第64話 冒涜
「なんだってこんなことに…」
研究室には夥しいほどのエナジードリンクと栄養剤のゴミが散乱していた。
その下には、さらに乱雑に書類が置かれている。
博士風の男は頭を抱えている。
——穴巻仁
[Spes]能力研究の第一人者であり、スペス回路の研究を引き継いだ男だ。
彼はかつて黒瀬の研究所にいた人物であり、その研究を密かに盗み勝手に引き継いで研究を行なっている。
「北見と鷹見になんて報告すれば…」
頭を悩ます目の前の書類にはこう書かれている。
——能力がもたらす自我の変貌。スペス回路の変質について。
後に発表されるこの論文にはこう書かれている。
——スペス回路は存在する。しかし開くことは現代の技術では不可能であり、人間になせる事ではない。スペス回路を開いた人間がいればそれはもはや人ではない。
——スペス回路を擬似的に開き能力を経ることにより自我の変質が起こる。能力に自我があるように見えるのはその人物の本質がスペス回路により変化しているのである。
——能力による時空や、空間への作用は能力使用者本人の精神状態が正常であれば不可能である。
この論文は公安とレクトルによる全面戦争後に公開されたものである。
——レクトル本部
「一輝……」
反応のない一輝を膝に寝かせ、顔を覗き込む。
目から涙が溢れて止まらない。
様々な事があったが、姉弟であることに変わりないのだから。
しばらく泣いていると、鷹見が背後からやってくる。
「やはり、ダメでしたか…」
鷹見は残念そうにカナの肩を叩く。
カナは以前霧島家の報告をした際に能力に取り込まれた人間を戻す方法がないのかと鷹見に尋ねていた。
その際に鷹見からは、
「おそらくありません。あの人に聞いてみますが望みは薄いでしょう」
と言われていたのである。だからこそ斬る覚悟でこの場へ出向いたのである。
「どうして…一輝」
——空間が裂ける。
一輝の胸元に注射器のようなものが現れる。
すぐさま一輝を動かそうとするカナだが、すでに注射は完了している。
一輝の身体が跳ねる。
「ゔ。ゔが!」
カナから離れ、後方で頭を抑えながらもがき始める。
「うがああああ!!」
耳を劈くほどの声が部屋中に鳴り響く。
鷹見とカナは思わず耳を塞ぐ。
「一輝!どうしたんだ!」
「まさか……やはりスペス回路の完全解放条件は死なのか」
「う……コ……ロス」
一輝は全身の至る所から赤刀が生えている。
右手に長い赤刀を生やし、左手で右手を支える。
「なぜ!?鷹見さん!どうして一輝はフィールド無しで能力を!?」
「スペス回路が開いたからです。おそらく死をトリガーに開くのがスペス回路。その瞬間を狙い、黒瀬が自我を無くし暴走させたのでしょう」
「ねぇ……ね……」
そう聞こえた気がした。
だが次の瞬間、口から出たのは別の言葉だった。
「コロス」
赤刀が生えている一輝の目からは涙が溢れている。
「そんな…」
カナは膝から崩れ落ち両手を地面につく。
「せっかく…せっかく楽にしてあげられたのに」
一輝はカナへ赤刀を飛ばす。
赤刀はカナの首に一直線に向かう。
カンッ!
見えない結界に防がれる。
地面に落ちた赤刀は地面へ溶けていく。
「霧島くん。これはもう、一輝さんではありません」
「死の瞬間に開いたスペス回路を、黒瀬が無理やり暴走させているだけです」
「無理やり…。黒瀬!これ以上一輝を汚すな!!」
涙を拭い、刀を具現化させ強く。人生で最も強く握る。
「来い!!!」
涙を流しながら、それでも刀を構える。
「今度こそ、お前を救う。一輝」
「ぐがああ!!!」
もはや刀の獣と化した一輝は、カナへ迫る。




