009.姉の友達
2歳になった。
走ったりするとバランスを崩すし、喋り方もたどたどしく拙い。
だが、自立していくのを感じる。常に母が付きっ切りだった時と違い、家の中なら割と自由に歩き回れるし、使用人と一緒なら庭に出るのも許される。
舌足らずでも話せば伝わるし、何より食生活が大きく進歩した。
かなり歯も生えてきて、少し柔らかい状態にした大人と同じ料理が出てくることが多い。
ステーキもどきを食べるのはまだ先になるが、肉の煮込み料理や鶏肉のシチューなど。長い間味わえなかったものを食べる時、やはり幸せを感じる。
前世では作品を完成させるのに必死で食生活が疎かになっていたが、美味しい料理というのは人生の宝だ。そう断言できる。
「アイロツィは、本当に美味しそうに食べるわよねぇ」
「ふ、よく食べるのは良いことだ。強い人間になる」
「アイロツィ、きらいな食べ物ないのすごいね!これもあげる!」
「うん。ぜんぶ、おいしい」
「こら、オネネヴ。アイロツィのお皿に移さないの」
姉のオネネヴはニコニコとした笑顔で、俺の皿にピーマンのような野菜を入れてくる。
子供の舌は苦みに敏感なようで、料理全体は美味しくてもこの野菜は好きになれない。だから移さないでほしいのだが。絶対に自分が嫌いなだけだろう、と思ったが口にはしないでおいた。
母ジレフは、オネネヴの行動を見咎めて俺の皿からオネネヴの皿にピーマンもどきを移していく。ちなみにこのピーマンもどき、ムウンナムシスパクと言う名前がついているのだが、長すぎて皆ムウンナと省略して呼ぶ。
原作者としてちゃんと覚えているし、言われてすぐわかるのだが……設定しておいてなんだけど、流石に面倒なので俺の頭の中ではピーマンもどきと呼ぶことにする。
俺の思考を覗き見る神々……読者諸君も、そっちの方がわかりやすいだろう。
そう言い訳しておくことにする。
「そういえばオネネヴ。友達は出来たか?」
「え、うん!すごく仲良い子がいるよ!」
「あらあら、それは良かったわ」
父ラカクからの質問に対するオネネヴの返答。
思わず背筋を伸ばした。オネゥケプのことだとは一言も言っていないが、無意識にそれを考えてしまう。
「ねぇおとうさま、こんどその子を連れてきて遊んでもいい?」
「うむ。オネネヴの友達とあらば、挨拶はしておかんとな。……ちなみに、男の子か?」
「?女の子だよ!すっごくかわいいの!」
「あなた……」
父よ……。
思わず、母と同じような視線を父に向けてしまった。
娘を持つ父というのは、どこの世でもこんな感じなのだろうか?
オネネヴはまだ6歳。流石にその話題は早すぎると思う。
「そ、そうか。そうだな、次の土の日にでも連れてくるがいい」
「やった!」
喜ぶオネネヴ。だが、皿に盛られたピーマンもどきへ視線を向け、少し意気消沈した。
そんな姿を見て、俺も含めて家族は微笑ましい感情を抱くのだ。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
1週間後。
この世界でも、1週間は7日だ。
光、闇、火、水、風、土、封。
天体に神を見た前世の世界とは異なり、この世界には『六神と封印された魔神』が歴史として実在する。その六神教の聖典に従って1週間を制定しているのだ。
ちなみに、固定と蓄積を司る土の神オロスが主軸になり魔神を封印した伝説から倣い、基本的に土の日は学校が休みである。
また、魔神が封印された日として封の日があり、この日は学校だけでなく仕事も休みになることが多い。
まぁ、現代日本で言う所定休日と法定休日みたいなものだ。
今日はそんな土の日で、オネネヴが友達を連れてくると話した日。結局名前を聞いていなかったが、オネネヴ曰くすっごくかわいい女の子を連れてくるとのこと。
オネゥケプはすっごくかわいいので、相手はほぼ確定しているだろう。
物語の主要キャラと話すのは緊張する。
だが、オネネヴとは異なる。俺の生死は、オネゥケプの未来に直接関与しない。
それならば、相当変なことをしない限りは大丈夫な筈だ。
父と母もどこかそわそわした様子で、庭の門の前で待っている。
迎え入れる相手は平民であるため、ラギツェヴニ司教の時の様に正装をしている訳ではない。
きっと、親として。子の友人に会うのに緊張しているのだろう。
少しして、よく整備された鉄製の門扉が静かに開いた。
まず入ってきたのは、オネネヴ。
そしてオネネヴの護衛だと思われる、エトナヴ領魔法師団の制服に身を包んだ女性。
その後ろから、おっかなびっくり、明らかに緊張した面持ちで追従する3人組。
ひとりは、俺の予想通りオネゥケプ。こうして見れば、やはり作画担当に感謝の念を伝えなければならないか。綺麗な白銀の髪に負けない、端正で可愛らしい顔立ちをしている。
もうひとりは、オネゥケプの母だろう。オネゥケプの容姿をそのまま大人にしたような、正統派の美人。彼女も一応『昏き森の妖精の末裔』という扱いにはなるのだが、その血は人間の特徴を色濃く受け継いでいるため、闇の神の眷属としての特徴は容姿以外には現出しない。
であれば最後のひとりは、オネゥケプの父か。こちらは茶髪の美男子といった風貌だ。
オネゥケプは主要人物だが、その家族は作品には登場しない。普通に生きているけど、ストーリーに関与しないというだけだ。
そのため、容姿も設定されていない名前と職業だけの人物だったが……なるほど。
この世界は、俺の設定していないことの隙間を補完するような出来事が平然と起こる。イエルの二度目の来訪もそうだし、こうしてオネネヴがオネゥケプ一家をエトナヴ家に連れてくることもそうだ。
きっとこれが、真の意味でこの世界に生きるということなのだろう。
だが、俺が設定したこともまた生きている。オネネヴが土の神オロスの祝福を受けたことも、オネゥケプがオネネヴの幼馴染として仲良くすることも……そして。
オネゥケプが、闇の神の注目を受けていることもまた、その例には漏れないのだろう。




