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禁足域のワイズマン  作者: 影森 木霊


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7/10

リング

 帰還した調査隊の報告は、その日のうちに報告された。他属性を扱う、規格外の魔法使いの存在を確認したこと、禁足域の魔物の脅威は全く変わっていないこと、先に調査に行った隊を発見することができなかったこと。


 国王 グラディウス・ヴァルディアは、ヴォルケンとエルミナの報告を、退屈そうに聞いていた。話の途中だというのに窓の外を向いたり、天井を見つめたりしている。一連の報告が終わると、国王は軽く手を払い、二人を部屋の外へ出させた。


「…まだ、あの地に眠る遺産に手が届かないというのか。」

「はっ…恐れながら陛下、あの森の魔物は異常なほどの強さを持っていまして…」

「…百年以上。私の祖父の代からだ。それなのに、まだあの森に踏み込むことすらできないのか。」


 グラディウスは気分が悪かった。いら立ちを隠せない。また始まった。大臣は心の中でため息をついた。こうなると、いつも面倒だ。勝手に怒鳴り散らかして、勝手に酒を飲んで寝る。そうすると、グラディウスはその日は仕事をしなくなる。いつものお決まりの出来事だ。大臣は焦った。


「それに、なんだ。魔法使いとは。あの森に踏み込んだ人間がいるというのか。」

「え…えぇ。報告ではそのように…」

「連れてこい。」

「…は」

「聞こえなかったか、大臣。連れてこいと言ったのだ。」

「陛下、その人物は禁足域の奥深くにいるとのことで…」

「ならばすぐにでも調査隊を編成すればよいことだろう。」


 グラディウスの声は低く、冷たい。大臣はもはや、呆れていた。百年以上、国が総力を挙げてもあの森に入れなかった。加えて、新たに魔法使いの存在が報告されたというのに、この国王は連れてこいと、無茶な要求をする。


「良い報告を期待している。」


 その一言を最後に、グラディウスは自分の部屋に戻っていった。大臣はグラディウスがいなくなると、大きなため息をついた。そのまま、部屋を後にした。


 ◇◇◇


 アルドリックは今日も、魔法の研究に没頭していた。今日は羊皮紙とペンは、机の上にはない。机の上にあるのは彫刻刀だ。アルドリックは石を削っている。カイルはその様子を不思議そうに見つめていた。


「それ、何をしてるんだ?」

「リングを作っている。」

「指輪なんて作ってどうするんだ。」

「お前の魔力回路は十分に回復した。これは、お前のリングだ。」


 カイルの魔力回路は十分に回復していた。毎日食べていた龍の実のおかげで、魔力の流れは整い、傷は消えた。


「俺に?」


 困惑するカイルを見て、アルドリックは棚に飾ってあるリングを手渡した。カイルはそのリングをよく観察する。石で作られた指輪に、細かな装飾が施されている。中心には無色透明な魔石のようなものがはめ込まれており、裏側には魔法陣が刻まれている。


「それは古代魔法文明の遺産の一つだ。魔力を流すことで魔法陣が発動する仕組みになっている。」

「…何のためにあるんだ?杖があるだろう?」

「魔法を使うには魔法陣を描く必要がある。リングにはその必要がない。魔法陣を描かずとも、魔力さえ流せば魔法は発動する。時間短縮だ。」


 リング。この遺跡でアルドリックが発見した遺物だ。最初はただのアクセサリーだと思っていた。しかし、よく観察してみると、魔法陣が刻まれていた。魔力を流せば、魔法が発動する。


 アルドリックはこのリングを高く評価していた。仮に、魔法陣を覚えていなくとも、魔力を流せば魔法は発動する。加えて、魔法陣を描く時間も短縮できる。刻まれた魔法しか発動できないことは不便だが、魔法陣が細かい魔法や、発動に時間がかかる魔法のみを刻めば良い。


「この遺跡で発見した。構造は理解したが、出力が安定しない。まだまだ解析の余地はある。」

「へぇ…昔の人は頭が良かったんだな。」

「あぁ。面白い視点を持っていたのは事実だ。」


 アルドリックは削り終えたリングを磨き、透明な魔石をはめ込んだ。この魔石が、魔法の発動を行っている。遺跡から発見したリングは、琥珀色の魔石が使われていた。これが、なんの魔物の魔石なのかがわからない。アルドリックは琥珀色の魔石の代用として、この透明な魔石を使っている。


「この透明な石は?」

「この地の魔物の魔石だ。種類は問わない。魔石を高濃度の魔力で満たした水に漬ける。そうすれば、中の属性が魔力水に移り、魔石は透明になる。無属性の魔石が作れる。」

「…ん?」

「魔石の属性を抜く。そうすれば、属性に縛られることなくすべての魔法を扱うことが出来る。属性は発動時に使用者が与えればよい。」

「なら、全部魔石は無属性にした方が使いやすいってことか。」

「それは違う。」


 アルドリックは首を横に振った。


「無属性にすれば、あらゆる術式に対応できる。だが、魔石と術式の属性が一致しないため、魔力変換効率は落ちる。炎属性の魔石は炎魔法との親和性が高い。無属性は汎用性を得る代わりに、その親和性を失う。」

「あー、なるほど?つまり万能だけど、専門には勝てないってことか。」

「そうだ。万能は万能でしかない。極めた属性には及ばない。」


 カイルは何となく理解した。半分以上は何を言っているのかがわからなかった。


「だが、古代のリングは違う。無属性の魔石に比べ、古代のリングは術式との親和性が一切低下していない。どの属性を扱っても出力が落ちない。これが何なのかは、未だ解明できていない。」


 アルドリックは琥珀色の魔石をじっくりと眺めている。カイルはアルドリックの目を見る。この男は、根っからの研究者だ。先ほどの熱弁と言い、魔法に関することへの興味が尽きない。軽い気持ちで質問したら、永遠に語り続けるという恐ろしい目に合うかもしれない。


 アルドリックは完成したリングをカイルに手渡した。無属性の魔石が輝く、美しい指輪だった。


「これは何の魔法だ?」

「光魔法の治癒(ヒール)だ。本来なら練達級だ。今のお前にはまだ扱えないが、リングを介せば使えるだろう。」

「練達級?」

「魔法には等級がある。習得級、練達級、熟練級、上級、極致級……難易度が上がるほど必要な魔力量も精密さも増す。」

「へぇ…リングって便利なんだな。なんでもっと広まらなかったんだ?」

「一つは素材の希少性だ。リングは量産には向いていない。もう一つは、必要な魔力量は変わらないことだ。等級が上がるほどに使用する魔力量は増える。」

「じゃあ俺でも上級魔法を撃てるのか?」

「無理だ。」

「即答かよ。」

「リングは術式を補助するだけだ。必要な魔力量までは肩代わりしない。」


 アルドリックは完成したリングを見つめるカイルを、静かに眺めていた。これほどの才能を持った男が、これまで全く魔法に触れていなかったのだ。懐かしい感覚に包まれる。


 ふと、ある人物が頭をよぎった。今はもう、会うことを許されない人物が。きっと、あの人も同じ気持ちだったのだろう。弟子を持つとはこういうことなのか。アルドリックは、少しばかり微笑んだ。

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