1章04 Home Room ④
「事件は恐らく文化講堂二階の連絡通路で行われたものと考えられている。現在はもう修復済みだが窓の近くの壁に破壊跡が確認され、我々は同一犯による犯行だと見ている。証拠はまだ揃ってはいないがまず間違いないだろう」
(でしょうねっ! それやったのもあんただもんねっ!)
まるで他人事のように淡々と事件について説明する弥堂へ、反射的に声を荒げそうになる。しかし、それは自分にとっても都合の悪いことになるので希咲は懸命に耐えた。
「犯人はまだ判明してはいない。だが、それも時間の問題だろう。我々はこのような人物を決して許しはしないし、そして逃がしはしない。どんな手段を使ってでも必ず身柄をあげる。それはよくわかっているだろう……? なぁ、鮫島?」
「あ? どういう意味だコラ。俺じゃねーぞ」
「鮫島。俺はお前が犯人かどうかなど一言も言っていないぞ。随分過剰に反応するじゃないか。何か疚しい事でもあるのか? どうなんだ?」
「ふ、ふざけんじゃねーぞ! 疚しい事なんて…………な、なんだお前ら……? 俺をそんな目で見るんじゃねーよ! 違うっ、俺じゃない……っ!」
まるで尋問でもするような口ぶりで弥堂に絡まれ、鮫島君は憤る。
しかし、彼は普段から素行があまりよろしくなく、毎日のように他の生徒と『チチだ、シリだ、フトモモだ』と言い合っては殴り合いをしているので、足フェチ過激派であることが周知されている鮫島君はクラスメイトたちから疑いの目を向けられた。
その様子を後ろから見ていた希咲はハッとする。
(あ、あいつ――⁉ そういうことね…………!)
ここにきてようやく弥堂がどういうつもりでこんなことをしているのかに思い至る。
恐らくはこういうことだろう。
普段から素行の悪い者。気が短い者。そして何か校則違反をしている者。
この条件に該当する者を挑発し、まるでその人物が犯人であるかのように周囲に見せる。
そしてその人物が犯している何かしらの違反で取り締まったついでに、余罪として文化講堂の件を擦り付けるつもりなのだろう。
昨日少し時間を共にした程度で、まだ弥堂 優輝という人物についてそんなに詳しく知っているわけではない。
だが、希咲はこれでほぼ間違いないだろうと確信をしていた。
短時間であったとしても、今まで経験したことのないような濃度の最悪な時間だった。あれを経験すればヤツがどれほどのクズなのかはいい加減わかろうものである。
「テメェっ! チョーシのってんじゃねぇぞ! ぶち殺すぞコラァっ!」
「殺す? 殺すと言ったな? それは脅迫か? お前は今、俺を脅迫したな? お前の罪が増えたぞ」
我慢の限界がきたのか、最前列の席の鮫島君は激昂し立ち上がってすぐ目の前の弥堂に掴みかからん勢いだ。
それは奴にとっては望むところだろう。
そして、こちらもいい加減我慢の限界だ。
スッと息を吸って希咲は立ち上がる。
「おいコラー! このクズやろー! あんたいい加減にしときなさいよっ!」
大音量で響いたその声に教室中の視線が集まる。
弥堂はスッと目を細めた。
「そうだ。希咲の言うとおりだぞ、鮫島。お前はクズだ。いい加減に自分の罪を告白することだな」
「あんたのことよ! あ、ん、た、の…………っ!」
あくまでも全てを鮫島君に擦り付けるつもりでスッとぼける弥堂をビシッとしっかり指差す。
「弥堂っ! あんたね、そんなムチャクチャなことやっていいと思ってるわけ……⁉」
「……まるで俺が何を考えているのかわかっているような口ぶりだな」
「もちろんわかってるわよ。あんたの悪だくみなんて全部お見通しなんだからっ!」
「それは思い上がりだ。他人の考えが理解できるなどと子供がするような恥ずかしい勘違いだ」
「あっそ? んじゃ答え合わせしてみる? この場で。あんたにそれが出来るのかしら?」
残虐非道の悪の風紀委員と対峙し、一歩も退かずにフフンと余裕綽々で言い放ってやる。
自分のドヤ顏にクラス中の視線が集まっているのを感じるが、今はもう腹を括っている。動揺などしない。
希咲を見るクラスメイトたちの視線の色は様々だ。
乱闘でも始まるのではと不安に怯える目。
なんで希咲が? と単純に不思議がる目。
そして面白がるように好奇心を向ける目。
さらに――
「き、希咲、お前……俺を庇ってくれるのか……?」
自分に救いを齎してくれる者へ向ける目だ。
希咲としては、あのバカの好きにはさせないという謎の使命感からの行動だったので、若干心苦しく思いながら鮫島君の言葉を聞き流した。
しかし、鮫島君はチョーシこいた。
「へっ……なんだよお前、もしかして俺にホレてたのか……? お前なかなかイイ足してっけどよ、ちょっと細すぎて俺のどストライクじゃないんだよな! でも俺なら全然オッケーだぜ! お前めっちゃ顏いいしよ……っ!」
何やら上から目線で「オッケー」の意味合いのサムズアップをする。
「は? ありえねーから。マジキモいんだけど」
結果的にちょっと助けてあげることになっただけで勘違いをされ、カチンときた希咲は自分でもちょっとビックリするくらい低い声が出た。
「ひぅ…………っ!」
ギャル+可愛い+眼力+低音ボイスのコンビネーションで鮫島君は瞬殺された。
暴虐な風紀委員の男には強気に立ち向かった鮫島君だったが、かわいい女の子にゴミを見るような目で「ありえねーから」と公衆の面前でキッパリと否定され、彼は普通にグサッと傷ついた。
涙を浮かべプルプルと震えながら着席し、彼は大人しくした。
背後の席の須藤君が労わるようにポンと彼の脇腹に触れた。
そしてその須藤君の背後の席では、以前に希咲に同じようなフラれ方をしたトラウマを持つ小鳥遊君が己の肩を掻き抱いてガタガタと震えていた。
そんな彼らの様子が立ち位置的にどうしても視界に入ってしまい「うぇっ」と一瞬顔を顰めるも、希咲は首を振って気を取り直し、目力マシマシで弥堂へ挑むような眼差しを向ける。
昨日の出来事から24時間も経たないうちに、二人はまた対決することになった。




