ー1ー
無数の紅が舞う。舞うたび、わたしの輪郭が歪む。
いつもより重たげな紅い粒に触れると、たちまち形が崩れて水滴となった。
紅い雨が降り注ぐ。わたしを通過し、大地に紅いしみを作っていく。
ふと、雨の隙間から何かが落ちてきた。
鼻をつく匂い――黒く焼け焦げた一本の枝だった。それもまたわたしを通過し、大地に吸い込まれていった。
紅い雨は、しばらく降り止まなかった。
ミャァウ、ミャァウ。
「冷たっ」
顔にかかる何かを払いのけて、うっすら目を開ける。引き離された夢を追って、しばらくボーッと天井を見ていると、再び何かが下から飛んできて、顔をしかめながら床の方を見た。柘榴のような色の瞳と、目が合った。するとカズラは、どうやってベッドの側まで運んだのかは定かではないけど、自分の飲み水の容器に猫手を突っ込み、掻き出すように水を掛けてきたのだ。小さな手で精一杯に、何度も何度も。
「冷たいってば。今日は休みなんだから、起こさないでよ」
二十年以上見続けてきた夢の紅い粒が、初めて形を変えた。不思議と驚きはなくて、自然な流れのように思った。肌で感じたのは、純粋な温かさ。真っ直ぐ過ぎて、今にも手折られてしまいそうな優しさ。
こんな夢を見たのは、絶対、迎井蓮のせいだと思う。
また、明日来る。そう言った日から、彼は連日ホームセンターにやってくるようになったから。
「村主さん、例の……」
日替わりで色んなスタッフから呼び出されるたびに、胃と視線が痛くて仕方なかった。
「別の者が対応しますって、言いましたよね」
面と向かって牽制しても、腹が立つくらいどこ吹く風。
一度はちゃんと対策を講じた。
だけど、荒木さんにお願いして野菜担当と変わってもらったところで、シフトをズラしてレジ打ちをしていたところで、空気中からあの甘い匂いを嗅ぎ取るたびに、見つけてしまう。
かといって、何をされるわけでもない。十分も話せば満足して帰っていく。こうなると、逃げ回る理由を探すことの方が疲れてくる。
それに、毎回披露されるあの目。この人はわたしの何を見ているのだろうと思うと、体の中のどこかが揺さぶられる。気になり過ぎて、よく眠れなくなった。
サイドテーブルにうんと手を伸ばし、掴んだタオルで顔を拭う。ふかふかのそれをまじまじと見る。そういえば、一週間前も顔に水を浴びたんだった。
その日、わたしは寝不足のまま出勤し、朝の水やりをしていた。葉が濡れていく姿を見るのは癒されるし、厳しい日差しが降り注ぐ中、飛び散る水滴も気持ちいい。こんな日は特に、意識が飛びそうになる。
「村主さーん、そろそろ開店の時間だよー」
突然聞こえた男性同僚の声に、ハッと我に返った。散水ホースを自分に向けてしまって、顔面に水を受けた。よろめき、手がポット苗に当たる。次々に苗が転がり落ちる。
「うわっ、何これ!?」
近づいてきた荒木さんのひどく歪んだ顔を見て、ようやく売り場を泥だらけにしたことを自覚した。
「……何やってんのよ」
通りかかった佐倉さんが、わたしの背中を強めに叩いた。
「ごめん……」
落ちた苗を拾い、泥をかき集めながら決心した。
抗うのをやめよう。そして、あの視線の先にあるものをさっさと見極めよう。こんなことで仕事に支障をきたすなんて、公私混同にも程がある。
あの日の決意をすり込むように、タオルを顔に押し当てた。
大丈夫。恋さえしなければ、死ぬことはないんだから。
最近、目覚めた時に必ず思い出す赤茶の瞳を追い払い、体勢を変えた。エアコンの風に、ベタついた背中がすうっと冷える。シャワーしなきゃ。でも、眠い。
タオルをサイドテーブルに戻し、瞼を下ろしてしまおうとした時、卓上カレンダーの赤丸が目に入った。
「違うっ!」
自分に向かって叫んで、起き上がる。
今日は、佐倉さん親子とランチに行く日だ。




