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並んで縁側に座り、風にそよぐ百日紅を見上げる。滑らかな木肌が午後の穏やかな光を吸い込み、真夏よりも艶めいて見えた。
「あれが、今年最後かな」
揺れるたび散っていく花びらを目で追う。そのひとつが地面に届く前に口を開いた。
「百日紅の苗木が入荷したんです。良かったら、買いに来てください。出したばっかりなので、状態も良いです。今なら好きなものを選べますし」
「そう」
迎井さんはチラッとだけわたしを見て、すぐに両手で包んだカップの中を覗き込んだ。そして、抑揚のない声で言った。
「いいね」
乾いた風が吹いた。彼の髪をなびかせ、肩下まで伸びたわたしの髪を揺らし、塀の向こうに抜けていく。急いで言葉を付け足した。
「お手紙とか苦手でしたよね、だから、また時期を過ぎてしまう前にお伝えしとこうと思って」
「苦手なわけじゃないんだよ」
わたしは、スカートの皺をぎゅっと掴んだ。
「気になってたんです。お元気なのかな、と」
「もしかして、生存確認?」
「そんなんじゃ」
笑い声が響いて、手の力を解く。
「あの日のお礼、ちゃんと言いたくて。押しかけてすみません」
「ううん。村主さんが元気なら、それで」
風が止んだ。大きな百日紅の根元には、周りの土を覆うようにして、冷たい葉陰が広がっている。迎井さんのまつ毛の落とす影の色に似ていた。わたしはお茶をぐっとあおった。
「考えてしまって、色々と。そしたら、迎井さん急に来なくなるし。何かあったんじゃないのかって」
「やっぱり生存確認だ」
「違います。あ、そんなに違わないか」
彼は、青い空に向かって口を開けて笑った。大きな花びらが、ほとほととこぼれ落ちるみたいに笑うんだなぁと思った。迎井さんは、ようやくわたしに向き直った。
「どうも村主さんには敵わないね。近く、苗木を買いに行かせてもらうよ」
「営業に来たわけじゃないですから」
「うん。ぼくが、買いに行きたくなったんだ」
その視線はいつもと違い、わたし自身の感情を揺さぶった。経験したことのない心の動きに耐えきれず、カップの中の波紋に目を向ける。
「お忙しかったですか? お仕事」
「涼しくなってきたからね、お陰様で」
「だから、いらっしゃらなかったんですね」
「――そうだね」
含みをはらんだ間に、安堵のため息を飲み込む。
「会わない方がいい気がして」
カップが大きく傾いて、冷えたお茶がスカートにシミを作った。
「……すみません」
「違うよ、誤解しないで」
迎井さんは、側に置いてあったタオルをわたしの膝の上に乗せた。声に嘘はなくて、無理に引き上げたであろう口元が、左右非対称に歪んでいた。
「ぼくがきっかけで、嫌なことを思い出すんじゃないかと思ったんだ。怖がらせたくなかった」
「小火のことなら、もう大丈夫です。平気です」
「そう。良かった」
柔らかい笑顔が、わたしの口を縫いつける。
わたしたちはしばらく無言で座っていた。時々、車の通り過ぎる音が遠くから聞こえるくらいで、辺りはとても静かだった。日が陰り、樹上の葉がざわめき出す。
「少し冷えてきたね。ブランケット、取ってこようか」
整骨院に来る人に貸し出すものなのだろう。きっと清潔で、柔らかそうで、体を覆うとみんな同じ色を纏う。返事をせずに、迎井さんの顔を見上げた。
「あの時、ごめんって、言いましたよね」
かろうじて保たれていた空気のバランスが崩れた。
「どうしてですか?」
溜まっていた衝動が、迎井さんの方に身を乗り出させる。
「何で、わたしが熱さを感じていたこと、知っていたんですか? もう二度とって何ですか?」
百日紅の花びらがひとつ、目の端を落ちていった。
「七月に初めてお会いしましたよね。みんな、迎井さんは古参のお客さんじゃないって言ってました。誰かと……間違ってますか?」
迎井さんは無言で上着を脱ぎ、わたしに触れないよう細心の注意を払って、肩に掛けてくれた。その表情からは、まだ早い春先の気配がした。
「違う。ぼくが見てたのは、きみだ」
強い風が吹いた。百日紅の枝がしなり、たくさんの花びらが宙を舞い、地面を転がっていく。最後の艶姿を見せつけるように。
「村主コウが感じ恐れているものは、村主コウのものじゃない」
紅は雨のように迎井さんの体にまだらに降り注いだ。白い上下を、白銀の髪を、深い色に染めていく。
「ちょっと待ってください。どういう意味ですか?」
掛けてくれた上着を握りしめる。
「あなたは、誰なんですか?」
どれだけ詰め寄っても、微動だにしない。表情を変えないまま、彼の口だけが機械的に開いた。
「ぼくはかつて、取り返すことのできない罪を犯した」
「……え?」
答えになってないし、言葉の意味も理解できない。
「何もしなかった。ただ、見ていた。きみの痛みを代わることすらできずに」
ふいに、固い枝のような動きで自分の腕が伸びた。ここで彼に触れることが正しいとは思わなかったけど、止められなかった。
光る髪に貼りつく花びらを一枚一枚剥がして、紅い小山を作る。迎井さんが差し出してきた、皺の少ない手のひらにそれを収めた時、ほんの少し指先が触れた。
その瞬間に、流れ込んできたものがあった。
真っ黒に焦げた花木の残骸。それを、目を逸らすこともできずに、ただ見つめ続ける視線。
やっと分かった。
涙すら流せない痛みに、わたしはそのまま手を重ねた。置き忘れていた自分の皮膚を貼り合わせたように、ぴったりと馴染んだ。下になった、ただでさえ白い手から血の気が引く。
――あなたは知っていたのね、全て。
口が勝手に動いた。自分の声だけど、自分の言葉じゃなかった。彼は肩を震わせ、やがて泣き笑いみたいな顔をした。そして、ためらいがちにわたしの手を握り返した。
「それが、ぼくの贖罪だから」
手のひらは大きくて温かだった。それだけは確かだった。




