EP 7
皇帝陛下の謁見
ルナの規格外の植物魔法によって、ポポロ・マートの店内は見事な『王宮の謁見の間』へと変貌していた。
おにぎりや日用品が並ぶ陳列棚は、色鮮やかな花のアーチとツタで完全に隠蔽。
レジカウンターは純白の大理石(風の魔力壁)で覆われ、その奥にガンツ特製の『超豪華パイプ椅子(金箔張り)』が鎮座している。
ただ一つ、店内に微かに漂う『ポポロおでん(牛スジ出汁)』の匂いだけは、どうしても消しきれていなかった。
「……来るぞ」
玉座(パイプ椅子)に深く腰掛けた俺は、ルチアナ通販で買った赤いベルベットのカーテン(マント)を翻し、極限まで顔の筋肉を引き締めた。
深夜コンビニのワンオペで、たちの悪い酔っ払いやクレーマーの威圧をやり過ごすために身につけた『無の接客スマイル(通称:鉄面皮)』だ。
「両陛下、御成りィィィッ!!」
扉の前に立つイグニスが、裏返った声で叫ぶ。
ウィィィン……と、ガンツ特製のスライム粘液駆動・自動ドアが開いた。
ズシン。
一歩踏み出しただけで、室内の空気がビリビリと震えた。
漆黒のスーツ(貴族服)を着こなした隻眼の竜王ドラゴラスが、妻を伴って謁見の間へと入ってくる。
その後ろには、ガタガタと鎧を鳴らしながら付き従うイグニス。
俺の隣には、美しいドレスを纏った『帝国の姫君兼・親衛隊長』のキャルルが控え、斜め後ろには『宮廷財務大臣』のニャングルが算盤を隠し持って待機している。
「……面を上げよ、竜王ドラゴラス」
俺は腹の底から声を出し、ゆっくりと鷹揚に頷いてみせた。
「我がポポロ帝国へようこそ。余が、この国を統べる皇帝、ダイチ・アカギである」
「ご丁寧な歓迎、感謝する。皇帝陛下」
ドラゴラスは恭しく一礼したが、その隻眼は俺の全身を舐め回すように観察していた。
「……ほう」
ドラゴラスが微かに目を細める。
「(来た! バレたか!? 王冠がダイソーの100円カチューシャだってバレたか!?)」
「(ダイチはん! 汗かいたらアカン! 堂々とするんや!)」
内心で冷や汗を滝のように流す俺とニャングルをよそに、ドラゴラスは感心したように顎を撫でた。
「私の『竜王の覇気』を正面から受けて、微塵も動じないとは……。しかも、魔力や闘気を一切表に出さず、まるで『ただの一般人』のように見せかけるほどの完璧な気配遮断。……底が知れんな」
いや、ただの一般人だからだよ! 覇気とかよく分かんねぇんだよ!
だが、この勘違いは好都合だ。
「フッ……我が覇道の前には、竜の威圧もそよ風に等しい。で、あろう? キャルル」
「は、はいっ! お兄様……いえ、皇帝陛下のおっしゃる通りですわ!」
キャルルが真っ赤な顔で、姫君らしい(?)相槌を打つ。
ドラゴラスは満足そうに頷いた。
「なるほど。この得体の知れない大物感……。我が愚息イグニスが、将軍として忠誠を誓うのも頷ける。イグニスよ、良き主君に巡り会えたな」
「お、おう! 俺様は皇帝陛下のために粉骨砕身働く覚悟だぜ!(だから早く帰ってくれ!)」
よし、いける!
竜王は完全に俺の「無の接客顔」を「強者の余裕」と勘違いしている。
このまま適当に茶を濁して、お引き取り願えれば――。
――ウィィィン。
その時、空気を読まない自動ドアが再び開いた。
「えっ」
全員の視線が入り口に向く。
そこに立っていたのは、ポポロ・マートの観光牛舎便で絶賛ボロ儲け中の『幸運の妖精』――全身ピンク色で、触覚と安っぽい羽根の生えた、薄汚れた着ぐるみ(ラッキ君)だった。
「……あの、お邪魔しますだぁ」
謁見の間(店内)に、40歳の村人Aさんの野太く、そして猛烈に気の抜けた声が響き渡った。
「(なっ!? なんでお前がここに来るんだよ!!)」
「(アカン! さっきの観光客の案内が終わって、休憩室に戻ってきたんや!)」
俺とニャングルが顔面蒼白になる。
ラッキ君(村人A)は、目の前にとんでもない威圧感を放つ竜王がいることにも気づかず(着ぐるみの視界が極端に狭いため)、のそのそと歩み寄ってきた。
「あ、そこのお客さんたち。記念写真、撮りましょうか? 今なら妖精同伴プランでプラス3,000円ですだぁ」
着ぐるみの手が、ピースサインを作った。
角度はきっちり45度だ。
「…………」
静寂。
圧倒的な、静寂。
ドラゴラスの隻眼が、見開かれていた。
百戦錬磨の竜王の思考回路が、完全にフリーズしている。
「……皇帝陛下。この、奇妙な生き物は……一体……?」
「えっ、あ、これは……」
俺が言葉に詰まった瞬間、ニャングルが算盤を放り投げて前に飛び出した。
「て、帝国の守り神ですわ!!」
「守り神?」
「そうでんがな! このお方こそ、我がポポロ帝国に古くから伝わる幸運の化身、『宮廷道化師にして聖獣・ラッキ君』に御座います!!」
ニャングルがその場で思いついたデタラメを叫ぶ。
ドラゴラスは、ラッキ君の薄汚れたピンクのボディをマジマジと見つめた。
「聖獣……? だが、この生物からは一切の魔力を感じない。ただの布切れと、加齢臭しかしないが……」
「ははは! お目が高い! それこそが聖獣の証! 完全に気配を消し、自然と一体化しているのですわ!」
「なるほど……。皇帝陛下といい、この国は『虚無』を極めた者ばかりか」
ドラゴラスが、なぜか深く納得してしまった。
竜王の隣で、イグニスの母親が「あらあら、可愛い妖精さんねぇ」と微笑んでいる。
「写真、撮りますだぁ? 断ると、帰りの空の旅で乱気流に巻き込まれますぅ」
「ほう、予知能力まであるのか。面白い、一枚頼もう」
竜王が、ラッキ君の隣に並んだ。
ポーズはもちろん、角度45度のピースサインだ。
「……何を見せられてるんだ、俺たちは」
「ダイチさん、耐えてください。これも国(村)を守るためです」
玉座の上で頭を抱える俺を、キャルルが必死に慰める。
「フッ、素晴らしい記念になった。3,000円だったな。これで取っておけ」
ドラゴラスがポンと投げ渡した金貨を、ニャングルが空中でキャッチしてガッツポーズをした。この状況でまだ稼ぐか、あの守銭奴猫。
「さて、皇帝陛下」
ドラゴラスが、再び俺に向き直った。
その顔から先ほどの和やかな空気が消え、武人の顔に戻っている。
「我が息子の主君の器、そして聖獣の神秘。見事なものだ。……しかし、私としては、将軍としての息子の『軍略』もこの目で見届けておきたい」
「……軍略?」
「うむ。外の広場に控えている3万の精鋭たち……あれを使った『模擬戦(演習)』を見せてはもらえまいか?」
ピキッ。
イグニスが石像のように固まった。
演習。
それはつまり、あの竹槍を持った『村のおばちゃん・おじちゃん(30人)』に、軍隊の動きをさせろということだ。
「(終わった……)」
俺は心の中で天を仰いだ。
偽装国家ポポロ帝国、早くも建国半日にして、最大の国難(ボロ発覚の危機)を迎えることになった。




