第642話 今のヤツらにできること
「こんなところに三人揃ってどうしましたの?」
温度の低いティアさんの声が響く。
迷宮当日の朝、一層への階段の近くに堂々と立ちはだかっていたのは、侯王様とお妃様、そしてウィル様のお三方だった。
ティアさんのお父さんはムスっとしていて、お母さんは薄く微笑み、お兄さんは苦笑い。
三人は革鎧装備ではなく、服装は貴族っぽいジャケットとドレスということもあり、迷宮の入り口と相まってやたらと異質だ。
迷宮泊の時間を少しでも伸ばそうと、本日は普通の冒険者たちと同じくらいの時間帯に行動を開始したせいもあって、通りすがりの人たちからの注目がキツい。
階段を守る兵士さんたちは逆に、完全に目を逸らして知らないフリだ。
なんなんだろうな、これ。
「こんなことになり、申し訳なく思っています」
この状況ではさすがに藍城委員長では格が足りない。一歩前に出た滝沢先生が謝罪の言葉と共に頭を下げようとするが、侯王様はそれを無言のまま手で制した。
視線は完全にティアさんだけをロックオンしている。
「リン、納得はしているのか?」
「愚問ですわよ、お父様」
低い声で侯王様が問えば、ティアさんは即答する。威厳オーラと悪役令嬢オーラが交錯するさまに、仲間たちの一部が喉を鳴らした。
「メーラはどうなのだ?」
「はい。自らで道を選びました」
ティアさんからゆっくり目を逸らした侯王様が、続けてメーラさんにも声を掛ける。主同様、メーラさんもまた真っ直ぐな返事だ。
二人共、侯王様の圧に全く動じていないのが凄い。むしろクラスメイトたちの方がビビっているくらいなのに。
「……ならばよい。これからも励み、高みを目指せ! 自分から言い出したことであろう?」
「もちろんですわ!」
数秒間を置いた侯王様がふっと口元を緩め、高らかに宣言する。邪悪に笑うティアさんも元気な声だ。
なんだかいい話っぽくなってきたな。
「リンとメーラを迎え入れ、鍛えてくれたことを感謝している」
日本人グループを見渡す侯王様からはすっかり圧力が消えていて、口から出てきたのはお礼の言葉だった。
ウィル様もそうだけど、侯王様やお妃様も帰還を目指しているという俺たちの事情を知っている。だからこそ、俺たちを責めるようなことをしないのだろう。
豪放で商人気質な王様だけど、ちゃんと理屈と情をわきまえてくれる人なんだよな。
「我からも組合長に口添えをしておこう」
「あなたたちには国の都合で何年も苦労を掛けましたね。自由におやりなさい。リン、メーラ」
そう言ってから、侯王様とお妃様は俺たちを促すように迷宮の階段に視線を向けた。ウィル様は何も言わずに微笑んでいる。
「どうした、ヤヅ」
「あ、はい。行ってきます」
確かに指揮官役ではあるけれど、俺を名指ししないでほしい。頃合いを見計らっていたんだからさ。
国で一番偉い人たちからの見送りを背に、『一年一組』二十四人による最後の迷宮がスタートした。
◇◇◇
「口利きなど無用ですわ。わたくし自身が願い出るのが筋ですのに」
「にっひぃ~。親心ってヤツっしょ」
「何ですのよ、アサガオ」
「ウチの両親もねぇ、そういうとこあってさ~」
迷宮四層の狩場に到達しても、『一年一組』の雑談が尽きることはない。今は疋さんがティアさんをイジっている最中だ。
疋さんの実家は美容室の『ヘアサロン・HIKI』という。俺はもっぱら床屋なので、縁が無いんだよな。赤白青がグルグル回る典型的な『理容と美容の疋』は、数年前にオシャレなヘアサロンにリフォームされたと聞いている。
将来的に自分たちの店を継いでくれるだろう疋さんのためを思ったご両親の判断で。
召喚初日に帰還問答で曖昧な返事をしていてた疋さんの事情はそんな感じだった。親心が引いたレールとそれを見る子供の違和感というのは、わからなくもないかもな。田村なんかは親の跡継ぎとして医者になることを当たり前みたいに受け止めているし、そういうのは個人次第なんだろうけど。
「感謝はしてるけど、余計な気遣いじゃないかってさぁ。モヤっとする気持ち、わからなくもないんだよねぇ~」
「……そう、ですのね」
「ハッキリ背中を押してくれる、いいご両親っしょ。アタシはほら、帰ってからじゃないと、さ」
「アサガオ……」
どこか遠くを見るような疋さんの言葉は本音なのだろうけど、ティアさんで遊んでいるようにも見える。疋さんはチャラくて掴みどころのない女子なんだ。
もちろん巻き込まれないように、俺は後方から見届けるのみ。楽しく仲良くしてくれていればそれで良しってな。
「二部屋先。いるよ。牛が四体、ジャガイモが六か七」
忍者モードに入りメガネを光らせる草間の声で雑談が止む。二十四人が一気にスイッチを切り替え、勇敢な冒険者の顔になっていく。
「ちょうどいい数だな。一気にやろう」
俺の判断に仲間たちが無言で頷いた。
付近には魔力部屋は存在していない。三日前の情報だから絶対とは言えないが、魔獣とのエンカウント率からして問題はないだろう。
「じゃあティアさん」
「わかりましたわ、コウシ」
俺からバトンを受け取ったティアさんがアガった声で仲間たちに視線を送る。
「さあ、みなさん! 冒険者『一年一組』の戦いを始めますわよ!」
「おう!」
ティアさんのコールに併せ、仲間たちが一斉に吼えた。
本日初となる四層での戦いは、ティアさんの一声で始めることにしていたんだ。
今日と明日の二日間、俺たち『一年一組』は階位を上げることは当然としても、しっかり『冒険者』をやろうという目標を立てている。ぶっちゃければ気分の問題だ。
迷宮に泊まる冒険者なんていないというのはさておき、十二階位のメンバーをひとりでも多く十三階位へと引き上げつつ、ちゃんと素材も持ち帰る。
要するにペルマの流儀を果たそうという考えだ。
「奉谷さん、移動しながら予定通りにバフ」
「うんっ!」
「ひとつ向こうの部屋で受け止めよう。前進」
『一年一組』全員が速足から小走りに切り替える中、ロリっ娘バッファーの奉谷さんがチョロチョロと駆け回り、指定したメンバーに【身体補強】と【魔術補強】を掛けていく。
ティアさんとメーラさんが『普通』の冒険者として迷宮に入るのは今回が最後となる。
俺たち日本人グループも魔王国にあるという『ワンワン迷宮』でどんな生活を送るのかを知らされていないので、冒険者らしい行動ができないかもしれない。むしろ修行とかをやらされる可能性の方が高いくらいだ。
さておき、組合に所属している冒険者は事務をしたり異常事態に対応するのが主な仕事だから、普段はあまり迷宮に入らない。素材の持ち帰りも最低限なので、そういう点で冒険者らしくないのだ。
そんな組合職員が大量に動員された先日の『シュウカク作戦』が、どれくらいイレギュラーだったかって話だな。
ついでにマクターナさんと『第一』が模擬戦に付き合ってくれたのは、いくら聖法国から冒険者が狙われていたからとはいえ、あれはもはや職権乱用に近い。
だからこそ今回の迷宮泊はティアさんとメーラさんにとって俺たちとの思い出だけではなく、冒険者としても大きな意味を持っているんだ。
悪役令嬢なカリスマに溢れるティアさんだけに、将来的にもしかしたら独自で組を立ち上げるかもしれない。その時はどんな名前を付けるのかな。
いやいや、それよりも今は魔獣との戦闘に集中しないとだ。
◇◇◇
「八津くん」
ジャガイモに神剣『エクスカリバー』を突き刺したまま、栗毛の深山さんが俺に向き直る。やったか。
「やったっすか!」
「うん」
俺の内心と同じセリフを放った藤永に深山さんは小さく微笑み、右手の親指を突き立てた。
我がことのように喜ぶ藤永だけど、ちゃんと前衛のフォローに専念してくれよ?
「やったね!」
「おめでとう」
近くからは奉谷さんや白石さんの祝福の声が深山さんに届けられる。まだ戦闘の中盤ということもあり、全員での大喜びってことにはならない。
なんにせよだ。本人からの宣言こそ無かったものの【氷術師】の深山さんが十三階位を達成した。ジャガイモ三個目でのレベルアップだったが、前回は本当にギリギリだったんだな。
ちなみに芋煮会は開催していない。十二階位で奉谷さんから【身体補強】をもらった深山さんが神剣を持てば、生のジャガイモでもイケてしまうからだ。
何よりデカいのはクラスで深山さんが一番最初に取得した【鋭刃】の効果だろう。トドメのために後衛メンバーでも所有者が増えてはきているが、やっぱり『めった刺し』のあだ名を持つ深山さんは熟練度が違う。
「技能は取れないけどね」
ポツリと深山さんが呟くが、これはもう仕方がない。
彼女は『六本の尾』の襲撃で緊急的に【魔術融合】を取得した。要するに技能の先取りってことになる。今回の見送りは納得済みの既定路線だ。
藤永との共同作業も増えることだし、それで満足してもらうとしよう。
これで『一年一組』の十二階位は残り九人。
そこにはもちろん俺も含まれているのだが、全員がかなり遠いんだよなあ。前回の三泊四日では経験値の割り振りをかなり偏らせたのもあって、ここからが大変だ。
さて、幸先のいいスタートではあるものの、どこまで十三階位を増やせるか。
「ジャガイモは田村が食ってくれ。怒られるから丁寧にな」
今更突如芋煮会というのもアレなので、残るジャガイモの始末は【聖盾師】の田村に回す。アイツは【身体強化】持ちだから、ジャガイモ程度は素のままでいけるのだ。羨ましいぞ。
ただし料理番のヤンキーから苦情がくるので奇麗に倒すように。サクっとやってくれ。
「うるせえよ。おう、前衛。こっちが終わるまで怪我すんじゃねぇぞ」
「いいからとっとと行け」
減らず口を飛ばしながら無力化されたジャガイモに駆け寄る田村を罵ったのは、案の定というか佩丘だ。
返事もせずに後衛陣に到着した田村は深山さんが使っていた神剣をパスされ、そのままジャガイモに突き立てていく。どいつもこいつも慣れたものだ。
聖法国関連が治まったこともあり、レベリングの優先順位はそれ程明確でもない。
それでも後衛職でありながら前衛二列目を張る田村と藤永は、できれば優遇してやりたいメンバーだ。我ながら避け性能が高目の俺は後回しで構わないので、柔らかい【石術師】の夏樹と【騒術師】の白石さんも急ぎたいかな。
騎士職は放っておいても勝手に上がるだろうし、【忍術士】の草間は、うん。まあ、頑張ってくれ。
「うっらあぁぁ!」
頭の中でレベリング順位を整理していると、牛と対峙している前方から威勢のいい声が聞こえてきた。
ちゃんと見届けたぞ。やったな、佩丘。これぞ有言実行ってヤツだ。
◇◇◇
昨夜の男子部屋で野郎同士で語られたことがある。
『メーラさんに結果を見せたいって思わねえか?』
普段は料理以外で大袈裟なことを言わない佩丘がそんな提案をしてきたのだ。
『一年一組』に所属している騎士職はプロのメーラさんを除けば五人。全員がこの世界に飛ばされて、初めて戦闘という経験をすることになった連中ばかりだ。まあ、経験者なんて先生と中宮さんくらいのものなのだけど。
馬那が筋トレマニアな程度で、全員が部活にも所属していなかったし運動が得意というわけでもない。ミアや疋さん、綿原さんのような抜群のセンスがあるかといえば、それもちょっと……。
アイツらはアウローニヤではヒルロッドさんやガラリエさんを筆頭とする騎士たちに基礎を教わり、そしてペルメッダではメーラさんにお世話になっている。
教えを受けた成果をこれが最後かもしれない機会だからと、メーラさんに見せてあげたいのだろう。ここ連日騎士職メンバーが練習していた『受けてからの突き』が奇麗に決まるところを。
『トウモロコシと丸太は無理として……。やるなら白菜か牛、馬だな』
男気溢れる提案に寡黙な馬那も乗っかった。
メイスによる突きは相手を選ぶ。俺には『観察カウンター』があるから軽量級には対応できるんだけどな。
騎士職にとってヒヨドリやジャガイモは当てにくい上に後衛に託したい魔獣だ。トウモロコシは挙動が独特なので狙って突き込むことは難しいし、丸太は硬さと重量で問題外。消去法的ではあるが、獲物は決まった。
「おらぁ! 刺せ、草間ぁ!」
「え? う、うん」
叫ぶ佩丘の動きは腰の引けた草間の反応とは裏腹に、見事だったとしか言いようがない。
突進してきた牛の角を角度を付けた盾で受け止めた佩丘は、そこからカウンター気味に真っ直ぐメイスを突き出した。
ギャリギャリと盾をこする不快な音を無視しつつ、佩丘が伸ばしたメイスの先端がブチ込まれたのは、牛の胴体の真ん中にある頭部の口の奥深く。
正にメーラさんに教わった一連の動作の完成形だ。そこに一切の澱みや躊躇が無かったのは、日々の修練と佩丘の持つクソ度胸の賜物なんだろう。最初から決められた動作を本番で見事にやり遂げたんだ。
佩丘が単独で受け止めてみせた牛はハッキリとダメージを食らい、足をバタつかせながらその場で止まっている。
「ふっ」
「メーラさんっ」
「どうぞ。クサマさん」
飛び込むのを躊躇する草間を鼓舞するかのように、佩丘の反対側の角に盾を押し付けたメーラさんが落ち着いた声を掛ける。
「えいっ!」
佩丘とメーラさんによって完全に抑え込まれた牛の懐に、草間はやけくそみたいにスライディングをしながら短剣を突き立てた。
「どうだ? です。メーラさん」
「……いいですね。角度をもう少しだけ調整したら、手首や肘を痛めることもないでしょう」
「うす」
無理やりな敬語交じりの佩丘のセリフに対し、メーラさんは冷静に満点ではないと告げている。だが俺にはメーラさんの目が普段よりも優しげなのが見えているんだ。
良かったな、佩丘。十分に合格点がもらえたらしいぞ。
ウチの騎士職五人のうち三人は独自進化を遂げている。
技量と技能が足りていないが自己回復が可能な【聖騎士】の委員長。風を駆使することで速度に優れる【風騎士】の野来。そして【霧術】を取得し、デバフに特化した【霧騎士】の古韮。
言っては何だが、この三名は一般的な騎士とは表現し難い。
それに対して【重騎士】の佩丘と【岩騎士】の馬那は正統派で、言い換えれば芸の無い騎士だ。だからこそ同じく王道な【堅騎士】たるメーラさんの指導が意味を持つ。
野来が風をまとう【翔騎士】のガラリエさんに師事したように、佩丘もまた愚直な騎士の在り方をメーラさんによって伝授されたのだ。
「いい感じだな」
「そうね」
戦闘の最終盤を見届けながら俺と綿原さんは言葉を交わす。
綿原さんのサメが魔獣の血を吸って大きくなっているなあ。彼女も熟練度稼ぎに余念がない。
草間の索敵を起点に、初手はミアと海藤の遠距離攻撃。続けて深山さんと藤永によるスタンが挟まり、騎士職の鉄壁の盾もある。一度足が止まった魔獣に降り注ぐのはアタッカーたちの圧倒的な暴力だけでなく、綿原さんや笹見さん、夏樹による魔術攻撃だ。
もちろんそこにはティアさんの拳やメーラさんの堅実な盾も含まれる。
これこそが現在の『一年一組』の強さ。
四層の魔獣に対して、それをものともせずに一歩も退かない俺たちの戦闘力だ。
ティアさんとメーラさんが抜けてしまうのが惜しくて仕方がない。
「寂しく、なるわね」
「……そうだな」
綿原さんも同じようなことを考えていたのだろう。歯切れの悪いセリフに、俺は曖昧な返事をすることしかできない。
だよな。うん。俺も寂しいよ。
戦力っていうだけじゃなく、存在自体が離れ離れになってしまうことが……。
「やっちまえ。佩丘、草間。ティアさんたちにいいトコを見せてやるんだ」
俺は思わず口にしてしまうのだ。
◇◇◇
「素直に【魔力譲渡】した方が確実ですね」
「うん。【魔術融合】に使う魔力の方がずっと多いかな」
戦闘終了後、肘を痛めた野来を治療しながら上杉さんと深山さんが冷徹な言葉を交わしている。
地上で軽く自傷しながら試した【聖術】と【魔術融合】の結果は、予想通り実地でも思わしいものではなかった。
そもそも【魔術融合】は魔術に深山さん独自の効果を上乗せする効果が顕著であることが判明していたので、【聖術】に適合しないのは完全に予想の範疇だ。よってそこに悲壮感はない。
「でも、ちょっとひんやりしたよ。ワリといいかも」
治してもらった野来の感想だけど、ううむ、それは効果と言っていいのだろうか。
「んしょ。よいしょ」
そんな検証班を他所に、奉谷さんがジャガイモを革袋にポイポイと投げ入れていく。
俺は俺で、牛の解体作業に参加中だ。
「あっ、出たっ!【鋭刃】だよ。【鋭刃】っ!」
そこで予想外のことが起きる。俺と同じく牛の処理をしていた夏樹が喜びの声を上げたのだ。
と、同時に俺にも光の粒が脳内に浮かび上がる。ついに……、ついに。
やっとと表現すべきか、遅すぎると言うべきか。夏樹と俺に【鋭刃】が候補として生えたのだ。
タイミングがほぼ同時だったのは友情効果ってことでいいんだよな?
こうして俺たち『一年一組』による最後のペルマ迷宮泊は、幾ばくかの切なさを抱えつつ、これ以上なく幸先の良いスタートを切ったのだった。
次回の投稿も四日後(2026/04/24)を予定しています。投稿が遅れて申し訳ありません。




