10.事の顛末
カインが消えた後、パーティ会場は大騒ぎだった。
駆け付けた騎士団が、何があったのかと問うと、
人々は、裏庭に残された爪痕や切り裂かれたテーブルを指差して、こう言った。
「辺境伯の養女であるレイチェルの正体は悪魔で、我々を殺そうと暴れ回ったが、アイリーン公爵令嬢が助けてくれた」
どうやらカインがそんな刷り込みをしたらしく、全員の中で、
「アイリーンが、いち早く辺境伯が悪魔を召喚したことに気が付き、その頭をフライパンで殴ることによって悪魔を撃退した」
ということになっているらしい。
カインについては、ほとんどの人の記憶から消えているようで、何人かがボンヤリと、
「誰かが戦っていた気がする」と言ったが、
「悪魔が暴れたのを勘違いしたのだろう」で片付けられた。
皆から称えられ、アイリーンは複雑な気持ちになった。
噓ではないが、フライパンで殴ったのは広がって欲しくなかった。
*
その後、今回の事件について広く取り調べが行われた。
主犯であるネビル辺境伯は、自らが悪魔を召喚したと自白した。
召喚したのは5年前で、先祖が遺した古文書に悪魔召喚の方法が書かれているのを見つけ、誘惑に耐えられなかったらしい。
「出て来たのは女の悪魔で、我々は契約を結んだ」
辺境伯が魂をかけて望んだのは、2つ。
1つは、自分の一族による王国の支配。
もう1つは、彼の父母の命と領地を奪い取ったブライトン公爵家および、それを黙認した王家への徹底的な復讐だった。
「私は、父母を追い詰め、領地を奪い取ったブライトン公爵家が許せなかった。それを何度訴えても知らないふりをした王家も許せなかった」
そして、悪魔を養女として迎え入れて、ブライトン公爵家と王家をじわじわと追い詰めにかかった。
「父母がされたように、ゆっくりと苦しめながら破滅させてやろうと思った。まずは、公爵家の生命線である王族との婚約を消滅させて、ブライトン公爵家の名を貶めた後、領地を徐々に奪っていく予定だった」
「悪魔をパーカー王子の妻として王家に送り込んで、ゆっくりと苦しめながら乗っとってやろうと決めていた」
この計画に、女悪魔は手を打って喜び、非常に協力的だったという。
女悪魔の協力のもと、ブライトン公爵家を苦しめるための工作は始まった。
その方法は多岐に及んでおり、アイリーンの元教育係だったナスティ夫人も、実は悪魔に洗脳された1人だったらしい。
また、学園の生徒たちの何人かも、アイリーンを嫌って悪い噂を流すような洗脳が施されており、アイリーンの評判を地に落とそうとしていたらしい。
この話を聞いて、彼女は思わず身震いした。
カインを呼び出さなかったら、今ごろ一体どうなっていたのだろうと空恐ろしくなる。
*
その後、辺境伯は極刑となり、ネビル辺境伯家は取り潰しとなった。
パーカー王子は、側近たちと共に、必死に自分たちは悪くないと主張した。
「我々は操られていただけだ! 何も知らないし、悪くない!」
しかし、悪魔が来る以前の彼らについても調べた結果、悪行が次々と判明した。
アイリーンに仕事を全て押し付けていたことや、暴言を吐いていたこと。
特に問題になったのは、下位貴族に対するいじめで、その陰湿さに学園を辞めた生徒が複数いることが判明した。
これらが、女悪魔が現われる前から行われていたことが分かり、パーカーに対する疑問の声が上がった。
「パーカー殿下は、王族として相応しくないのではないか」
「悪魔にたぶらかされたのには、相応の理由があるのではないか」
危機に瀕したパーカーは、時の人となったアイリーンに必死に縋った。
彼は、王宮を訪れていた彼女を待ち伏せし、中庭の隅で捲し立てた。
「レイチェルには操られていただけなんだ。本当に愛しているのはお前だけだ!」
「以前お前に仕事をさせたのは、教育のためだ。お前の為を思ったから仕事を与えてやったんだ」
「俺を怒らせたお前が悪かったんだ。お前が態度を改めれば俺は怒らなかった」
好き勝手なことを言われた挙句に、「お前は俺のことを愛しているんだろう?」と問われ、アイリーンは呆れかえった。
あれだけの仕打ちをしておきながら、そんなことが思えるなんて、なんておめでたいのだろうと、ある意味感心する。
他にも色々と勝手なことを言われたが、彼女は大声を上げて騎士を呼ぶと、騒ぐパーカーを引き渡して屋敷に帰った。
悪魔にたぶらかされたのは気の毒だったとは思うが、自業自得な面も大きいと思ったからだ。
その後、アイリーンの希望によりパーカーとの婚約は破棄された。
パーカーは私財から彼女に多額の慰謝料を払わされ、側近2人と共に学園を退学して王都から去ることを余儀なくされた。
今後は、お情けで与えられた遠い辺境の地で、細々と暮らすことになるという。
アイリーンの父母であるブライトン公爵と夫人も取り調べを受けて有罪となった。
ナスティ夫人の様子に気が付かずに雇用をし続けたり、アイリーンを無理矢理謹慎させたりするなど、悪魔の所業に加担したと見なされたからだ。
また、調査の過程で、領民に対してとんでもない重税を課していたことや、数々の不正を行っていたことが判明し、2人は財産没収の末、強制的に引退させられることとなった。
ブライトン公爵家はアイリーンが継ぐことになり、成人するまでということで、代官として父の弟である叔父が来ることになった。
父と違い、叔父は非常に人間の出来た人物で、領地を上手く治めてくれた。
*
そして、それぞれに刑が執行され、事件が落ち着いてから
アイリーンは、続けて学園に通うことになった。
久々に学校に行くと、マーシャとリリイに「無事で本当に良かった」と大泣きされた。
学友たちの中には、薄っすらとカインのことを覚えている者がおり、どうしたのかと問われたが、「実家に帰った」と誤魔化した。
悪魔界がどういうところかは知らないが、きっとカインにとっては実家だろうと思ったからだ。
そこからは、以前と同じような生活が始まった。
学園で授業を受けて、お昼をみんなと食べて、生徒会活動に勤しみ、恋愛小説について語り合う。
休みの日は絵を描き、たまに本を買いに街に行く。
見本のように充実した毎日を過ごす。
しかし、アイリーンは常にどこか物足りなく感じていた。
カインはもういないと分かっていても、夜中に窓から音が聞こえてきて、思わず帰って来たのではないかと飛び起きることもあった。
(……わたくしも、未練がましいわね)
もう忘れなければ、もっとしっかりしなければ、と自分に言い聞かせる。
そして、約1年後。
彼女は学園を卒業すると、叔父に「絵を習いに少し遠くに行ってくる」と言い残して家を出た。
すさまじい苦労の末、エルフ領に行く。
驚いて迎えてくれたエルミナスに、カインが消えたことを伝えると、「そうか」と言われた。
その後、彼女は家に招かれ、持って行ったおみやげを食べながら、カインについて話をした。
エルミナス曰く、カインがアイリーンに想いを寄せている様子だったため、一体どうするつもりなのかと気にしていたらしい。
「悪魔が人に想いを寄せるなんて思いもしなかったから、正直びっくりしていた」
そう言われ、アイリーンは目を伏せた。
何百回目かの「会いたい」を思い、同じ回数目の「忘れなければ」で自分を戒める。
その翌日、エルフの悪魔召喚の研究者を名乗る、ぐるぐる眼鏡の老エルフが、興奮しながらやってきた。
カインが消える時の様子を、根掘り葉掘り聞かれる。
「ほう! 女悪魔は死んでおらんかったのか! それは新しい!」
老エルフの推測では、相手の悪魔の契約履行が不可能となったため、帰還陣が発動したのではないか、ということだった。
「本来なら1つの魔法陣で2人同時に帰ることは不可能じゃ。だが恐らく、相手の悪魔が瀕死の状態だったことに加え、あんたの悪魔も相当消耗した状態だったから、帰れたんじゃろうな」
つまり悪魔の持つ魔素量で制限がかかるのかもしれん! と興奮する老エルフを他所に、アイリーンは少し微妙な気持ちになった。
辺境伯とレイチェルには酷い目にあわされたが、結果的には助けてもらったのかもしれない。
その後、エルミナスの勧めで、アイリーンはエルフ領に半年ほど滞在した。
徹底的に絵の基本を叩き込まれ、屋敷に戻る。
そこから彼女は、叔父の領地経営を手伝い始めた。
色々な業務を行うようになり、その過程で、彼女はデイパーティで助けてくれた7人に、きちんと恩返しをした。
マーシャとリリイとは、定期的に会って本の貸し借りをしたり、お茶会を楽しむ。
また、アイリーンは絵を描くことに更にのめり込むようになった。
エルミナスの素晴らしい指導により、絵が劇的に上手くなったからだ。
暇さえあれば絵に没頭し、疲れた時は、カインが使っていた部屋に行って、ぼんやりする。
カインの絵を描きたいと思ったこともあったが、彼女は苦笑いしながらそれを止めた。
描いてしまったら、その絵に恋をして一生が終わってしまいそうだ。
何千回目かの「会いたい」と、「忘れなければ」「しっかりしなければ」を思う。
ーーそして、気が付けば8年の月日が流れ、アイリーンは25歳になっていた。




