3-2 魔法使い と てじなし
「中尉、お願いします」
「うん」
中尉がワイバーンの思考を読み取り、先手を打つ。もしも炎を吐いてきたり、魔法を使ってくるなら、それにいち早く対応して奴をこの場から退ける。
「すまねぇが、今回は邪魔が入ったと思って諦めてくれねぇかな?」
「突撃してくる」
ゴーレムを踏んばらせた直後、ワイバーンが突っ込んできた。空中に戻らずにぶつかってくるところを見ると、力に相当自信があるようだ。もしくは、強敵と当たったことがなく、警戒するということを知らない個体なのか。
「両方」
「OK」
問答しながら、突っ込んできた飛竜の首を掴み、相手の勢いを利用して、掴んだまま投げた。子どもがいない方向へ向けて、全力で腕を引き、奴の背中から地面に叩きつける。しかも受け身がとれないように加減なしだ。全衝撃がワイバーンへ降りかかる。
案の定、ワイバーンは悲鳴をあげ、もがき始めたが、首をがっしり掴んで極めているため脱出はほぼ不可能。羽の先にある爪で引っ掻こうとしてくるが、位置的な関係や翼の構造など、諸々の問題で全く届かない。
しかし、ゴーレム渾身の鉄拳と殺意満載一本背負いを受けながらまだ動けるなんて、想像以上に頑丈だなこいつ。
「やめろーやめろーと言っている」
「えぇ……っ」
このまま空中に放り投げ、サマーソルトキックを決めて爆発四散させたくなるような事を、まさかワイバーンから(通訳で)聞くことになろうとは……何だか、倒しきろうと言う気が削がれてきた。
「でも、ここで逃がしたらそれはそれで誰かが襲われるだろうしなぁ……」
「人はまだ襲っていないみたい。でも、いつか食べてみたいとも思っている」
「人はやめてくれ、マジで」
ますますこいつを殺さなくてはいけなくなった。ここで見逃したら、いつか誰かが襲われるかもしれん。
「任せて」
中尉はそう言うと、拡声器を使い、
「…………」
時折唸るような声(可愛い)をあげ、じぃっとワイバーンをゴーレムの目で見つめ始めた。何だかシュールでいて、可愛い。
すると、数秒もしないうちにドラゴンは動きを止め、力を抜いて素直にお腹を見せた。おい。
「この子はもう人を襲わない。山奥で静かに暮らすように言った」
「わかりました」
解放されたワイバーンは恐る恐る俺たちから離れると、ぐるっと軽く唸ってから飛び去って行った。
脅威が去り、俺はシートに深くもたれかかり、息を吐いた。
緊張した。ワイバーンが突っ込んできた時が特に。
「お疲れ様」
「中尉もお疲れ様でした」
ところで、あの子は……あ、いた。
ぺたっと座り込んだまま、ゴーレムを茫然と見上げている。
「大気成分と重力に問題なし。ウイルスは……うん、問題ない。魔法で全部殺せる」
「あ、はい」
怖い。中尉にそう言わせる異世界のウイルスもそうだが、中尉の淡々とした応答も。
さて、俺たちは膝立ちにさせたゴーレムから降りた。
「安心して、私たちは敵じゃない」
中尉が話しかける。
あれ、俺にも言葉がわかるぞ。まぁ今はいいか。
少し身をよじって警戒していた子どもだが、中尉の言葉に目を丸くした。
近くにしゃがみこんだ中尉が手をかざす。すると、転んだ時にできたらしい腕の擦り傷が痕も残らず治った。
子どもはぺたぺたと腕を触ると、目を輝かせて注意を見上げた。
「助けて、くれたの?」
幼い声に、中尉が頷いた。
「あの巨人は、なぁに?」
「あれは……大きな鎧」
「よろい?」
「あれに乗って、私たちはここに来たの」
「? そーなんだ」
鎧っていうか、ロボットなんだけど、こっちの方がわかりやすいか。
と、子どもが俺の方を見てきた。なんて声を掛ければいいかわからないが、とりあえずは、
「無事でよかったな」
「う、うん」
どうやら、怖がられずには済んだようだ。もう一丁何かやっておくか。
「よしっ」
指を鳴すと、ゴーレムが瞬時に消えた。
「え?」
声を出したのは子どもだ。ゴーレムを初めて見た時と同じように目をもっと丸くして、消えたゴーレムのいた場所と俺と見比べた。
「おにーさんは、魔法使いなの?」
「いや、それはこっちのお姉ちゃんだ。俺はただの手品師だよ」
「てじなし?」
小首を傾げる様子はとても可愛らしい。うん、頭を撫でてもふもふしたい衝動に駆られる。
「わかる」
「ですよね」
中尉と頷き合ったが、折角得られた信頼を失いたくないので、衝動はしっかりと抑えておく。
だが、これからどうしたものか。この子の住んでいる場所の近くまで送るか、それとも……。
そう考えたところで、森の向こうから多数の足音と唸り声が聞こえてきた。
何事かと身構えるが、子どもがぴょこんと耳を立てて、物音のする方を見て声を上げた。
「おっとぉ!」
「ぐるるるっ!!」
あぁ、どうやら、俺たちはここまでのようだ。
「中尉」
「うん」
いかん、何か森の向こうから聞こえてくる足音と唸り声が激しくなってきた。素人の俺でもわかる。
殺意満載、敵意剝きだしの彼らの姿が見えてきた。
木漏れ日を受けた場所が美しい藍色をしていて、細見だが鍛えられた者独特の流線が浮かび上がる体、動きやすいように上下は軽装で、だけどそれがなくても問題ないよねと思わんばかりのふわふわな毛皮。
三角形の耳が上にピンと立った頭部は、今にも噛み付いてきそうな狼を思わせる……というか、狼と人の特徴を併せ持った顔をしていた。
もうお気づきだろう。
そう、人狼さんである。
つまり、俺たちの足元で、傷が治った当たりからずっと尻尾をぶんぶん振っている子どもも、人狼と言う訳で。
「中尉、説得できないですか?」
「無理。この子を私たちが襲っていると見ている」
「そりゃないぜとっつぁん」
俺たちはくるりと百八十度方向転換すると、一目散に走り出した。
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