心の距離
朗読コンテストまでひと月を切った。
部員たちの練習にも熱が入る。声の質まで変えて男女の台詞を使い分ける優里先輩はさすがとしかいえない。
浅見先生はストップウォッチを片手に計測。目を閉じてじっくりと言葉が発する感情を味わっているようだった。
そんな浅見先生は、あれからどうなったかというと。
信じられないほど俺との約束を守り抜いていた。
服装に関しては、あの合宿の時がいき過ぎていただけで学校ではいままで通りで構わなかったのだが。以前より大分地味になった気がする。だけど見た目があれなだけに溢れ出るAV感は拭えない。
弁当を作ってくることもなくなったし、不必要なボディータッチもない。
そこは少し過剰すぎるくらいに徹底していて、まるで腫れ物に触るかのような態度だ。絶対に触れてはならないと、暗示でもかけているように感じる。
だけどそのお陰で俺と浅見先生は「生徒」と「担任」、「部員」と「顧問」という関係を一定の距離をキープしたまま送ることができている。
これは少し意外だった。浅見先生のことだから、数日後には忘れてまたちょっかいをかけてくるんじゃないかと思っていたからな。
俺を好きだといったあの夜がまるで嘘だったように思える。
それほど完璧に浅見先生は俺との約束を貫いた。
俺の方は浅見先生との「契約」に準じているわけではないが、長年のトラウマによって培われた女嫌いが簡単に直るわけもなく。
早瀬さんとの一件もあって余計に女子とは一定の距離を開けるように務めている。
たまにクラスの女子から「また誰かに呼び出されたらすぐに教えてね」と怖い顔で言われることがあるんだが、あれはなんだ。
興味本位というよりは殺気じみたものを感じるので、返事だけはしておいた。
そして迎えたコンテスト当日。
会場には予想以上の参加者が集まっていた。
当然各部門によって参加人数は異なるが、会場を埋め尽くす学生の数と湧き上がる熱気にワクワクが止まらない。
お祭り騒ぎになるとテンションゲージが一気に跳ね上げるのは、もう陽キャの性質なので仕方がない。
大手の放送局を舞台にして行われる今回のコンテストは注目度も高く、次世代のアナウンサーの卵を発掘する場にもなっているそうだ。
部門ごとに会場が違うので俺たちは浅見先生の背中を追って移動する。
朗読部の会場は8階会議室。審査員の顔ぶれの中にはなんと現役のアナウンサーまでいる。こりゃ気合いが入るなと思ったが、他の部員の表情は固い。
ここに来るまでは笑顔も見えたけど、すでにボロボロになった冊子を皺が寄るまで握りしめて、視線はキョロキョロと落ち着かない。
優里先輩に至ってはいまにも失神しそうなほど青ざめていて、浅見先生が必死に鼓舞していた。
「みんなどうしたんですか。食あたり?」
「なにバカなこといってるのよ。緊張しているんでしょう」
浅見先生にそっと耳打ちすると、呆れた顔をされた。あ、そうか。緊張してるのか。目立ちたがり屋の俺は緊張というものとは疎遠で生きてきたからな。
しかしこういう空気で緊張をほぐすというのは、なかなか難易度が高い。やり過ぎると集中力まで消してしまうからだ。
とりあえず一番顔色の悪い優里先輩の元に行って「合宿の時の水色のワンピースは優里先輩の方が似合ってました」と耳打ちすると、少し驚いた顔をしてから笑ってくれた。
この部で一番有望株なのは優里先輩だ。浅見先生がそういってたから間違いない。
そうして部員ひとりひとりに声をかけ、ひと笑いかっさらってきた俺は満足げに窓から外を眺める。俺の本職はやはりこっちなのだと実感しながら。
「彰くんは、初めてなのに緊張していないのね」
そっと隣に並んだ浅見先生は前みたいに触れ合う距離には近寄らない。一歩離れた位置に佇む。俺は気づかないフリをした。
「俺、意外と肝が座っているのかもしれません」
「心強いわね。練習では上手くいっても場の空気に飲み込まれて普段の力が発揮できない生徒は沢山いるもの」
「もったいないですね。でもきっと、みんな上手くやりますよ」
「彰くんが声をかけてくれたものね」
見てたのか。
あの契約のあと嘘のように静かになった浅見先生。時間が経てば経つほど、合宿での出来事は夢だったかもしれないと考えた。
本当に俺の嫌がることを何一切しなくなったから。
それは俺が望んたことだ。分かっているのに、寂しいと思ってしまうのはなぜだろう。
浅見先生の気持ちを推し量ることはできないが、気持ちっていうのは燃え上がりもするが風化もする。
自分のしたいことを禁止され、一喜一憂することもなくなり、当たり障りのない会話を交わし。触れ合うこともなく距離を置いて。そんなことを続けていたら、よほど強靭なメンタルを持っていない限り心は折れる。
浅見先生の気持ちも、もしかしたら風化したんじゃないかと思っていた。だけど俺の行動を見ていてくれたことが少しだけ嬉しくて。
--まだ俺のこと、好きですか?
そんな疑問が浮かんできて、思わず自嘲する。どの口がそんなことを利くんだと。
互いに視線は窓から見える景色に向けたまま。
「彰くんも朗読、頑張ってね」
「はい」
静かに言葉を交わす俺たちは、立ち並ぶ距離だけではなく心の距離まで感じずにはいられなかった。
いつもご覧頂きありがとうございます。
しばらくシリアスなシーンが続きますが、ご容赦下さい。
切ない!!
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次回は22時過ぎに更新です。




