第50話 平和を狙う者
「皇 成十郎の暗殺だよ」
デウスはそう告げ、静かに目を細めた。
いかにデウスとて、皇成十郎という存在がどれほど巨大で、関わるのがどれほど危険かは分かっている。
だからこそ受けたくはなかった。
だがこうなれば仕方がない。レクトルにも金は必要なのだ。
「…やってくれるかい?ソルス」
ソルスへ懇願するような表情を向ける。
「…誰だそいつは」
一瞬、部屋の空気が止まった。
「お前、皇を知らないのか?」
「皇を知らない日本人がいたんですね…」
我聞と怜司は驚きながらも少し嬉しそうだ。
「皇成十郎は日本一のお金持ちだ。それに加えて公安の支援者だ」
「そいつをぶっ殺せばいいのか?簡単じゃねーか!そいつの周りに強い奴とかいるのか?」
「彼の護衛は鉄堂玄武。最強の盾と言われています」
「そいつはおもしれぇ」
「おお!やってくれるのか?」
食い付く我聞にソルスは
「やってやるよ。でもな俺に頼むってことは相当な金額をうちに入れてくれるんだろうな?」
一言ずつ2人の方へ近づく。
少し手前で天樹が間に入り制止する。
「わ、わかった!支援は今の2倍出そう。もし成功したらその倍は出す!これでいいだろう!!」
「そんなに出したら僕らでも苦しいですよ!我聞!」
「うるさい!皇さえいなくなれば俺たちの天下だ!それにデウスが研究を成功させても我々の勝ちだ!どうせ払うなら今払っても変わらん!」
我聞が怜司を押し切る。
「わかりました。ではソルスに命じます。レクトル上位部隊を率い皇成十郎の暗殺をお願いします」
「まて!それじゃ割に合わねえ。俺たちだけが危険を負うのは違うだろうデウス。そこの使用人!お前も来いそしたら受けてやる」
天樹を指差し我聞と怜司へ言い放つ。
「あ、天樹を!?そ、それはだめです!我々の護衛兼使用人なんですから!」
「そうだ!天樹はダメだ」
「そーかよ!ならやらねえ。デウス修行に戻るわ」
部屋を出ようとするソルス。
「そういうことなら仕方ありませんね。お二人ともこの話は無かったことに。」
「ま、待った!分かった!天樹を貸す。その代わりに俺たちの護衛をつけてくれ!強いやつを!」
我聞の決定に怜司は首を縦に振る。
「分かりました。では、うちの最強のインヴィクに話をつけましょう」
「……よし。じゃあ交渉成立だ」
震える手を前に出す我聞。
その手をガシリと握るデウス。
我聞と怜司の顔は少し引き攣っていた。
「では、ソルス。頼みましたよ」
デウスはニヤリと笑う。
「了解。決行は1週間後でいいか?」
「いつでも構わない。天樹はその日1日だけだからな!」
「わかったって。じゃあよろしくな。あ・ま・ぎ」
天樹の顔につくほど近づくソルス。
何を言われても無反応。無表情の天樹。
「つまんねーな」
ソルスは貴賓室を出ていく。
「それではお二人様。これで話は付きましたので私も研究に戻らせて頂きますね」
デウスも貴賓室を出ていった。
「俺たちは間違った選択をしたのか?怜司」
「そんなことはないですよ。大丈夫でしょう。我聞」
「2倍なんて金、どこにあるんですか!」
「咄嗟に出たもんは仕方ないだろう」
2人はしばし沈黙の後
「天樹頼んだぞ」
「負けるんじゃありませんよ」
2人の呼びかけに
「かしこまりました」
と冷たく無機質な返事をし3人はレクトルを後にする。
——皇邸
皇成十郎の家には、皇本人、護衛の鉄堂玄武、
使用人の丸岡の3人が住んでいる。
掃除や家事については、外部の業者が行う。
皇邸には日常的に、外部の人間が出入りしている。
それが可能なのはひとえに玄武の存在である。
皇本人がどこから襲われようが守りきる。
玄武は、そのためだけにここにいる。
丸岡は先日、公安の3人を案内した白い髭に片眼鏡をかけた初老の男だ。
丸岡の目は監視カメラよりも正確に人を記憶する。
その人物の顔、名前、出入りの時間。全てを。
この2人によって最善の防犯、防衛が施されている。
ある日。
丸岡に緊張が走る。
「お疲れ様でーす」
「はい。お疲れ様です。」
いつものように業者を見送る。
見送った業者は、2人で来たはずなのに1人で出て行った。
しかも当たり前のように。
「侵入者…ですか」
丸岡の脳内警報が鳴り響く。
丸岡は即座に玄武へ連絡を入れる。
「ネズミが紛れ込んでいます。おそらく1名」
「承った」
玄武は短くそして鋭く返事をし邸内を見回る。
皇は自室で仕事をしている。
主人が気づく前に終わらせる。
玄武と丸岡が合流し
「丸岡殿、能力を使う。」
「はい。私が見つけます」
空間が歪む。
一瞬遅れてフィールドが展開される。
丸岡の前に皇邸のフィギュアが現れる。
そこにはリアルタイムに家で何が動いているかまでがはっきりとわかる。
「玄武様。ネズミは書斎に」
「承知」
玄武は駆ける。
音が出ない最小限で。
書斎に着くと扉が開いている。
ゆっくり近づき、中を覗く。
男が主人の書斎の棚や引き出しを漁っている。
「そこまでだ。今すぐ大人しくしろ」
主人のものを荒らされるのを見ていられず、すぐに飛び出す。
「鉄堂玄武か。逃げるのは不可能…だな」
そう言うと男は能力を発動する。
男の手には大きな鎌が握られていた。
「死ねぇ!」
鎌を玄武に向かって振り抜く。
——ガキンッ!!
鎌はナニカにぶつかり男の手を離れる。
男は手が痺れ苦悶の表情を浮かべる。
「何が目的か吐いてもらおうか」
玄武は男の首を掴み身体ごと持ち上げる。
男の手には、すでに送信ボタンが押された端末が握られていた。
「…もう…遅い」
白目を剥いて気絶する。
玄武は男を離し男の端末を拾い上げる。
そこにはメッセージのようなものが送られていた。
「何を書いているか分からんな」
制圧が終わったのを見計らった丸岡がやってくる。
「お疲れ様です。玄武様」
「丸岡殿、これを」
端末を丸岡に渡す。
「これは何かの暗号…ですか?私にはさっぱり」
「俺にもわからん」
2人で悩んでいると丸岡は
「鬼塚様に頼ってみては?公安にはこういう専門の課もあったはず…」
「丸岡殿…頼めるか」
「私は公安の皆様の連絡先は知りません」
沈黙の後、はぁ。とため息をつき一本の電話を入れる。
——公安本部長室
プルルルル。
プルルルル
ガチャ。
「もしもし、鬼塚ですが?」
「俺だ。玄武だ」
「玄武?急にどうしたんだ?」
「うちに侵入した者を捕らえたのだが暗号のようなもので何かを送った形跡がある。その暗号を解読してくれないか」
「いきなりだな!いいぞこっちに持ってくるのか?」
「暗号とデータを送る。俺は皇様から離れられん。お前にしか頼めないんだ」
玄武は、電話越しでもわかるほど困っていた。
昔のことを思い出し、フッと笑みが溢れる。
「任された!すぐ解いて内容を送る!待っていろ!」
ガチャリ!
電話を切りすぐに2課を総動員させ解読を急がせる。
——この暗号が公安を揺るがすほどの内容とはこの時誰も知らなかった。




