3章19 false brave? ➀
「――で、結局わからんのだが」
「なんでよ!」
結局理解の進んでいない弥堂 優輝に、希咲 七海が怒鳴り返す。
少し前にHR開始を報せる喧しいチャイムが鳴った。
その音があまりに煩くて迷惑だったために、大泣きしていた希咲はビックリして正気にかえった。
おかげで今は会話が出来るくらいにメンタルを持ち直している。
「あたしのこと泣かしといて、なんだったのよ!」
「お前が勝手に泣いたんだ」
「あんたがイジメたからでしょ!」
「俺をボコったくせにイジメられた? よくもそんなことが言えるな」
「ぅぐ」
「わかってるのか? お前は俺をレイプしたんだぞ。立場を弁えろ」
「ぐぬぬ……っ」
希咲は悔しげに歯軋りをする。
同時に悟った。
これは一生言われるやつだと。
「物事の経緯やお前のことは大体わかったが。それで何故謝りにくるのかというところがわからん」
「なんでよ! 悪いと思ったからに決まってんじゃん」
「だから悪いと思ったとして。勘違いだったとして。それでも謝る理由にはならんだろ」
「……まぁ、うん。あんたはそうよね」
ここで希咲も弥堂が何を理解出来ないのかという点に気が付く。
少し寂しげな笑みを見せた。
「敵だぞ」
結局これに尽きる。
「勘違いだろうがなんだろうが、相手を潰すだけだ。何故謝る必要がある」
「やっぱそういうことか」
「もう一度言うぞ。俺たちは敵だ」
「敵じゃない」
「敵だろうが」
「もうやめる」
だから、希咲はきっぱりと否定した。
「なに……?」
弥堂は疑わしげに眼を細める。
一度敵になった者が敵でなくなるという出来事を彼は知らない。
仮にそうなることがあるとすれば、それは相手が死んだ時だけだ。
途中で敵をやめるなんてことがあるはずがない。
「俺にもお前にも目的がある。その目的はぶつかっている」
「そんなことない」
「嘘を吐くな。だから昨日ああやって戦うことになったんだろうが」
「それはあたしがバカだったから。あんたのこと、ちゃんとわかってなかった」
「だったら水無瀬から手を引くということか? もう関わらないと?」
「それはやだ」
二人の意見は結局噛み合わない。
どちらも頑ななように見える。
しかし――
弥堂の表情が敵意や疑念から硬いのに対して。
希咲の方はどこか晴れ晴れとしたような顔だ。
弥堂は嫌な予感を覚える。
勝手にキレて、勝手に泣いて、そしてこちらが追い付くのを待たずに勝手に吹っ切れる。
弥堂の嫌いな女の特徴だ。それを今の希咲から感じ取った。
「じゃあ、謝ったから許せとでも? その上でお前の方に従えと言うのか?」
「言わない」
希咲はゆっくりと首を横に振った。
「許して欲しいって気持ちはある。でもベツに許さなくたっていい」
「は?」
続いた彼女の言葉はやはり弥堂には理解不能だった。
許されないなら謝っても損だと考える彼には理解出来ない。
「なのに、何故謝る? 意味がないだろ」
「ある。あたしが謝りたいって思ったから。そうした方がいいって思ったの。あんた流に言うんなら、『ケジメをつける』? そんな感じよ」
希咲の返答に、弥堂は不愉快げに眉間を歪める。
だが、その答えをルビアは気に入ったようで笑った。
『おぉ、そうだぜ。筋を通すってのは大事だ。じゃねェとダセェからな!』
『貴方、こっちで生まれてたらヤクザになってそうですよね』
『アン? 一般人ぶん殴って金を巻き上げりゃいいんだろ? あっちでもやってたぜ?』
『……ユウキがガラの悪い男たちとばっかり仲良くなるのは貴方のせいです』
『殺し屋のくせに何言ってんだ。アイツが殺しにどっぷり浸かったのはオマエらのせいだろ』
『私は……っ――』
自分のことで勝手に口論を始めてしまったお姉さま方に苛立ち、弥堂は彼女らの方を睨む。
そっちに気を取られている間に、会話の主導権は完全に希咲に持っていかれてしまった。
「でも。それで許すかどうかはあたしが決めることじゃない。これもあんた流に言うんなら、『あんたの問題』よ」
「……俺が許すとでも思っているのか?」
というか、弥堂にとってはそれ以前の問題だ。
許そうが許すまいが、大前提は最初に決めた目的を達成することだ。
障害になるものはあらゆる手段を尽くして排除するだけ。
許す・許さないなどという要素は一切絡まない。
それは希咲にもわかっているようで、彼女は笑った。
その笑顔は、弥堂にも見覚えのあるものだった。
これらの一連の事件が始まる前の。
自信に溢れた勝気な笑顔。
「だから、許さなくていい。だけど……、や、それに……? まぁ、どっちでもいっか……」
「…………」
七色に反射する瞳が真っ直ぐに弥堂を写す。
「だって、あたしもあんたを許さないから――」
言葉とは裏腹に、敵意を一切感じない晴れやかな笑顔。
だが、弥堂の右足は無意識に踵を引き摺った。
「あんたはあたしを許さない。でも、あたしもあんたを許さない。どう? “おあいこ”でしょ?」
「……なおさら意味がわからんな」
「そ? 『謝る・謝らない』と、『許す・許さない』は別問題ってだけでしょ?」
「余計に不必要だ」
「あ、もちろん許してくれてもいいのよ? そしたらあたしの方はどっしよっかなー? ふふーん」
悪戯げに鼻を鳴らす希咲に弥堂は翻弄される。
彼女の言っていることがわからないのは変わらずだが。
だが、何故だか自分が不利だと感じていた。
「俺のことが許せないのなら。戦うしかないだろう。どのみちお前の目的は水無瀬を奪うことだろう」
「ちがうし。愛苗はあたしのじゃない」
「なら、俺を粛清するか?」
「しない」
「だったら許さないとはどういう意味だ?」
弥堂のその問いに、希咲は少し表情を真剣なものに改めた。
「あたしは、あんたの全部が許せないわけじゃない」
自分の気持ちを真っ直ぐに伝える。
「あんたの異世界でのこと……。ちょっとだけ知ってるけど。でも、知んない。戦争はやっぱりわかるとは言えないし。そこでの人殺しとか。それに対して、あたしが許すとか許さないとか言う資格はないと思う。だって、関係ないし」
「じゃあ――」
「――でも、こっちでは違う。日本に帰ってきてからあんたがした色んなヒドイことは許せないって思う。だけど。きっと、それにもあたしが何か言える資格とか権利はないって思う。だって、あんたの言ったとおり。あたしがバカで。失敗したから」
昨日の戦いの中での彼女との会話だ。
弥堂としてはあれに何か意味をこめたわけではない。
争っているのだから、ただ相手に効きそうなことを言って罵っただけだ。
怒らせてペースを乱し、自分が有利になるために。
彼女も同じようなことを言ってきた。
それは自分と同じものだと弥堂は考えていた。
それは違うのだろうか。
「だったら結局お前が許さないこととはなんだ?」
彼女の話を聞く限りそんなものはないように思える。
あったところで、弥堂が考えや行動を改めることなどないが。
「あたしが許さないのは――」
希咲は真っ直ぐに腕を伸ばして弥堂の胸を指差す。
不敵な顔で――
「――これからもあんたがヒドイことをすること。それをずっと続けること。あたしはそれをゼッタイに許さない……っ!」
弥堂は敵意をこめて希咲を睨み返す。
彼女の言っていることは支離滅裂にしか聞こえない。
だが、弥堂は彼女の言葉の意味がわかってしまったような気がした。
その魂の鮮烈な輝きの前に。
「その資格ならお前にあるとでも言うのか?」
「ある」
「ふざけるな。そんなものは――」
「――ある! だって、あたしは! 今あんたの目の前にいるから!」
「ねえよ。俺は――」
「――うっさいだまれ! そんなの知るかぁーっ!」
まるで癇癪を起しただけのような希咲に、弥堂は反論が出来ない。
過ぎていった言葉への否定を考えている間に、彼女はどんどんと進んでいってしまう。
「あたしまちがってた」
出来ることはただ眼で追い、記憶に焼き付けるだけ。
「あんたにも。愛苗にも」
それを思い出した時、いつか理解出来るのだろうか。
「あんたたちの事情を考えて。気持ちを考えて。配慮しなきゃって……、してたつもりっ。それでみんなが良くなるようにって」
わからないから黙って彼女を映す。
「最初に事情を知ろうとした。あんたのこと刺激しないようにとか。無理矢理踏み込まないようにとか。そんなことばっか考えて。遠く離れたまんまで。だけど、上手くいかなくって。それで最終的にあたしがやったのは、スキルであんたの過去を盗むなんて一番サイテーなことだった。ホントにゴメン!」
その気持ちが真実であることはさっきで知っている。
「でも、そんなの意味なかった……!」
偽り逃げて拒絶し遠ざかっていたのだから、そうなるのも当然だ。
「あんたの過去とか。正体とか。これから何するつもりなのか。そういう事情だけ知っても意味なんてなかった。あたしが本当に知らなきゃいけないのは、もっと別のことだったの……!」
「……それは、なんだ?」
口が勝手にそれを訊いてしまう。
致命的なものだと本能でわかっているのに。
訊かずにはいられない。
希咲の瞳のチカラが一層輝いたように弥堂には見えた。
「あんたの気持ちっ!」
それは弥堂が最も嫌い、最も蔑み、最も蔑ろにしているものだ。
自分のも。他人のも。
「気持ち、だと……?」
「そう。あんただけじゃなくって、愛苗のも」
「そんなものはない」
「ある」
「俺の眼には視えない」
「それでもある。じゃなきゃ、あんなに色んな人があんたを心配したりしない」
弥堂は反論に窮する。
記憶に確かに残っている限り、それは認めなければならない。
その時――
『ハッ――勝ったな。おい、エル。帰るぞ』
『あ、はい。ユウキ。短気を起こさずに、年下の子には優しくするんですよ?』
ルビアとエルフィが立ち上がり、消えていった。
それに気を取られている間に、希咲に懐にまで近づかれていた。
さっきもしたミスだ。
「言ったところでどうなる? そうすればお前が従ってくれるのか?」
「わかんない!」
せめてもの抵抗に口を吐いた言葉はそんな情けないものだった。
希咲も退いてくれない。
さらに足を踏み出して近づいてくる。
「じゃあ言っても意味ねえだろ」
「意味とかうざい」
「それでどうなる」
「次はあたしの気持ちも知ってもらう」
「いらない」
「だめ」
彼女の鼻先が顎に触れてしまうくらいに近づくと、弥堂の足が下がる。
言葉を交わす度に、一歩二歩と校舎の入り口の方へと近づいていく。
「俺が他人の気持ちなど考えるとでも思うのか?」
「そうかも。だけど、そうじゃない。あんたは無視してるだけ」
「同じことだろ」
「無視してるってことは見えてはいるんでしょ。そこに在ることはわかってるんでしょ? だから見えないフリするんだ」
「それも同じだろうが」
「だから――」
弥堂は下がり、希咲は進む。
しかし、いずれ終わりが来る。
弥堂の背が校舎の壁にぶつかった。
これ以上は逃げられない。
奇しくも、昨日と全く同じカタチになった。
弥堂の腕と身体との間――
左右ともにそこへ希咲は自分の腕を通す。
そして勢いよく壁に掌を打ち付けた。
「無視できなくさせてやる。あたしのこと――」
物理的に逃げ場を塞がれ。
そして至近距離で下から真っ直ぐに瞳を覗き込まれる。
虹色の輝きがこれ以上にないほど近づいた。
今日もまたその煌めきに視界が埋め尽くされるように感じるほど。
『世界』にそれしか存在しないのであれば、無視のしようもない。
「――あんたの気持ち、きかせて」
窓を通って。
其処の底の奥底まで。
塞がれた心にまで、虹の橋が架かった――




