第645話 彼女には全力が良く似合う
「いよっと」
「ほい」
新しいグローブを右手にはめた海藤が投げたボールを俺は受け取る。俺が装備しているのは、これまで使っていた古いグローブだ。
実はどこかのタイミングでキャッチャーミットの制作をお願いしようと、俺はこっそり画策している。ヤンキー佩丘のご機嫌次第となるのでワリとシビアなミッションだな。ロリっ娘な奉谷さん辺りを経由して打診してみようか。
いや、逆に怒られそうだ。じぶんの口で頼めって。
「腹ごなしのキャッチボールは悪くないだろ」
「まあな」
海藤がニカっと笑うが、これには俺も同意するしかない。
牛しゃぶを楽しんだラストに待っていたのは残り汁を使った雑炊だった。上杉さんや佩丘による監督の下、スプーンでアクを掬い取ってから、事前に炊いてあったごはんを投入し、そこに溶き卵を乗せたのだ。
戦闘で卵が割れることが予想できていたので、迷宮一層で事前に溶き卵を作成し、水筒に入れておくという用意周到さは料理番たちの意地だろう。
ちゃんと醤油も追加でドン。
牛の脂が染み込んだ雑炊は最高だった。何杯でもイケそうだったが、残念ながら数量限定。それでもひとり丼一杯くらいの量はあったので、満腹感はバッチリだ。
で、洗い物やら片付けを終えた自由時間に海藤がキャッチボールに誘ってきた。
グローブを贈ったらそうなるかもと予想して、古いヤツを背嚢に忍ばせておいたのは当然のたしなみだろう。
「八津は十三階位になったらどうするんだ?」
「……本命は【鋭刃】だけど、五層の魔獣を見るまで控えようかと思ってる」
「それもそうか」
お互いにボールを投げ合いながら、会話のキャッチボールも同時並行だ。海藤とこうしていると、自然に素直な本音が出てくるんだよな。
俺が十三階位で技能を取るとしたら、選択肢としては【身体操作】か【鋭刃】が本命となる。今日の昼間に夏樹と同時に【鋭刃】が出現したのは喜ばしいことではあるけれど、同時に悩ましくもなってしまった。
四層の魔獣を煮込まずに生のままで倒すことは【身体強化】を持たない後衛職にとって、なかなかな困難が待っている。五層素材の神剣と奉谷さんからの【身体補強】、そして【鋭刃】があってなんとかギリギリっていうラインだ。ただしヒヨドリだけは除く。
そう、体の動きを把握できるようになる【身体操作】より【鋭刃】の方がダイレクトにトドメパワーが上がるんだ。長期的な戦闘力アップなら【身体操作】一択なんだけどな。
「『ワンワン迷宮』だったか。やっぱり魔王国でも迷宮なのかな」
「その辺はタァンたちに会ってからだなあ」
海藤が言うように、そもそもなのだ。俺としてもボヤくしかない。
力の抜ける迷宮のネーミングはさておき、タァンが口にした帰還へのヒントがどんなものなのかが全く不明であることで、どうにもモヤっとしてしまう。
もしかしたら迷宮で座禅を組んで魔族の魔力の使い方を学ぶ、なんて展開だってあるかもしれない。まあ、その可能性は薄いだろうけど。
「楽に手に入るってこと、ないかな」
「そんなのだったらタァンがあんな回りくどい言い方はしないだ、ろっ」
詮無き事を口にした俺に、海藤から真っ当なツッコミが入る。同時に球速がちょっと上がった。ボールで語るなよ。
今後を考えたら、やっぱり五層は絶対ってことになるんだろう。『ワンワン迷宮』の五層がどんなのかは知らないけれど。
決して五層は神の領域というワケではない。アウローニヤでもペルメッダでも、十四階位以上を達成している人たちは結構な数がいる。
最近ではペルマ迷宮よりも魔境と化している可能性が高いアラウド迷宮で、ヒルロッドさんやラウックスさんたちが十四階位を達成したんだ。
確かにあの人たちは歴戦の戦士とはいえ、俺たちだって負けてはいられない。
山士幌高校一年一組の絶対目標は『全員揃って山士幌への帰還』だ。強くなることではない。
それでもこの世界で生き延びて一刻も早く帰還するためには、やはり力が必要だろう。アウローニヤの近衛騎士総長や、聖法国の『六本の尾』はなんとか撃退できたけど、運が良かったと表現してもいいくらいにはギリギリだったのだから。
更なる危難なんて考えたくもないが、それでも……。
冒険者としての『一年一組』ではなく、一年一組二十二人における十三階位と十二階位はそれぞれ十三名と九名。すでに四層ではこれ以上レベルアップできない十三階位が多数派だ。
明日には二、三人くらいは新たな十三階位が誕生することが見込まれているし、四層で戦い続けるという行動は時間的にも経験値的にもロスが多くなってしまう。前衛メンバーのレベルアップが先行するのは間違いないし、そうなると後衛が倒すことのできない中型から大型魔獣の経験値がもったいない。
そろそろどころか、明日にでも五層チャレンジを考えてもいいくらいなんだ。
『赤組』が事故ったのを見てしまったから、さすがにやらないけど。
「うーん。夏樹みたいに俺も【鋭刃】の先取りをした方がいいのかなあ」
「おいおい。八津の【観察】は俺たちの命綱だぞ。魔力の管理だけはしっかりやってくれよ?」
「わかってるって」
念押しするのはわかるけど、変化球を混ぜるなよ。海藤め。
確かになんだかんだで対魔獣戦、しかも群れが相手となれば俺の【観察】と忍者な草間の【気配察知】は替えが効かない。
内魔力的には【身体操作】や【鋭刃】のどちらかを取得しても、問題なく指揮はできるだろう。だけど、それでもだ。
もしも魔獣の群れに帰路を分断されて長丁場となったとしたらどうなるか。
言ってはなんだが【石術師】の夏樹が魔力切れを起こしても、戦力がダウンするだけで全体行動はリカバリーできる。あとは回復を待てばいい。
だが俺の場合、全体指揮において【観察】だけではなく【視野拡大】、【視覚強化】、【思考強化】、【集中力向上】、【体力向上】を使いまくっている。場合によっては【遠視】や【目測】、【平静】、【反応向上】、【一点集中】も追加だ。
熟練度のお陰でかなり燃費は良くなっているが、連戦ともなれば減りもする。先日はノリで【鉄拳】を取ってしまったし。
「八津だったら今のままでも短剣で『観察カウンター』できるだろ」
「刃物を振り回すのはなあ」
短槍を投げる戦いをするだけあって気軽に勧めてくる海藤だけど、俺としては微妙なところだ。突きだけに専念すればいけなくもないという自信はあるのだけれど……。
「ですわっ!」
「良くなっていますよ。もう少しだけ肘から先を捻り込むように」
「わかりましたわ!」
離れた場所ではティアさんが滝沢先生からの教えを受けている。どんどん指示が細かくなっているけど、そういう次元に来ているってことなんだろう。
さて、トドメ以外で刃物を扱う件については先生と中宮さんの許可が必要となるのが、暗黙の了解だ。
俺はメイスを使って『観察カウンター』とかイキっているが、基本的には魔獣を払いのけるという、ワリと大雑把な技でしかない。【身体操作】があればもっとマシになるかもしれないけれど。
それでも【鉄拳】を取ったことで怪我のリスクは減ったのだし、俺の場合はむしろ【握力強化】が肝になりそうだ。候補に出てないんだけどな。
全部ひっくるめて先生に相談してみようかな──。
「風呂が出来たよ。男子から入っちゃいな!」
などと思ったところで自由時間は終了だ。湯沸かしをしてくれていた笹見さんの大きな声に仲間たちがウォームダウンに入る。
「話を振っておいてアレだけど、あんまり気にしないでくれ。八津は今のままでも最高の戦力だからな」
「おう。またキャッチボールしながら話そう」
「空の下がいいなあ」
海藤はそんなコトを言ってくれるけど、俺だって男だ。トドメの効率化ではなく、普段の強さだってほしくなる。
求めすぎなのはわかっているんだけどな。
◇◇◇
「こちらは煮込むのですわよね」
「あ、はい」
引っ掴んだジャガイモの蔓と脚を引き千切ったティアさんが獰猛に笑いながら、おさげメガネの白石さんに差し出す。
受け取る白石さんはちょっと引き気味だ。
「ティアさん、そのままジャガイモをお願いします」
「わかりましたわっ!」
俺の指示を受け、即座にティアさんは次なる獲物に向かって駆けだした。
迷宮泊二日目の午前。早朝七時に行動を開始した俺たちは、本日の狩場でも順調に戦っている。
まだ昨日程密度が高い魔獣溜まりにはぶつかってはいないが、それでもエンカウントに困ることはない。むしろ体を温めるにはいい感じなくらいだ。
ちなみに俺が短剣を使う件については『やむを得ない状況で周囲に人がいないならば』という条件で許可された。
後衛メンバーで固まって戦うのが俺のポジションであることを考えれば、ほぼありえないシチュエーションだよな。
さて、現在の対戦相手はジャガイモと、追加でやってきたトウモロコシ。合わせて十五体ともなれば当然の芋煮会となる。
ジャガイモは後衛柔らかグループでいただいて、トウモロコシは極力田村と藤永そして草間に回す。
「でっすわぁ!」
それにしても、昨日の時点で気付いてはいたが、ティアさんの動きが良い。今日に至っては良すぎると言ってもいいくらいだ。
センスなんかじゃない。幼い頃からの鍛錬があり、急激に上昇した階位と新しい技能が馴染み、そして元師匠の教えと先生や中宮さんの指導が浸透した結果だ。
武術なんてやったことのなかった俺たちとは違い、そもそもの下地だよな。努力を積み重ねたからこそなんだ。身内の中には才能抜群でメキメキ強くなっているメンバーもいるけれど。
ティアさんはここで止まらないだろう。まだまだ上達の余地があるはずだ。
「綿原さんじゃ勝てないな。春さんや疋さんでも危ない」
「わかってるわよ。そんなことくらい」
「ムチを巻き付けても、そのまま殴られそうだねぇ~」
思わず口からこぼれてしまったセリフを綿原さんと疋さんは聞き逃してくれなかった。春さんは離れたところで暴れているからセーフ。
「八津くんの見立てだと、ミアの方がまだ上なのね」
「たぶん全部避けるよ」
「そ」
若干悔し気な綿原さんに嘘を吐いても仕方がない。素直な脳内ジャッジを伝えておく。
仲間内であのエセエルフを倒すことができるのは、これからも先生か中宮さんだけだろう。
「右は任せましたわよ、タカノリ!」
「え、はいっ」
迫る二体のジャガイモとの距離を見切ったティアさんが、片方を一旦野来に委ねた。
強さだけではなく、今日のティアさんはこれまで以上に周囲をよく見ている。メーラさんもまたしかりだ。
まるで俺たちとの共闘を目に焼き付けるように彼女たちは、広い視野を使って的確に動いている。
「しっ」
メーラさんもトウモロコシが初見だった頃とは違い、柔軟な胴体を狙ってはいない。剣を向ける先は足元。切り裂くことが比較的容易な葉っぱを狙い、敵の動きを止めることに専念している。
守護騎士だったメーラさんは対人戦が専門だ。そんな彼女が冒険者として生まれ変わりつつあるのがハッキリと見て取れる。
二人を見ているとゾクゾクしてしまう。ティアさんとメーラさんはこれからもどんどん強くなるぞ
ああ、惜しいよな。クラスで四番手となった近接アタッカーと、最強の盾を同時に失うなんて。
だけどやっぱりティアさんはティアさんで、メーラさんもまたメーラさんだ。
前言を翻すようで悪いけど──。
「ティアさん、ちょっと突っ込みすぎです。三分の一キュビだけ退いた位置取りを意識してください。メーラさんはティアさんを見ている時間が少しだけ長いですよ」
俺の声を受けた二人の肩がピクりと揺れる。
確かに最高の戦いっぷりではあるけれど、性格までは隠し切れるものじゃない。ティアさんはやっぱり攻めっ気が前に出るし、メーラさんの視線が向かう先にはちょっとした偏りがある。
普段は個性だと思って余程でもない限りこんなことは言わないのだけど、今の二人だからこそ伝えておきたい。
そもそもクラスメイトにはここまで求めていないしな。もちろん俺も含めて。
「コウシには敵いませんわね。では、わたくしはどれくらいこの力を抑えればいいか、教えてもらっても?」
「もちろんそのまま全力ですよ」
こちらを振り向くことなく問うてきたティアさんに、俺はワザと飄々と聞こえるように言い返す。
ティアさんがセーブして戦うなんて、もったいないにも程があるじゃないか。
全力を出しつつ、適切な動きをしてほしいんだ。それがティアさんのあるべき姿なのだから。
武術素人な俺の言葉にどこまで信用があるかは怪しいところだが、証拠だってある。ほら、先生が小さく微笑んでいるからな。
「コウシ……。手厳しいです、わよっ!」
「それですっ」
ボーラのような複雑な軌道で飛んでくるジャガイモを、ティアさんは拳ではなく掌底で床に叩き落とし、すかさず両手で蔓を引き千切る。
その光景に思わず声が出てしまった。
今のティアさんが本気で殴れば蔓で二個が繋がったジャガイモの片方は砕け散る。それくらいの威力を持つのがティアさんの正拳突きだ。
全力で芯に当てにいくのも武術だが、敢えてズラすのだって技だよな。
「おほほほっ! わたくしはやればできるのですわ!」
こちらにポイポイとジャガイモを放り投げながら悪役令嬢は高笑いだ。
「ティアさんとメーラさんが凄いぞ! みんなも負けててどうする!」
「言いやがれ!」
「みなさん、無茶は控えめに」
「サメの力を見せてあげるわ!」
「んふふぅ、負けてはいられまセン!」
俺の煽りに一部を除いたクラスメイトたちが勢いよく乗っかってくる。
湿っぽさは地上に戻ってからで構わない。今はこの時間を大切にしよう。
ティアさんとメーラさんを含めた『一年一組』二十四人による迷宮最終日をしっかりと戦い抜くんだ。
◇◇◇
「今のところはいい感じだね」
周囲に石を浮かせながら迷宮の床に座った夏樹が、フラグっぽいことを言ってくる。
手にした鉄製の皿には牛肉入りのマッシュポテトが山盛りだ。俺もそうだけど、本当に食べる量が増えたよな。
昼には早い時間なのだが、この先には魔力部屋もあるので魔獣が増えている可能性が高い区画だ。
昨日のような連戦もあり得るし、一足早く食事休憩ってことになった。
「油断するなよ?」
「するわけないでしょ」
男子にしては可愛げが勝る夏樹は、俺の言葉に小首を傾げる。
まあ夏樹も歴戦の勇士ではあるし、これでも度胸ランキングならクラスでも上位だからなあ。
「……なんかさ、八津くん」
「ん?」
ニコニコと笑っていた夏樹はそこでふと俯いて、呟くような声に切り替えた。
「ティアさんって、すっかりクラスメイトだよね。メーラさんはそのお姉ちゃん」
「……だな」
夏樹の言いたいことは俺にもわかる。
二人は冒険者組である『一年一組』の仲間というよりも、すでに仲のいい友人みたいな感覚なんだ。十七歳のティアさんがクラスの仲間で、二十歳過ぎのメーラさんがお姉さんっていう例えはしっくりくる。
「昨日と今日の戦いだってさ、みんなと同じくらい連携できてたし」
「指示が出しやすくて助かるよ。このジャガイモだってティアさんが無力化してくれたのが混じってる」
微妙にしょぼくれている夏樹に向けて、俺は敢えて冗談めかした言い方をしてやった。
ほら、夏樹なら汲んでくれるだろ?
「……あははっ、じゃあトドメを刺したのは僕だ」
「俺もだぞ」
期待通りに笑顔で返してきた夏樹は、やっぱり俺の親友だ。
ここまでの戦闘における経験値配分は完璧だった。トウモロコシから大型までの魔獣を十二階位の前衛に回し、ジャガイモや白菜なんかは後衛術師で総取りだ。俺と夏樹も数個のジャガイモを処理させてもらった。
しかもロスは皆無。あまりに出来すぎなだけに、さっきの夏樹のセリフがやたらとフラグっぽく聞こえたくらいだ。
だからこそ、今回の休憩には引き締め直しって意味もある。ウチのメンバーはオンオフを大切にするのだ。
「八津くんはあんなことを言っていたけど、凄く良かったわよ」
「まだまだですわよ、リン。わたくしには更なる高みがあると、コウシはそう伝えたかったのですわ」
少し離れた場所から友達のような距離感で会話をしている中宮さんとティアさんの声が聞こえてくる。
方や黒髪の和風美人で、もう一方は金髪ドリルロールのバリバリな悪役令嬢。俺たちの仲間にはミアがいるので極端な違和感があるわけではないが、それにしたって日本では早々お目にかかれない光景だろう。
そんな二人は、こうしてダベっている俺と夏樹と同じく、親友同士にしか見えない。
「こんな会話をしてたなんて、アウローニヤへの手紙には書けないな」
「怒られちゃうかもね」
俺のセリフに夏樹が苦笑をこぼす。
この世界に飛ばされて、仲良くなった同世代はそう多くない。言い換えれば良くしてくれた大人はたくさんだけど。
年が近かったと言えるのは、アウローニヤではリーサリット女王と漂白されたチンピラ騎士のハウーズたちくらいか。ペルメッダでならティアさんだけかな。これまたいい出会いではなかった『ホーシロ隊』はちょっと年上だし。ほかの若い冒険者と話をしたことはあるけれど、それほど親しいってレベルじゃないからなあ。
要するにリーサリット女王とティアさんは別格なんだ。
短い機会だけで濃密な関係となったリーサリット女王と、一緒の屋根の下で暮らしたティアさん。比較はしたくはないが、親密度という天秤はティアさんに傾くかもしれない。
俺たちの帰還を願ってくれているという意味では、二人に違いなんてないんだけどな。
そして近いうちに俺たちは、新たな同世代となるタァンたちの下へと向かう。
「八津くん、そろそろじゃない」
「だな。行こうか」
近付いてきた綿原さんに合わせて、俺は立ち上がる。
今日の迷宮はまだ序盤だ。
次回の投稿は四日後(2026/05/05)を予定しています。遅くなることをお詫びいたします。
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大変申し訳ありませんが、646話を大幅改稿するため、次回の投稿をさらに三日から四日遅らせ、5月8日か9日とさせていただきます。理由については活動報告、近況ノートに記載させていただきます。(2026/05/04 17:40)




