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九月に見つけた白木蓮の蕾が、開きかけていた。いろんな方向から見ては、開花まで何日かかるか毎日考える、その時間すら愛おしい。
しかし、それをよしと思わない者がいる。
「ああっ、またやったな」
鏡越しに薄黄の物体が妙な動きをしたのが見えて、手にしていたメイク道具を置いた。慌てて窓辺に近寄ると、案の定、鉢が斜めに倒れかけている。こぼれた土をテキパキと片付け、開け放った窓からベランダを覗いた。
「ちょっと、カズラ」
黄色と紫のビオラの陰に隠れていた猫を捕まえ、ちっとも反省していなさそうな瞳を真正面から睨みつける。朝の貴重な時間だけど、ひとこといっておかなきゃ気が済まない。
「何度言えば分かるのよ。鉢を倒すの、止めてって。しかも、白木蓮ばっかり」
カズラは、ふいっとそっぽを向いた。
「狂い咲きしそうなの、この衝撃のせいじゃないの?」
秋めいた優しい風が、白く細長い髭を他人事のようにそよがせている。
「いい加減にして。今度の春に、他の蕾が咲かなかったら、責任取ってもらうからね」
「ミャウ」
「誇らしそうな顔しないでよ」
そうは言ったものの、絶対に咲くだろうと確信していた。最近、植物の色がやけに鮮やかに見えるのだ。目の皮が一枚、剥がれたみたいに。うちにある鉢植えはもちろんのこと、出勤中に見かけて声を掛けている沿道の花たちも、例年より生き生きしている。眼科に行って視力を測ってもらったけど、いつもと変わらなかった。
とはいえ、これが続けば枯れてしまう可能性もゼロではない。わたしは声を低くした。
「いい? 次やったら、ケージに入れてブラッシングだからね」
鼻がくっつくくらい顔を近づけると、カズラは密集した髭を音がしそうなほど震わせ、手の中からすり抜けてベッドの下に潜り込んだ。
わたしはため息をついて、二本目のペットボトルの水を飲み干した。さっき空にしたばかりの一本目の横に並べて置いて、急いで鏡を覗き込む。時計を確認しながら、目の下の気になるクマにコンシーラーを、味気のない唇にピンクベージュの色をのせる。それからいつもの仕事用カバンに、私服とメイクポーチを突っ込んだ。トーストとサラダを食べ終わった後の皿をシンクに置き、ベッドの下に向かって声を張る。
「約束だからね!」
ミャウ。
どっちつかずの返事を背中で受け止め、玄関のドアを開けた。




