8話
ダンジョンが発生してから人口は減り、人類の生存圏は狭まった。
それは50年が経った今でもあまり変わらない。
何が言いたいかというとダンジョン発生からインフラは最低限に抑えらており、主に防衛に回されており、人が住んでいない地域ではろくに整備が進んでおらず、街灯など朽ち欠けている状態だ。
つまり俺は今、真っ暗な中を魔導自転車で走っている。
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自宅に着いたのは22時を過ぎた頃、俺の門限は高校生になったということで21時まで延ばされていたが今日、初めて門限を破った。
玄関には仁王立ちの母親、その覇気に当てられたのかリビングのソファーで父親は小さくなっていた。
「まったく!今何時だと思ってるの?!」
「はい、すみません」
ついさっきデススパイダーと出会い命の危険を感じていた俺は母親に対してまた命の危険を感じている。(冗談だ)
「まあいいわ、早くご飯食べちゃいなさい」
母親とは鋭いもので俺に何かあったと勘付いても微塵もそんな素振りや様子は見せず、ご飯を食べ終わった後に問い詰めると決めていた。
ご飯を食べ終わり、本当に人心地つくと母親がただならぬ雰囲気で詰め寄ってくる。
「颯夜、何か言うことあるんじゃない?」
俺に言わせてもらうと「なぜ解った?!」だ。
ただならぬ雰囲気に呑まれ、姿勢を正して椅子に座り直す。何故かソファーに座っている父親も姿勢を正している。
俺は今日あったことをポツポツと語り出した。
何となくいつもと違う道でダンジョンに向かい、途中で気になった場所に入ってたらそこは出来たばかりのダンジョンでいきなりダンジョンボスのデススパイダーに遭遇したこと。
ここまで話したところで両親は頭を抱え、即倒しかけた。俺も気付けば、ポロポロと泣いていた。
「親父ありがとう…親父が渡してくれた罠スクロールのおかげで死ななくて済んだよ」
父親は心底、スクロールを渡しておいて良かったと涙している。
「母さん、心配かけてごめん…もう無茶はしないよ」
俺の無事を喜んでくれるように母親も泣いている。
迂闊にもダンジョンへ入ってしまい、無茶をしたことは親として注意するべきことだが探索者とはいつ何が起こるか解らない職業。
そのことを理解している両親だからこそ厳しく叱られはしたがそれ以上に生きて無事に帰ってきたことを喜ばれた。
この夜は遅くまで家族3人で語らい、そして泣いた。
次の日は学校があったがなんだか行く気分になれず、また俺の精神や体調を心配した両親の勧めもあり、ズル休みすることにした。
さて、学校をサボった今日、両親にまだ報告していない特大の爆弾がある。
この爆弾を処理しなければならないのだが、うちの店は朝と夕方が繁盛期だ。なので父親の仕事が落ち着いたら話そうと思っている。
自室でだらだらと過ごしながら心配してRICEを送ってきた友人達に返事を返しているとお店が静かになってきた。
時刻は10時前。ちょうどいいかと一階に降りて、まず母親に話したいことがあると伝える。
この時点で何かとんでもないことを言い出すのではと察した母親の眉尻はやや吊り上がっていた。
店に顔を出し、父親にも昨日言いそびれたことがあるから今話したいと言えば、身構えられた。
昨日から俺の信用はガタ落ちだ。
3人でリビングに集まると重苦しい空気が流れるが言わない訳にはいかないので意を決して話し出す。
「実は昨日、言いそびれたんだけど…」
ここで徐ろにアイテムボックスからダンジョンコア以外の戦利品を取り出す。
2人は俺が何を言い出すか身構えていたがアイテムが出てくると拍子抜けしたと言わんばかりに息を吐き、ソファーにもたれ掛かるが小手や宝珠を見るや前のめりになっていた。
まるでリクライニングソファーのような動きだったことは言うまでもないだろう。
母親は宝珠をしげしげと見つめ、父親は小手を凝視していた。
2人とも元探索者とはいえ、宝珠やダンジョンボスがドロップするアイテムなんて、普通の探索者ではまずお目に掛かる機会などない。
それが今、目の前にあることが信じられずにいた。
「親父、俺の鑑定レベルでは名前しか分からないから代わりに鑑定して貰ってもいいか?」
俺の言葉に待っていましたと言わんばかりに父親は目を輝かせる。
希少なアイテムなので父親の扱いも丁寧だ。
「・・・ふむ」
鑑定が終わると勿体ぶるように小手をテーブルに戻し、某司令官のように手を組んで俺を見据える。
「これは希少級のアイテムで名前は『死蜘蛛の小手』だな」
「「おおっ!」」
母親と俺は同時に驚愕する声を上げた。それもそのはず、希少級というのは希少なのだ。
どれくらい希少かというとオークションに年10個出るかどうかという代物だ。
実際は売りに出さずに自分で使う者も多いので一概には言えないがこれが多いと思うか少ないと思うかは自由。
だが買おうと思うとざっと数百万円はくだらない。
ちなみに希少級の上は英雄級。その上は精霊級、そのさらに上は伝説級。そして、未確認だが神級があると噂されている。
俺がこの『死蜘蛛の小手』を手に入れる経緯を思い出し、感傷に浸っていると父親は続きを話し始める。
「特殊能力は『毒耐性(大)』に『スパイダーストリング』。小手に魔力を込めることで蜘蛛の糸が飛ばせるみたいだ」
「「おお〜!!」」パチパチ!!
これは俺の時代がくるかもしれないと感動に打ち震える。
俺の感動は余所に父親は宝珠を鑑定する。
「・・・むむっ!こ、これはっ!?」
興が乗ってきたのか父親のリアクションが大きくなる。
「これは・・・ちょっとガチでヤバイやつだな」
父親のひと言でリビングの空気が硬くなった。そして、席を立つと窓の外を確認してからカーテンを閉め、リビングの扉も閉めて座り直す。
今まで見たことがない父親の表情と雰囲気に喉が鳴る。
さっきよりも前のめりになった父親が手招きするので家族3人で額が当たるほど、顔を寄せ合う。
「(これは毒魔法の宝珠だ)」
「(!?)」
母親が声にならない悲鳴を上げるが父親の話は続く。
「(恐らく、魔法大全にも載っていない世界で初めて発見された魔法だ)」
『世界で初めての魔法』、この言葉だけで俺の理解を逸した。
鑑定も終わり、早くアイテムボックスにしまえと父親に促され、言われるまましまったが半ば放心状態だ。
「と、とりあえず、何か飲みましょうか」
それだけ言うと母親は席を立ち、飲み物を取りに行った。当然、残された俺達は無言だ。
一応、宝珠の後にデススパイダーの魔石も鑑定して貰ったが俺は上の空でほとんど聞いていない。
飲み物がテーブルに置かれ、それぞれがちびちびと飲む。傍から見れば、何気ない光景だが空気は異様だ。
そして、俺は気付かなかったが夫婦の間で無言のやり取りがあり、父親が重い口を開く。
「その…なんだ。颯夜はそのアイテムをどうしたい」
正直驚き過ぎて、どうするかまで頭が回っていなかったが出来ることなら使いたい。
スパイダー◯ンみたいにビルの間を颯爽と渡ったり、俺だけしか使えない魔法なんて、どこの厨二病ですか。
「出来るなら使いたいかな・・・」
「・・・う〜ん」
俺の返事を聞いた父親は腕を組み唸りを上げる。やはり問題があるのだろうか。
「あなた、いいじゃない。これは颯夜が命を懸けて手に入れた物よ。探索者が手に入れた物は探索者の物よ」
やはり父親より母親の方が男前だと思った瞬間、母親に睨まれた。はい、すみません。




