3章18 5月13日 ➀
5月13日 水曜日 朝。
校舎の屋上――
弥堂は2日連続で希咲から呼び出しを受けた。
てっきり昨日の続き――ようするに戦いをするものだと弥堂は思っていた。
そうでなければ、夢から記憶を覗くという彼女のスキルで得た情報を質に、愛苗の身柄を寄こせと脅迫をされるものだと。
その場合は相手を殺すことになるだけなので結局は同じことだが。
しかし、現実に起こったのはそのどちらでもなく。
屋上に出て扉を閉めるなり、希咲は綺麗に腰を折って頭を下げ、謝罪の言葉を口にした。
弥堂にはそれが理解出来なかった。
意味がわからすぎて、不意打ちをする為に仕込んでおいた魔術結界を起動させ武器を手にした状態のまま、思わずフリーズしてしまう。
次に思いついたのは罠の可能性だ。
意味のわからないことをして相手を油断させ、その意識の間隙を突く戦法だ。
それは弥堂の常套手段である。
自分がやるから相手もやるはずだという理屈のもと、疑いと警戒の眼で慎重に希咲の動きを探った。
しかし、彼女はそれ以降動かない。
もしかして罠とかではなく、普通に「ゴメンなさい」と言っている可能性に弥堂はここで気が付く。
しかしそうなると、やはり意味がわからない。
意味がわからないまま、希咲のサイドテールを留める白い髪留めシュシュを何秒間か視つめ――
「…………なにが?」
――ようやく口にしたのがそんな間抜けな言葉である。
「は?」
すると、希咲の方も意味がわからないといった顏をした。
弥堂はカチンとくる。
その苛立ちのままにとりあえず彼女を罵倒しようとする。
怒らせてみれば相手の考えがわかるからだ。
だがその前に――
「だから昨日のこと――って……⁉ あんたなにしてんの⁉」
希咲は弥堂の手から血が流れていることに気が付きギョッとした。
魔術結界を起動するのに自分の血が必要だったのだ。
ここで希咲は腰を折るのをやめて身体を起こす。
そして周囲の異変にも気が付いた。
屋上の床のそれなりの範囲に赤い光の線が奔っており、自分たちが立つ場所が囲まれている。
「えっ? えっ? なにこれ? キモ……」
希咲は周囲をキョロキョロと見回した後に、唇に人差し指を当てながら「ん~?」と宙空を見上げ、それから――
「――【愛の深さと等しきモノ】」
――左腿にガーターリングを喚び出す。
そして――
「ほい――」
ナイフを1本放りそれを鎖で絡めとると、地面を奔る線にナイフを突き刺し――
「えいっ。【罠解除】――」
――そう念じる。
するとその瞬間、パキンっと乾いた音が鳴って屋上の床を奔る線が全て消えた。
弥堂の魔術結界は破壊されてしまった。
弥堂がそれに驚いた時にはもう希咲はすぐ間近に来ている。
出血する弥堂の手をとると、その傷口に謎の小瓶から液体をピチャピチャとかけた。
二人で一緒にその掌をジッと見る。
すると、あっという間にカッターでつけた傷が治ってしまった。
その様子を見て、気持ち悪いなと弥堂は思った。
七海ちゃんは「うんうん」と満足げに頷くと元の位置に戻っていき――
「――ゴメンなさいっ!」
――リテイクした。
弥堂もまた口を半開きにしたまま彼女を視て、
「…………なにが?」
やっぱりそれしか言えなかった。
今度はおちょくられているとでも思ったのか、希咲が少しムッとする。
「だから! 謝ってるんだってば!」
「だから、なにが?」
「昨日のことに決まってるでしょ」
「昨日……?」
弥堂は眉を顰めながら、その昨日のこととやらを思い出す。
そしてすぐに魔眼を強烈にギラつかせた。
「それはなにか? 昨日戦ってボコボコにしてゴメンと、そういう意味か? 馬鹿にしてんのかてめえ……ッ」
「ちちち、ちがうから……! や、そうだけど……」
「あ?」
「ちがうってば! 確かにボコボコにしちゃったのはゴメンだけど! 煽ってるとかじゃないの!」
「上等だ。エモノを抜け。あれで勝ったと思うなよ……」
「ちょっと待ってって! 戦う気はないの! もっかいやったらあんたが勝つと思うし……。もうやめよ? ね?」
「ふざけるな。その身体に思い知らせてやる。おら、変身しろよこの野郎ッ」
「なんでぇ⁉」
何を言っても煽りにしか聞こえないようで、弥堂のコメカミはビッキビキでお目めはガンギマリだ。
問答無用で襲い掛かりそうなその時――
『――オイ見ろよ。あのバカいっちょ前に悔しがってんぜ? 珍しいよな、戦いの勝ち負けに拘るの』
『武を極める者としては必要な資質です。あの子にはそれが欠けていましたので、いいことです』
――世間話のようにそんなことを喋りながら、ルビアとエルフィーネが姿を現した。
彼女らに気を取られて、弥堂の気勢が若干削がれる。
『これのどこがいいんだ? ったく、なっさけねェったらねェぜ。年下の女にボロ負けして謝られるなんてよ。アタシならもう引退モンだわ』
『黙りなさいルビア。今はあの子を刺激しないで下さい。ナナミの邪魔になってしまいます』
彼女らは弥堂と希咲がよく見える位置で地面に座り込んだ。
まるでピクニックでもするかのように。
『よォ、エル。酒くれよ』
『そんなこと言われても……、あ、いえ。出せるみたいですね。どうぞ』
ルビアの注文に困ったように眉を下げたエルフィーネだったが、どこからともなく木のジョッキを取り出す。
ルビアに手渡すと彼女はゴッゴッゴッと喉を鳴らして中身を煽った。
『カァーッ! これだよこれ。場末の酒場のぬるくてマッズイエール。懐かしいねェ。オマエもやれよ』
『結構です』
『なァ、こっちの世界のビールとかいうの出せよ。あれ呑んでみてェんだ』
『ふむ……、どうもそれは出来ないみたいですね』
『チッ、しゃあねェな。じゃあツマミくれよ』
『でしたら、こっちの世界のピーナッツが出せるようです。どうぞ』
気分ではなく、完全にピクニックだった。
花見よろしく、弥堂と希咲のやりとりを肴に一杯やり始めていた。
弥堂はいい加減文句を言おうとしたが、咄嗟に口を閉じる。
この上で彼女らのことまで希咲にバレることを面倒に思ったのだ。
だが――
(そういやこいつ。昨日ルビアだのプァナだの言ってたよな……)
既にもうバレているのかもしれない。
いずれは全部バレる。現在はどこまでバレているのかわからない。
(マジで面倒で厄介な女だな……ッ)
弥堂のイライラがさらに加速する。
「ちょっと?」
「あ?」
「あんたどこ見てんの?」
「……別に」
突然そっぽを向いて舌打ちをしだした弥堂を希咲が怪訝に思う。
弥堂は慎重な動きで視線を希咲へと戻した。
しかし、希咲は――彼女には見えていないが――ルビアとエルフィーネの座る場所をジッと見る。
「……誰かいんの?」
「いない。もしも居るように見えるのなら病院に行くことをお勧めする。眼科ではなく脳みその方だ。そのまま入院して二度と出てくるな」
出だしからペースが乱れてしまったので、弥堂はとりあえず煽ってみることにした。
相手を自分よりも不快な気分にさせれば勝ちという弥堂ルールだ。
「ふぅん……?」
しかし、希咲はそれにのせられることはなく――
「――なんか急に饒舌になったわね?」
「べつに」
――弥堂を胡乱な瞳で見る。
逆に疑われてしまったようだ。
このままではいいことが1つもないので、弥堂は仕方なく元の話題に戻ることにした。
「……お前は昨日のことを謝りに来たということなのか?」
「え? ずっとそう言ってんじゃん。マジでゴメンっ」
「……それはなんだ? 暴力を奮ったことがどうとか、そういう謝罪なのか?」
「んと、それもあるけど……。他にもぜんぶ?」
「…………なにがだ?」
「なんでそうなんのよ⁉」
さっきよりもほんの少しだけ進んだが、結局弥堂の口からは同じ言葉が出てきた。
悪いことをしたら謝るという文化を知らずに生きてきた男にはまるで意図が伝わらない。
「悪いが、俺にはお前の言っいてることがまるで理解できん。一つもだ」
「そ、そこまでなの? 一個くらいはわかってよ」
「本当は煽ってんだろ? 謝るフリして」
「ちがうってば!」
「じゃあ、他にもってのはなんだ?」
希咲は努めて冷静さを保ち、慎重に説明をする。
「だーからっ。最初っからよ」
「最初? いつの話だ?」
「あんたに愛苗のことお願いって言った、旅行前のとこから」
「愛苗? 誰だそれは。知らない人だな」
「そこはもう認めなさいよ! 話が進まないでしょ!」
「そう言われてもな。知らないものは認めようがない」
「夢で見たし! 5/5に病室で愛苗と“Layla”聴いてたでしょ⁉」
「レイラ? 知らない人だな」
「見たって言ってんじゃん!」
「ふん、便利なチカラだな。だが、無駄だ」
「はぁ?」
頑なに言い張ってから鼻で嘲笑ってくる男に、希咲のコメカミにも青筋が浮かんできた。
「夢で記憶を何でも見れる。そんなお前が見たと言い張れば、実際になかった記憶でもあったことに出来る。なんて悪質な女だ。くたばれ」
「言い張ってんのはあんたでしょーが!」
「いいや、お前だ。くたばれ」
謎のスキルによってこちらの情報が全て見透かされる。
そんな希咲への対抗策として弥堂が考えたのがこれだ。
どんな事実や証拠を掴まれようとも「記憶にない」と言い張ればいいのだ。
希咲が夢で何を見ようとも、彼女はそれを現実世界に出力できるわけではない。
決定的な真実を第三者と物質的に共有することは出来ないのだ。
そんな彼女が言うことは全て妄言として決めつけ、ワケのわからない虚言を喚く精神病患者のレッテルを貼り付ける。
そうして希咲を精神病院に封印してしまえば、どんな犯罪を犯してもなんとかなると、弥堂はそう考えた。
「な、なんてガンコでメンドくさくてムカつくヤツなの……っ」
弥堂の考えを見透かしてまではいないが、希咲は畏れ半分、呆れ半分の気持ちで眩暈を覚える。
決して忘れていたわけではない。
だが、弥堂との普通のトークが久しぶりだったこともあり、遅れて段々と思い出してきた。
「そ、そういやこういうヤツだったわね……っ」
以前も毎回こうだった。
話しかけると毎回こうして本題と関係のない口論になってしまい、会話がちっとも進まない。
「おい、お前に俺のなにがわかる」
「はぁ?」
「記憶を全て漁ったところで無駄だ」
「なんの話よ」
「過去の俺は全て今の俺とは別人だ。何故なら新陳代謝とかしてるからだ。細胞が違う」
「新陳代謝ってそういうことじゃないでしょ!」
「うるさい黙れ。新陳代謝をナメるな。お前が俺を知ることは永遠にない。進化とかを、アレだ。いい感じにしてる」
「なんなの……? その新陳代謝に対する絶大な信頼感は……」
そして意味のわからない屁理屈で本題に入る前に疲れさせられてしまうのだ。
それがなんだか懐かしくも感じてしまい――
「――ふふっ」
――不謹慎かもしれないが、希咲はつい笑みを漏らしてしまった。
すると――
「おい――」
弥堂の魔眼がギロリと光る。
「貴様、今笑ったな? 謝罪の場で笑うとはなんだ? 本当は悪いと思ってないんだろ? やっぱり嘘だったんだな。本当は謝る気なんてこれっぽっちもないんだろ。誰が騙されるか」
「だぁーーっ! うっさい! だったらちゃんと謝らせなさいよ! なんなの!」
さらにもう一つ。
こうやって不必要に自分も怒ってしまう。
それで余計に話が拗れて何を話していたのかすら忘れてしまうのだ。
カっとなった希咲は謝罪の前にこの屁理屈男を一回ヘコましてやろうと考えるが――
「ハッ――」
――直前で脳裡にエルフ耳の少女の困り顔が浮かぶ。
悔しげに歯を食いしばってから深呼吸をし、気を落ち着けた。
「プァナちゃん……。お姉さんがんばるからね……」
七海ちゃんは早くも泣きたくなってきた。




