10 あなたの夢が叶うことを願って
「お夕食のあとに特別なものがあるんです」
帰ってきた旦那様と食事をとりつつ、今日受け取った贈り物の話をする。
「あなたの国の珍しいお菓子ですか。それは楽しみですね」
「はい! シルヴァンも気に入ってくれるといいのですが」
彼は甘いもの自体は嫌いではなかったはずだ。休みの日には一緒にアフタヌーンティーを楽しんだこともある。
「ちい兄様……、レインお兄様はお優しいんですよ。お父様たちみたいに女がどうこうって言わないし、一緒に遊びに行ってくれるし。
街に出た時はこっそりお菓子を買ってくれたり……」
一緒にいられる時間は多くなかったけれど、思いだすのは楽しかったことばかりだ。レインがいたから、実家もイヤなことばかりではなかったと思える。
「貴女にとって大切な家族なのですね」
「そう、ですね。レインお兄様は好きです」
「喜ばしいことのはずなのに、嫉妬している自分がいます」
「え」
涼しい顔をしてシルヴァンは何を言っているのか。
「わたしにとって一番大切な家族は、あなたですよ?」
血のつながりがなくても、自分の居場所はここだ。名目上ではなく、そう感じられるのがここなのだ。
今はまだ向こうにいた時間が長いけれど、この先を過ごしていけば、こっちの方が長くなる。それが何より嬉しい。
「……今すぐ寝室に連れこみたいです」
「え」
「愛しています、ノア」
「はい! 私も、あなただけを愛しています」
もっと近くにいたらキスをしていただろう。代わりに、軽く指先を触れあわせる。大きなテーブルを挟んでいるのがもどかしい。
夕食を終えて、2人掛けのソファに移動する。軽く触れあう間に、エミリーが贈り物のお菓子を持ってきてくれた。
「これはかわいらしいですね」
「はい。かわいいし、おいしいんです」
彼にひとつ差し出して、自分もひとつ手にとる。
同時に口に入れた。
甘い幸せが広がる。
(……あれ?)
食べ終わったら口の中にかすかな苦味と刺激が残った。こんなことはなかったはずだ。
そう認識した次の瞬間、世界が歪む。
「かはっ……」
苦しさとともにせり上がった不快感を吐きだそうとしたら、口から血が出た。
その場に崩れ落ちる。
何が起きているのかわからない。
シルヴァンも同じ状態で、苦しそうだ。
「ノア様」
エミリーの声がした。上から見下ろされる形だ。
「貴女は本当に、救いようのないバカですね。国の仇に演技ではなく本気で尻尾を振るなんて、怒りを通り越して笑いました」
「エミ、リー……?」
「わかりませんか? 貴女はもう私の大切な姫様ではなくなったのですよ。
国王陛下から私への勅令です。裏切り者を一緒に始末するようにと」
(裏切り者……)
ずんっとお腹の奥が重くなる。シルヴァンを暗殺するように言われ、それを彼に明かしたことだろうか。それ以前から、気持ちが彼にあることだろうか。
「あの一件以来、荷物の検閲が厳しくなったので、間者を経由して私たちに直接届けられるようになりました。
国王陛下からと言えば貴女は疑って食べなかったでしょう。レイン様からということにしました。
貴女の大好きなそのちい兄様は、計画に気づいて貴女宛に手紙と解毒薬を送ってきました。貴女が手紙でのろけていたからでしょうか。ご丁寧に2人分。もちろん捨てました」
(ちい兄様……)
犯人があの兄ではないことにかすかな安堵がある。が、今は涙が止まらない。自分がうかつなせいでシルヴァンを巻きこんだのだ。償う方法がない。
「苦しいですか? 苦しいでしょう。魔法で解毒はできないらしいですね。そんな魔法はないのだとか。
加えて、この毒の成分は我が国の秘伝です。この国に解毒薬はないでしょう。絶命まで10分ほど、どうぞ存分に裏切りの罰を味わってください」
(エミリー……)
あふれる嗚咽に飲まれて声にならない。
彼女の立場によっていたのかもしれないけれど、エミリーは自分によくしてくれたうちの1人なのだ。最後まで味方だと信じたかった。
ドアの外が騒がしくなる。部屋に入りたい、今は入れられないというような話がかすかに聞こえる。シルヴァンの家の使用人と、自分が連れてきた付き人たちがもめているのだろう。
(……みんな、知っていた……? どこまで……?)
わからない。エミリーも含めてみんないつもと変わらないように見えていた。誰が敵で誰が味方なのか、もうわからない。
エミリーの言うとおり、自分がバカだったのだ。
信じたいという気持ちを優先させて危機管理が足りなかったことも。
付き人たちといろいろ話してきたつもりで、何も伝えられなかったのも。
そもそも自分なんかが幸せに生きていけるなんていう幻想を抱いたことが。
シルヴァンもきっと、こんな自分には愛想を尽かしただろう。当然だ。自分のせいで命の危機にさらされているのだから、嫌われるのも恨まれるのもしかたない。
今はただただ、彼を巻きこんだことが申し訳ない。
「姫様」
エミリーが自分の前に屈んで、液体が入った小瓶を見せてくる。
「捨てた解毒薬は1人分です。貴女がもし私の大切な姫様に戻ってくれるのなら、これを飲んでください。
一緒に帰りましょう? この男さえいなくなれば、国王陛下もきっと許してくれるはずです」
(!)
力をふりしぼって、エミリーの小瓶に手を延ばす。ふたを開けて、一気に口に入れた。
「ふふ。そうです。それでいいんです」
こうするしかない。そう思った。
今はエミリーと交渉する余地も、シルヴァンと話し合う余裕もない。
隣のシルヴァンに上を向かせて、口移しで彼に飲ませる。
「なっ……」
少しこぼれたけれど、誤差の範囲だろう。シルヴァンがみるみる顔色を取り戻していく。これで彼は助かるはずだ。
「ノア……?」
起き上がった彼が抱きとめてくれる。この温もりが大好きだった。
「シルヴァン。苦しい思いをさせて、ごめんなさい……。わたしの考えが足りなくて……、ごめんなさい」
「っ! 貴女のせいではない!」
「シルヴァン……。あなたはこの世界に必要な人です。わたしは……、あなたの夢が叶うことを願っています」
「ノア!!!!!」
彼の声が遠くなっていく。
(この人と生きられて、幸せだったなぁ……)
走馬灯なのだろうか。脳裏に浮かぶのは彼との日々ばかりだ。




