第643話 ガンガンいこうじゃないか
「どうせならカッコよく横一列だよな」
「相手は魔獣だぞ。合わせてくれないだろ」
「言ってみただけだよ」
ふたつのハサミを横回転させて迫りくる八体のカニを見ながら古韮が軽口を叩き、馬那がマジレスをする。
「結構横に広がってるね。いけそうかも」
「誰が一番上手くできるか、競争だな」
「それ、僕の負けが確定してるよね」
そんな話題に野来が続き、スポーツ少年な海藤が乗っかる。横では藍城委員長がため息交じりに苦笑いだ。
「右端はわたくしがいただきますわ!」
「いいですよ。やっちゃってください」
ティアさんが気炎を上げつつ俺をチラ見してきたので、ゴーサインを出しておく。やる気がありすぎだよ。
魔獣は陣形などを作らない。同時にこちらから吹き飛ばしたりしない限り、魔獣同士で行動を邪魔しない習性を持っている。結果としてジグザグではあるものの、それなりに整った進軍紛いの状況はワリと見かけることになるんだ。
人間側がバラバラの行動をしたらヘイトが滅茶苦茶になって混戦状態になるんだけどな。
さて、揃って八体のカニに立ち向かうのは、左から【剛擲士】の海藤、【岩騎士】の馬那、【霧騎士】の古韮、【風騎士】の野来、【聖騎士】の委員長、【重騎士】の佩丘、【堅騎士】のメーラさん、そして【強拳士】のティアさんだ。
プロがひとり混じっていたり、本職じゃない海藤が当たり前みたいに参加していたり、何なら盾を持たないティアさんもいるが、まあまあ勇壮な光景ではある。
「なんだいこりゃあ」
「楽しそうね」
「お疲れ。誰が一番上手くできるか、だってさ」
馬の回収を頼んでいた笹見さんと綿原さんの声が聞こえてきたので、軽く振り向き感謝の言葉を贈っておく。
遅れる形で広間に入ってきたのは二人だけではない。丸メガネの白石さんとポヤっとした深山さんも一緒だ。白石さんと深山さんもまた、馬の足を掴んで引きずっての入室である。
四人の女子が自分の身長よりデカい馬を運ぶというのも、これまたシュールな見た目だよなあ。小柄な白石さんなんて特に。
迷宮泊の一日目はそろそろ昼に差し掛かる。
昼食を考えていたタイミングでメガネ忍者な草間が馬四体とカニ八体の混成を発見したので、軽い引き撃ちを仕掛けることにした。
第一段階で足のある馬を叩きのめした俺たちは素材の運搬を女子四人にお願いし、こうしてカニに立ち向かっているというわけだ。
「おらぁ、やるぞ!」
「おう!」
「ですわっ!」
『一年一組』全員が揃うのを待っていたワケではないのだが、ちょうど四人が入ってきたところで佩丘が吼え、盾メンバープラスティアさんが声を合わせる。
カニとのタイマンに挑む八人の狙いは、さっき佩丘が牛で成功させていた『受けてからの突き』だ。ただしティアさんだけはカウンターパンチ。
調子をぶっこいている、というわけではない。ぶっちゃけ騎士職とカニは相性がいいのだ。なんなら普段から盾を使う【聖盾師】の田村や【雷術師】の藤永、【鮫術師】の綿原さん、【熱導師】の笹見さんでも苦戦はしないだろう。突きで倒せっていうのは無理だろうけど。
騎士メンバーがメーラさんに成果を見せると誓った対象は牛と馬、そして白菜だった。
で、そこの候補にカニが入っていなかったのは、難易度の低さなんだよなあ。
『できちゃうよね、カニなら』
昨夜の野来の気の抜けた発言が思い出される。
だからこそこんなコンテストを開催する余裕があるし、指揮官たる俺もそれを咎めたりはしない。
滝沢先生や中宮さんなんかは弟子のティアさんに視線を向けて、実戦での仕上がりを見届けようとしている。
「こいっ!」
「どりゃあ!」
同時とまではいかないが、それでも三秒もズレずに回転するカニのハサミが騎士たちの盾に叩きつけられた。
ガンガンという音が響く中、仲間たちが咆哮を上げる。うん、受け損ねたヤツはいない……、委員長が手首を捻ったか。【鉄拳】を持っていないのがやっぱりキツい。まあすぐに自己回復するんだけどな。
古韮は周囲に干渉しないように最低限の霧をまとい、野来は盾の内側に風を走らせて衝撃を弱めている。技能を含めて各人ができることをそれぞれにってことだ。
ちなみにティアさんは騎士たちの盾と合わせるように、カニのハサミを空振りさせた。
凄いな。三センチくらいの見切りか。全く動じた様子も無いし、大した度胸だよ。俺からは見える角度じゃないけれど、どうせ邪悪に会心の笑みを浮かべていることだろう。
「そりゃあ!」
「でっすわあぁぁ!」
「うおらぁ!」
そして六本のメイスと一振りの片手長剣、ついでに握り拳が突き出される。今度は本当にほぼ同時だ。
当たり所はまちまちで、ハサミや脚を折ったり、甲羅にヒビを入れたり、転ばせたり。バキバキとカニの各部位が割れていく音が、道民としてはワリと心地いい。
メーラさんとティアさんは狙って急所を外している。あの二人が本気を出したら一撃必殺があり得るからなあ。
参加メンバーで十三階位はティアさん、メーラさん、委員長、古韮、そして海藤。混戦ならまだしも、この状況でレベルキャップの五人にトドメを回すワケにはいかない。
まあ、一体も倒してはいないので結果はオーライか。古韮辺りが霧を全力で使ったら危なかったかもしれない。
「奉谷さん、トドメの指示を頼む」
「うんとね。じゃあ田村くんと、藤永くん。それと草間くんで」
せっかくなので経験値配分は副官の奉谷さんに振ってみる。しかして奉谷さんの判断は、俺も完全に同意できるものだった。
「で、八津。順位は?」
騎士たちのサポート付きでトドメを担当する連中がカニに群がる中、海藤が軽い調子で結果判定を俺に委ねてきた。
誰を上位にしてもモメそうだから、こういうのは勘弁してほしいんだが。
「ん? 一位はメーラさんで、二位がティアさん」
「そうじゃねえだろ」
「いや、本当だから」
冗談めかしながら告げた順位はヤンキー佩丘にはお気に召さなかったようだ。睨むなよ。お前ってこういうのにこだわらない方じゃなかったか?
そこまで入れ込んでいたってことだろうけど、熱くなりやがって。
「技能込みでいいなら古韮かな。やっぱりデバフが強い──」
「魔獣だよっ。左右両方!」
仕方なく古韮を犠牲にしてやろうとした俺の声を草間が遮る。
この部屋にある扉は三つ。入ってきた背後と左右にひとつずつだ。挟み撃ちときたか。
「左はトウモロコシが十くらい。右は白菜とカニ、だね。こっちも併せて十以上」
草間によれば結構な数の魔獣が押し寄せてきているようだ。
「右の魔力部屋は五部屋先か。魔獣の渡り廊下になってるのかもな」
「分析も大切だけど、指示は?」
俺の呟きを綿原さんが拾ってくるが、彼女も特段焦ってはいない。カニにトドメを刺している連中も作業を続行中だ。
さて、どうするか。
位置関係と複数種であるところからして、どうやら俺たちは小規模な魔獣の群れと思わしき集団に接触してしまったようだ。組合事務所からの警告も為されていたが、最近のペルマ迷宮四層ではこういうケースが少なくない。
種別を問わず、数からしたら百に迫るような魔獣が大掛かりな移動をしている状況が確認されまくっている。
『シュウカク作戦』と違っているのはトウモロコシ主体ではなく、魔獣の種類が満遍なくってところか。
どっちが対応し難いかは一概に言えないが、こういう時は敵の速度差を利用した各個撃破が鉄板だ。前後左右から呑み込まれるのが一番マズい対応ってことになる。
ああ、忙しい。そして、らしくなってきた。
「まずはカニのトドメか。佩丘と馬那も参加だ。急いでくれ」
「おう!」
まずはせっかくの獲物だけは食べておこう。野来にはやってもらうことがあるから、悪いけど温存。そして。
「左。トウモロコシの来る方に丸太作戦だ。田村、頼む」
「おう。一度に来る数を減らせばいいんだろ? 委員長、古韮、メーラさん。ここに立て掛けてくれ!」
これまでの道中で倒してきた丸太が部屋の隅に放置されているのを利用してやろう。田村の指示を受け、騎士メンバーたちが左の扉に丸太を配置していく。
なるほど三本を縦置きか。だけど隙間がちょっと大きくないか?
「綿原、笹見、海藤。そこの馬を詰め物に使うぞ!」
「そういうことね」
どうやら田村はさっき運び込まれたばかりの馬まで要塞化に使うようだ。綿原さんがすぐ近くに置いてあった馬の脚を引っ掴んで走りだす。パワフル系サメ女子だなあ。
「トウモロコシの経験値は半分捨てる。この部屋に残って中宮さん、疋さん、ミア、海藤が対応してくれ。五体になったら無力化を視野に入れて後追い。田村も残って【解毒】対応」
「ざ~んねん」
「上手くやってみせマス!」
俺の出した指示はここに居残っての足止めだ。それでもチャラい疋さんと陽気なミアは余裕綽々か。わかってたけどな。田村がいてくれれば【痛覚毒】にも対応できるだろう。
やれやれとばかりに海藤が短槍を手に持ち、中宮さんは真剣な表情で、まだ姿を見せないトウモロコシの気配を探っている。
「それ以外はこのまま右に一部屋移動するぞ。居残り組は削り終わったらこっちに来てくれ。草間は──」
「うん。移動しながら【気配察知】をずっとだね」
「限界が近くなったら言ってくれ。こっちに再突入するから」
結果として丸太や馬、カニなんかの素材、何よりミアの矢と海藤の槍を放置する形になるので、迷宮の気分次第でロストする可能性がある。まあ矢と短槍は使い手の二人がムキになってでも回収してきそうだけど。
さておき、草間が【気配察知】を使い続けてくれればそれを阻止できるはずだ。
「大丈夫。熟練上げてるからね」
草間からの返事は実に頼もしい。
「五分くらいならだけど」
「ははっ」
付け加えられた弱音に、思わず笑い声になってしまう。
「春さん、野来。先行して魔獣を部屋の隅に集めておいてくれ」
「了解!」
「うんっ!」
俺の声を受けて春さんと野来が風と共に右の部屋に突っ込んでいく。
右側の部屋に迫っている敵はカニと白菜が十体ちょっと。『一年一組』最速の春さんと『風盾衝撃』を使う野来なら、先行して魔獣を寄せることくらいはしてのける。戦闘用の空間は十分に作れるはずだ。
「十秒待ってから突撃だ。突入したらカニは前衛で適当に食え! 古韮、深山さん、藤永は全力で白菜を阻害っ!」
トウモロコシの葉っぱがこすれる音が近づいてきた。それでもまだ我慢。
すでにミアは矢をつがえ、海藤が短槍を構えている。この部屋のことは居残り組に任せればいい。
「状況次第で白菜スープを作るぞ。笹見さんはスタンバイだ!」
「あいよお」
すぐにでも突撃できそうな姿勢になっている笹見さんが、俺の声を受けて背中に担いだ寸胴鍋を軽く撫でる。
「先取りしちゃうけどいいよね。八津くん」
「魔力に自信があるならやっちまえ。羨ましいぞ」
待ちきれないといった風に夏樹が【鋭刃】の取得を申し出てきたので、苦笑で答えてやった。
夏樹のレベルアップは結構先だけど、トドメの速度が上がれば連続戦闘でも後衛の経験値を稼げるか。そもそも俺がダメ出しをする立場でもないのだし。
「取ったよ。【鋭刃】。あはははっ!」
「アラウド迷宮と同じだ。移動しながら全力で魔獣を削って、そこからは俺が判断する! 信じてくれ!」
変なテンションになっている夏樹はさておき、俺は単純な方針を叫ぶ。
やるべきことは俺たちの良く知る群れへの対応だ。問題点はここが四層ってことくらいだけど、肝心の部分が変わるわけじゃない。
七階位レースをやった時のように、経験値の稼ぎ所だと思えばいいんだ。
「イィィヤァッ!」
ミアが奇声を上げたつぎの瞬間、立て掛けられた丸太を飛び越えてきたトウモロコシに矢が突き立った。
「行くぞ!」
「おうっ!」
そんな光景を背に、俺たちは隣の部屋に向かって走り出した。
◇◇◇
「はー、はー、はぁ……」
迷宮の床にペタンと座る白石さんが荒い息を沈めようとしている。近くにいる仲間たちも似たようなものだ。
本格的な戦闘開始から一時間くらい。俺たち『一年一組』は見事に魔獣の集団を退けた。
「おほっ、おほほほほほっ、叩きのめしてやりましたわよっ!」
迷宮の床に座り込んだティアさんが強がり半分の高笑いを上げる。それくらいキツい戦いだったから、気持ちもわかるというものだ。
左から迫るトウモロコシの殲滅と無力化はつつがなく終了し、装備についてもロストはなかった。
最低限の素材を引っ担いだミアたちと合流こそ果たしたものの、問題はそこからだったんだよな。
結果として追加でエンカウントしたのは牛が五体、白菜が七体、トウモロコシが十一体で、ジャガイモが十四体だ。加えて、到達した魔力部屋にいたのは三角丸太が三体と天井のヒヨドリが十四体。大小合わせて百体弱の魔獣との連続戦闘になってしまった。
魔獣の群れの外縁を削るつもりが、少々踏み込み過ぎたかもしれない。
逃げ出すという選択肢もあったのだけど、それをするとなんか負けた気もするし、ティアさんとメーラさんが燃えているのもあって最後まで押し通してしまった。
そう、何かこう、ティアさんが凄かった。【痛覚軽減】持ちではあるけれど、俺ができる限りトウモロコシの相手をさせないように指示を出していたのに、イザって時には自ら名乗り出てまで……。
ティアさんたちから今回の迷宮に対する思い入れが、ビシバシと伝わってきたよ。
そんな連戦の中で、一番キツかったのは寸胴鍋の絶対死守だったかもしれない。笹見さんなんて、戦闘に参加するより鍋を運んでいる時間の方が長かったんじゃないかな。
芋煮会を知らない人が戦闘詳報を読んだら何事かって思うんだろうな。理解がある人でも、そこまでするのかよって感じになるかもしれないけれど。
そんな激戦を俺たちは見事に潜り抜けた。
現時点で新しい十三階位は誕生していないが、全員がそれが当然であることを理解をしている。
十三階位メンバーが倒したことで捨ててしまった経験値も多いけれど、それでも十二階位組の、とくに前衛連中はかなりいい感じだ。かくいう俺もそれなりのトドメも回してもらっている。
このペースなら明日には複数の十三階位が誕生しても不思議ではないだろう。
「ヤバいな。これじゃあ最強チームじゃないか」
「それじゃダメなの?」
「ダメじゃないけど、こういう強いんだぜムーブが四層でもできてるんだな、って」
ヒヨドリを解体しながら綿原さんと言葉を交わす。ちなみに綿原さんは魔獣の血の回収も同時並行している。
アウローニヤでの群れへの対応は二層と三層がメインだった。その経験がペルマ迷宮の四層での異変に役立っているのは間違いない。
小規模とはいえ四層は難易度が桁違いのはずなのに、それでも俺たちは階位を上げて新しい技能と地道な練習を積み重ねたことで、この状況に対応できている。
頼もしい二人の仲間が加わってくれているからこその強さなんだけど──。
「いいじゃない。わたしたちは強いの。それだけで……」
「だな」
綿原さんはもう、ティアさんたちの名前を出したり寂しいとは口にしない。
すでに十三階位を達成しているティアさんとメーラさんは、四層では階位を上げることが不可能だ。
そんな二人は『一年一組』のために体を張ってくれている。だからこそ、表に出すべき言葉は前向きじゃないとな。
◇◇◇
「塩だけでもイケるよね」
笹見さんの【熱術】で熱したカニ脚に塩をまぶしただけの料理にかぶりつきながら、俺たちは足を止めない。
すでに昼を回ってしばらく経つので、昼食というよりオヤツに近いくらいだ。三時にはなっていないけどな。
「隣の区画って『テッツ組』だったよな。無事だといいんだけど」
「『シュウカク作戦』で慣れてるだろ。退き際を間違えるような人たちじゃない」
前の方から仲間たちの会話が聞こえてくる。
冒険者組合の設定している四層の狩場は、異変を受けてやや細かく区切られるようになった。そのせいもあって、隣の狩場と行き来できる経路が何本もあるなんていうのが当たり前の状況だ。
つまり俺たちを襲った群れは、本日お隣を予約していた『テッツ組』にもぶつかっている可能性がある。
『シュウカク作戦』でマクターナさんたちを救出するために共闘したこともある『テッツ組』の実力は十分だと思うけど、それでも心配にはなってしまう。
ペルメッダに来て、知り合いが一気に増えたよなあ。
「お別れの挨拶をしないとだよね」
隣を歩く奉谷さんが小声で話し掛けてきた。どうやら彼女なりに『テッツ組』の名前に思うところがあったらしい。
「アウローニヤみたいにお別れ会をやりたいよな」
「冒険者さんたちだけでもいっぱいだし、会場どうしよう」
なんて会話をしながら俺たちは迷宮を進んでいく。
次回の投稿も四日後(2026/04/28)を予定しています。大変申し訳ありません。




