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俺は普通の高校生なので、  作者: 雨ノ千雨
3章 俺は普通の高校生なので、帰還勇者なんて知らない
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3章16 DEEP CONNECT ①


 七色の光に視界の全てを照らし尽くされ――


 或いは七色の影に覆い尽くされ。


 そんな世界で弥堂は身動きすら出来ない。



 打たれ縛られ毒で痺れ。


 血は流れて魔力も枯れかけた。



 視界を埋める大きな七色の光は、希咲の魔術か何かなのだろうか。


 後はもう何も出来ないまま、殺されるのを待つしかない。



 待った。



(なんだ……?)



 いつまで待ってもトドメがこない。



 希咲は殺すつもりで掛かってきていた。


 彼女は親友である愛苗を殺されたと思っている。


 なら、彼女には自分を殺す権利も理由もある。



 ここまできて、手を緩めることはないだろう。


 しかし、新たな衝撃も痛みも何も発生しない。



 それすら感じることが出来ないほどに、自分の身体は麻痺でイカレてしまったのだろうか――


 そう疑問を浮かべた時に、ふと息苦しさを覚える。


 もしかしたら首を絞められているのかもしれない。



 思わず身体が呼吸を行う。


 口から息が吸えないので、逆に息を吐いてしまった。


 すると、吐いたはずの息がより熱を持って帰ってくる。



 その息を吸うと、少し感覚が戻った。


 そして気が付く。


 口が塞がれている。



 視界を塞ぐ光は別に大きな光ではない。


 ただ――近いだけだ。



 七色の輝きの元は弥堂の瞳のすぐ間近にあった。


 ふと、その輝きが消える。


 消えた後に残ったのは、長い睫毛だ。



 弥堂の口は、希咲の口によって塞がれていた――




(――サイアク……ッ!)



 希咲は弥堂の唇に自身のそれを押し付けながら、全身を奔る筆舌に尽くし難い感覚に抗うために瞼を閉じて心中で叫んだ。


 行為に怯え、睫毛が震える。


 その睫毛の先に彼の肌が触れてしまう。



 壁に寄りかかる弥堂を押さえつけて、彼のネクタイを掴んで自分の方へ引き寄せて。


 希咲は爪先を伸ばして彼にキスをしていた。



 少し荒れた彼の唇と、メイクをしていない自身の唇。


 それをただ合わせただけの渇いたキス。



 その感触が不快で、つい唇を身動ぎさせる。


 すると、少ない湿りによって糊付けされていた唇が剥がれ、僅かな痛みを感じた。


 その感覚に驚いて身を竦ませると、「プチュっ」と意図せぬ音が口の中で鳴る。


 その音に反応して希咲の耳がピクリと跳ねた。


 だけど唇は離さない。



 今の作業の際に一瞬だけ出来た唇の隙間に、弥堂の鼻から垂れた血が染み込んでくる。


 その熱と味の不快さで。


 この行為から自分が逃げてしまわぬように、より顎を前に突き出す。


 お互いの唇の肉が少し押し潰れて、それ越しに歯と歯が当たった。



 硬い感触に驚いて僅かに唇が引いてしまう。


 それではいけないとまたピッタリと合わせた。


 そうすることで、互いの接点に湿り気が生まれてくる。


 まるで自分の唇を使って、彼の唇に血のルージュを引いているようだ。



 それはとても悍ましいことのはずなのに。


 その水気が皮肉にも二人の唇をさっきよりも馴染ませた。



 自分の親友を害した男。


 本来殺しても飽き足らないはずの相手にキスをする。


 当然、その行為の意味は好意などではない。



(ギャルのくせに、キスくらいでビビるな――ッ!)



 意を決して、希咲は瞼を開ける。


 そして――


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


【称号:夢魔】

【EXスキル:魔力吸収(ドレイン)


―――――――――――――――――――――――――――――――――――――


「――ッ⁉」



 弥堂の眼も見開かれた。


 彼の吐息と一緒に、希咲は口から魔力を吸い込んでいく。



 ここまできて――


 ここまでして――



(糸も消えるやつもやらせない……!)



 身体の自由も魔力も。


 このキスに抗う術を彼から全て奪い取る。



 やがてスキルが、弥堂の生命状態が危険域に入ることを報せてくる。


 希咲はドレインを停止した。



「……んぅ」



 その拍子に自分の口から、まるで悩ましげなようにも聴こえる声が漏れる。


 首の両脇でざわざわと羞恥心が騒ぎ耳たぶを擽った。



 その直後、弥堂の足からガクッと力が抜けて、彼の腰が落ちる。


 壁に背中を擦りながら、腰が砕けたように尻もちをついてしまう。


 希咲は離れないように、弥堂の唇を追いかけた。



 壁に寄りかかるようにして座る彼の両足は投げ出され。


 希咲はその弥堂の足の間に膝をつく。


 四つん這いになるような姿勢でキスを続けた。



(まだ……?)



 最初から解りきっていた答えを、一縷の望みにかけるようにスキルに問う。


 答えは当然変わらない。



(やっぱり、これだけじゃダメなの……?)



 様子を窺うように至近距離から弥堂の瞳を覗く。


 意識が飛びかけている彼の眼は茫洋としていて、揺れる虹彩の中に自分の瞳が映った。


 いつものっぺりとしていて渇いている彼の瞳が、この時だけはどこか濡れているように見えて――



(そんな目しないでよ……っ!)



 それがなにか違う意味のモノに見えてしまって、希咲は思わず目を閉じる。


 気が変になってしまう前に早く済ませなきゃと、瞼にギュッと力を入れた。



 希咲は膝を前に進める。


 弥堂のネクタイを掴んでいる右手をグイっと引っ張り上げ、彼の顔を上に向かせた。


 左手で彼の顎を掴む。



 両手を地面から離したことで希咲の上半身がグラつく。


 お尻を後方に突き出して背筋を(しな)らせながらもっと距離を詰めて、彼の顔に覆いかぶさっていく。



 希咲は半目を開けて、弥堂の顔を見下ろす。


 ほんの一瞬顔を傾けて、唇の左半分を離す。


 無意識に息を喘がせた弥堂の口が開いた。



 その隙間を狙って希咲は彼の咥内に舌を挿しこむ。


 そして再び唇をピッタリと合わせてお互いに蓋をした。



 舌先の裏が彼の舌の上に乗る。


 左手で弥堂の顎をしっかり掴んで、舌を噛み切られないようにした。



 だが弥堂はもう顎にも力が入らないようだ。


 というよりも意識が朦朧としていて、自分が今何をされているのかもわかっていないのかもしれない。



 ただ息苦しさや咥内に侵入された不快感に抗おうと、弥堂は無意識に舌を動かす。


 希咲は逃げようとする弥堂の舌先を、自分の舌で下の前歯の裏に押さえつけた。



 そこまでの工程を済ませて、ようやく舌先から実感が伝わってくる。



(きもちわるい……っ!)



 自分からした行為だが、やはり生理的な嫌悪感からは逃れられない。



 知らない感触。


 知らない温度。


 知らない匂い。


 知らない味覚。



 しかも嫌いなヤツで、もしかしたら憎むべきかもしれないヤツが相手だ。


 勝手だとわかってはいても、反射反応で嫌悪が湧くことに嘘は付けない。



 舌の裏に、彼の舌の前面のザラつきを感じた。


 その感触を嫌って、舌を前後させないように必死に下に押さえつける。



 初めは渇きもあったそこに段々と潤いが増していく。


 上を向かされている弥堂の唾液はおそらく咥内の奥の方に溜まっているはずだ。


 だからこれはきっと――



(――あたしの……っ)



――強い羞恥心を覚えると、舌で感じる熱の温度も上がったように感じた。



 上を向く弥堂の咥内に舌を伸ばしている。


 希咲の口も開いたままで、必然的に湧いた唾液が彼女の舌を伝って弥堂の舌に流れていく。


 生物学的にも物理学的にもこれは――



(――しかたなくなんだから……っ!)



 そう自分に言い訳をしながら、その時を待つ。


 だが、来ない。



(なんで……⁉ これでもまだ浅いの……⁉)



 苛立ったように弥堂のネクタイを握りしめると、彼の身体がズルっと下にズレる。


 壁に接する弥堂の肩がズルズルと下がって、仰向けに倒れそうになっていた。


 すでに地面に着いている彼の腰がこちらに進んでくる。



 希咲は反射的に彼の顎を掴んでいる左手を離す。


 左の膝を上げて、彼の右足を跨いだ。


 弥堂の右手は壁に鎖で繋がっているので、右腕だけは上がっている。


 希咲は彼の腋の下から自分の左腕を通して、腕で背中を支えながら掌に弥堂の後頭部を乗せる。


 そうやって、これ以上彼が倒れないようにした。



 そこでズリ落ちる弥堂の動きは止まって、行為はどうにか途切れないで済む。


 キスが終わらなかったことに安堵する自分に強い嫌悪感を覚えた。



 思わずホッと吐いてしまった息が弥堂の喉へ届き、それに反応して彼の舌が跳ねる。


 希咲は反射的に彼の舌を強く押さえつけようとした。


 その時、潤沢になった唾液によりお互いの舌が滑った。



 すると、横滑りして上下が入れ替わる。


 今度は希咲の舌が弥堂の舌に押さえ込まれる形となった。



 舌先が弥堂の舌の根に触れると、さっきよりはツルっとした感触がする。


 続いて舌の前面に感じた微細な粒。


 これはきっと自分の舌の表面の形状なのかもしれない。



 全部知らなかったモノだ。


 未知に驚き戸惑うだけで一瞬放心してしまう。


 すると、口の中に入ってきた異物のカタチを確かめてでもいるのか。


 マウントをとった弥堂の舌が小さくゆっくりと左右に動く。



「ふ――っ⁉ んんぅ……っ!」



 自分の舌の表面を何度も撫でられる。


 弥堂の血と、自分の唾液が混ざって。


 薄まった錆味が舌に塗りこまれていくと、チリチリと痺れていくような感じがした。



(やだやだやだ……ッ!)



 今度は希咲が“される”番になった。


 驚きに目を見開き、首を横に回しそうになる。


 だがそれは許されない。


 決してやめてはいけないのだ。



 他に選択はないので希咲は顔を固定したまま、舌だけを動かして弥堂の舌から逃げようとする。


 すると、それは本能的なものなのか。


 意識がほとんどないはずの弥堂の舌も動く。



 押さえつけられる側になるのはどちらも御免だと。


 弥堂の咥内で二人の舌は上下に左右にと、めちゃくちゃに動く。



 そうすると自然にお互いに相手の舌を舐め回すことになる。


 その事実も感触もイヤなはずなのに、半ばパニックになった希咲はより激しく舌を動かしてしまった。



(やめて! やめてよ! やだったら……ッ!)



 逃げているのか負っているのかわからないまま心の中で叫ぶ。


 だが、返ってくるのはクチュクチュと唾液を掻きまわす音だ。


 フーッ、フーッと、強くなった鼻息の音も聴こえる。



(やだやだキモい……っ!)



 そう罵ってから気が付いた。


 これは自分の鼻息だと。



(ちがう……! こんなのヤダ! やめろヘンタイ!)



 自分から始めた行為なので、それは八つ当たりもいいところだ。


 だけど息苦しさのせいでどんどんと身体が熱を持っていき、それが頭の中まで煮えさせていくようだ。


 正常な思考がどんどんと出来なくなっていく。



(一回、落ち着かなきゃ……)



 希咲は一旦マウントの取り合いを諦めて舌を休める。


 その上に弥堂の舌が乗っかってきた。


 そして、彼の方も一息つこうとしたのか、ゴキュリと喉を鳴らした。



(あたしの、ツバ……ッ!)



 彼が飲み込んだモノのことを思い、希咲は余計にカァーっと顔を熱くする。


 続いてフツフツと怒りを覚えてきた。



 大体が、自分が不利なのだ。


 弥堂の舌は彼の咥内に全て収まっている。


 対して、自分は必死に舌を伸ばしてはいるものの、半分も彼の中に入っていない。


 使える面積にこんなに差があっては攻防を制することが出来ないのも当たり前のことだ。



(ズルイ……ッ!)



 頭に血を昇らせて一転して攻勢に出る。


 必死に舌を伸ばして弥堂の舌の根に触れて、それから自分の舌で彼のそれを持ち上げた。


 瞬間的に窄めた唇までも彼の口の中に侵入させる。


 そして彼の舌を吸い込んだ。



 じゅずっ……と啜る音が鳴って、唇の隙間を彼の舌がヌルリと滑ってくる。


 お互いの口の中に、お互いの舌を半分ずつ挿入しているような恰好となった。



 これで条件はイーブンとなり、さっきよりもずっと舌が触れる面積が増える。


 だが、今度は舌だけでなく上唇の裏や前歯にまで彼の舌に触れられることになってしまった。



(あれ……?)



 そのことに気が付きかけた時、弥堂が舌を引っ込めようとする。


 逃がさないと、希咲は歯を当てないようにしながら、自分の唇で彼の舌と唇を必死に挟んだ。



 もう一度舌を吸おうとしたところで、さっきの下品な音を思い出し躊躇した。


 そうすると、自分の口の中の唾がまた彼の中へと流れ落ちていく。



(あ、そうだ。ツバ……)



 このまま自分の顔が上にあるままでは、また彼にツバを飲まれることになる。


 それは許せないと、希咲は戦い方を変えることにした。



(あたしが下になれば……)



 左手で抱きしめるように弥堂の背中を支えながら、自分の身体をもっと前に進める。


 少し横にズレるようにしながら彼の身体の向きも変えさせた。


 鎖で吊るされる弥堂の右腕と希咲の左肩が、壁に接する。


 壁に対して横向きで向かい合いながらキスを続けた。



 希咲は膝立ちのまま自分の身体を下げ、弥堂のネクタイを引っ張る。


 彼の右足に跨りながら、自身の両ひざを開き高さを下げる。


 背を反らすようにすると、今度は弥堂が上から覆いかぶさってきた。



 右手をネクタイから離して彼の肩を支える。


 すると、今度はダラリと垂れた彼の舌が自分の口の中に這入ってきた。



(あ、あれ……?)



 何か違う――と、希咲は戸惑う。



 舌に触れた新たな感触を確かめるように、弥堂の舌が動く。


 さっきまで舌を舐められるだけでも希咲は四苦八苦していたのだが。


 今度は自身の咥内までを舐め回されることになった。


 それは先程とはまったく違う。



 口の中に感じる大きな異物感。


 それが蠢くと、普段他人から触れられることのない箇所が舐られる。



 弥堂の方も違和感があるのか、頭を引っ込めようとする。


 希咲は反射的に左手をまた彼の頭の後ろに回して抑えつけた。


 すると、抵抗をするように彼の舌が激しく動く。



 唇の裏。


 それと前歯の間。


 歯の裏。


 口蓋。


 奥歯。


 舌の表裏。


 歯肉も頬の裏も。



 余すことなく犯される。


 抵抗して自分も舌を動かすと、彼の舌と絡みあってしまい。


 まるで愛撫をしあっているようだ。



「ふっ……、んっ……、ぅんぅ……っ」



 出すつもりのない声と音が途切れることなく漏れてしまう。


 呼吸もままならなくなってきて、頭がボーっとしていく。



(こ、これ……、こんなの……っ)



 これはきっと、例え恋人同士であったとしても。


 性行為の時にしかしない深いキスだ。



 不快なのに、キライなのに。


 自分は今、彼とそれをしている。



 イヤなのに。


 でもしなきゃいけなくて。


 自分からして。


 イヤだから。


 逃げたくて。


 逃がさない。



 段々と自分が何をしているのかわからなくなっていく。



 すると。


 弥堂の方も嫌がったのか。



 左手を緩慢に動かす。


 最初に希咲の腹に触れてそれがゆっくり上がってくる。


 そして胸に触れて、止まった。


 僅かな力で希咲の身体を押し返そうとしてくる。



「んんん……っ⁉ んむぅ……っ!」



 希咲は喉を鳴らして、その手を振り払うために弥堂の肩に触れる右手を離そうとする。


 だが、そうはせずに彼の制服をギュッと掴んだ。



(触りたいだけ、触りなさいよ……!)



 こんなことをした対価だと――ヤケクソになって我慢する。


 だが――


 弥堂の左手は一度だけ力を入れて希咲の胸に指先を食い込ませ。


 しかしそこで力尽きたように下に落ちる。



 その手は希咲のふとももの間に落ちた。


 希咲は腿を閉じて彼の手を拘束する。



 手だけでなく、彼の方も根が尽きたようで身体から力が抜ける。


 だけどそのことで逆に重さを増して、希咲の方へ圧し掛かってきた。



 それに驚いた希咲の右手が弥堂の肩から外れてしまう。


 希咲は自分の身体を密着させて彼を支えた。



 口の中の弥堂の舌も動きを止める。


 希咲の舌の上でクタリと果てたように。


 そうされると息苦しくて、希咲はまた息が荒くなる。



 舌を動かして位置を変え、弥堂の舌の上に自分の舌を置いた。


 そうすると、彼も息苦しいのか、荒い息遣いが口の中に這入ってくる。


 それだけでなく、口を開けたままの彼の唾液まで大量に流れ込んできた。



「んむぅ……っ!」



 それに耐えようとすると、彼の頭を押さえる左手に力が入る。


 指の間をクシャリと彼の後ろ髪に撫でられた。



 そうしている内に口の中に彼の唾がどんどんと溜まっていく。


 どうしていいかわからない内に、唇の端から漏れだした。


 ツーと顎の方へと垂れていく。


 やがて音を上げて、希咲の喉がコクリと動いた。



(あ……、そっか……)



 舌の上にずっと置かれていると相手も苦しくなるのかと思い至った。


 希咲は緩慢に舌を動かして、今度は彼を上に乗せてあげる。


 その状態のまま上の唇をピッタリ合わせていると、鼻でしか呼吸が出来なくなる。


 自分の鼻息の音を嫌って少し唇を開けると、水音が鳴って口の中に空気が入ってくる。


 そうすると今度は、「ハッ、ハッ」と口で喘ぐ。


 呼吸することで咥内が動くと舌も僅かに動く。


 そうすることで彼の感触を感じる。



 苦しくて意識が朦朧としてきた。



 身体からクタっと力が抜けて、尻もちをついてしまう。


 弥堂の膝の上に股が落ちた。



 僅かに残った理性が羞恥心を伝えてくる。


 腰を前に動かして彼の太ももの上に座るようにした。


 そうすると、前に進んだことで今度は自分の右膝が彼の足の付け根に当たってしまった。


 それだけでなく、腿で挟んでいた彼の手も、触れている。


 というか、彼の指の上に座ってしまっていることに気が付いた。


 でも、体勢はもうこれ以上どうにもならない。


 諦めの気持ちの方が大きくなっていた。



 視界がぼんやりとしてきて役に立たないから、瞼をゆるく閉じる。


 すると、舌の感触と弥堂の緩い息遣いがより鮮明に感じられるようになってしまった。



(くるしい……。ちょっとこうたい……)



 舌を動かして上下を入れ替える。


 今度は自分が上だ。


 上唇の隙間から、少し楽に呼吸が出来るようになる。



 そのまま暫し休憩し、彼の呼吸の様子を目を閉じたまま探る。


「ハッ、ハッ」と断続的な吐息の感覚が狭まっていく。



(こうたい……)



 もう一度位置を入れ替えて、何度か繰り返す。



 さっきまでとは違って、お互いに舌も唇も碌に動かさない。


 呼吸に合わせて口の中が動くと、やわやわと舌が撫で合う。



 行為を始めた最初の内は、わりとサラサラとした感触だった唾液。


 それに今は少し粘り気を感じた。



 唇を合わせたまま、咥内を共有する。


 お互いに熱い息を吐き合っていると、どんどんと互いの熱が高まっていく。


 さっきみたいに激しく舌を動かしたりなんかしていないのに。


 さっきよりもずっと――



 自分は今きっと、とてもいやらしいことをしている。


 だけど――



(――ちがう……、ちがうの……)



 言い訳をして、色んなことに気が付かないフリをしたまま、ただ時間が過ぎるのを待つ。



(これ……、いつ終わるんだっけ……?)



 気が付いたら両腕で彼を抱きしめるような恰好になっていた。


 それはとてもイヤだけど――



(もう、どうでもいっか……)



 ここまでしておいて今更だし、口の中以外を動かすのが酷く億劫に感じられた。


 舌と舌を長く合わせ続けて――



(ねぇ……、まだ……? まだ終わらないの……?)



 この不快感にこれ以上慣れてしまうことがイヤだった。


 働かなくなった頭の中でただ祈る。



(おねがい……、はやく……)



 その時――



(……ッ⁉ “つながった”――!)



――感覚的にそれが来たことを理解する。


 だけど、そのまま。



 それから10秒くらい経ってから希咲はハッと目を開けて。


 そして慌てて弥堂の肩を突き飛ばした。



「はぁ……っ、はぁ……っ」



 ようやく呼吸が自由になり、息を大きく弾ませる。


 自分がしたことなのに、驚きに大きくした目で壁に凭れる弥堂を見た。



 彼の口の端からは涎が垂れ、下唇から細い糸が揺れている。


 あれは自分のモノだ。


 ゴクリと、口の中に残った誰かの唾液を飲み込んだ。



「はぁ……っ、はぁ……っ、……んっ」



 希咲は息を整えながらもう一度瞼をギュッとさせる。


 すると、彼女の身体は一瞬の間光に包まれ。


 服装と髪型が元の制服姿に戻った。


 弥堂を拘束していた鎖も消え失せる。



 希咲は這うようにして弥堂に近づき。


 そしてカーディガンの右袖で彼の口元を拭った。


 弥堂は動かない。



 希咲は立ちあがる。


 だけど、膝に上手く力が入らなくてフラついてしまった。


 ダメージなんて受けてないはずなのに。



 指輪から緑色のポーションを取り出して、それを飲みながらドアに近づいた。


 お札を剥がすと結界が解除されて、屋上の破壊跡も綺麗さっぱりと消える。



(ぜんぶ、なかったことにしてくれればいいのに……)



 そんな自分勝手なことを考えながら弥堂の正面に回る。


 彼の様子を窺った。


 目の焦点があっておらず、目線を希咲に向けてもいない。



(魔力、吸い過ぎたかも……)



 希咲は紫色の液体の入ったポーションを取り出して、弥堂の前に跪いた。



「ねぇ、これ飲んで……」



 蓋を開けて飲み口を彼の唇に当てる。


 そうして瓶を傾けるが、ポーションは零れて流れ落ちていく。


 拒否をしているのか、それとももうそんな力もないのか。



「これ解毒薬……、魔力も回復するから。飲まないと……」



 意識は僅かに残っているようだが、力尽きた彼はなにも反応しない。


 このままだと危険かもしれない。



「~~~~っっ……! もうっ!」



 希咲は自分を奮い立たせるように声を荒げると、ポーションを煽った。


 そしてもう一度弥堂の唇に自分のそれを合わせる。


 そのまま口移しで、彼にポーションを飲ませていった。



 その医療行為は拙く、弥堂の口からいくらか零れてしまう。


 唇を一度離して、念のためもう1本同じように飲ませる。



 お互いの唇と顎の間をサラサラと液体が流れる。


 浄化効果のあるそれが、先程の互いの穢れを流してくれる。


 そんなバカな言い訳を心の中でしながら、希咲は弥堂にポーションを飲ませた。



「…………、ぷは――」



 今度こそ終わりにして、空き瓶を仕舞う。


 それから次は緑色のポーションを出した。


 飲み口から溢して、弥堂の傷の酷い場所にかけていく。



 その間、希咲は弥堂の顔を見ないようにして、そして立ち上がった。


 背後を振り返る。



 屋上には先ほどの戦闘跡などない。


 破壊跡も、大量にバラまいた希咲のナイフも。


 だけど、1本だけ。


 黒いナイフが落ちていた。



「――く……、ぐぅ……っ」



 背後で弥堂の呻き声が小さく聴こえた。


 回復してきたのだろう。


 希咲はそれを無視して歩き、ナイフを拾ってくる。



「ここ、置いとくから」



 目を合わせないようにして、弥堂から少し離れた場所にナイフと緑色のポーションを1つ置いた。


 そして、顔を見られないように彼に背を向ける。



「あと10分くらいで毒は抜けると思う」


「ぁ……、ぅ……っ」


「魔力と傷はジワジワ回復してくる。それでも痛いとこあったら、それ飲んで」


「ま、まて……っ」



 希咲はそこで少しだけ横顔を向けた。



「追って、こないでね――」



 そしてすぐに顔を戻して走りだす。


 弥堂は手を伸ばそうとした。



 猛スピードでスタートを切った彼女はそこに透明な一雫を残す。


 それが風に流され弥堂の指先に落ちた。


 その時にはもう、希咲は屋上の柵の向こうへと消えてしまっていた。



「なんだ、そりゃ……」



 行き先を失くした手。


 弥堂は指と指を一度擦る。


 それからナイフの方へ手を向けた。


 だが、全く届く位置に無い。



 身体を動かそうとするが、まだ上手くいかない。


 身体のあちこちにあった痛みと痺れが徐々に消えていく感覚はある。


 しかしそれでは間に合わない。


 敵を逃がす。



 その時――



「――うおおおぉぉぉッ! ここかァーッス⁉」



 お空の向こうがキラリと光り、ハイスピードでネコさんが飛んできた。


 メロは弥堂の近くまで来ると、クルリとトンボを切る。


 バフンと煙を出してメスガキフォームになり、そして華麗に着地をキメた。



「ここかァー⁉ ここからエロいニオイがしたッス……! おや……?」



 キョロキョロと辺りを見渡し、それからやっと弥堂に気が付いた。


 そして――



「う、うわぁ……」



 弥堂の姿を見てメロは身を仰け反らせる。



 制服はあちこち切り刻まれ血の染みまであり、そんな姿でグタっと壁にもたれかかっている。


 そして目ん玉だけはやたらとガンギマっていた。


 そんなご主人様の姿に女児はドン引きした。



「オ、オマエ……、ちょっと目を離すとなんでそんなグロイ感じになるん?」


「うるさい黙れ。お前何しに来た?」


「や。スマホ届けろって。お姉さんに言われて。そしたら学園に着くなりなんかエロいニオイがして。これは青姦in学園に違いないと現場を探してたんッスよ」


「…………」



 希咲は随分と強固な結界を張ったはずだが、サキュバスの本能がその結界を突破して感知したようだ。


 そのことを褒めればいいのか、それとも偏りすぎていてやっぱり役に立たないと評するべきか、弥堂は少し迷った。



「まぁいい。それよりお前、そこのナイフ持って来い」


「はァ? 顔合わすなりなんなん? エラそうに。拾うッスけど」


「さっさとしろ」



 弥堂のこんな態度には慣れたものと、メロは弥堂にナイフを渡してやる。



「オマエなにしてたん?」


「後にしろ」



 弥堂はメロの質問を無視して、ナイフの先端を自身の喉に近づける。


 メロさんはギョッとした。



「うおぉぉいッ⁉ オマエなにしてんだ!」



 慌てて弥堂の腕にしがみつき、出会って10秒での自害を阻止する。



「後にしろっつてんだろ」


「そうじゃなくって! なんでいきなり自殺しようと……」


「何をされたのかわからん。とりあえず一回死んでおく」


「なに言ってんのこの人⁉」



 メロは必死に弥堂の自殺を止めようとする。


 そしてハッとした。



「オ、オマエ……、その姿まさか……、イジメを苦に自殺を? 屋上だし?」


「あ?」


「つ、つか……、コイツをイジメられるようなヤツがいんのこの学園? ヤバくねッスか?」


「そんなわけねえだろ」


「じゃあ、オマエ一体なにを――」



 メロが戸惑っているとカチャリと屋上のドアが開く。



「――その男は“うわき”した」


「え?」



 メロがそちらへ顔を向けると――


 校舎の中からてくてくと歩いて行きたのは“うきこ”だった。



「“ふーきいん”のうわきもの」



 そしてジトっと弥堂を見る。


 メロは弥堂と彼女の顔を見比べた。



「えーっと……?」



 メロが首を傾げると、“うきこ”は鼻で笑う。



「ふ、お子さまにはわからない」


「な、なにを……、というか――」



 メロは遅れてハッとした。



「コ、コイツ……ッ!」



 警戒心を露わにしてメロは“うきこ”を睨む。



「ロ、ロリッス。しかもメイドだと……⁉ ジブンが独占していたロリ枠を奪いに来た敵ッスね!」



 メロは「ふしゃー」っと威嚇するが、“うきこ”の方は余裕たっぷりだ。



「ふふ。敵? オマエごときが? 身の程を知れ。ネコ」


「ひ、ひぃ――」



 彼女の目がギラリと赤く光ると、メロは秒でビビッて弥堂の後ろに隠れた。


 そこで何かに気付き、メロはペタペタと弥堂の身体を触った。



「オマエなんでビショビショなん? え、つか、これエライスピードで乾いていってるし。なにこれ、キッショ」



 弥堂は無視する。


 “うきこ”の方もメロに興味がないのか、弥堂へと蔑んだ目を向けた。



「“ふーきいん”はクズ。次から次へと女ばかり」


「お前、なにしに来た」


「他の女に言ったのと同じ台詞を言わないで。誰にでも言うのね」


「答えろ」



 知った風なことを言う女児を問い詰める。


 彼女は案外すぐに白状した。



「しごと。ここで死人がでないようにって頼まれた」


「誰に」


「エライ人」


「ちっ」



 まさか今回の希咲の単独での襲撃は、ヤツら全体での計画だったのかと、弥堂は舌を打つ。


 それにまんまとハマり。


 そしてまんまと負けたことになる。



「そうじゃない」



 だけど、それは“うきこ”が否定した。



「あの“ぎゃぅ”の暴走はみんな想定外。だから死人がでないように」


「……なるほど」


「それは学園として当然」


「ちっ」



 釈明を聴くがやはり出たのは舌打ちだった。


 そんな弥堂の顔をキョトンとした顔でメロが見てくる。



「そんで結局オマエなにされたん?」



 その問いに弥堂は一度歯を噛み――


 そして身体を脱力させるように嘆息した。



「俺が訊きたい――」



 そう答えた時。


 首の裏で刻印がズクリと疼いた。









 体育館裏――



 今は授業中で体育館の使用者もいない。



 誰も居ないはずのそこで、水飲み場の水がドボドボと流れている。


 上を向けられた蛇口から水が出ていて。


 そのさらに上の方から、ポロポロと水滴が落ちて水道の水と混ざる。



「――う……っ、うぅ……っ」



 そこでは泣きながら希咲が口を漱いでいた。



「……ぅっ、……ちきしょう……っ。あたしの、ファーストキス……っ!」



 目からボロボロと涙が零れていく。


 水を掬う掌にその涙が零落ちて、混じり合ったそれを雑な手付きで唇に叩きつける。


 少しの間その無意味な行動を続けて――



「ちくしょう!」



 希咲は勢い任せに身体を起こした。


 そして両手で自身の頬をピシャリと打つ。



「泣くな! バカ七海っ! そんな資格ないっ!」



 カーディガンの袖で乱暴に目元を擦るが、涙はまた零れてきた。



「愛苗は――愛苗はもっと痛くて、つらかった……っ!」



 空を見上げて、目に力を入れて、まばたきをしないように。


 そうやって乾かして、無理矢理涙を止める。



「……おしっ!」



 強がりを発してから水道を止めて、今度は袖で唇をグイっと乱暴に拭った。



「負けるか、バカやろう……っ!」



 こんなところで暢気にしていて、弥堂に捕まったら本末転倒だ。


 自分を叱咤して歩き出す。



 身体の向きを変えると、焼却炉が目に入った。



「…………」



 足を止めて、焼却炉の閉ざされた扉をジッと見る。


 それから徐にそちらへ向かって歩き出した。



 希咲は扉を開けて、焼却炉の中を覗き込む。


 だけど暗がりの奥には何も見えない。


 空っぽだ。



「――ッ!」



 力をこめて扉を閉める。


 そして――



「――信じない……っ!」



 口の中で小さく叫ぶ。



「愛苗が――なんて、ゼッタイ信じない……ッ!」



 自分に言い聞かせるように喉を震わせる。


 それからもう一度赤くなった目元を擦って、希咲は学園の外へと歩き出した。


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― 新着の感想 ―
多分こうやっていっつも敗北しては女を堕としてきたんだろうね
Bravo! Bravo! 言いようのないほど素晴らしい一章でした。これまでは弥堂に共感し、この戦いに敗北したことに不満を抱く読者もいたようですが、誰もが「七海が弥堂を捕虜にするか、あるいは何か不利…
なんかモヤモヤする終わり方
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