俺の過去が本になりました。
結局合宿中に朗読の練習ができなかったのは俺ひとり。指定された本は読破できなかったし、宿題として持ち帰ることになった。
「よう、久しぶり〜!」
「四日ぶりだな」
「朗読部の合宿どうだったよ〜」
「……普通」
そっと視線を逸らした俺に陽平は目を光らせる。
「なんかあったろ」
「別に」
「その顔見れば分かるわ。陽キャがバレたか。それともまた告白か?」
「黙れ。絞め殺すぞ」
「はははっ! まあまあ。そんなイライラしなさんな。そんなきみに、いい物をあげようではないか」
「いい物?」
陽平は手にした鞄を抱きかかえて、ゴソゴソと中を漁り出した。いい物といわれたら食べ物以外に思いつかないんだが、いったいなんだ?
「ほれ」
「なにこれ」
「姉ちゃんが書いた本」
「美月さんが?」
陽平が差し出したのは一冊の本。厚さはいま読んでる文芸本の半分程度。厚さ的には大歓迎だが、なんの本だよ。これ。
陽平は三人姉弟の末っ子なんだが、美月さんは長女。大学卒業後に結婚して、現在は嫁ぎ先で生活している。いまは里帰りした時に会うくらい。話し好きの陽キャで快活美人。顔は陽平とそっくりだが、あたまのデキが違う。
大学の時に書いた小説が受賞して、大手レーベルから書籍を出したことのある才女だったりする。
本屋に姉ちゃんの本が並べられているのを見た時は感動したもんだ。プレゼントしてもらったその本は当時の俺には難しくてすぐに埃を被ってしまったけど。探せばまだどこかにあると思う。
いまもまだ小説を書いていたなんて知らなかった。
「姉ちゃん連休中に帰ってきてさ。新作なんだって。おまえに渡して欲しいって頼まれてさ~」
「なんで?」
「さあ? 読めば分かるって言ってたけど」
「おまえ読んだの?」
「まっさかー!」
ブンブンと軽くなった鞄を振り回す陽平は堂々と否定。こいつも俺と同類だもんな。小説なんて読む柄じゃない。部屋は漫画だらけだしな。
合宿中は分厚い本ばかり読んでいたから、姉ちゃんの本はとてつもなく軽く感じる。最近は活字にも慣れてきたし、今度会った時はちゃんと感想を言えるようになりたい。
……読んでみるか。
「ぶっ!」
昼休憩。パンを片手に陽平からもらった本に目を通した俺は、口に含んだいちごオレを吹き出した。
「きったねーな! 俺にかけるなよ!」
正面の菊地が女子からハンカチを借りて慌てて顔を拭っているが、それどころじゃない。
「なんだよ、これ……」
姉ちゃんの新作は『男から嫌われない女になるために』という啓発本だった。近年、異性との接し方が分からない女性が急増しているため、書き綴ったものらしい。
『わたしの友人に極度の女嫌いがいます。彼曰く、女は恐ろしい生き物だという。これから書き綴る内容は現実に彼に起きたことであり、私たち女性が意図せずに取ってしまう行動の一部となります。自分と重ねてよく思い出してみてください……』
そんな出だしから始まるこの本には、俺の幼少時代から中学時代に至るまでの黒歴史が惜しげも無く書き綴られていた。
陽平んちに行くたび、姉ちゃんから色々と聞かれたことは覚えている。俺が特異すぎて話を聞くのが面白かったんだろう。女子から痛い目にあった後は陽平んちで愚痴るのが毎度の流れだったから、聞き耳を立てては話に混ざってきていた。
笑ったり真剣な顔になったり。ノートにメモしながらインタビューアーのように話を聞いてきて若干ウザかった覚えがある。
なんのためにメモってるんだと訊ねたら、後々役に立つかもしれないからと答えた。どんな役に立つんだよ。あの時はそう思っていたんだが。
この本の内容。俺すら忘れていた記憶まで書かれているし、絶対にあのノートを見ながら書いたとしか思えない。
一先ず中間は全部すっ飛ばして一番後ろの文章を読んでみると、こう締めくくられていた。
『親愛なる彰に捧げる』
なにが親愛だよ!! 俺の過去を勝手に暴露ってるんじゃねえ!
ここに姉ちゃんがいたら跳び蹴りを食らわせているところだ。だけどこれが姉ちゃんの目論見通り世の女性に対する啓発になるのなら、俺にとっては神本だ。
色々と思うところはあるが、これはもしかしたら……
俺はいまだにギャーギャーと騒ぐ菊地をシカトしてニヤリとした笑みを浮かべた。
いつもご覧頂きありがとうございます。
彰の過去にはネタがいっぱい。
陽平の姉、美月が書いた本を手にした彰は、知らず知らずのうちに新たな運命を引き寄せるのであった……




