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禁足域のワイズマン  作者: 影森 木霊


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6/10

崩れる均衡

 咄嗟に、ヴォルケンは火炎壁(フレイムウォール)を生成する。二十を超える魔法陣から、異なる属性の魔法が放たれる。火球(ファイアボール)、水刃(ウォーターカッター)、風刃(ウィンドカッター)、雷槍(サンダーランス)。属性を問わず放たれる攻撃が、四方八方からヴォルケンを襲う。


「蒼海結界(オーシャンバリア)!」


 水色髪の女が叫び、前に出た。水の壁が、ヴォルケンを守るように広がる。アルドリックの魔法の半数は吸収され、残りはヴォルケンがさばいた。


「…悪くない判断だ。」


 アルドリックは呟いた。敢えて、出力の低い魔法を複数選んだ。異なる属性の対応もできている。現代の宮廷魔導士は全く格を落としていない。これほどの若さで、この領域に片足を踏み入れている。


「はぁ…はぁ…なんつー、連撃だ…」

「ヴォルケン、下がってください。ここからは私が対応します。」

「エレミナ、いい!俺がやる!!」


 エルミナと呼ばれた水色髪の女が前に出る。この女も実力者なのだろう。咄嗟の蒼海結界(オーシャンバリア)の判断は、悪くはなかった。あの場においては最善の一手だった。


「…もう十分だ。」


 アルドリックは魔杖槍を下げた。展開していた魔法陣が、静かに消えていく。


「な…?」


 ヴォルケンとエルミナは、そろって戸惑いの表情を浮かべる。勝敗はついていない。だが、目の前の化け物は攻撃をやめた。


「十分だ。現代の魔法技術がここまでの進歩を遂げたか。素晴らしいことだ。」

「…舐めてんのか」

「いや。」


 アルドリックは静かに首を振った。


「評価している。」

「…貴方は、いったい何者なの。」


 エルミナは汗が止まらない。その表情は驚愕を超えた、恐怖に満ちている。エルミナの問いに、アルドリックは静かに答えた。


「アルドリック・アッシュフォード。この地で魔法を研究する者だ。」


 アルドリックは周囲を見渡す。木の根に拘束された者、腰を抜かして動けない者、目の前にいる消耗しきった宮廷魔導士。誰も彼も、生きている。殺すつもりであれば、とうに終わっていた戦いだ。


「帰って、王に伝えろ。」

「…なに?」

「この地には、何百年と変わらぬ脅威がある。お前たちが踏み込むべきではない。今日のところは見逃してやる。」

「…なぜ、俺たちを殺さない。」


 ヴォルケンが探るように問う。アルドリックは少し考えた。


「必要がない。」


 拘束していた木の根を解く。兵士たちは目の前にいる者の圧倒的な力の差に恐怖し、交代する。アルドリックは踵を返した。誰も、アルドリックを追うことはなかった。


 小屋へ戻る道中、アルドリックの脳裏に駆け巡る記憶。かつては自身もあのような目の色で、魔法を楽しんでいた。あの男にとって、アルドリックは未知の存在だっただろう。未知なる魔法使いに挑む無謀さ、好奇心、後先を考えない若さゆえの判断力。


 初めて、魔法に触れた。その時は、感動した。しかし、それほどではなかった。目の前に起こった現象が、理解できたからだ。しかし、私の原点となった魔法は常軌を逸していた。この世のものではない規模で、繊細で、美しさを感じられた。


「…ふふ」


 不思議と、笑いがこみあげてくる。足取りは軽い。今日会った、あの赤髪の男もだ。きっと、あの男も同じ気持ちだったのだろう。死を目前にしても、炎は消えていなかった。


 カイルの表情が思い浮かぶ。やはり、魔法は人を惑わすことに長けてしまっている。子供が笑いながら爆薬に火をつけるようなものだ。音、炎、風。それらが好奇心をくすぐるのだ。


 小屋から少し離れたところで、アルドリックは視線を窓に移す。窓から身を乗り出して、カイルが辺りを見回している。魔力反応はだんだんと数を減らしていく。ヴァルディアの兵士たちが撤退し始めたのだろう。


 小屋の扉を開ける。カイルがゆっくりと近づいてくる。


「な、なんだ…帰ってきたのか。」

「龍の実は食べたか。」


 アルドリックは棚に目をやる。棚の龍の実の数は減っていない。


「いや…まだ食べてない。それよりも何があったんだ。」

「ヴァルディアの連中と少し遊んできただけだ。」


 アルドリックは椅子に腰を掛ける。龍の実を一つ手に取り、皮付きのまま齧る。


「…笑ってる、のか?」

「そう見えるか。」


 アルドリックは二つ目の実に手を伸ばす。その様子を、カイルは不思議そうに見つめていた。観察するかのように。


「…なんだ。」

「あ、いや…食べてるから。」

「あぁ。食べられないことはない。必要がないだけだ。」


 カイルは椅子を引き寄せ、アルドリックの前に座った。まだ何か言いたげな表情をしている。


「本当に、何もなかったのか?」

「そうだ。ヴァルディアの兵を追い返した。それだけだ。宮廷魔導士が二人いた。」

「…宮廷魔導士が?」

「一人はヴォルケンと言っていた。赤髪で炎魔法を使っていた。もう一人は忘れた。水色の髪で、水魔法を使っていたな。」

「ヴォルケン?」

「知っているのか。」

「いや…俺がいたころから名前くらいは聞いてた。宮廷魔導士に就いたのはかなり前だ。」


 三つ目の果実に伸ばした手が止まる。「かなり前に宮廷魔導士に就いた」というのが引っ掛かった。かつての宮廷魔導士はどんなに若くとも三十代前半の人間だった。だが、ヴォルケンの年齢は二十代後半ほどに見えた。水色髪の女も、ヴォルケンと同じくらいの歳だろう。


「…今の宮廷魔導士は、何種類の属性が使えることが条件になっている?」

「え…?そんな条件は聞いたことがない。」


 アルドリックは納得したように目を瞑った。あの二人が属性を一つしか使わなかったこと。宮廷魔導士の条件が甘くなっているのだ。


「…一つの属性を極める道を選んだか、あるいはただの愚策か。」

「え?」

「独り言だ。」


 アルドリックは静かに呟いた。消費した魔力は、龍の実によって回復した。久々に戦闘をした。かなり鈍ってしまっている。ここ数十年は研究ばかりで、戦闘もほとんどなかった。たまにする戦闘も魔物との戦いで、魔法使いとの戦闘はなかった。


 窓の外は、暗くなり始めていた。蔓の光が、部屋を淡く照らす。


 森の均衡が、崩れていく。この崩壊を、アルドリックは悪いものだとは考えていない。かつて、長い眠りについたこの地が、目覚めようとしている。無関心ではいられない。それだけは、確かだった。

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