3章16 DEEP CONNECT ➁
翌日――
弥堂は同じように朝から登校していた。
自席に座ってHRの開始を待つ弥堂に、教室中からチラチラと視線が寄こされている。
昨日の5/12の朝のHR開始前に、希咲と一緒に弥堂は教室を出ていった。
そして、そのまま1時間目の授業をまるまるサボった後に、教室に戻ってきたのは弥堂一人だけだった。
その際に、彼の姿は斬り裂き魔にでも襲われたかのようにボロボロになっていた。
当然弥堂がそのことを周囲に説明することなどなく、周りの生徒さんたちは只管困惑していた。
現状の生徒さんたちの見解では、度重なる浮気の挙句に相手の一人を妊娠までさせた件で希咲に鬼詰めされたのだろうというのが有力な説となっている。
その希咲は今朝もまだ教室に来ていない。
この件をどう扱ったものかと、誰しもが様々な思惑で様子を窺っている。
その視線には弥堂も気が付いている。
いい加減鬱陶しいので、一度周囲をジロリと見回して威嚇をした。
すると、生徒さんたちはパッと目を逸らす。
その中には紅月ハーレムの面々も含まれていた。
紅月 聖人でさえも、ちょっとどうしていいかわからないといった風にも見える態度で目線を逸らしていた。
ちょっとどうしていいかわからない――という気持ちは、弥堂も半分はわかる。
弥堂自身もそうだからだ。
昨日の朝に希咲とああいった顛末となり。
そしてそれだけで終わった。
殺し合いをしていたはずなのにトドメを刺されることもなく。
彼女は立ち去り。
それ以降何もない。
教室に戻ってきても、紅月たちが何か仕掛けてくることもなかった。
彼らはその時から今のような態度だ。
最初に希咲と教室を出る際に、彼女に何か牽制をされていたようだが――
(まさか、まるっきり連携をとっていないなんてことがあるわけないよな……)
――だが、そうとしか思えないように、彼ら自身もどう動いていいかわからないといった風に戸惑っている。
少なくとも弥堂からはそう見えた。
結局放課後になっても希咲は学園には戻ってこず。
弥堂は警戒しつつわざと人気のないところへ誘い込もうと街中をプラプラしてみたのだが、特に意味はなかった。その後は愛苗の見舞いにも行き、だが、結局何も起こらない。
希咲も他の連中も、その後にも姿を現すことはなかった。
客観的に見ても、あれではただ呼び出されてボコボコにされただけだ。
なのに特に何も要求をされたりもしない。
弥堂としても意味がわからないまま時間が過ぎ、こうして翌日になっていた。
だが――
(そんなわけがない)
きっと、今日に何かがあるはずだ。
弥堂が油断なく心構えていると――
――ガラっと。
勢いよく教室の戸が開く。
昨日の朝の焼き直しのように登場したのは、やはり希咲だった。
力任せに開かれた戸はレールの上を走り、行き止まりにぶつかって戻ってくる。
そして敷居を越えようとしていた希咲の膝にゴスっと当たって止まった。
「…………」
希咲は足を止めて、その戸をカラカラと静かに開く。
その手は若干プルプルしていた。
心なしか、昨日以上に鬼気迫る様子だ。
彼女のその雰囲気にあてられ、教室はまたシーンと静まる。
皆がハラハラと見守る中で、希咲は弥堂の席にズンズンと近付いてきた。
弥堂の心臓がドクンと強く打つ。
「――顏かして」
「上等だ――」
目の前まで来た希咲がギンっと睨みつけると、弥堂は即座に応じた。
無意識に【身体強化】の刻印が起動する。
そうして二人はまた連れ添って教室を出ていこうとするが――
「――ちょっと待ったァーーッ!」
――それを止める者があった。
紅月 聖人――ではなく、鮫島くんだ。
彼は出入り口の手前で、先頭を歩く希咲を通せんぼする。
「オイ、ワケわかんねェから昨日は譲ってやったがなァ。本当はオレの番だ――」
「――どいて」
鮫島くんはお口にチャックをしてスススっと端に寄った。
希咲の目がガンギマリだったからだ。
無言で二人に道を譲る。
すると次は――
「な、七海――」
聖人が声をかけてこようとするが、彼が何かを言う前に希咲は彼の机にガンっと自分のバッグを置いた。
「――ついてこないで。おねがいマジでホントに」
聖人くんもお口にチャックをしてコクコクと頷く。
希咲の目が昨日よりも血走っていて恐かったのだ。
今日も誰にも止められずに二人は教室を出ていってしまう。
彼らの姿が見えなくなって何秒かして――
「――ふぅー……っ、ビビったぜェ……」
額の汗を拭いながら鮫島くんが動き出した。
同時にマリア=リィーゼ様が席を立ち、聖人の机の上の希咲のバッグを彼女の席へと運んでいく。
王女さまは優秀なパシリとして振舞う。当然、もしもの時は自分の助命だけ懇願するための点数稼ぎだ。
「ビビったのはこっちなんだよ。刺激しないでよ鮫島」
鮫島に声をかけたのは早乙女だ。迷惑そうな目を彼に向けている。
「いや、だってよぉ。昨日ホントはオレの番だったんだぜ?」
彼が言っているのは、ここのところ彼らが夢中になっている“弥堂チャレンジ”だ。
誰が一番彼からいいリアクションを引き出せるかというゲームである。
「そんなのいつだっていいじゃん。どうせ殴られるんだし」
「バッカ、オマエ。オレのは自信あったんだよ」
「なにする気だったの?」
日下部さんが問いかけると鮫島くんはドヤ顔をして、ズボンの裾を捲った。
そこから現れたのはスネ毛――ではなく、ツヤツヤとしたパンティストッキングだった。
「それもただのパンストじゃあねェ。コイツは“タイカン”だ……ッ! スゲェだろ!」
バーンっと鮫島くんが自身のパンストを誇るが、早乙女も日下部さんもスッと真顔になって彼を無視した。
“Tights of Count”とは少々値が張るものの、抜群の品質と耐久力を持つ女性に人気のパンストメーカーだ。
“タイカン”とは日本国内での略称だ。
パンストを着用した女性に対して「キミ、タイカンいいね」と言うのは、「あなたのストッキングはとても素敵ですね」と褒めている意味となる。
そんなことに造詣のある脚フェチのことを、彼女らは心底軽蔑した。
「キモいね」
「ないよね」
と、彼女らがヒソヒソしている間にマリア=リィーゼが自席に戻ってくる。
「七海……。一体なにが……」
隣で心配そうにそう呟く聖人を横目で見て、マリア=リィーゼは着席した。
弥堂と希咲はまた屋上へと上がる。
今日は道中に“うきこ”は現れず、誰とも会うことなく階段を昇りきった。
屋上へのドアを開けた希咲が昨日と同じく、先に出るよう顎を振る。
弥堂は彼女をジッと視る。
すると希咲はもう一度「んっ!」と顎を振って強調してきた。
彼女はとても荒んだ目をしていた。
弥堂は「ふん」と鼻を鳴らして屋上に出る。
どういうことかはまるでわからないが。
どうやらこれは昨日の続きをしようということのようだ。
(望むところだ)
弥堂は屋上に出る。
そして7歩進んだところで足を止め振り返った。
希咲はこちらを向いたままドアにお尻を当てて、体重を使ってドアを閉める。
そのままそこで立ち止まっている。
今日は結界を張らないようだ。
少し顔を俯けていて前髪で隠れた彼女の表情は窺い知れない。
弥堂は彼女の様子をジッと魔眼に映す。
昨日の彼女は自分を倒すために入念な準備をしてきていた。
一方で自分の方は何も用意出来ていなかった。
決してナメていたわけではないが、敗因をあげるのならそういうことだろう。
しかし今日は違う。
(さっさとこっちに来い)
弥堂は少し身体を斜めに向けて、後ろ手の袖からカッターナイフを取り出す。
チキチキと刃を伸ばした。
そのまま何秒間か過ぎる。
やがて希咲が歩き出した。
弥堂はカッターの刃を握り込んだまま掌を引いた。
スパっと切れた傷口から血が垂れて地面を濡らす。
やや乱暴な足取りで数歩進んできた希咲が弥堂の前で足を止める。
弥堂は続いて取り出した小瓶の中の液体も地面へと落とした。
その瞬間、屋上の地面に赤い光が奔り複雑な図形を描く。
自身の魔力を強化する為の魔術結界だ。
それが発動したのとほぼ同時に、希咲もガバっと上体を動かす。
弥堂は黒鉄のナイフを握り、【身体強化】の効果をフルスロットルに入れた。
勢いよく弧を描いた希咲のサイドテールが長い後ろ髪と共に前に垂れさがる。
魔眼から放たれる蒼銀の眼光が、彼女の無防備な後頭部に突き刺ささり――
「――ゴメンなさいっ!」
――頭を下げたままで、希咲がそう叫んだ。
ナイフを持つ弥堂の手がピクリとする。
弥堂は口を開けたまま彼女の後頭部を視つめ――
「………………………………あ?」
……何秒間かした後にようやく、どうにかそれだけ発音した。




