姉ちゃんの本がもたらしたもの
そんな感動の一幕が開けた翌日。早くも学園中に朗読部から二名の受賞者が出たことが知れ渡った。もちろん一番喜んでいたのは浅見先生で、知れ渡る要因となったのも当然彼女だ。
姉ちゃんの作品に決めてからは内容が内容なだけに、みんなの前で練習するのは流石に気が引けた。感情的になるのが分かっていたからな。
だから練習は自宅でしか行わなかったし、浅見先生が俺の語り口調を知る由はない……はずなのだが。
またしてもストーカー事件よろしく、さも見たように語り尽くしてくれたようで。
だけど今回知れ渡ることになった要因は浅見先生だけじゃない。朗読部の第一人者である学長が大喜びで、全校集会で大々的に発表したからだ。
優里先輩も他の部員もみな晴れやかな表情で誇らしげにしていたけど、俺は壇上に上がるどころかカーテンに隠れてやり過ごしたかった。
受賞は嬉しいが目立つのは嬉しくない。なんとも複雑な俺の心情、誰か理解してくれ。
そうそう。そういえば陽平の姉ちゃんからも電話がきた。
今回のコンテストは放送局主催の大きなものだったから、俺の名前と一緒に姉ちゃんの作品も報道されたようで売り上げがグンと伸びたんだって。
小さい頃からあんたを取材していて本当に良かったと感謝されたが、ここにきても俺の心は複雑だった。
そして姉ちゃんの作品『男から嫌われない女になるために』は一躍大ヒットを飛ばし、なんと映画化までされてしまった。
それを報告してきた時の陽平の顔ったらない。俺の顔を見るなり腹を抱えて爆笑しやがって。その後もすれ違うたびに吹き出すんだぞ。
休憩時間にその話題が出ないことはないし、加えて本を手にする奴まで出てきて。俺の人生が人知れず暴露されているこの現状。マジで居た堪れない。
「先生も読んでるんですね。それ」
広かった部室は噂と同時に大勢の入部希望者で溢れ返り、いまや狭く感じる。新たに広い部室を申請しているそうだが、早く移動したいものだ。
ごった返す部室の中で浅見先生の手に姉ちゃんの本を見つけた俺はため息をつく。
「聞いたわ。これ、陽平くんのお姉様が書いたんですってね。素晴らしい本だと思うわ」
「そうですか?」
「ええ。最早わたしのバイブルよ」
バイブル……そこまで? モテに困らない浅見先生が異性との接し方に悩むわけでもあるまいし。なにか学べる部分があったとは思えないんだが……
「だって、ここに書いてあるの彰くんのことよね」
コソッと耳打ちした先生に俺は目を丸くする。
「なんで……」
「読んですぐ分かったもの」
ふふっと笑って大事そうに本を胸に抱えた先生はさらに言葉を重ねた。
「これで理解できたの。あなたのことが。なぜあんなことを言ったのか、なぜ嫌がるのか。全部分かった。それが、とても嬉しいのよ」
「嬉しい……?」
「嬉しいわ。だってわたしは……」
目を細めて語る先生の口調は本当に嬉しそうで。最後の方はハッとしたように口元を抑えた。
「ごめんなさい。なんでもないわ。とにかくこの本は大事にするから」
「はい……」
新入部員に呼ばれて笑顔で応じる浅見先生を俺は不思議な感覚で見つめる。
あの本は俺の観点と姉ちゃんの観点が交えて描かれている。俺の観点からは過去に起きた出来事と、それによって受けたトラウマ。姉ちゃんからはそんな俺の心理を汲み取り、女性はどうすべきだったのかを啓す観点。
この本の主人公が俺だと分かれば、口で語るより早く俺という人間について理解できる。陽キャだった頃の出来事だから、もうアルバムみたいなもんだな。
それを手にして嬉しいと浅見先生はいう。
ぶっちゃけ彼女の心理は理解できない。
だけど不思議なことに、その言葉を聞いて嬉しいと思ってしまった。
女嫌いな理由を女に話しても理解を得ることはできない。ずっとそう思っていたから、端から対話することは諦めた。
浅見先生を突き放した時もそうだ。浅見先生のことが嫌いだった訳じゃない。それなのに反射的に酷い言葉が口からついて出た。
本当は……ちゃんと話せば良かったんだ。
理解して貰うことをせずに一方的に自分の望みだけを伝えた俺は、結局気持ちを押し付ける女子となにも変わらない。
いまさらそんなことに気付くなんて、本当に馬鹿でどうしようもないと思う。
出した言葉は取り消すことができない。タイミングが掴めずに、くだらないプライドが邪魔して謝ることもできず。もやもやとした気持ちだけが雑草の根のように胸に宿った。
だけどあの本は俺の心みたいなもんだ。俺の言葉がそのまま綴られてる本。
それを読んだ浅見先生が俺を理解したといってくれたから。あの時できなかった対話を本の中の俺としてくれたんじゃないかって、そう思えた。




