第646話 アンラッキー
投稿が大幅に遅れましたことをお詫びいたします。
「ちょい多いか」
「だよね。二割か三割かな」
俺の呟きに記録係の白石さんが反応する。
『一年一組』が現在挑んでいる区画は、ある程度の『魔獣溜まり』はあっても『魔獣の群れ』は存在していない可能性が高いはずの場所だ。そのワリに、さっきから魔獣との遭遇があまり途切れていない。
俺は感覚で語っているが、白石さんはキッチリとメモをした上での判定だけに、彼女の言う百三十パーセントという数字は信用できる。
本日の狩場は四日前に組合が魔力量を調べたばかりの、マクターナさんお勧めの区画だ。今やペルマ迷宮冒険者組合における魔力計測の第一人者となったミーハさんが同行していたので、こちらとしても安心である。なんでも十二階位も近いのだとか。
さておき、今日が『一年一組』最後となるペルマ迷宮であることを知るマクターナさんは、ちょっとズルっぽくはあるものの美味しい狩場を選んでくれたのだ。
「凄いよね、碧ちゃん」
「わたしは数えてるだけだよ。孝則くんやみんなが手伝ってくれたから」
会話に参加してきたロリっ娘副官の奉谷さんに、白石さんはサラっと惚気てみせた。ううむ、本人に自覚があるかはわからないが、ナチュラルだなあ。
さて、白石さんが数字でもって魔獣の増加を表現できたのには、ちゃんとした理屈がある。
魔力の増加に伴い急速に魔獣が群れをなしたアラウド迷宮とは異なり、ペルマ迷宮の四層はまだ穏便だ。トウモロコシの誕生と『シュウカク作戦』での大激戦はイレギュラーに近く、あれ以来は極端に大きい群れは見つかっていない。昨日の連戦にしたところで、小さな群れという表現で事足りるだろう。
こうして小規模で安定しつつも微増中という状況で集められた情報は、そのまま予想にも繋がる。
魔獣は発生こそランダムであるものの、区画レベルで見れば総数は想定できなくもないのだ。小型のヒヨドリと大型の丸太では必要とされる魔力量に差があるので、正確には『経験値の総量』とも表現できるか。
加えてだけど、生まれてくる魔獣種の比率も傾向は把握できているので、結果としてどれくらいの数とぶつかることになるかはある程度事前に予想ができるという寸法だ。
この辺りはペルマ迷宮の四層を研究してきた俺たちの頑張りだけでなく、広く情報を集めてそれを解析し、冒険者たちに公開している組合の行いこそが称賛されるべきだろう。
ただしイレギュラーがゴロゴロと転がっているのが迷宮という場所だ。油断などは絶対に許されない。
「新しい魔力部屋でもあるのかな。ルートの選択肢は残してあるし、今のところは問題ないけど」
「イザって時はちゃんと逃げないとだね」
「それはもちろん」
努めて冷静に振る舞う俺に、奉谷さんが明るく釘を刺してくる。
安全を最優先した上でこんなやり取りをしているが、奉谷さんとしても逃走なんてしたくはないのだろう。
ティアさんとメーラさんとの最後の迷宮。しかも最終日も昼を過ぎた。
自分のことを差し置いてまで俺たちの階位を上げるのだと燃えているティアさんと、笑顔で気持ちよく地上に戻りたい。奉谷さんや白石さん、そして俺にはそんな思いが強くある。もちろん仲間たちの誰もがそう考えているだろう。
だけど同時に俺たちは冒険者だ。もちろんティアさんも、メーラさんも。
安全確実に地上に戻るのが職業冒険者の最優先事項であり、『一年一組』もそうでなければいけない。
「右の二部屋先、ヒヨドリが五体くらい」
気を引き締め直したタイミングで忍者の草間が獲物を察知した。
「美味しいな」
ともすれば余裕ともとれるかもしれない俺のセリフだが、草間の指差した方向はドン詰まりだ。短時間で仕留めてしまえば、魔獣の乱入を心配する必要もない。
芋煮会を開催しなくても後衛柔らかグループが倒すことのできる唯一の魔獣が手頃な数で待っていてくれるのだ。ありがたく食べさせてもらわなくてどうするか。
栗毛の深山さんが新たに取得した【魔術融合】と、チャラ男な藤永の【雷術】との組み合わせは強力だ。天井から急降下してくるヒヨドリに対してスタン効果は抜群。
この状況は実にありがたい。
「白石さんと夏樹だな」
「いいの?」
トドメの優先権を聞かされた夏樹が、ちょっと嬉しそうにしてこちらを振り返る。
「俺は『観察カウンター』があるからな」
「僕の石も負けてないんだけどね」
「【鋭刃】を先取りしたんだから、手際よく頼む」
「うんっ!」
そんな会話をしながら、俺たちはヒヨドリがいるという部屋を目指して足を速めた。
◇◇◇
「おう。十三階位だ」
「やりましたわね、ジョウイチ!」
「お、おう」
牛の返り血を浴びた田村の宣言に、ティアさんが歓声を上げる。レベルアップした当人よりも嬉しそうなのが胸に刺さるなあ。
「技能はどうするんだ?」
「……見送りだ」
海藤がストレートに問うが、田村はここで魔力の温存を選択したようだ。
予定では誰かから魔力を吸うことが可能な【魔力受領】が本命だったのだが、現状でそこまでする必要はないという判断か。
夏樹が人身御供的に取得した【魔力受領】だが【魔力譲渡】と同様に、魔力ロスが発生することが明らかになっている。
であれば、前線ヒーラーが役割である田村自身の内魔力をそのまま【聖術】のために温存するのも悪くない。イザって時に技能を取るためのマージンは俺たちの常套手段でもあるからな。
「やったっすね」
「お前には負けちまったけどよ」
「勝ち負けじゃないっすよ」
ちょっと前に十三階位を達成した藤永が、田村と何とも言えないやり取りを始めた。
そんな藤永も新規技能は保留。当初は【魔力融合】を予定していたのだが、深山さんが先行して取得したのもあって、今は前線魔力タンクとしての性能を上げておきたいという本人の意思だ。
二人の【魔力融合】持ちが魔術を合体させた場合の効果を見ておきたいというのもあるが、それはもうちょっとお預けか。
なんにせよ、後衛職でありながら前線二列目を張る田村と藤永が十三階位となったのは大きい。優先して経験値を回した甲斐があったというものだ。
これで戦闘での安定度が格段に向上したことに間違いはない。
「つぎは野来だな」
「ああ。野来だ」
田村と藤永の会話を他所に、牛を解体しながらそう断言したのはヤンキーな佩丘と寡黙な馬那だった。
「ありがとう」
一緒に素材回収をしている騎士としては線の細い野来が素直に礼を言う。
現時点で残る十二階位は七名。後衛職の俺と白石さん、夏樹はまだまだ十三階位には届かない。本日中の到達はまず不可能だ。
だが前衛の四人ならば誰かにちょっと経験値を寄せることで十三階位は十分見込める。
体格のある佩丘と馬那は、純粋に強くて硬い。そんな二人に対して残された騎士職の三人、【聖騎士】の藍城委員長、【霧騎士】の古韮、そして【風騎士】の野来は魔法騎士という側面がある。つまりより多くの技能を必要としているんだ。
俺が口を挟まずとも『一年一組』の仲間たちはその辺りを理解しているし、委員長と古韮が十三階位を達成している以上、ここは野来の一択となる。
地上への帰還予定時刻まではまだ三時間程度残されているし、トドメを集中させれば何とかなるか。
「【剛力】と【握力強化】のどっちか、かな」
「騎士職だからなあ。【剛力】じゃないか?」
野来と古韮が楽しそうに技能談義を始めたが、素材の回収も終わったし、そろそろ出発だな。
「僕も前衛なんだけどなあ」
すまない草間。確かにお前は前衛職だけど、俺と同じで特別枠なんだよ。
トウモロコシや白菜をなるべく回すようにするから、そっちで我慢してくれ。
◇◇◇
「これは決まりかな」
「やっぱり魔力部屋?」
「ああ。たぶんこの辺りにあると思う」
前衛たちがトウモロコシと馬が混じった魔獣の襲撃を受け止める光景を見つめつつ、俺は奉谷さんに頷いてからマップを開いてここから少し離れた部屋を指で突いてみせた。
俺の手元を覗き込んだ奉谷さんと白石さんが、すかさずメモを取る。
再出発してから十五分もしないうちに、俺たちは昨日と同じくらいのハードな状況に巻き込まれていた。すなわち途切れることのない混成魔獣との連戦である。
数日前の調査では存在しなかったはずの魔力部屋が発生しているのは最早確定的だな。
厄介なのは、『一年一組』が向かう先が『すでに発見されていた』魔力部屋だったということだ。
「これ、良くないよね」
地図を見下ろす白石さんがポツリとこぼす。ルート読みが早くなったものだ。
「撤退路が二つ潰された。残る一本もちょっと無理押しが要る」
「どうするの?」
俺のセリフが聞こえていたのだろう。石を飛ばして味方の援護をしている夏樹が問い掛けてくる。
真っ直ぐの後退は、新しい魔力部屋にいる魔獣の数が読めない以上採れない選択だ。かといって本来目指していた魔力部屋の魔獣も、この位置取りでは避けられない。
もっと早くに接敵していたらこんな状況にはならなかったのに……。絶妙な間の悪さだ。この場に留まるのはよろしくないかもしれない。
だけどこれくらいのピンチなど、俺たちは何度も乗り越えてきた。
「仕切り直す! この場の経験値と素材は捨てるぞ! 田村っ」
「丸太は三本だけ確保しておけ! 俺と藤永、野来だ!」
残念ながら十二階位メンバーにトドメを譲る状況ではない。俺の叫びに応えるように前衛アタッカーたちが動きを加速し、田村はこのあとで使うかもしれない丸太戦法のために、最低限の数を指定してきた。
幸い敵はほぼ半分が無力化されてトドメ待ちになっていて、残りは馬とトウモロコシを合わせて七体。これならば人員に余裕はある。
丸太を担いだら、とっととこの場をずらかろう。
「だめ! そっちから牛が五!」
田村たちが壁際に転がしてあった丸太に駆け寄ろうとしたタイミングで、草間が悲鳴染みた叫びを上げた。
牛が五体って、そっちは魔力部屋と関係のない行き止まりじゃないか。単発で発生した魔獣かよっ。
「うわっ!?」
「おいっ!」
草間の警告を受けた野来が風を使って急停止したところに田村がぶつかり、二人がもつれて転んでしまう。
「ほら、急ぐっすよ!」
「牛の対応はメーラさん、先生、ミア、海藤──。藤永、避けろ!」
「ぐはっ!?」
転んでしまった二人を助け起こそうとした藤永の背中にトウモロコシが直撃する。牛の接近を知らされて無力化を焦ったのか、春さんがメイスで殴り飛ばした方向がマズかったんだ。
「ご、ごめんっ!」
謝る春さんだって、あんなところで三人が止まってしまうなんて思ってもいなかったんだろう。
ちくしょう。普段通りなら春さんはもっと上手くやるし、藤永だって冷静なままなら避けられたはずなのに。これはミスというよりアクシデントだ。
痛覚毒をもらった藤永がその場でうずくまり、転がったままの田村が慌てて【解毒】を掛けるが、それも良くない。
ミアと海藤の飛び道具をふさぐ位置関係になっているんだ。射界が通らない状況だが、埋める手数が足りない。
「でっすわぁ!」
「どらぁぁぁ!」
ティアさんが馬を、綿原さんはトウモロコシを倒すことに尽力してくれている。それ以外の騎士たちやアタッカーも必死になって……。
「起きろ、野来! その場で牛を止めてくれ。ここからの痛覚毒は無視! 中宮さんも牛だ!」
最早致命的な攻撃を持たないトウモロコシは無視するしかない。重たい足音を響かせて突入してきた牛に向ける盾も数が揃わない以上、攻撃力で押し留める。
「ああぁぁい!」
「しぇぁぁあっ!」
転んでしまった三人を滝沢先生と中宮さんが飛び越え、牛に立ちふさがった。
「イヤアァァ!」
「しっ!」
弓を投げ捨てながら駆け付けたミアと、盾を構えたメーラさんも何とか間に合う。
五体の牛に対し、これで四人。これで野来が間に合えば──。
「うわっ」
慌てて立ち上がった野来が五体目の牛に盾を構えたが、体勢が崩れた状態では押し留めるまでは至らなかった。
弾き飛ばされた野来自身は盾のお陰で怪我は無さそうだけど。
「まずっ!?」
そして、野来を突き飛ばした牛がそのまま後衛側になだれ込んできた。
夏樹の石が飛び、笹見さんが熱球を使いながら盾を構える。
事態が急速に動いたことで動揺しているのか、笹見さんが小さく震えて腰が引けているのが目に入ってしまう。そんな状態で牛を受け止め切れるとは思えない。
高々二つの方角からの魔獣ごときでここまで『一年一組』が崩れるなんて、事態を目の前にしても信じがたい状況だ。だけどこれは現実……。
これまでの戦いで何度も失敗をしたことはある。不運に見舞われたことも、数えきれないくらいだ。
だけどこんな間の悪いアンラッキーの連鎖は、ついぞ記憶に無い。
『冒険者が迷宮で一番恐れることか……』
ふと『黒剣隊』の大剣使い、フィスカーさんの言葉が頭をよぎる。あれは冒険者登録をする前、『オース組』にお邪魔した際にソレっぽい話をせがんだ時だったか。
『不運だよ』
何ともいえない表情でそんなセリフを口にしたフィスカーさんを思い出す。
いや、だからといって、そんなのが一気に幾つも重なるなよっ!
四つか? 五つか? 酷すぎるだろ。
このままでは笹見さんが突き飛ばされて、そこから先は勢いのままに上杉さん、奉谷さんが巻き込まれる。ヘタをしたら白石さんまでやられかねない位置取り──。
「えっ!?」
「おおらあぁぁ!」
突如前に出た俺を見た白石さんの驚き声を他所に、そこからは自分でも本当に意外なくらい自然と体は動いていた。笹見さんを押しのけるようにして牛の前に立つ。
非力な俺では盾で受け止めることなどできやしない。右手のメイスに全ての体重を乗せた体当たりくらいしか、採れる選択などなかった。
ほんの数秒、数十センチだけでも構わない。笹見さんに向かう牛の矛先をズラすことができれば、まだ立て直しは可能だ。だからこれは間違っていない。
「あっ!?」
ただひとつ残念だったのは、俺ご自慢の『観察カウンター』は牛みたいな巨体向けの技じゃないってことだ。せめて逸らすだけでもと思って突き出したメイスはなんとか牛の角に直撃したものの、相手の突進をほんの少し緩めるだけで弾かれる。
当然みたいな結果として、伸ばし切った俺の肘に魔獣の角が触れた。
革鎧の肘の付け根の脆い部分に吸い込まれるように角が突き立ち、そのまま俺の腕を抉っていく。数センチズレていれば先生たちみたいに華麗に捌けていたかもしれないものをっ。心の底から【身体操作】を取れていないことが悔やまれる。
ああ、【思考強化】のせいかな。スローモーションみたいに革鎧の肘から肩へのパーツが弾け飛び、腕の肉が削がれていくのが見えてしまう。赤い血を撒き散らしながら自分の骨が見えてしまうなんて経験、この先二度としたくないなあ。
だが責務を果たせ。俺のたった一言で、仲間たちは汲み取ってくれる。
痛みが脳に飛んでくる前に皆に伝えるんだ。
「八津くんっ!?」
「パターン、二十のっ、B改っ!」
どこか遠くから響く綿原さんの声を無視し、俺は叫ぶ。
「ぐっ、があぁぁぁ!」
直後、全力の【痛覚軽減】をものともしない痛みが俺の体を駆け巡った。
次回の投稿は四日後(2026/05/12)を予定しています。投稿間隔が開いてしまい、申し訳ありません。




