愚かな侵入者
数日が経った。カイルの魔法修行と、研究の手伝いは日課になりつつあった。今日も、アルドリックは羊皮紙にペンを走らせている。流石に、カイルも資料をまとめるのには飽きてきているようだった。
その時、机の上の石が光り輝いた。結界石だ。アルドリックの張った結界内に、何者かが侵入した証拠だ。アルドリックはペンを置く。空を見る。魔力を感知する。数は複数。いや、百を超える魔力反応だ。すべて人間の物だった。
「…どうした?」
カイルは不安そうな表情で、アルドリックを見つめる。アルドリックは返事を返すことなく、魔杖槍を手に取る。
「ここにいろ。」
「ま、待ってくれ。状況を説明してくれ。」
「何者かが、この禁足域に踏み込んだ。数は百を超える。人間だ。」
「それって…ヴァルディアの兵士じゃ…」
「わからん。この地を狙うのは、ヴァルディアだけではない。ここにいろ。ここは安全だ。」
百年以上、このようなことはなかった。カイル達がやってきたのが偵察だとして、誰一人として生還しなかったのだから、ヴァルディアは今度こそ諦めたと思っていた。しかし、またしても何者かが侵入した。百年続いた沈黙が、崩れようとしている。アルドリックは小さくため息をついた。
アルドリックは森の中を迷わずに進んでいく。小屋から少し離れた池の近くには、二十人ほどの兵士がテントを張っている。この禁足域は広い。恐らくいくつかの隊に分かれて行動をしているのだろう。
アルドリックは正面から、彼らの前に現れた。魔杖槍を片手に、ゆっくりと歩いてくる四つ目のモノ。警戒しないはずがなかった。兵士たちは咄嗟に剣を構える。後方では杖を構える者もいる。
「…ヴァルディアか。」
彼らの肩にはヴァルディア王国の紋章があった。他の隊も同じだろう。なぜ、ヴァルディアの王はここまでしてこの地を狙うのか。
「何者だ!」
兵士は威勢よく叫ぶ。アルドリックは立ち止まった。全員の魔力を解析する。手練れの魔法使いが二名いた。百年前でも、そう見ないほどの実力者。小隊の全滅から、ヴァルディアも手練れを派兵したのだろう。
「何の目的でこの地に来た。」
「貴様に応える義理はない!」
兵士の一人が剣を大きく振り上げ、アルドリックに向かって走る。アルドリックは素早く魔法陣を展開する。兵士の足元から木の根が伸び、兵士の体を拘束した。
「なっ…自然魔法!?」
「…無詠唱。」
後方の魔法使いが、そう呟いた。一般的には無詠唱で魔法を唱えるのは好ましくないとされている。主な理由は、出力の低下と精度の低下だ。しかし、メリットとして高速で魔法を扱うことができる。見方を変えれば熟練者の実が扱う高等技術だ。
「兵士は全員下がれ!!奴は魔法使いだ!!」
リーダーらしき魔法使いが騎士を後方に下げる。魔法使いが五名、前に出る。杖を構え、魔法陣を展開する。炎、水、風、雷、光。五つの魔法陣が描かれていく。しかし、魔法陣を展開するのがあまりにも遅い。
刹那、破壊される魔法陣。魔法使いたちの表情が変わる。自分たちが描いた魔法陣が、粉々に砕けていく。このようなことは初めてであった。詠唱を妨害されることはあっても、魔法陣自体を破壊されたことはなかった。
「魔法陣が…消えていく!?」
「違う。」
アルドリックに視線が集まる。アルドリックは、静かに呟いた。
「術式を、崩壊させた。」
魔法使いたちは口々に騒いだ。混乱している。それもそのはずだ。これはアルドリック自身が独自に編み出した魔法。根源魔法だ。魔法の根源たる魔力。アルドリックはそこに注目した。
術式崩壊。発動中の魔法陣を強制的に崩壊させる魔法。魔法陣というものは繊細だ。一本の線。緻密に並べられた文字。一つでも狂えば、全てが崩壊する。最も恐ろしく、最も簡単に魔法使いを無力化する魔法。
「あり得ん…そのような魔法はあり得ん!!」
老魔法使いが叫んだ。アルドリックは老魔法使いに視線を移す。
「…お前は本当に魔法使いか?」
「…は」
「魔法とは奇跡に近い技だ。あり得ないということ自体があり得ない。」
恐ろしさのあまり、魔法使いたちは後退する。その奥から、二人の魔法使いが現れた。赤髪の男と、水色髪の女だった。アルドリックは魔力回路を見る。先ほどから感知していた、手練れ。この二人だった。
「ハハハハハ!!面白ぇ!!あり得ないことはあり得ない、かぁ!!」
「下品な笑い方は辞めなさい、ヴォルケン。宮廷魔導士としての自覚を忘れてはいけません。」
現れたのは二人の宮廷魔導士だった。
「お前、一体なんだぁ!?」
「…アルドリック・アッシュフォード。魔法使いだ。」
「アルドリックぅ…?どっかで聞いたような…まぁいい!面倒だ!俺と勝負しろ!!」
「ほう。」
アルドリックは内心、少し期待していた。現代の魔法使いが、宮廷魔導士の実力が如何程か。百年前とどれほど進歩しているのか。そもそも、自分の魔法が通用するのか。
「いいだろう。先手は譲ろう。」
「舐めるなよ!ヴォルケン様の炎魔法を!!」
ヴォルケンと名乗る男は、魔法陣を展開していく。杖を持っていない。手袋とは違う、籠手のようなものを身に着けている。あれが、杖の代わりを果たしているのだろう。
アルドリックに疑問が浮かぶ。なぜ、遠距離が利点である魔法を、杖なしで扱おうとするのか。何か理由があるのか。術式を崩壊させるのは一瞬だ。だが、興味が湧いた。
「爆炎!!」
アルドリックに放たれる、火球。ただの火球ではない。さらに練り上げられた一撃だ。アルドリックに直撃する。魔法使いたちは歓声を上げた。
炎が弱まり、煙が晴れる。そこにあったのは、木。壁の形をした木だった。ヴォルケンは声高らかに笑った。
「ハハハッ!!流石にこれじゃやられねぇよなぁ!!安心したぜ!!」
ヴォルケンは勢いよく走る。魔法陣を足場にし、一気にアルドリックに距離を詰める。アルドリックは瞬時に魔杖槍を構える。ヴォルケンの籠手とアルドリックの魔杖槍がぶつかる。
右、左、蹴り。この男は近接格闘術にも長けている。このような宮廷魔導士を、百年前には見たことがなかった。
アルドリックは、「なるほど」と感心した。魔法使いの弱点は、近接攻撃に弱いこと。遠距離には強いが、近距離には弱い。アルドリックは杖と槍を一体化させた、魔杖槍によってこの弱点を克服した。同じように、この男は籠手と杖を一体化させることで、近接戦闘にも対応している。
「現代の魔法使い…ここまで進歩したか。」
「余裕ぶってんじゃねぇよッ!!」
籠手に炎が宿る。威力は増していく。アルドリックは一度、距離を取る。
「炎翼!!」
両腕から放たれる、美しい一撃。両側から挟むように、炎の刃がアルドリックを襲う。アルドリックは再び木の壁を生成する。
「そう来るよなぁ!!太陽槍!!」
上空から放たれる、太陽の槍。上級魔法だ。アルドリックが木の壁を生成し、逃げられないようにしてから、上空からの攻撃。考えられている。
凄まじい炎の爆発が起こった。ヴォルケンは距離を取る。魔法使いたちは再び歓声を上げた。
「ヴォルケン様がやったぞ!」
「上級魔法だ!!流石だ!!」
煙が晴れていく。その時、全員の表情が一変する。アルドリックは立っていた。傷一つなく、白いローブは全く汚れていなかった。
「…防いだ?」
水色髪の女が呟いた。アルドリックは太陽槍を、蒼海結界で防いでいた。属性は水に弱い。同級の蒼海結界で軽々と防いだのだった。
「太陽槍か。なかなか高められた魔法だった。だが、術式が粗い。乱雑にもほどがある。魔法陣の構築スピードは良い。その分、精度が落ちる。そうだ…魔法陣の第五層。そこを修正すれば、出力は二割程あがるだろう。」
「…一度見ただけで、俺の魔法を?」
ヴォルケンの笑みが消えた。先ほどの余裕はもうない。自信はあった。上級魔法。五段階ある等級の、上から二番目。上位の魔法使いが使う魔法だ。それを、目の前の怪物は軽々と防いで見せた。
「あぁ。面白いものを見せてもらった。現代の魔法使いよ。」
アルドリックは魔杖槍を掲げる。魔法陣が展開されていく。一枚、二枚、三枚、十枚、二十枚。
ヴァルディアの兵士たちは恐怖した。魔法陣は増え続ける。術式の同時展開。それ自体は珍しいことではない。だが、これほどの量は見たことがなかった。
「そんな……全部、別々の術式……!?」
水色髪の女は魔法陣を読んでいく。しかし、魔法陣を理解するよりも、増えるスピードの方が速い。
「…現代の魔法使いよ。現代の防御魔法を見せてみろ。」




