第58話 神城透
「神城くんも来たところで、改めて作戦についてお話しします」
真さんに会議室に連れてこられると、そこには一課の面々が座っていた。
霧島、風間さん、北見さん、そしてひよりさんもいた。
「まず、今回の我々の作戦はレクトルへの急襲です。真が突き止めたアジトへ全戦力を投入し、レクトルを無力化します。最終目標は[Spes]の破壊です。」
「急襲…それに[Spes]の破壊。いよいよですね」
鷹見さんの言葉を噛み締める。
「神城くん。まだ推測ですがレクトル側のターゲットはあなたです」
「え!?俺?」
鷹見さんからの意外な一言に、思わず目を見開く。
「なんで俺が…?」
「ここから先は、あなた個人に関わる情報になります。後で個別にお話ししましょう」
「いや、今話してください。みんなに聞かれても大丈夫です」
俺は覚悟を決め、鷹見さんをまっすぐ見た。
「…わかりました。これからお話しする内容には箝口令を敷きます。絶対に外部へ漏らさないように」
鷹見さんの口が重々しく開く。
——二十年ほど前。
とある大学に、神童と呼ばれた男がいた。
名前は、黒瀬宗一郎。
当時二十七歳。
若くして博士号を取得し、大学内に特別研究室を与えられていた。
その研究成果は、国内外から注目されていた。
研究テーマは、人間の脳。
様々な感情、記憶、判断、そして才能。
それらを司る脳を解明することこそが、自分の使命だと彼はよく語っていた。
黒瀬の研究室には、私を含め多くの人間が志願していました。
その中に、黒瀬と並び脳神経分野の天才と呼ばれる女性がいました。
神城望。
この二人が出会ったことにより、後に世界を巻き込む資産登録システム《Spes》の開発が始まったのです。
研究を重ねる中で、黒瀬は前頭葉に未知の脳回路を発見しました。
彼はそれを《スペス回路》と呼びました。
しかし、研究が進むほどに奇妙な事実が明らかになります。
その回路は確かに存在する。
だが、通常の人間にはほとんど機能していない。
黒瀬は考えました。
ならば、人工的に起動できないか、と。
やがて、黒瀬宗一郎と神城望の間に、一人の子供が生まれます。
何事も透き通るように見つめ、本質を見失わない人間になってほしい。
そう願い、名付けられた名前が——
神城透。
「それがあなたです。神城くん」
「お、俺?」
「そうです。あなたは[Spes]開発者の子供なのです」
「そ、そんな…」
俺はショックで呆然とする。
横にいた霧島が俺の手を握る。
「続けますか?」
優しく問いかける鷹見さんに言う。
「全部教えてください」
鷹見さんは、再び重々しく語り始めた。
——黒瀬は、透くんのスペス回路を人工的に起動しようとしました。
しかし望さんは、それだけは許さなかった。
「この子は実験体じゃない」
そう言って、黒瀬の研究に初めて明確に反対したそうです。
けれど黒瀬は止まらなかった。
透くんが駄目なら、望さん自身を使えばいい。
そう考えた。
その結果、望さんのスペス回路を機能させ、今の[Spes]の土台が完成しました。
そこから黒瀬は望さんへの研究を進め、透くんは施設に預けられます。
私が最後に見たのは、水槽の中で仮死状態の望さん。そしてスペス回路を機能させた黒瀬博士の姿でした。
「私は、止められませんでした」
鷹見さんの声が、わずかに震えていた。
「研究も、黒瀬博士も、望さんの犠牲も」
——そこから時が経ち、数年前に突如現れた[Spes]を見て私は確信しました。
[Spes]は透くんの母親である神城望の脳そのものが、システムの根幹であると。
「……俺の……母さん…?うっ!!」
思考ができないほどの頭痛が俺を襲う。
一瞬意識がスローモーションの世界に変わる。
(透。あの人を……宗一郎さんを止めて。あなたにしかできない)
光で顔が見えない。
女性の声だ。
見えなくても…この懐かしい感じ。
地下にあった[Spes]の懐かしさ。
母さん…そんなところにいたんだね。
意識は再び今に戻る。
「大丈夫!?」
手を握っていた霧島が俺を介抱してくれている。
「大丈夫ですか?神城くん」
「……大丈夫です。…それよりなんで俺を今更狙うんですか…」
「今の[Spes]は未完成です。完成に向けて必要なピースとして、血縁である神城くんを狙うと思われます。理由は簡単です。君のスペス回路が機能しているからです」
「確かに。透は常に能力を使えてる。最初に会った時、フィールドも知らなかったのに順位を見ていた」
「これは私の仮説なので確定ではありません。しかしあのエゴという少年も、神城くんと同じようにピースとして創り出されていると思います」
会議室にいる一課全員が黙り込む。
その静寂を切り裂くように俺が言う。
「知ってたなら…なんで今なんですか!もっと早く…俺に説明してくれてれば…」
「今まで黙っていたことは、言い訳できません」
鷹見さんは深く頭を下げた。
「説明してれば…どうしてたんだ?」
真さんの冷たい視線が突き刺さる。
「最初にお前が聞いても何もできないと思ったから、鷹見は今話した。」
「知ってて入れたんですね。この公安に」
「そうです。あの時霧島君をあそこに向かわせたのも私の指示です。そこからあなたを加入させるまでが計画でした」
鷹見さんは、逃げずに答えた。
「その時に俺のスペス回路が、機能していると確信して修行を積ませた。今なら、戦える。そう判断してくれたんですね」
「そういうことです。今まで黙っていてすみませんでした」
俺は頭痛の時に聞こえた声を思う。
(あなたにしかできない)
怒りが消えたわけじゃない。
納得できたわけでもない。
それでも、やるべきことだけは分かった。
俺が生まれてからずっと悩まされてきた、この目。
俺にしかできない。この時のためだったんだ。
「いえ、ありがとうございます。今なら俺が全部を変えられます。黒瀬を…俺が父を止めます」
俺は母の言葉を胸に。覚悟を決めた。
「私達も一緒に行く」
霧島が言う。
「俺も行くぞ、神城」
鬼塚さんが続く。
「バカ弟子が。ひとりで背負う顔をするな」
真さんが呆れたように言い、
「面白くなってきたじゃないの」
北見さんが笑う。
「俺もいるからなかみっちゃん」
慌てたように風間さんが声を上げる。
「みんなまとめて、私が治してあげるからね!!」
えっへんと胸の前で手を組み、自信満々のひよりさん。
「………」
ひよりさんの後ろで頷く朧さん。
「みなさん…ありがとうございます」
涙を流す俺。
ずっと握られていた手が、今度は俺の背中へ回る。
「今度は私がお前を救う番だ。みんなでやろう透」
「あぁ。ありがとうカナ」
——公安対レクトル全面戦争が今、始まる。




