までになかった。
それを何だろうと考えようとしたところで、またハッと気が付く。
「――また! 話それた!」
「それたな」
「なんで他人事なのよ! あんたヤバイんでしょ⁉」
「ヤバイはヤバイが別に問題はない」
「え? だって魔力が溢れると身体が……」
「あぁ。支障をきたす」
「それって……」
「さぁな。前に実験した時は身体が爆裂四散したな」
「はぁ⁉」
「どんな形になるかは知らんが、結末はどうせ一緒だ」
「それってつまり――」
最悪の結末を想像して顔色を悪くした希咲に、弥堂はコクリと頷く。
「――あぁ。つまり――死ねば治る」
「ばかぁぁーーっ!」
当たり前のように言った弥堂に希咲が大声で怒鳴る。
勇者オーラを貫通して弥堂のお耳がないなった。
「あんたそういうこと気軽に言うんじゃないわよ!」
「あ? なんだって?」
「聴こえないフリすんな!」
「お前の声がうるさくて耳がイカレたんだよ」
「ウソつき! そんなわけないし!」
「普通にあるんだが……」
鼓膜は無事だったようで、「キィーン」という耳鳴りもすぐにおさまる。
「何を怒ってる?」
「死んじゃダメでしょ!」
不思議そうに訊ねる弥堂に、七海ちゃんは人として当たり前のことを教えてあげた。
だが彼は首を傾げるばかりだ。
「お前俺の『死に戻り』を知ってるんだろ?」
「知ってるけど!」
「じゃあ問題ないだろ」
「あるから! 生き返るからって死んでもいいとか、死んで治せばいいとか――そんなのダメに決まってんじゃん!」
「エルフィみたいなこと言いやがってめんどくせえな――」
――と、弥堂は思ったつもりが、
『口に出ていますよ?』
「だったらなおさらダメでしょ! めんどいとかゆーな!」
二人がかりで怒られてしまった。
弥堂は気分を害した。
「じゃあ、どうすんだよ」
「なんなの? 怒られたら逆ギレとか」
「実際問題どうしようもねえだろ。死んだ方が効率がいい」
「そんなわけないし。一緒に考えよって言ってんじゃん」
「考えるったってな……」
弥堂は嘆息しつつ、一応考えてみる。
「無理だ。ここまでだな」
「早いってば! なんでそこだけ諦めいいの」
「魔力を使うしかない。だがその手段がない」
「あー。魔法ダメなんだっけ?」
「さっきも言ったが聖剣がないと術式の制御が難しい」
「んー……、ん? あんたって聖剣がないと魔法使えないってこと?」
「あ――」
実際はこれで2度目なのだが、余計なことを言ったと弥堂は後悔する。
さっきからずっと彼女にペースを握られっぱなしでどうも上手くない。
「あ、でもでも。あんた勇者パワーなくても魔術とか使ってたじゃん」
しかし、それは希咲がカマをかけて情報を得ようとしているわけでもない。
彼女は気にした風もなく、次の提案をしてくる。
なので、弥堂もスルーすることにした。
「それは既にやっている」
「え? 今も?」
「【身体強化】や【治癒強化】などの使える魔術はさっきからずっと発動させている」
「へぇ、そなんだ。んで、魔力は?」
「……全然減らないな」
「あぁ、うん……」
弥堂がスッと眼を逸らすと、希咲も気まずそうに眉を下げた。
どちらも次の案はないようで、少し無言になる。
「んんぅ~……っ!」
すると、希咲が口元をモニョモニョとさせてから、何やら葛藤でもあるように唸った。
弥堂は怪訝そうに彼女の顔を見る。
顔が赤くなったり、眉間に皺が寄ったり、唇が波打ったり――
やがて――
「――んっ!」
希咲は半ば自棄になったような顔で、弥堂に両手を差しのべた。




