断章 fragment films 終
黒い世界。
急に夢が途切れて、それから何も見えない状態が続いてる。
弥堂が目を覚ました?
多分ちがう。
そうしたらあたしも起きるはず。
別のシーン――別の記憶へ移行する時に、こういう何も映像がない状態が少しだけ挟まることはあった。
だけどこんなに長く続いたことはない。
なんかヘンだ。
あたしの違和感が危機感に変わろうとした時――
黒い世界にぼんやりと小さな光が灯る。
その周囲をほんの少しだけ映した。
花だった。
小さなお花。
ランプみたいに光が灯っている。
雑草のように石畳の隙間から茎が伸びていて、花托より上が光を放ってる。
それとも光に包まれてる?
その光は少しずつ広がっているように見えた。
花は少し萎れてる。
枯れてはないけど、花びらに元気がない。
てゆーか、あれ……?
あたし、あの花見たことある……?
子供の落書きにあるような、現実にはない感じのシンプルでカワイイお花。
どこで見たんだっけ?
そんな疑問を浮かべた時、光が少し広がった。
すると、花のすぐ近くに人の足が見える。
男の人の足。裸足だ。
お花のすぐ真ん前で。
体育の時間の時にするみたいに、膝を立てて座っている。
光が足首から脛を昇って広がっていく。
両膝の上に腕があって、それより上から鼻筋が露わになる。
口元を隠すようにして座っているその人は、弥堂だった。
え? あれ……?
今、あたしはお花の前で座っている弥堂を外から見ている。
今まではずっと弥堂の視点で見ていたし、そもそもあいつの記憶なんだからそれが当たり前なんだけど。
でも、今はあたしの主観がある……?
これは夢?
それとも記憶?
弥堂はあたしに気付いてない。
足元のお花に眼も向けていない。
そんなあいつの顔が全部見えるくらいまで光が拡がり――
――そしてあたしは息を呑んだ。
弥堂の表情に慄いた。
弥堂の眼は酷く荒んでいるように見えた。
や。それはいつもなんだけど。
でも今はいつにもましてっていうか。
普段はのっぺりとしている黒い瞳が、いつもより渇いて罅割れているよう。
瞼の下の隈もヒドイ。
普段は無だけど。
なんというかささくれ立っているというか、殺気立っているというか。
だけど特段イライラしているようにも見えない。
感情的になっているわけじゃなくって、様子は静か。
なのに、ガラガラに荒れ果てて渇ききっている。
枯れてしまったかのように。
そんな状態で、弥堂は自分の膝の先のどこか一点へずっと視線を向けている。
まばたきもしないで。
何かを見ているわけじゃない。
見るものが何もないから。
見たいものなんてないから。
でも視線はどこかしらには向けなければいけないから。
だからただそっちへ視線を向けているだけ。
あいつ自身は何も感じていないのかもしれないけど。
余所からそれを目に映すあたしが酷く寂しく感じた。
ぼんやりとした光がさらに範囲を拡げる。
すると、周囲の様子が見えるようになった。
石畳。
石壁。
狭い部屋。
そしてそれを見るあたしの目の前には格子が。
一瞬、スキルで悪さをしているのがバレて自分が捕らえられてしまったのかと思った。
けど、ちがう。
あたしが居るのは、多分外側だ。
内側に居るのは弥堂の方なんだ。
ここは――牢獄だ。
そのことに気が付いた時、また別のことにも気が付く。
弥堂の顔、今より少し若い……?
でも、枯れたような表情と不健康そうな顔色のせいで、今よりも老成しているようにも見える。
その姿にプァナちゃんのパパを思い出した。
そうしたら、急に衝動がこみあげる。
なにか、声をかけなきゃって。
「ねぇ、弥堂――っ⁉」
そして自分の声に驚く。
声が出たことに驚いた。
あたしは、ここにいる?
思わず自分の姿を見下ろすと、そこには見慣れた自分の足があった。
あたしには姿形がある。
さっきまで着てた部屋着じゃなくって、何故か制服を着てる。
これって、なに?
ここって、どこ?
これは記憶の再生じゃなくって、弥堂の見てる夢にあたしが這入り込んで存在してるってこと?
でも、こんな風になったこと今までに一度もない。
「び、弥堂ってば……!」
今度は自分の不安から、あいつに話しかける。
だけど、さっきもそうだったけど反応はない。
無視してる感じじゃなくって、聴こえてない?
「ちょっと! 弥堂……っ!」
牢屋の格子を掴んでほんの少し距離を近付けて叫んでみる。
でも結果は変わらない。
ていうか、掴めてる。
弥堂の夢の中のものにあたしが触れられてる。
これって本当にどういう状態なの?
もしかして弥堂の夢じゃなくて。
これはあたしが見てる夢?
そこまで考えた時、辺りが暗くなっていく。
お花の光が弱まってる。
さっきまでを逆再生するように、段々とまた黒が増えてきた。
牢獄で膝を抱える弥堂はそれにも何も反応しない。
あたしに気付かないままで、黒に沈んでいく。
「び、弥堂……っ!」
呼びかけてもやっぱり声は届かない。
これ以上は何をどうしたって絶対に縮まらない距離。
それが可視化されたようにあたしには感じられた。
そしてあたし自身も黒に呑み込まれていって、自分も弥堂も見えなくなる。
小さな萎れたお花だけが世界に残って。
やがてそれも――
ーーーーーーーーーーーーーー
――突然光が戻る。
目の前にはプァナちゃんの顏のアップ。
名残惜しそうな表情で、その顔が離れる。
これはまた弥堂の視点に戻った?
仰向けになっていて、その身体の上にプァナちゃんが跨っている。
え? なに?
まさかさっきの続きに戻ったの?
――って一瞬慌てたけど、ちがう。
ここは野外だ。
さっきはどこかの小屋の中に居た。
それにプァナちゃんは服を着てる。
辺りは夜。
多分森の中で、すぐ近くで焚火がパチパチ鳴っている。
ビックリした。
体勢が同じだったから勘違いしちゃったけど、これは別の日の記憶みたい。
周囲の景色もそうだけど、よく見れば違う点はいくつでもある。
例えば。
小屋内の時みたいに、弥堂の手をプァナちゃんが握ってるけど。
でも二人のその手にはチェーンが絡まっていて。
そのチェーンには逆さまの十字架が吊るされて――
――あれ? あのネックレスって……
「お兄ちゃん。私を……」
「やめろ」
小屋の時みたいに、“イケナイこと”を求めようとするプァナちゃんの言葉を弥堂が遮った。
あの時よりももっと強い声色で。
すごく、嫌な予感がして。
プァナちゃんの顔を見上げて、あたしはハッとする。
それは見たことのある彼女の顔だった。
何かを諦めたような、光の薄れた表情。
「もう終わりにしなきゃ……」
「…………」
「パパが自分の生命を差し出したのに。みんなも死んじゃったのに……っ。なのに、まだ戦争が終わらない……っ」
ポロポロと涙が降り注いでくる。
前に夢の中で見たプァナちゃんと一緒だ。
「このままじゃお兄ちゃんも……、私のせいで……っ!」
「キミのせいじゃない」
「ううん。だって、私が死ねば、もう魔族はいない。だから戦争は終わるはずなの……っ。私は魔王の娘だから……、だから終わらせなきゃ……っ!」
二人が何を喋っているのかわからない。
だけど、それでも理解は追い付いてきてしまう。
パパと一緒に弥堂とお喋りしていたシーン。
都の城門の上で首を掲げたシーン。
さっきの小屋のシーン。
弥堂に内緒のプァナちゃんのメッセージ。
それから、今のこのシーンだ。
そして、きっとこれはラストシーンだ。
彼女の思いつめた顏が、あたしにそれを理解させてくる。
「私の首を持っていけば、お兄ちゃんだけは許してもらえる……」
ついに、それを決定づける言葉を彼女は言った。
それがどういう意味なのかは一瞬でわかる。
既に一回、それを見ているから。
弥堂は何も言わない。
きっと彼女を説得する言葉を考えてるんだ。
そうに違いない。
「――私を殺して、お兄ちゃん」
容赦のない彼女の追撃の言葉に、あたしの心臓が止まりそうになる。
今までに聞いたことのないくらいに恐い言葉。
夜は冷たく静か過ぎて。
その音の響きは残酷なほどに全てを凍らせた。
弥堂は何も言わない。
迷ってるの?
なんで?
考えるようなことじゃないでしょ。
彼女を宥める方法に。言葉に。悩んでるのよね?
そうよね?
だけど。
あたしはこの先を。
答えを知っているんだ。
だって。
きっとこの先の時間にある。
ジルさんと――だけじゃなくって、あの国全部との戦い。
その戦いの中でも。
この世界でのラストシーンとなるセラスフィリアさんとの時にも。
弥堂は一人だった。
プァナちゃんはいなかった。
それでも願わずにはいられない。
心から懇願せずにはいられない。
二人の事情はちゃんとはわからない。
断片的な会話から想像することしかできない。
あたしはなんにもわかってない。
だけど、あんまりじゃない。
そんな酷くて悲しい解決方法なんて。
それに。
きっと。
それでも解決なんてしないことも、あたしは知ってしまっているから。
弥堂は何も言わない。
まだ動かない。
でも――
ふと、視点が変わった。
別のシーンに移ったって意味じゃない。
夜空を塞ぐように見下ろすプァナちゃんの儚い姿を映しながら。
視界は変わらないままで。
だけどその中心となる視点の置き処が変わった。
彼女の泣き顔から――
二人の手を繋ぐ逆さ十字へと――
夜闇に血泪が浮かび上がった。
「――聖剣……」
すごく久しぶりに聴いたように錯覚した弥堂の声。
それはあたしが望むようなものではなかった。
ペンダントトップもチェーンも消えて、持ち手だけのナイフが弥堂の手に収まる。
プァナちゃんはゆっくりと両腕を開いた。
迎え入れるように。
弥堂は彼女の目を見つめながら、刀身の無いナイフを彼女の胸にそっと押し当てる。
プァナちゃんは微笑んだ。
これから起こることが信じられなくなるような。
慈愛に満ちた優しい微笑み。
瞼に涙を溜めて、小さく頷いた。
そして、次は言葉はなかった。
ビクリと――
ほんの小さくプァナちゃんの肩が跳ねる。
吐き気がするほどにあっけなく。
それでいて容赦なく。
たったの一瞬で。
彼女の体内に光の刃が撃ち込まれた。
プァナちゃんは声を漏らさなかった。
表情も変えなかった。
痛みも、苦しみも、悲しみも。
全部その細くて小さな身体の中に押し込めて。
ずっと笑ったままでいた。
きっと、弥堂を傷つけないように。
だけど――
瞼に溜まっていた涙が一粒。
眦から零れて頬を伝ってきた。
顎先に届く前に、その雫は宙へと捨てられる。
月の光をキラキラと反射させながら落下して、弥堂の胸に落ちる。
それはきっと魂に。
一生消えないシミを残した。
プァナちゃんの瞳がゆらぐ。
そのゆらめきの中に映っていた弥堂の瞳に蒼い焔が。
そして――
「【切断】――」
生命を切り離す最悪の言葉が紡がれてしまった。
触れて使えば切断をする加護。
相手が極端に格上でなければ必ず殺す言葉。
多分、“魂の強度”としてはプァナちゃんの方が格上なのかもしれない。
だけど彼女のパパが言っていた。
普通なら加護が通じない格上でも。
相手が自分よりも魂を弱らせるか――
或いはその本人自身が“それ”を望めば――
その加護が通じることが許されてしまうと。
だから、彼女の意思が“それ”を受け入れ、許した。
そして、これはきっと彼女の意思ではなく。
彼女の身体がビクンっと大きく一度跳ねた。
そのショックで瞼からもう一滴、涙が零れる。
その瞳にはもう光が無い。
涙が頬を垂れるのと同時に。
少し乾いて荒れてしまった唇の端から、血の筋が垂れていく。
力無くした彼女の身体が倒れてくる。
弥堂はそれを左手で支えた。
右手に握られた光の刃をプァナちゃんの胸から抜く。
すると、彼女の着ている白いブラウスに急激に赤いシミが拡がっていった。
そして弥堂の胸に、コポコポと彼女の血が注がれていく。
月光が照らす彼女の髪が銀色に煌めく。
その煌びやかさとは裏腹に、未だ微笑んだままの彼女の顔にはもう生気が無い。
白い綺麗な肌に引かれた紅が、その終わりを証立てする死化粧だ。
恐ろしさのあまり。
哀しさのあまりに。
目を背けてしまいたいのに。
この美しすぎる残酷さがそれを許さない。
これが過去で。
これが真実だから。
覆しようがない。
真実は永遠に変わらない。
完璧で美しいまま残酷だ。
だからいついかなる時も、あたしがそれから目を背けることを『世界』は許さない。
その神々しさの前では身動きすら出来ない。
だけど、弥堂はちがう。
弥堂は右手をプァナちゃんの顔へ伸ばした。
頬に近づけて、止まる。
左手で彼女を支えていて、右手にはナイフだ。
触れられない。
触れたら彼女を傷つけてしまうから。
彼女の顔の前で手を止めたまま何秒かして。
右手のナイフが十字架のネックレスに変化した。
もう一度彼女の頬に手を近付けて。
だけど、やっぱりその手を触れる前に止めた。
ナイフは消えても。
その手は血に染まっていた。
触れたら彼女を汚してしまうから。
ナイフが再び姿を顕す。
左手で彼女を支えたまま、刃を細い首筋に合わせた。
まって。
もうやめて。
だけど、ここに居るあたしは嘘だから。
真実には内在することも、介入することも出来ない。
やがて――
「【切断】――」
――もう一度。
それが――
神々しいほどに美しい少女から排出されたモノだなんて認めたくない。
そんな生々しくて残酷な赤い雨が、夜空から降り注いで――
ーーーーーーーーーーーー
「――希咲を殺そうとしているのは、俺だ」
「え――?」
世界が切り取られ、ここは別の場面だ。
場所は多分どこかの路地裏。
目の前で愛苗が目を大きく見開いている。
あの子があんまり見せない表情。
それに弥堂の言葉。
あたしを……、なに……?
すごく不穏な空気だけど。
心が全然追い付いてこない。
「この手はナイフだ。お前の友達を殺すナイフだ」
そんなあたしを置き去りにするように。
弥堂は次々に、一方的に言葉を重ねる。
純心な少女に、残酷な真実を突き付けるように。
愛苗に向かって言ってるはずなのに。
これらは――続きの言葉も――あたしに言われてるようにも感じられた。
「この腕の中には彼女が居る」
弥堂は右手で誰かの身体を抱くようにして、左手の指を2本だけ伸ばす。
その指はナイフだ。
生命断つ刃。
誰かの首筋へと当てる。
「今、希咲の首筋に刃を当てている」
「これを彼女の皮膚に少しだけ押し付けて引くと彼女の首が切れる」
「彼女の細い首の、薄い皮膚が破れて、肉が裂け、その肉の割れ目からは血管が覗く。重要な血管が破かれてしまったら、そこからは大量の血液が漏れ出る」
「首の血管――頸動脈だ。わかるか? 脳に血や酸素を送っている重要な血管らしい。それを切ると人間は血がいっぱい出て死んでしまうんだ」
「5分ほどで死に至るらしい。救助が間に合ったとしても後遺症が残ることもあるらしいぞ」
「あ……、や……、ななみちゃ…………」
「そうだ。七海ちゃんだ。もちろん七海ちゃんも首を切られたら血がいっぱい出て死んでしまう」
つい今、見たばかりの光景を言語化されたようで、あたしの心が凍り付く。
愛苗が浮かべている表情に自分の気持ちが可視化された。
「俺は今から七海ちゃんを殺す。お前の目の前で。お前の大事な友達の七海ちゃんを。殺してやる」
「10カウントだ」
「10カウント後に希咲の首に当てたナイフを引く」
「そうしたらどうなる? もう説明したな?」
「七海ちゃんは死ぬ」
「七海ちゃんの身体から血がいっぱい溢れ出して、俺の足元からお前の立っている場所まで、一面の血の池が出来るだろう」
「その池が出来る頃には彼女はもう彼女ではなくなっている」
「ただの死骸だ」
なんなのこれ?
弥堂があたしを殺す……?
それを愛苗に聞かせて……、なにをしてるの?
これっていつの話?
「どうするかはお前が決めろ」
「お前は俺を止めることも出来るし、何もしないことも出来る」
「俺を殺すことも出来るし、希咲を見殺しにすることも出来る」
「お前は誰でも殺すことが出来るし誰も殺さないことも出来る」
「好きにすればいいし好きにすることがお前には許されている」
「『世界』がお前に許している」
「さぁ」
「いくぞ」
酷く動揺してる愛苗を弥堂は追い詰めていく。
もしかして、あたしを人質に愛苗を脅してる?
なんのために?
「10――」
あたしや愛苗のことなんてお構いなしに、弥堂は容赦なくカウントを進める。
「………………………………………………2――」
そして――
ーーーーーーーーーーーー
「――全員動くな」
冷たく――
だけど強く宣告して。
弥堂は腕の中の少女の首筋に、先端が尖った鉄の棒を突き付ける。
場所はショッピングモール?
多分そこの駐車場。
ついさっきの映像と似たような状況で――
「動けばこいつを殺す」
――弥堂は敵対者にそう言った。
腕の中に居るのは魔法少女。
対峙しているのは――見覚えがある。
港の時に見た銀髪執事さんと、空き地で戦ってたなんか黒い人。
こいつらって悪魔なのよね?
悪魔に対して、魔法少女を人質にしてるってこと?
「言ったとおりだ。こいつを殺されたくなければ下手な真似はしないことだな」
「私達はその子の敵ですよ? 人質として成立しないでしょう? せめてボラフさんを人質にとりなさいよ。もちろん見捨てますが」
「オイ……」
「本当にそうか?」
「なんですって?」
「困るだろう? こいつが死ねば」
「アナタ……」
どうやら本当にそういう状況みたいだけど……
あー、もうっ! なんなの!
なんでいっつもワケわかんないことになってんのよ!
少しは真面目に生きて!
ていうか、せっかく愛苗の記憶が出てきたと思ったのに、なんでこのシーンが……?
そう疑問に思うも束の間。
ここのシーンはこれだけで終わるようだ。
ーーーーーーーーーーーー
「――待ってください……!」
女の人の声で呼び止められて、首を回す。
叫んだのは福市博士だった。
周囲の風景は薄暗いどこかの屋内。
博士の傍にはミラーさんが居て、そこらには“G.H.O.S.T”の隊員たち。
少し離れた位置には“G.H.O.S.T”に連行される傭兵たちも居た。
ここってもしかして港の倉庫?
アムリタ事件で攫われた博士を助けた後なんじゃ。
博士は強い剣幕で弥堂に何かを問い詰めてる。
博士の両手には注射器と割れた瓶。
そして――
「どうしてあなたが……、あなたたちが、アムリタを――」
博士がその言葉を口にした瞬間――
え――?
弥堂がミラーさんの頭を銃で撃ちぬいた。
あたしが呆然とする前で、ミラーさんの身体がゆっくりと倒れていく――
ーーーーーーーーーーーーーー
「――テメエェェッ! なにしてんだ⁉」
また違う女の人の叫び声。
多分ミラーさんの秘書だったエマさん。
彼女には一瞥すらせず、弥堂の視線は動かない。
ミラーさんの顔を見下ろしている。
額に穴が空いて目を見開いたままの、死んだミラーさんの顔を――
それだけじゃなくって。
もう動かなくなったミラーさんの首を鋸で引いている。
ミチミチっと肉が裂けて――
吐き気がこみ上げる。
身体がないから嫌悪感だけで実際に吐くことはなかったけど。
でも代わりに目を逸らすことが許されない。
弥堂。
こいつ一体何を……。
視界に入ってくる周囲の情報。
“G.H.O.S.T”の制服を着た人たちがたくさんそこらに倒れてる。
立ってるのは傭兵たち数名だけ?
まさか……。
あれだけ居た“G.H.O.S.T”の人たちを弥堂が皆殺しにしたってこと?
いきなり裏切って……?
考えている間に、ミラーさんの首の裂け目は段々と大きくなっていく。
「コイツは、クズだ……! 生贄を使うようなカルトのクソよりも……! もっと……! もっと下の……ッ! サイアクだッ!」
エマさんの叫びに反論の余地はない。
殺すだけでも悪なのに、さらにその死体を嬲るなんて。
サイアク以外のナニモノでもない。
やがてミラーさんの首は血溜まりに落ちて。
弥堂はその首を汚れたバケツに入れて。
其処に自分の手も突っ込んであのパンチを打ち込むと肉が潰れて――
ーーーーーーーーーーー
肉が潰れて裂けて別れる――
それは箸だ。
どこか不慣れな箸使いで、お弁当箱のハンバーグを2つに割る。
場所は……、学園?
体育館裏?
弁当箱の中身にも見覚えがある。
これは愛苗が作ったお弁当だ。
弥堂は切り取ったハンバーグを持ち上げて、角度を変えて眺める。
肉の断面を見ると、さっきのミラーさんの顔が浮かぶ。
見たことの処理がまったく追いつかない。
弥堂はそれを結局そのまま弁当箱に戻して、もう一切れの方へ箸を伸ばす。
そして同様の工程をした。
食べずに戻して、今度は白米を掻き混ぜ始める。
え? なに?
あんたなにしてんの?
せっかく綺麗に敷き詰めたお弁当の中身がどんどんグチャグチャになっていく。
まったく意味がわかんないし、ここまでに見た凄惨なシーンが思い起こされて、あたしは段々と不安になってきた。
それに、こいつは――
結局弥堂は何も口に入れないままで。
箸を持つ手の方でお弁当箱を持ち上げて、もう片方の手でビニール袋をとる。
それからお弁当箱を袋の口の上に持っていった。
ちょ、ちょっと待って。まさか――
あたしがその不安を最後まで思い浮かべるよりも早く。
さっきのプァナちゃんの時みたいに。
お弁当箱は袋の上で、あっけなく逆さまになった。
赤い雨が降り落ちるように、お弁当の中身が袋の底へと落ちていく。
は……?
弥堂は箸を使って、ご丁寧に米粒一つ残さず袋に捨てて。
次は水道で嫌味たらしくお弁当箱を濯ぐ。
う、うそでしょ……?
なにしてんの……?
それは、愛苗が一生懸命……
あんた、おいしかったって……
弥堂は袋の口を堅く縛って、立ち上がる。
そして歩き出した。
向かう先――視線の先に在るのは、焼却炉だ。
な、なにを……?
まってよ。やめて。
他人から貰ったもの食べたくないのはもう知ってるから!
でもそこまでしなくったっていいじゃん……!
だけどやっぱりあたしの声なんて届かなくて。
弥堂は焼却炉の中に、袋を放り込んだ。
その瞬間、あたしの頭には愛苗とプァナちゃんの顔が浮かぶ。
それを閉じられたら、もう二度と彼女たちに会えないような気がした。
焼却炉の中の黒い世界が歪んだように見える。
だけど、弥堂には容赦も慈悲もない。
一切の未練すらなく、今度もまたあっさりと――
その扉を閉ざしてしまった――
ーーーーーーーーーー
火に。
火に。
あらゆる死は火の中に。
ミラーさんも。
そこらに転がる死体の首も。
次々に火の中に放り込んで。
どうして……?
どうしてこんなことができるの……?
「……クソッタレだ! 全部クソッタレだよ……ッ!」
「あぁ。この世界はクソッタレだ……」
だからって自分まで同じになる必要ないでしょ……ッ!
傭兵たちの会話だけど。
あたしは誰に叫び返したのか。
弥堂……、あんたは一体――
ーーーーーーーーーーーーーー
「――お前は誰だ?」
化け物に占拠された港で。
目の前の少女――
魔法少女は。
きっと今のあたしと同じで。
信じられないといった顔をしている。
彼女に重なるようにして共にある“魂の設計図”がハッキリと、大きく歪んだのが視えた。
「び、びとうくん……? うそ、だよね……?」
あれ? この声……?
魔法少女は縋るように手を伸ばしながらフラフラとした足取りで近づいてくる。
さっきのプァナちゃんのように、瞳から光が失われていくようだ。
呆然とする彼女の前で、弥堂は右手の聖剣を振り上げた。
光り輝く刃に魔法少女の目線が向く。
その意識の間隙――
左から黒い刃が振られた。
鮮血。
飛び散って。
魔法少女の顔に降り注ぐ。
そして――
映像はブチンと切れた。
またも訪れる黒い世界。
だけど――
「――え……?」
視界はすぐに戻った。
戻ったけど――
視点が変わってる
あたしの目の前には。
右の頬を血で汚したまま目を見開く魔法少女と――
そして、彼女の前で血を噴き出しながら倒れる弥堂の姿があった。
慌てて自分の足元を見下ろす。
すると、最初の牢獄の時のようにあたしの身体がここに在った。
「どういうこと……⁉」
声も出る。
でも、それよりも――
港の戦いの中で、弥堂は魔法少女に凶刃を――
――違う。そうじゃない。
そうじゃなくって。
突然彼女の前で自殺した……?
これまでは弥堂が死んでる間は視界は黒く途切れてた。
でも今は違う。
死んでる弥堂の姿が見えてる。
死んでる間の出来事が見える。
なんで――?
「いやああああぁぁぁぁ――っ⁉」
――魔法少女の叫びであたしの思考は中断された。
彼女は酷くショックを受けている。
その様子から弥堂と敵対してたわけじゃないことがわかる。
でもそれなら――
「なんで……なんで……っ! どうして……っ⁉」
「あたしだってわかんない!」
だけど弥堂は生き返るはず。
「おねがい! とまって……! とまって! このままじゃ弥堂くんが……!」
魔法少女は必死に弥堂の傷口を手で押さえてる。
『死に戻り』のことを知らない?
弥堂の首の傷は深い。
半ばほどまで裂けてしまっているのではと思わされるくらい。
「あ、まって」
そんなに強くして、もしも首がとれちゃったりしたら――
それでも『死に戻り』は大丈夫なんだろうか。
「ねぇ! 多分大丈夫だから落ち着いて……!」
あたしは魔法少女に近づいて、彼女を宥めようと手を伸ばす。
だけどあたしの声は届かず、手も彼女を擦り抜けてしまった。
「触れない……?」
過去の記憶だからってこと?
じゃあさっきの牢屋は……?
あたしが自分の身体に疑問を覚えた時――
「かみさま……! おねがい……おねがいします……っ! 弥堂くんを――」
傷を抑える手に力が入り過ぎたのか。
弥堂の首がグリンっとこっちを向いた。
不自然な角度で曲がった彼の裂けた首。
その上の顔。
目が合った。
魔法少女は息を呑む。
その瞳の色にはあたしにも覚えがあった。
プァナちゃんと一緒。
死体の目だ。
生き返るとわかっていても、これには身体が凍る。
弥堂の『死に戻り』を知らない彼女はもっとだろう。
あたし以上のショックを受けるはず。
「――――――――――――――――――――――――ッッッ!!」
彼女は両頬を押さえながら絶叫をあげた。
弥堂の血が彼女の顔中に塗りたくられるよう。
言葉になっていないその叫びには何らかのチカラがあるように。
ここにいないはずのあたしの身さえも震わせた。
周囲で冷やかすように騒いでいた悪魔たちも驚いて――
あるいは恐怖で。
引っ繰り返って慄いている。
ドロリと――
弥堂が流している血と同じ色で。
この『世界』が歪んだように錯覚した。
すると、唐突に叫びが止み、ゾッとするほどの静寂で『世界』が満たされた。
パタンっと、力なく彼女の手が落ちる。
血で汚れた顔には表情がない。
パッと一瞬の光が瞬き、彼女の姿が変わる。
「は……?」
ピンクのツインテールは栗色のおさげ三つ編みに。
魔法少女のコスチュームはあたしと同じ制服に。
「なに……、これ……?」
髪も服も変わったけど。
顔だけは一緒のはず。
その顔は見覚えがあり過ぎるほどに、あたしの知ってる顔。
つい何秒か前までは知らなかったはずのその顔が今ではよくわかる。
「愛苗……?」
親友の名を呼んだその瞬間――
――全てが繋がる。
記憶にある、これまでに見てきた全ての魔法少女の姿。
どれを思い浮かべても、それが愛苗だってわかる。
彼女だと認識する。
さっきまではそうじゃなかったのに。
愛苗の変身が解けたと同時に。
まるであたしにかかってた何かの魔法が解けたように。
そういう風に何かが切り替わった。
「なんで……?」
なんで今まで気づかなかったの?
親友のことを見てもわからないだなんて、それ自体ショックだけど。
それ以上におかしい。
今になってみれば、あれもこれもどれも――全部が愛苗だ。
愛苗だとしか思えない。
わからない方がどうかしてるとさえ思う。
魔法少女の正体は愛苗で。
弥堂と一緒に戦ってた?
「だけど、じゃあ、今見たこの出来事は一体なんだっていうのよ……⁉」
再び夢に入り直してから見た全てが意味がわからない。
わかることが一個もない。
だけど。
なのに。
今見たこれらは。
これまでに見たどれよりも核心的な真実だ。
意味がわからないはずなのに、圧倒的な真実の前では理解なんていらないくらいにわからされてしまう。
だけど、これでまだ全然終わりなんかじゃないみたい。
「え――⁉」
突然――
愛苗の制服が膨らんで、生地がめちゃくちゃに裂けた。
服の中から突き破るようにして、蛸の足のような植物がいくつも飛び出してくる。
それらは膨らんで太さを増しながら互いに絡み合ってさらに存在を大きくした。
「キタアアアアアァァッ!」
銀髪の大男が狂ったように歓喜を表した。
「ざけんなっ!」
愛苗が大変なことになってるのになにを……!
だけど構ってる場合じゃないから、あたしは愛苗に駆け寄る。
やっぱり触れることは出来なかった。
すると愛苗にまた変化が起こる。
ボロボロになって役割を果たしてない制服の代わりに、細い蔓のようなものが身体に巻き付いていく。
そしてそれらは黒く変色し、まるで悪魔のような露出度の高いコスチュームに変わった。
「さぁ、来ますよ! 新たな我らの王がッ!」
王……? なにそれ……?
無数の木の根がアスファルトを砕いて地面に突き刺さり、そして地中を走って別の場所からまた外へ突き出す。
まるで災害のようなその現象に巻き込まれた悪魔たちが何体も死んだ。
「“生まれ孵る卵”――魔は満ち、溢れるほどに膨らみ、そして存在は裏返る……! 回り捲れて別のモノへと為り変わる! 生まれ変わり……、生まれて、今……ッ! 卵は孵る……ッ!」
リバースエンブリオ……?
それって弥堂の手紙書いてあった……。
愛苗のおさげが解けて長く伸びていく。
その髪の毛が今度は色が抜けるように白くなった。
目の色は金色に染まり、瞳の奥に赤い光が宿る。
その変化に呼応するようにして、地面に幾つもの線が奔り赤く光った。
「これって龍脈の暴走……?」
暴走した龍脈に、弥堂を生贄みたいに捧げて。
そして愛苗が変わり果てた姿に――
「生まれ……、孵る……?」
人間でも。
魔法少女でもなく。
別のモノに――
大地が揺れる。
破壊を尽くした巨大な木の根が螺旋のように絡まって天へと昇っていく。
その巨大な樹の幹が愛苗の半身を吞み込んで――
「愛苗ぁ……ッ!」
あたしは慌てて手を伸ばすけど、何の意味もなく。
遠い空の向こうへと愛苗を連れて行かれてしまった。
あたしはその澱んだ空を見上げ――
ーーーーーーーーーーー
――見下ろしている。
視線の先、地面に力無く横たわるのは愛苗だ。
あたしの腕――じゃない。弥堂の腕が愛苗の背中を支えてる。
また弥堂の視点に戻ってる?
辺りはさっきまでの地獄がウソのように鎮まっていた。
あれだけ溢れていた悪魔たちの姿が一つもない。
ただ破壊跡だけが港に残っていた。
愛苗がうっすらと瞼を開けて、口を動かした。
「――――――」
え? なに? 聴こえない。
確かに愛苗が今何か言ったのに。
また音がなくなってる?
弥堂と愛苗がなにか言葉を交わしてる。
すると――
「――――――――――――、俺が必ず殺してやる」
――断片的に弥堂の言葉が聴こえた。
なに……?
殺す?
誰を?
だけど音はまた途絶えた。
愛苗が不安そうな顔でなにか喋ってるのに。
あたしはそれを聴いてあげることも出来ない。
あれから何がどうなったの?
わかんないけど。
愛苗がすごく弱ってる。
まるでこのまま――
愛苗の目から涙が零れた。
とても悲しそうな顔で、何かを――
そんな彼女に多分弥堂が何かを言ってて。
そして身体の周りに、蒼銀の光が纏わりついた。
なによこれ……。
なにをする気……?
愛苗が脱力して瞼を閉じる。
すると、弥堂の持つ光のナイフから不可視の糸が伸びて、愛苗の胸に近づいていく。
あたしは途轍もなく嫌な予感がした。
脳裏にプァナちゃんの姿がチラつく。
弥堂はナイフの切っ先を愛苗の胸に近づけて――
まって! あんたなにしてんのよ!
――意図も簡単にそれを突き入れた。
身体がないのに、あたしは呼吸が出来なくなったように感じた。
まって。やだ。うそでしょ。
ゆっくりと愛苗の胸の中にナイフが埋まっていく。
愛苗の眉間が苦しそうに歪んだ。
糸がオモチャみたいなペンダントに絡まる。
弥堂も愛苗も何か喋ってるみたいだけど、何にも聴こえない。
そんなことどうでもいい!
それより早くそれ抜いて!
愛苗が死んじゃう!
なのに。
愛苗は弥堂に手を伸ばした。
自分を殺そうとしているはずの弥堂に縋るみたいに。
弥堂はその手をナイフを持つ手とは逆の手で掴んだ。
その手に他の誰かの小さな手も重なる。
見覚えのある小さな女の子が泣きながら二人の手を掴んでる。
なんでよ!
誰でもいい!
止めてよ!
やめさせて!
声がないから何もわからない。
だけど、同じだ。
プァナちゃんの最期と同じ光景だ。
後は弥堂が一言呟くだけで……!
お願い! やめて!
どれだけ叫んでもあたしには止められない。
だけど叫ばずにはいられない。
身体が。
身体があれば。
あたしがこの時にここに居られたら――
弥堂の眼に力が入ったような気がした。
待って!
ダメ! 弥堂っ!
それだけは……!
なんでもするからゆるして……ッ!
きっと。
これが答えなんだ。
これがあたしが知りたかった――
知ろうとしていたことの。
こんなのいらない。
こんなの知りたくない。
だけど。
真実は残酷で。
『想像も出来ないような残酷な真実が待っているかもしれません』
望莱が言っていた言葉が思い出される。
だけど、こんなのって……!
そうやって拒んでも、真実は変わりようがない。
完璧で美しく残酷で。
サイテーだ。
プァナちゃんの最期の姿がリフレインする。
あの一言で彼女の生命は終わった。
あれを言われてしまったら愛苗も――
そして――
それだけはハッキリと聴こえるように告げられる。
「【切断】――」
愛苗の魂から生命を断つ――死の宣告。
決定的なナニカが断ち切られてしまった。
その眼は、あたしの目。
その手は、あたしの手。
あたしが、愛苗を殺した。
そして周囲は強い光に包まれていって――
世界は終わった――
ーーーーーーーーー
パッと、瞼が開く。
目に映るのは自分の部屋の天井。
カーテンの隙間から明るい光が入ってきている。
「………………は?」
あたしは目が醒めて、ようやくその単音だけを口にする。
開いた口が閉じない。
酷く喉が渇いてる。
唇も。
喉の奥から息が断続的に吐き出され続けて。
息を吸えない。
どんな結末が――真実が待っていても。
ブレないように自分の軸を定める。
だけど、あたしには――きっと望莱にも。
これは予想の出来ない真実で。
この世で一番サイテーな真実だ。
ブレないどころか、立ち上がる力さえあたしの身体から奪ってしまった。
だけど――
動けないのに。
今までに感じたことのない熱がジワジワと身体の――
魂の奥底から沸々と湧き上がってきていた。
閉じない目蓋から涙が溢れ続けて。
でも。
目の奥が痛くなるくらいに、あたしは天井を睨み続けた。
眠る前に見えていた未来はもう何も見えない。
夢から醒めた。




