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わたしが忘れた紅い花  作者: 出原ミサ
おもいの感触
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10/22

ー5ー

「今日はお休み?」

 涼やかな声が、頭を冷やす。

 迎井《むかい》さんは、看護師さんに似た上下を着ていた。店の外で見ると、ヤバい感じは一切しない。

「はい。店のスタッフとご飯に行っていました」

「仲がいいんだね」

「一人だけですけど。迎井さんは、お仕事ですか?」

「予約のお客さまが、この時期にしては多くてね。やっと一息ついたところだったんだ」

 会話も、至って普通だ。

「大変ですね。暑いから、ご無理なさらないようにしてください」

「ありがとう。村主《すぐり》さんも」

 後ろの古い平屋を見上げる。予約を受け付ける職業って、何だろう。着てるのは制服、だよね。

「こちらが職場ですか?」

「うん。祖父から譲り受けた自宅なんだ。看板は出してないけど、整骨院なんだよ」

 せい、こつ、いん。

 あっけなく判明した正体は、全く想像していなかったもので、理解するのに少し時間がかかった。迎井さんが、ツボを押したりマッサージをしたりするところを、想像してみる。佐倉《さくら》さんの声が蘇った。

 予約のとれないマッサージ屋さん。

 今まで自分が立っていたバス停を見た。それから、レストランの方を見た。汗が頬を伝う。

「お茶でも飲んでいく? 暑いでしょう」

 掃除道具を片付けながら、彼が言った。すぐに断らなかった自分に驚いて、唾を飲む。

 すると、迎井さんが「あっ」と声を上げた。

「こういうの、ハラスメントっていうんだっけ」

「いえ、そんな」

「庭の百日紅が満開だから、見て行ってほしくて。つい」

 ごめんね、と困った顔で小首を傾げる。さらりと揺れた髪が、視界からバス停を消した。

 硬いエプロンの感触も、聞き慣れたBGMもここにはない。今度は、体の中から声がした。

 ――見るだけよ。

 五分だけという約束が、蝉の声に塗りつぶされていく。いつの間にかわたしは頷き、口を開いていた。

「じゃあ少しだけね」

 自分のものとも分からない声が、直接脳に響く。

 迎井さんが、目を細めた。薄く、薄く笑っていたけど、喜びを必死に抑えている、そんな唇の形をしていた。彼は枝のように長い指で、建物と塀の隙間を指した。

「そこを通っていったら、裏庭に出られる。縁側があってね。風を通すために、窓はいつも開放してあるんだ」

 座って待ってて、と振り向きざまに言うと、長身のシルエットは風を残して、玄関の内側へと消えていった。躊躇して動けずにいる心だけ置いて、わたしの体はすんなりと裏庭へと向かっていた。

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