1章05 Bad Morning ①
「……希咲、貴様裏切るつもりか? 後悔するぞ……?」
「あ、あんた……それはもう白状してるようなもんでしょうが……」
決戦に挑むような心意気でいた希咲だったが、意外とヤツの底が浅かったためすぐに脱力する。
「いいのか? 事が明るみに出ればお前にとっても面白くないことになるぞ」
「あんた実は隠す気ないだろ…………そうかもしんないけど、だからってカンケーない子を犠牲にはできないでしょ?」
「理解しかねるな」
「なんで理解できないのよ。冤罪押し付けるとかヒドすぎだからっ」
「冤罪? それを判断するのは俺ではない。俺は疑わしい者を片っ端から捕まえるだけだ。そいつらを精査し判決を下すのは別の者の仕事だ。もっとも……後で冤罪だと判決が出たとしてもそれは特に公表されるわけではないからな。周りがどう思うかは個々人の判断に委ねられる」
「やっぱ確信犯じゃねーかこのやろー。そんなことあたしが絶対させねーっつーの!」
言葉の応酬が繰り広げられるが、二人の話が余人にはまったくわからない内容だったのであちこちで疑問符が浮かんでいく。
教室内の空気は大分弛緩していた。
「させない、だと? それはどうやって止めるつもりだ? ここで告発でもするつもりか?」
「そんな大袈裟な話にしなくたっていいでしょ? フツーに謝ればいいじゃん」
「何もしていないのに何故謝る必要がある」
「まーたそんなこと言って…………あたしも一緒に謝ったげるから、あとで一緒に職員室いこ? ね?」
「必要性を感じんな」
HRの時間を利用してクラス中に披露されている『二人の間でだけ通じる会話』を鑑賞させられているクラスメイトたちはすっかり放置された恰好になっており、暇を持て余した彼ら彼女らは勝手に考察を始める。
「お、おい…………どう思うよ……?」
「どうって、言われてもな……なんかあいつら仲良くね?」
「ねぇ……あれ完全にイチャついてるよね……?」
「うーーん…………判断に迷うわね……でも、希咲さん昨日より気安くなってる、かな……?」
ヒソヒソと好き勝手なことを囁かれるが、絶賛口論中の二人は気付かない。
「だぁーーーーっ、もうっ! ワガママばっか言うんじゃないわよっ! 子供か!」
「ガキはお前だろうが。何度も同じことを言わせるな」
「はぁ~? 絶対あんたの方がガキですぅ~」
「うるさい黙れ。お前だ」
互いにこの場で決定的なことを口に出せないため、口論のレベルは非常に低くもはや平行線だ。
「……やっぱイチャついてるよね?」
「俺ら朝っぱらから何見せられてんだろうな……」
「はわわわわっ……! これは大変だよぉ……! まなぴーまなぴー! 弥堂君が七海ちゃんにとられちゃうよっ⁉ このままじゃドロドロの三角関係だよぉ~⁉ いいのぉ~?」
「バカっ! ののか! 本人に凸るな!」
希咲と弥堂のやりとりをぽへーっと見ていた水無瀬は突然声をかけられ驚く。
聞かれたことの意味がわからなかった上に、初めて呼ばれたあだ名に「まなぴー?」と首を傾げる。
「ご、ごめんね水無瀬さん。この子ちょっとバカだから気にしないでっ」
「あ~マホマホひどぉ~いっ!」
「ん~~、ののかちゃんの言うことよくわかんないけど、でもでもっ! ななみちゃんと弥堂くんが仲良しになったら私とってもうれしいよ?」
「うっ、まぶしい……っ! ののか、この子ピュアっピュアよ……アンタも見習いなさい」
とっても『よいこ』な答えが返ってきて慄き、相方の女生徒へ呆れの目を向けるがそっちはそれどころではなかった。
「でも、待って……! あの二人がラブラブってことは…………⁉ あわわわわっ……大変だぁ! もう出されちゃったってことだよねっ⁉ 七海ちゃんが抜かずに三――」
「――言わせるかああぁぁぁぁっ‼‼」
HR中の発言としては極めて不謹慎かつ不適切な内容を口走ろうとした妄想がちな早乙女 ののかに、クラスきっての常識人である日下部 真帆は飛び掛かった。
自身の斜め前でじゃれあう女子二人を見て、ぽやってる愛苗ちゃんは「みんななかよしだー」と嬉しくなってニコニコする。
その間に弥堂と希咲の会話はヒートアップし口喧嘩になっていた。
「ガンコ! むっつり! なんで言うこと聞いてくんないわけっ⁉」
「何故俺がお前の言うことなど聞かねばならん」
「うっさい! お前って言うなって言ってんじゃん! ちょっと職員室行って謝るだけでしょ! 問題になってんならこのままにしとけないんだから、そんくらいやりなさいよ!」
「そこまで言うならお前がやれ。事情の説明ならお前がやっても一緒だろうが」
「はぁ~? あたしに面倒見ろっつーの⁉ あたしあんたの女じゃないんだから命令しないでっ! バカじゃないのバカじゃないのバカじゃないのっ!」
「お前ほんとにうるせぇな……」
キンキンと鼓膜に突き刺さってくる希咲の声に弥堂は顔を顰める。
教室の後ろ側から教室の一番前に居る弥堂へ向ける希咲の声はかなりの大音量で、廊下にまで響くほどだ。
「つーかよ、これってもしかしなくても浮気じゃねーの?」
「……ハーレムとはいえ、確かにそうだな。紅月はどう思ってんだ……?」
そんな言葉を交わした鮫島君と須藤君は、公的には希咲の彼氏ということになっている『紅月ハーレム』の主の様子を窺おうと目線を彼に向ける。そして二人ともに驚愕に目を見開いた。
「……な、なんだ……あいつ…………? なんか嬉しそうにニコニコしてるぞ……⁉」
「…………さすがハーレム王だな……俺達とは格が違うということか…………圧巻だぜ。まさかNTRもイケるとはな……」
ハーレムを築くにはありとあらゆる性癖を網羅する必要があるのかと戦慄する彼らだったが、一人の女生徒の様子が目に入り正気に返る。
天津 真刀錵だ。
いつも凛と姿勢よく座る彼女が俯いて肩を震わせている。
「天津さん……? え? まさか泣いてる……?」
「……いや、ねーだろ。あの人女子で顔がいいって属性なかったら殆ど弥堂枠だぞ……?」
不名誉なことを言われているが天津はそれに気付かず、当然弥堂も気付かない。希咲との罵り合いが佳境だからだ。
「いい加減にしろ。しつこいぞ」
「しつこいってなによっ! あんたが悪いんじゃない!」
「お前が諦めればいいだけのことだろうが」
「だからそんなわけにもいかないってさっきから言ってんじゃん! 駄々こねてないで言うことききなさいよね!」
「ふざけるな。そんな義理はない」
「あるでしょ! 昨日あんたにヘンなこといっぱいされたけど、あたし色々許してあげたじゃん!」
「なんのことだ」
「なにって……いっぱい…………その……あたしにしたじゃん! 結局あたしが折れて許してあげたんだから今度はあんたが折れなさいよね!」
何やら詳細に言及することを濁した希咲の発言に教室中が激震する。
「いっぱいした⁉」「いっぱいした⁉」「いっぱいした⁉」「いっぱいした⁉」と誤解が連鎖していく。
「ふん。ほれ見たことか」
「あによっ⁉」
「結局蒸し返したな。このメンヘラめ」
「はぁ~⁉ あたしメンヘラじゃないしっ!」
「それに折れてやったのは俺の方だ。勘違いするな馬鹿が」
「バカはあんたでしょ! ばーかばーか! あと折れたのはあたしだから!」
「うるさい黙れ。俺だ」
「あたしよ!」
「俺だ」
「あたし!」
『俺だあたしだ』ともはやそれしか二人とも言わなくなり、その平行線が永遠に続いていくのではと思われたその時、突然不毛な言い合いを遮る形で大きな笑い声が響く。




