二人で分け合う喜び
受付時に手渡された番号は42。朗読は番号順に呼び出され、ひとりずつ審査される。優里先輩から連番となって俺は学園で一番最後。
すでに20番は過ぎた。ひとり二分しかないから、数が多くても順番が回ってくるのは予想以上に早い。
「35番」
「はいっ!」
ついに優里先輩が呼ばれた。順番が近付いたことで部員にも緊張が走る。数分後、安堵の表情を浮かべた優里先輩が出てきて浅見先生に抱きついた。あの笑顔を見るからに、上手くいったみたいだな。
他の部員もそうだ。肩を落として出てきた奴はひとりもいない。みんなちゃんと実力を発揮してきたんだろう。
「42番」
「はい」
「如月くん! 頑張ってね!」
優里先輩の声援に手を振って、ドアを開く。正面にはマイクが設置されたテーブル。その向かいには真剣な眼差しを向ける五名の審査員。
テーブルの前に立った俺はお辞儀をすると「始め」の合図で口を開いた--
◇
結果。朗読部門の大賞を飾ったのは我が花咲学園の部長、佐々木優里先輩だった。実はうちの学園、部員が少ないにも関わらず毎年コンテストで受賞者を排出している影の強豪校だったらしい。
二年前、長らく朗読部の指導を行っていた先生が定年退職した。そして次期指導者にと学長から指名を受けたのが浅見先生。浅見先生の声は艶があり、滑舌も良い。学生時代は何度も受賞した経験があるというから、またもや驚いた。
実はゆみっぺこと学長も、かつては朗読部の出身で優秀賞を飾った人物なのだと優里先輩に教えてもらった。
ダンスパーティーの時は単純にあたまのネジがぶっ飛んだおばちゃんだと思ったが、確かに通るいい声をしていたなと思い出す。それで放送室に力を入れていたわけだ。
「えー。各受賞者に盛大な拍手を。そして今回は初めての取り組みでもあった『自由作品』から、特別賞を選抜致しました」
一通り授賞式が終わると、審査員のひとりがそう言葉を重ねた。喜びあって肩を抱いていた生徒や引率の先生方も驚いたように話すのをやめ、審査員を注視する。
「まだ朗読を初めて間もないとのことでしたが、手元の冊子を見ることも無く、実に感情豊かに、さも自分のことのように訴えかける彼の言葉の情熱に、我々審査員は大いに心を揺さぶられた。花咲学園一年、如月彰くん。前に」
俺は目を丸くする。それは他の部員も浅見先生も同じだ。みんな一瞬耳を疑って、固まって。互いに顔を見合わせ、最後に俺を見る。
「如月くん!?」
「うそっ! 凄い!!」
「はっ、早く行きなよ!」
一番状況が理解できてないのは俺だったが、優里先輩に追い出されるように背中を押されて壇上に進み出た。
「きみの朗読は実に素晴らしかった。また来年も楽しみにしてます」
そういって手渡された表彰状。そこには『特別賞、如月彰』の文字。
「あ……ありがとうございます!」
盛大な拍手が送られた。
結局俺が選んだのは陽平からもらった姉ちゃんの本。朗読に暗記は必要ないんだが、自分のことなので読まずとも語れるのは当たり前。
何より浅見先生が口を酸っぱくして言っていた『感情移入』に関して、これほど熱く語れる本はない。
啓発本が『自由作品』のカテゴリーに入るかどうかだけが心配だったが、浅見先生が事前に確認した所、主催側からOKが出たとのこと。
練習時間は数日。それで十分だった。この本に書いてあるのは俺の人生そのもの。思い起こすだけでおぞましい過去の記憶は鮮明に蘇るし、女から受けた心の傷は涙なくして語れない。
たった二分しか語れなかったが、俺の目には涙が浮かんだ。あまりに腹立たしくて。目を拭った俺に審査員はみな驚いていたけど、まさかこんなことになるなんてな。
やはり感情移入が大事ってのは本当だ。賞状を手した俺に浅見先生は目に涙を浮かべ、遠慮がちに両腕を伸ばした。
触れるなとは言ったけどさ。こんな時くらいはいいだろう?
俺は小さく笑って浅見先生の背中に腕をまわす。ギュッと潰れた小玉スイカ。だけど浅見先生はそれすら邪魔だとばかりに、力強く俺の体を抱きしめた。
「おめでとう! 本当に……おめでとう!」
「ありがとう。先生」
飽きるほど抱きつかれたバンジージャンプから二ヶ月後。
久しぶりに抱き合う俺たちは、懐かしい温もりを噛み締めて互いに心を通わせた。浅見先生の喜びが伝わって、俺も嬉しくなる。
だけどきっと、嬉しかったのはそれだけじゃない。
いつもご覧頂きありがとうございます。
久しぶりのハグは感動的なものでした。
受賞した喜びと、別の喜び。
それがなんなのか、ほんのりと伝わっているといいなと思います。




