第57話 標的
——レクトル研究室
道具や書類が、そこら中に散乱している。
部屋の奥に一際大きな水槽がそびえ立つ。
大きな水槽にはエゴが入っている。
その横には機械に繋がれた[Spes]
「もうすぐだ…望」
博士は恍惚な表情を浮かべ[Spes]を撫でる。
「もうすぐでこの世界は私たちの手に…」
博士は、エゴが[Spes]へ適合するのを待っている。
研究を始めて三ヶ月が経った今、もはや適合を待ち、エゴと[Spes]を結合するだけ。
博士にとっては完成が目前なのだ。
ビービービーッ!
「なぜだ!?」
エゴに対し、[Spes]が拒絶反応を起こした。
「なぜ適合しないのだ!」
博士の問いかけも虚しく、システムはエラーを告げる。
エゴの顔が苦悶の表情に変わっていく。
「なにが。なにが必要なのだ。これ以上」
[Spes]が思い通りにならずに博士は出力を上げ、無理やり適合させようとする。
「ガ。ガ。ガ。ガ。」
エゴから声が漏れ、苦しみもがく。
「お、お父様。」
エゴはそのまま意識を失う。
「何が足りないのだ」
博士は椅子に腰掛け頭を悩ます。
ふと、近くにあった研究資料を手に取る。
「これは…ソルスのデータ…」
ソルス、霧島一輝が能力により支配され自我を持つ能力という極めて稀な存在になった為研究を行った。
結果として血剣は能力の本体が血液であり、全身を巡ることで人格そのものを乗っ取っていることがわかった。
血液と能力はとても細密に絡み合う。
中でも驚きのデータは以前、ソルスが吸った鉄堂玄武の血より最初に吸った霧島一彦の血の方が能力、自我の向上を促していることがわかった。
これは血縁からの血液が能力に最も影響を与えるというデータだ。
この研究結果からもエゴは[Spes]の強化として最も適していると判断したのだ。
「血縁…」
博士は天才が故に人間的思考を忘れがちだ。
自分の作ったエゴがダメだった時は何も浮かばなかった。しかし今、普通の人間の思考にヒントを得る。
「血縁…ならば良いのか。ならば私が獲るべきは…」
「透」
研究所にて静かに…そして明確に標的が決まった。
後日研究所から出てきた博士はレクトル全員を集める。
そして告げる。捕獲対象、そして作戦を。
——公安
三ヶ月ぶりに真が帰還する。
本部長室にて鬼塚、鷹見、真の三人は話す。
「お疲れ様でした。真」
「全くだ。まさかここまでかかるとは思ってなかった」
「ありがとう!真。で、見つかったんだろ?」
「ああ。この三ヶ月情報らしいものもなかった。だがこの一週間で一気に情報が流れてきた」
考え込む三人。
「罠ですか」
「十中八九そうだろう」
真の確信が鷹見を迷わす。
「[Spes]強奪から三ヶ月。このタイミングでの罠。狙いは神城か?」
「私もそうだと思います。万が一ここでアジト急襲作戦を立案してもそこに神城くんを作戦に加えるのは危険すぎる」
「だが、あいつのことだ。一人でお留守番なんてできるタチじゃない」
「真、お前が直接判断しろ。神城を連れていけるかどうか。足手まといになるようなら縛ってでも本部へ残す」
「わかった」
「他の者への説明は我々で行っておきます」
真は部屋を出る。
——三ヶ月ぶりの真さんに、思わず大きな声を出してしまう。
「師匠!お久しぶりです!」
「ああ。朧、どうだ仕上がりは」
「8、9割と言ったところでしょうか。私的には問題ないかと。最終判断はお任せいたします」
「やるぞバカ弟子。俺がいない間サボってなかったか確認してやるよ」
戦闘狂のように鋭く、内心では笑っているような目でこちらを見てくる。
俺は蛇に睨まれた蛙のように、
「はい」
と一言頷く。
訓練場に向かい、
入るや否や背後から殺気が迫る。
「フッ!」
すぐさま身を翻し迫る真さんの拳を止める。
そこまで威力は込められていなかったがかなりの速度だった。
「いきなりですか…」
「お前は油断が得意だったからな」
俺の手を振り解き、距離を取る真さん。
空間が歪む。
一瞬遅れてフィールドが展開される。
「蒼雷」
真さんの後ろに青い雷の槍が現れる。
槍は一直線に俺に迫る。
(早い!!)
波で流そうとするが直前で躱す。
五本目の槍を体を傾けて避けると、すでに真さんが背後に移動している。
雷を纏うアッパーが俺の顎へ迫る。
(心眼)
能力を発動し意識をスローモーションの世界へ。
真さんの拳の流れを読み、先に顔を傾けて躱す。
それに合わせて崩拳を、真さん目掛けカウンターで放つ。
スローモーションの世界が解け、俺の拳が真さんに当たるはずだった。
「…うっ。」
躱したはずの拳が軌道を変え、俺の腹に突き刺さっている。
「なんで…」
「さて、なんでだろうな!」
うずくまるところをサッカーボールの如く蹴り飛ばされ訓練場の壁へ激突する。
「グハッ!!」
俺の口からは血が出ている。
(今のは…なんだ?躱したはずの軌道が変わってた。どうする。真さんの拳は波で受けれるか?)
数瞬の思考の間に黄色い雷の拳が目の前に。
「よそ見とは良い度胸だ」
「くそッ!多分合ってるはず!」
波で真さんの乱打を全て受け流す。
雷の拳に触れず手首から軌道を逸らす。
「波か。良い精度だ」
二十発ほどの乱打を受け流し、俺は後ろへ飛び距離を取る。
「崩拳に波、両方いい精度で出来てるじゃねぇか」
「ありがとうございます」
「こっからは手加減なしだバカ弟子」
瞬間真さんの身体が紫に光る。
紫電を纏い髪も少し逆立っている。
——無意識に瞬きをした。その瞬間。
紫電は俺の目の前へ。
(心眼)
意識をスローモーションの世界へ。
速すぎる手刀は全開放の心眼でも躱しきれない。
顔を傾けるが頬を掠める。
——ビリビリビリビリ。
俺の身体は帯電し、麻痺をする。
「流!!」
地面を強く踏み込み、そこへ帯電した電気を流す。
訓練場の地面に、紫電が疾る。
均等に疾るはずの電気は真さんへ集まる。
(まさか…雷で引き寄せてるのか…?)
仮説を立てる。
紫電を纏う真さんの拳を、心眼で先に顔を逸らし躱す。
解いた瞬間に軌道が変わる拳を、受け止める。
「やるじゃねえか」
「雷で軌道を変えるなんて…初見は躱せませんよ」
拳を受け止め帯電した雷は常に"流"で足元へ。
超至近距離で片手で真さんの腹へ崩拳を放つ。
真さんへ直撃する。真さんは衝撃で後ろへ下がる。
「フッ。崩拳の精度はかなりいいみたいだな」
「はぁはぁ。ありがとうございます」
心影崩流を乱用するのはかなり疲弊する。
特に"流"は電気や、毒、自分の体に害悪な物を排出する代わりに相当な体力を使う。
「次で最後だ。受け止めてみろ。赤雷」
真さんは紫電に赤い雷を纏う。
手刀には赤紫の雷の刃。
「俺…死にません?」
「そう簡単に死ねると思うなよ?」
数秒の沈黙の後、真さんが消える。
「奥義。朧」
真さんの手刀が俺を切り裂く。
——俺の身体は影のようにヌルリとボヤける。
切り裂いたはずの身体が、再びくっつきゆらゆらと揺らめく。
「…やはり心影崩流はお前に最適だったな」
そう言うと真さんは雷を収める。
「はぁはぁはぁ」
俺は体力を使い果たし倒れる。
今この瞬間は起き上がることすらできない。
「お弟子様。100点満点です。」
「はぁはぁ朧…さん。ありがとうございます」
「甘やかしすぎだ、朧。早く起きろ」
朧さんの肩を借り、起き上がる。
「朧まで使えるなら文句はない。行くぞ」
「ど、どこに?」
「レクトルへ殴り込みだ」
「……へ?」




