3話 見抜く者
「神城透くん。あなたは、いったい何者なんですか?」
俺は椅子に深々と腰掛け、沈黙を貫く。
「貴様!! 鷹見さんが聞いているんだぞ!」
霧島が怒鳴る。
だが、鷹見さんは片手を軽く上げ、それを制した。
「落ち着いてください。霧島くん」
その声は、驚くほど静かだった。
「彼はまだ、自分が何に巻き込まれたのか理解していません。順を追って説明しましょう」
鷹見さんは、俺をまっすぐ見る。
睨まれているわけじゃない。
責められているわけでもない。
なのに、目を逸らせなかった。
「まずは名乗らせていただきます。私は公安の鷹見兼人です」
公安。
その言葉に、思わず喉が鳴った。
「神城くん。君のことを聞く前に、まずは君が見たものについて説明します」
鷹見さんの声は、やけに落ち着いていた。
「今から二十年前、ある科学者が資産登録システム《Spes》を開発しました」
「……資産登録システム?」
「はい。始まりは、個人の資産を可視化し、登録者同士で順位づけするだけのものでした」
俺は普段から長い話や、偉い人の話は苦手だ。
なのに、この人の話はなぜかスルスルと頭に入ってくる。
「ですが——ある日を境に変わりました」
鷹見さんは淡々と続ける。
「システムにより、“力”が与えられるようになったのです」
「力……?」
「君が先ほど目にしたものです」
さっきの戦闘が脳裏に浮かぶ。
常識ではありえない動き。
ありえない威力。
そして、あの数字。
「《Spes》は危険視されています。ですが、表立って潰すことはできません」
「なんでだよ。危険なんだろ?」
「すでに多くの資産家や企業が関わっています。政治の中にも、このシステムの恩恵を受けている人間がいる」
「……は?」
「金を持つ者が、より強い力を得る。影響力を持つ者が、さらに上へ行く。《Spes》は、彼らにとって都合がいいのです」
鷹見さんの声は変わらない。
けれど、言葉の意味だけが重かった。
「じゃあ国は……見て見ぬふりしてんのかよ」
「黙認、という表現が近いでしょうね」
「黙認……」
「表向きは存在しないものとして扱い、裏では利用し、恐れている。だから我々は、公には動けません」
「公安なのにかよ」
「公安だからこそ、です」
鷹見さんは静かに言った。
「我々は公安の中でも、ごく一部の人間です。国の命令で動いているわけではありません」
「じゃあ、何のために」
「目的は三つあります」
鷹見さんは指を一本ずつ立てた。
「《Spes》の存在を世間から隠すこと」
「違法能力者を排除すること」
「そして、最終的に《Spes》そのものを破壊すること」
破壊。
その言葉だけが、妙に重く響いた。
「てことは……俺がさっき見た戦闘は、能力者同士の戦いってことか」
「その認識で間違いありません」
鷹見さんは頷いた。
「能力者が力を発動する際、周囲にはフィールドが形成されます。その中に他の能力者がいれば、互いのランキングが表示される」
「ランキング……」
「本来であれば、ですが」
鷹見さんの目が、わずかに細くなった。
「霧島さんの報告では、君は何も知らないままランキングを見ていた。そして、力の一端を使っているように見えた」
「いや、待てよ。俺は登録なんてしてないぞ。そんなシステム、今日初めて聞いた」
「そこが問題なのです」
声色は変わらない。
けれど、その一言で部屋の空気が少し冷たくなった気がした。
「能力を使えるのは、原則として《Spes》に登録された上位者だけです。さらに登録には、本人の意思と成人であることが条件になります」
「なら俺は関係ないだろ。俺は本当に何も——」
「神城くん」
名前を呼ばれただけで、言葉が止まった。
鷹見さんは、変わらず穏やかな声で言った。
「君の話には、いくつか矛盾があります」
「……矛盾?」
「登録していない。けれどランキングは見えている」
「能力者ではない。けれどフィールド内で反応している」
「何も知らない。けれど我々が把握していない現象を起こしている」
責められているわけじゃない。
ただ、事実を並べられているだけ。
なのに、その一つひとつが逃げ道を塞いでいく。
「ですので、もう一度お聞きします」
鷹見さんは静かに言った。
「神城くん。君には、何が見えていますか?」
その瞬間だった。
空気が、歪んだ。
次の瞬間、部屋にいる全員の横に数字が浮かび上がる。
霧島の横にも。
見知らぬ隊員の横にも。
けれど——
目の前の男だけには、何も表示されていなかった。
「……表示されない?」
思わず声が漏れた。
フィールドは展開されている。
数字は見えている。
なのに、鷹見兼人だけは見えない。
まるで、そこにだけ穴が空いているみたいだった。
「なるほど」
鷹見さんは、少しも驚いていなかった。
むしろ、それを確かめていたように見えた。
「やはり、君は通常のランキング表示とは違うものを見ているようですね」
「違う……?」
「神城くん。今、君は能力を使っています」
「俺が……?」
「はい」
鷹見さんは、静かに俺を見つめた。
「では、確認させてください」
「確認……?」
「私を見てください」
命令のはずなのに、声は丁寧だった。
だからこそ逆に、断れる気がしなかった。
俺は息を呑み、鷹見さんを凝視する。
目の奥に、力が入る。
見えないはずの何かを、無理やり覗き込むように。
次の瞬間——
《65》
数字が、浮かんだ。
「……六十五位」
自分の声が震えているのが分かった。
「うっ……!」
直後、頭の奥を針で刺されたような痛みが走った。
たった数秒。
それだけで、視界がぐにゃりと歪む。
やばい。
これ以上見たら、本当に壊れる。
俺は頭を押さえ、その場で息を荒げた。
気づけば、鷹見さんが目の前に立っていた。
いつの間に近づいたのか、まったく分からなかった。
殺される。
一瞬、本気でそう思った。
けれど、鷹見さんは俺に手を伸ばさなかった。
ただ、静かに見下ろしている。
「神城透くん」
俺は顔を上げる。
鷹見さんの表情は読めない。
怒っているわけでもない。
笑っているわけでもない。
ただ、静かだった。
「君は、非常に危うい存在です」
心臓が跳ねた。
「ですが同時に、我々にとって必要な存在でもある」
「……は?」
「このまま君を外へ帰すことはできません。君自身も、周囲の人間も危険に晒すことになります」
鷹見さんは、淡々と言った。
「ですので、神城くん」
一拍置いて、鷹見さんは続ける。
「公安に来ていただきます」
「……へ?」
「もちろん、拒否したい気持ちは分かります」
分かる、と言いながら。
その目は、拒否を許していなかった。
「ですが、君が何者で、何を見ているのか。それを知るまでは、我々の管理下に置く必要があります」
ガタッ!
後ろで、霧島の椅子が倒れる音がした。
「鷹見さん、本気ですか……!?」
鷹見さんは霧島を見ずに答えた。
「ええ。本気です」
そして、もう一度俺を見る。
「神城くん。これはお願いではありません」
静かな声だった。
「保護です」




