第68話 主命
黒雷はしばらくの間轟音と共に全てを焼き尽くした。
轟音が鳴り止み、視界が良くなっていく。
2人の姿がはっきり見える。建物は全てが灰となり、立っている2人ともが黒雷に焼かれ黒焦げになっている。
「真くん!」
ひよりは全力で叫ぶ。
ピクリとインヴィクが先に動く。黒焦げに見えた身体から黒い欠片が落ちていく。ドームで身体を包み込んでいたのだ。しかし、ドームが割れそこから黒雷に侵食され、至る所に火傷の跡がある。
「…死んだかと…思ったぞ」
立っているのもやっとのインヴィクは、焼け焦げた喉から振り絞って声を出す。
その声に反応はない。真は1度たりとも動かない。
「そうか…真。最後は兄である私が送ってやろう」
インヴィクはゆっくりと真へ近づく。
「朧さん!真くんが、早く助けないと!」
朧は真の元へ走ろうとするひよりの腕を掴み、止める。
「なんでよ!このままじゃ真くんが死んじゃうよ!」
朧の手を振り切り、ひよりは駆ける。愛する者の元へ。その後ろで朧は主である真を見つめる。初めて会ったあの時を思い出しながら…
——「おい!お前なんで俺の影にいるんだ!」
20年前の夏だった。真様に初めてお会いしたのは。
心影崩流。かつての忍と呼ばれた者たちが使っていた流派である。隠密、暗殺が得意であった心影崩流は代々由緒ある家に仕えていた。
朧の先代である父の代からこの市井家に仕えている。市井家は一代で巨大な富を築いた。その分敵が多かった。それを守るのが、心影崩流の者たちの役目である。
兄弟の弟にあたる朧は、心影崩流の最高傑作として、兄の影、父の心に常に期待をされてきた。
仕えていた市井家には、兄弟がいた。兄の誠と弟の真の2人だ。兄の誠は覇道を突き進む、王の如き人。対照的に真は何事にも興味を示さず、唯一、人と戦うことが楽しみだった。
——市井家に仕えることが決まり、父の心から護衛対象を知らされる。
心が当主、影が誠、朧が真。にそれぞれつくことになる。
「なぜ朧が弟の真様なのですか。父上」
影は決定に不満を持つ。
「理由などない。兄弟に兄弟をつける、それだけだ。」
影は渋々了承し、その場を去り、誠の元へ向かう。
朧は命令を待っている。
「朧、今日からは真様がお前の主だ。私ではなく、あの方の指示を聞くように。任せたぞ」
「承知しました」
その日から朧は真の影に潜むことになった。
護衛を始めて数日後、真は異変に気付く。自分が常に何かに干渉されていることに。
「誰だ!どこにいる!」
真は手当たり次第に暴れるが朧は影から出ない。しかし、真は影に潜む朧に気付く。
「おい!お前なんで俺の影にいるんだ!出てこい!」
朧は地上に姿を現す。当時から全身を黒で覆われていた。
「誰だよ!お前は」
真は拳を構えながら言う。朧は跪き、真へ話す。
「私は、真様の護衛の朧と申します。私が一生涯をかけ貴方様をお守りいたします」
契りを交わそうと口上すると、
「いらねぇ!俺はひとりで十分だ」
そう言いながら真は朧に飛びかかる。
朧は真の攻撃を全て躱す。決して反撃はしない。
「なんだよ!お前強いじゃん。俺と戦え」
「いくら真様の命令でもそれは…」
「いいから戦えよ!」
一瞬で朧が真を制圧する。
「朧って言ったな、俺が勝つまで毎日だ」
そこから毎日何時間も真は朧へ勝負を挑んだ。
一年後には真が朧を圧倒するようになっていた。
「もう俺に護衛はいらねぇ。お前は影で俺の命令に従え」
「承知しました」
朧は真の影に潜む。
そしてしばらくが経ち、事件が起こる。真が市井家を離脱するというのだ。母方の姓を取り、鳴神と名乗り兄の誠と対立したのである。真の護衛である影、当主の護衛の心は、真を危険人物として暗殺を命じられる。
真の元へ、心と影が現れる。
「なんだ、お前らはあいつらの差金か」
「真様…お命頂戴いたします。」
心と影が迫り、真は苦戦を強いられる。このままいけば最悪命が獲られる。そう思った時には影から出ていた。
「お、朧!?」「どけ!我らはこの男を」
「申し訳ございません。真様は私の護衛対象です」
瞬間、朧が影へ潜る。
次の瞬間には心と影の姿が消えていた。
「朧、なんで出てきた」
「申し訳ございません。真様の命に背いてしまいました。私はここで自決致します。」
忍者刀を自身に向けて刺す瞬間に、腕を掴まれる。
「勝手に死ぬな。主は俺だ、今後命令違反は許さないからな」
「承知致しました」
朧は、真はいずれこうなることが分かっており、朧へ家族殺しをさせないために、自分へあの命令をしたのだと悟る。
この日から朧にとって真の命令は絶対になった。
——命令に背いたことはあの一度のみ。
今回の命令は至極単純。
「ひよりを守りきれ」
これのみだ。ここでひより様を行かせては守りきれない。
「俺の戦いには出てくるな」
あの日以降毎日言われている絶対の命令。
「真くん!」
走るひよりを止められない。ここで出ればあの時のように真様の考えを踏み躙るのではないか。迷っている時間はない。
こちらに気づいたインヴィクはひよりへ能力を使おうとしている。
(真様。今一度、命に背かせて頂きます)
満身創痍のインヴィクは黒球をひよりに放つ。
「邪魔…するんじゃない」
黒弾はひよりに直撃する、直前で朧により流される。
「流」
「朧さん!」「朧!貴様!」
「誠様。私の主を、真様を護らせていただきます」
あの日、真様のために命に背いた。
ならば今日も同じだ。
真様を、死なせないために。
朧は今一度、護衛として真の前に立つ。




