二人の契約
俺は全面的に女が嫌いだ。それでも当たり障りのない友好関係なら築いていける。だけどそこに異性としての好意が重なった時、それは途端に崩壊を迎える。
いまもそう。俺は多分、浅見先生のことは嫌いじゃない。俺にしては珍しく、好感度は高いと思う。もう脇腹を小突かれるのも慣れたしな。
だけどそこに「先生」と「生徒」以上の気持ちがあるなら。
「わたし、彰くんのことが好きなの」
それすら砂のように崩れていってしまうんだ。
「俺。朗読部やめます」
感情のない声だった。それはまるで自分の声ではないみたいで。自動的に口から次いで出た。そんな感覚。
先生は零れそうなほど目を丸くして俺をみつめる。
「なっ……どうして!?」
「そういう感情、迷惑でしかないんで」
先生、いつから俺のことが好きだったんだ? いまさらそんなことを考えても仕方ないが、知った以上は黙っていられない。俺は先生に背を向けて歩き出した。
「待って! 迷惑はかけないから話を聞いて!」
すぐ後ろで悲痛な声がする。声を聞くだけで泣き出してしまいそうな、心に痛みを帯びる音。
俺は顔を歪める。
先生、分かってる? 俺もさ、本当ならこんなこと言いたくなかったんだよ。いつも女を振る時は胸が痛んだりなんてしない。どうやって断るか、どうやって諦めてもらうか。そんなことばかり夢中で考えてるんだ。
だけどな、いまは少し違う。
胸が苦しいんだ。そんな悲しそうな先生の声を聞くのも、俺の言葉で傷つけてしまうのも嫌だ。これ以上傷つけないように、そして俺自身が傷つかないように。早くこの場から立ち去りたい。
そんな俺の気持ち、分かる? 先生にサヨナラをいうのが、こんなにつらいなんて想像もしてなかったよ。
だけどその心の揺らぎが、俺の足を止める。
「ただ、わたしの気持ちを知って欲しかっただけなの。彰くんには何も求めないから!」
「何も?」
「何も! ただここに、あなたを好きな女がいるってことを知って欲しかった。この服装も……彰くんの気を引けたらなって……浅はかだったわ。ごめんなさい」
ああ、それで気合いを入れてたのか。女嫌いの俺が服装ひとつで揺れるわけないのに。本当に馬鹿だな。俺は小さくため息をつく。
このひとはいつもそうだ。何かに一生懸命で周りが見えなくなる。好きだと言われたいま、彼女の行動を振り返ってみると思い当たる節が幾つかあった。
記憶の中に彼女なりの精一杯が沢山見つかる。だけどそれは決して嫌な思い出ではなく、むしろ笑顔に溢れるもので。ほんのりと心に温かみをもたらした。
それが作用したのかは知らないが、俺はゆっくりと振り返る。浅見先生はいまにも泣きそうなのを堪えているみたいに、ギュッと唇を噛み締めてそこに立っていた。
俺は口を開く。もう話すことなんて何もないって思っていたけど、やっぱりこのひとだけは上手く突き放せない。だからこれは妥協案だ。
「俺のためだって言うなら、そんな格好するのはもうやめてください」
「ええ。二度としない」
「ボディタッチもしないで」
「わ、わかりました」
「弁当も絶対作らないで」
「はい……」
「俺、在学中に女と恋愛する気ないから」
「分かったわ」
「今度また告白してきたら、退部する」
「絶対にしないわ! 誓います!」
ホントかよ。
疑いの眼差しで見つめると、先生はキッと顔を上げた。
「絶対に迷惑はかけないわ。だからあなたも女の子と付き合わないで!」
俺は顔をしかめる。意味が分からない。なんで交換条件みたいになってんだ? 言われるまでもなく、女を作る気なんてない。だから答えは悩むまでもない。
「そんなことしませんよ」
「約束して!」
なんで誓いを立てなきゃいけないんだ。本当に意味が分からない。先生との約束があろうとなかろうと、俺は女なんざ作らない。
「はいはい」
「じゃあこれで契約は成立ね! 彰くんは彼女を作らない。わたしはあなたに迷惑をかけない。それでいいわよね?」
「契約って……はいはい、それでいいですよ。さ、帰りますよ」
よく分からん契約を交わした俺たちは薄暗い林を抜けて宿に戻った。そして部屋に戻って気づく。結局読書できなかったじゃねーかって。
そしてその翌日。先生はあの裏社会の女みたいな服を脱ぎ捨て、水色の清楚系のワンピースを着て部屋から現れた。
その違和感の凄いことといったら。まるで合成写真だ。確かにあんな格好はするなといったが、どこにそんな服隠し持ってたんだ?
「先生〜それ、わたしの〜」
先生の背後からひょこっと顔を出した優里先輩が、困った顔を浮かべる。それ優里先輩のかよ。なにしてんの、このひと。
だが驚くべきは優里先輩のワンピースを着ていることではなく。
清楚系ワンピースを着ているのにも関わらず、違和感が増しただけでセクシーさが微塵も損なわれていないということだった。
優里先輩は身長も低いし顔も童顔だ。そんな彼女がこのワンピースを着れば、可愛い系の清純派に見えるだろう。
だけどいくら服装を変えても、先生のご立派な小玉スイカが小さくなるわけでもなく。パツンパツンに伸びたワンピースの生地を無理くり留めている胸のボタンはいまにも弾け飛びそうだった。
だけどウェストの部分だけは余裕があって、恐らく優里先輩が着用したら膝丈であろうスカートは、膝上10センチ程のミニスカに自動的に変化してる。
服は同じなのになぜこうも変わってしまうのか。そのことに一番ショックを受けたのは俺ではなく。
「もうわたし、それ着れませーん」
顔を覆う優里先輩のようだった。
いつもご覧頂きありがとうございます。
浅見先生の告白は謎の契約を交わすことで幕を閉じました。
この話も後半戦に入っていますが、この出来事をキッカケに二人の間に新たな変化が訪れることになります。それがどの様な方向に流れるのかはこれからのお楽しみ。
ですが一言、ボソッと言わせて貰えれば。
「ハピエンですよ」ということです。
もうしばらくジレジレした場面が続きますが、どうぞ最後までお付き合い下さい。




