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第66話 自由

私はなんで男の子の格好なんだろう?


プルケこと瀬戸楓せとかえでは考えていた。

それは物心がついた頃、周りと自分が違うことに気付いた。遊んでいた男の子達とは違う感覚を持つこと。女の子と話すときの方が自分らしさを感じていた。

瀬戸楓はごく普通の家庭に次男として産まれた。何不自由のない生活。優しい家族。

ある日、楓は自分が抱く違和感を家族に打ち明けた。


「僕…ううん。私、女の子になりたい」


楓の母親は泣き、父親は馬鹿なことを言うなと怒る。兄と妹は驚いていたが親の様子を見て泣き始める。

楓はその時に自分たち家族は薄氷の上に立っていたんだと知る。そこからは自然と崩れ去っていった。

楓は近くの学校から、離れた学校へと転校し、女の子として新しく生活する。

母親はそれを受け入れ、以前の生活を取り戻すために何事もなかったかのように振る舞う。

父親は周囲の目に悩まされ、飲酒の量が増え、母親や家族に怒鳴る事が増えていく。

兄は楓とは口を聞かず、すぐに独り立ちをした。

唯一、妹のみが全員に何も変わらない接し方をしてくれていた。楓と家族にとって妹の存在が1番の癒しであった。


それでも楓は信じていた。

家族は壊れかけているだけで、まだ家族なのだと。


楓が16の頃、事件は起こる。

「ただいま」

いつものように家に帰るが返事がない。

家の中を探しても誰もいない。

家族は楓を捨てて、出て行ったのである。


机の上に親から一枚のカード、妹の物であった、クマのぬいぐるみが置かれていた。

カードには当面の生活費が入っていた。

妹が大切にしていたぬいぐるみの中には2人で撮った写真が入っていた。


「ハハハハハ」


写真を見ながら、目に涙が溢れる。


楓は、家族を憎めなかった。

憎みたかった。恨みたかった。

けれど、机に置かれた生活費と、ぬいぐるみの中の写真が、それすら許してくれなかった。


だから楓は、この世界を憎んだ。

かわいく生きることすら許してくれない、この世界を。


——プルケの部屋にはぬいぐるみが沢山並んでいる。

その中に金髪のプルケとガタイのいい北見が向かい合う。

「私の名前は北見蓮司よ。本当に可愛いぬいぐるみ達ね」


「私はプルケよ!あんたかわいさが分かるのね」


お互いにそこまで戦闘の意思はない。

なぜならおそらく同類であるとお互いが勘づいているからである。


「やめにしない?戦うのは」

北見はプルケに問いかける。


「そうしたいのはやまやまなんだけどね」

プルケは近くにあったクマのぬいぐるみを抱きしめる。


「デウスに公安は殺せって言われてるの。この世界を壊すにはそれが一番だって」


そういうと、クマが巨大化する。

かわいいまま大きくなる。毛並みは少し本物のクマに近づき、口を大きく開き咆哮している。


「そう。あなたは言いなりなのね。もっと自由に生きればいいのに…」


北見は拳を強く握りしめ、半身になり左手を前に構える。


「自由…私が1番欲しかった物よ…もう手に入らないけど」


クマは北見に襲いかかる。

本物よりも鋭利な爪で、北見へ斬りかかる。

クマの腕が止まる。

北見が片手でクマの腕を掴み、止めたのである。


「そんな…この子の腕力は人間じゃ止めれない程なのに…」


「プルケちゃんだったわね。おバカなあなたに教えてあげるわ!人間はいつでも自由になれる事を!」


フンっ!と一声あげ拳を振り上げる。

クマは巨体を浮かしプルケの横に倒れる。

みるみる小さくなっていく。


「さぁ、どんどん来なさい!」

「この…あんたには分かんないわよ!!」


クマ、鳥、犬、様々なぬいぐるみを巨大化させる。

10体は軽く超えている。


「私に踏み込んでこないで!」


ぬいぐるみは北見に襲いかかる。

一体一体を拳で吹き飛ばしながら、直進する。

犬が噛みつこうが、熊に押し潰されても、傷を負いながらも、北見の足は止まらない。止まらないどころかどんどんと速くなる。

プルケは必死にぬいぐるみを送るが悉く倒される。


「どうなってんの!」

「あなたは何のために自由になりたかったの」

「私は!自由に生きたかった!女の子として!たったそれだけなのに!何でそれが世界では許されないの!」


「本当に許されていないの?あなたは現に今女の子として生きてるじゃない!」


「それで家族を失って、なにもかも1人になった!こんなのが欲しかったんじゃない!私は家族にもそのままでいて欲しかった!」


「あなたが女の子として生きたかったことは、何ひとつ間違ってないわ」


北見はぬいぐるみを殴り飛ばしながら、真っ直ぐにプルケを見る。


「でもね、全部を世界のせいにして、自分から誰にも手を伸ばさなかったことまで正しいとは言わないわよ」


「え…?私は…」


北見に言われ、胸を打たれる。

私は…あの家族に告白した夜から、受け入れられていないと決めつけ、家族に対して壁を作って…。周りの人にも、私は認められてないんだと、挨拶すらしていなかった。

ちょうどその頃だった。兄が家を出たのは。出ていく際に兄は一言。


「家族を壊したのはお前だ」


と言っていた。

その当時は、私が女の子になりたいと、告白したからだと思っていた。

今思うと何となく分かった気がする。認められていないと、周りに当たっていた自分が元凶なのだと。

自分は何もかも周りのせいに、人のせいにして、自分らしく…生きられていなかったのだ。


「今更…気付いてももう遅いよ!私はこんなことばっかりしてる!もうやり直せないんだよ!」


部屋の奥に鎮座していた、ティラノサウルスの大きなぬいぐるみを巨大化させる。

ティラノサウルスはみるみる大きくなり、部屋に納まらない程になる。

その足で北見を踏みつける。


「人生に、遅すぎるなんてことはないのよ。プルケちゃん」


小傷が至る所にでき、うっすらと血を流している北見は今一度咆哮する。


「うぉぉりゃゃ!!!」


ティラノサウルスの足が止まる。

巨体は天井に当たりながらめりめりと音を立てる。

北見の拳はティラノサウルスを押し上げ、そのまま天井を突き破り、地上まで貫通する。


「あら、眩しいわね」

天井がなくなり、地上から差し込む日の光を北見は片手で遮りながら、プルケの元へ。


「私…まだ遅くないかな…家族に戻れるかな…」


プルケの瞳には涙が溢れて出て止まらない。

そんなプルケを抱き締めて北見は言う。


「だから言ってるでしょ。何事にも遅いなんてことはないのよ」


「…うわぁぁぁ」

北見の胸でプルケこと瀬戸楓は泣く。


そこにはもう世界を憎む、彼女はいなかった。


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