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わたしが忘れた紅い花  作者: 出原ミサ
おもいの感触
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9/23

ー4ー

 佐倉《さくら》さんと一緒に、駅方面から帰れば良かった。

 肩で息をして、シャッターの閉まった店先にしゃがみ込む。目を閉じると、先ほどすれ違った、歩き煙草の火がちらつく。再び呼吸のリズムが乱れそうになって、慌てて目を開け、水を飲んだ。

 この恐怖心に理由はない。紅い粒の夢と同じで、小さい頃から当たり前のように受け入れてきたものだ。しかし、自分の一部に巣くう居心地の悪さが、最近やけに気になる。

 バス停標識の隣に立つ街路樹に近づき、幹に触れた。所々めくれ上がった木肌の奥に、流れる水の音を感じる。くすぶり続ける火の映像が少しずつ霞んでいく。

 わたしはようやく顔を上げた。

 やっぱり佐倉さんと一緒じゃなくて良かった。きっと、すごく心配させてしまうから。

 何度か深呼吸をしてバスの時刻表を覗き込んだ時、道路の向かい側で動く、淡く眩しい人影が目に入った。見ないようにしようとしても、どうにも体が言うことを聞かない。だって、今日は会うことなかったはずなのに。

 家の前を箒で掃いていたその人は、体を起こして汗を拭いた。そして、とうとうわたしに気づいた。

 キィィー、ガタンッ。

 視界を塞いで停まった大型バスのドアが、両手を広げるようにして開いた。ごぅんごぅんというエンジン音が、蝉の声をかき消す。ただ呆然とするわたしに、車外スピーカーからくぐもった声が問いかけた。

『乗りますか?』

「乗ります!」

 と、言いたかった。だけど、靴底がアスファルトをこすりながら後ろに下がっていく。

「いえ、あの……」

 それ以上何も言わずに、ドアは閉まった。わたしとぬるい風を残して去っていく。舞い上がる髪が肩の上に収まった時、さっきと同じ場所に彼は立っていた。そして、わたしに向かって微笑みかけた。

 ――さぁ、行きましょう。

 どこからか声がした。頭を振り、耳を数度叩く。

 葉と葉の隙間から差し込む光が、道の上で揺れている。佐倉さんの声が、光の中に溶けていく。

 なぜか、差していた日傘を閉じた。道路の向こうに頭を下げる。常連さんを目の前にして、無視して逃げるわけにもいかないしなぁと、ぼんやり考える。

 ――五分だけよ。

 あれほど拒んでいた道路の白線を、わたしはふらふらと跨いでいた。

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