2話 連行
「歩け」
冷たい声に押されるように、俺は前に進んだ。
手首には、重たい手錠。
逃げるなんて選択肢は、最初から存在しなかった。
(……なんなんだよ、これ)
借金取りじゃないよな。
さっきまで、ただのコンビニバイトだったはずなのに。
気づけば、人が真っ二つになって。
気づけば、銃を突きつけられて。
気づけば——捕まっている。
「……一つ聞いていいか」
前を歩く女に声をかける。
「なんだ」
「俺、何した?」
女は、ほんの一瞬だけ足を止めた。
「お前、自覚がないのか?」
「なにが?」
「お前は上位者でもないのに能力を使用した」
「能力……?」
「さらに、システムにも登録されている。上位者以外の能力使用など聞いたことがない」
女は振り返らずに言った。
「連行する理由としては十分だ」
「能力? システム? 本当に何のこと言ってんだよ!」
「これ以上は本部に着いてから聞く。今は黙ってついてこい」
そのまま大通りへと連れ出される。
そこには、黒塗りの高級車が静かに停まっていた。
手錠をかけられているはずなのに、周りの人間はこちらを見ようともしない。
まるで、俺たちだけがこの景色から切り離されているみたいだった。
後部座席の扉が開く。
中にいたのは、銀縁の眼鏡をかけた男だった。
「ご苦労さまでした、霧島くん」
男は穏やかに言った。
「トリプルが三名。そのうち一名は、やはり改竄者でしたか」
「はい」
「それで——彼は?」
銀縁の眼鏡越しに、その男が俺を見る。
すらっとした体格。
整った身なり。
誰が見ても、仕事ができる人間だと分かる。
だが、俺には別のものが見えていた。
《???》
(……見えない)
いや、違う。
“見えてはいけない何か”が、そこにあった。
俺の目がおかしくなったのか。
そう思い、隣の霧島を見る。
《S》
変わらない。
俺の目がおかしくなったわけじゃない。
そう分かった瞬間、なぜか余計に背筋が冷えた。
「私を発見し、追跡してきたため尋問しようとしました。その直後、レクトルとの戦闘に巻き込まれています」
霧島は淡々と報告する。
「戦闘中、上位者ではないにもかかわらず能力を発動しました。改竄者の可能性があるため、確保しています」
「改竄者、ですか」
男の視線が、俺に向く。
「恐らくは」
「レクトル以外の改竄者は、聞いたことがありませんね」
ミラー越しに、冷たい視線が突き刺さる。
「ですが、戦闘時にレクトル側の動きはしていませんでした。それどころか、改竄者の順位を見抜いていたように見えます」
「なるほど」
男は、少しだけ目を細めた。
「分かりました。本部で私が確認しましょう」
「だから能力とかシステムとか、なんなんだよ! お前ら借金取りなのか!? 俺は金ならねえからな!」
男は答えなかった。
霧島も何も言わない。
車内に沈黙が落ちる。
頭の奥が、まだズキズキと痛んでいた。
緊張が切れたのか、視界の端が少しずつ暗くなっていく。
二人が何かを話していた気もするが——
そこから先は、覚えていない。
次に目を覚ました時、俺は車の外に引きずり出されていた。
「起きろ」
「イテっ!」
硬い地面に投げ出される。
最悪の目覚めだった。
「なんだよ……着いたのか?」
「行くぞ」
霧島はそれだけ言って、俺を立たせる。
手錠をかけられたままでは、うまく起き上がることもできない。
本部と呼ばれた建物は、見上げなければ全容が見えないほど巨大だった。
だが中に入ると、拍子抜けするほど無機質だった。
白い壁。
無駄のない通路。
感情のない照明。
巨大な建物なのに、どこか病院みたいに冷たい。
「お、カナちゃん。おつかれー」
通路の先から、軽い声が飛んできた。
「レクトル三人相手にしたんだって? さすがじゃん」
金髪にいくつものピアス。
顔立ちは整っているが、雰囲気はかなり軽い。
その隣には、体格のいい真面目そうな男が立っていた。
「風間。まずは挨拶をしろ」
「牧ちゃん、厳しすぎ」
「全く……」
「風間さん、牧原さん。お疲れ様です」
霧島は、できるだけ会話を早く終わらせたいような顔で言った。
「相手に改竄者がいたとはいえ、油断しなければ大した敵ではありません」
「カナちゃん、ほぼダブルだし余裕っしょ。それよりこの後——」
「風間」
牧原と呼ばれた男が、低い声で止める。
鷹見さんも静かに口を開いた。
「二人とも、今からこの少年の事情聴取に入ります。あなたたちは早く退勤してください」
「相変わらずきびしーっすね、鷹見さん。てか、こいつ誰なんすか? そんな強そうには見えないっすけど」
「それを、今から確認するんですよ」
「うぃー」
風間は気怠そうに手を振り、そのまま通り過ぎていった。
牧原は俺に軽く頭を下げてから、風間の頭を小突いて後を追った。
そこから事情聴取の部屋までは、何人かとすれ違った。
だが全員が、鷹見さんと霧島に挨拶をするだけで、手錠をかけられた俺には目もくれなかった。
やっぱりここは、普通じゃない。
そう思った時には、もう部屋の中だった。
「さて——」
鷹見さんが、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。
霧島は扉の前に立ったまま、俺を見張っている。
「まずは、確認させていただきます」
その視線が、まっすぐ俺を射抜いた。
「神城透くん」
名前を呼ばれた瞬間、背筋が伸びる。
「あなたは——いったい何者なんですか?」




