010.再々来訪ラギツェヴニ
オネゥケプは、貴族であるオネネヴに下心を持って近付いている訳ではない。
だが、結果として娘と仲良くしてくれているオネゥケプに、エトナヴ領が応えるのは必然であった。
これから少し先の未来に、ラカクがオネネヴの父として、オネゥケプに礼をする時がくる。
その礼こそが、六神の祝福を授ける儀式だ。
六神の祝福を受けるには、多少なりお金が掛かる。
平民の娘でしかないオネゥケプは、その礼がなければ一生をエトナヴ領都で過ごしただろう。
だが、物語は歯車の様に噛み合い、奇跡を呼び寄せる。
六神の祝福を授ける儀式を神殿で執り行う時、オネゥケプは既に闇の神の注目を受けていることが知られる。
その話が闇の司教に伝わり、闇の枢機卿からの推薦を受け、そして魔法師学園へと進んでいく……それが、オネゥケプに用意された物語の背景だ。
その筈だったのだ。
「初めまして。六神教が光の司教。イエル・ラギツェヴニと申します」
客間には、もう3度目となり見慣れてしまった顔のラギツェヴニ司教。
その隣には父、ラカク。入口の近くに立つ魔法師団の女性。
対面にはオネゥケプの両親が座っており、オネゥケプとオネネヴは現在庭で遊んでいる。
何が、どうして?意味が分からない。
ここでラギツェヴニ司教が登場してしまっては、後に六神教の神殿で祝福を受けるまでもなく、『闇の神の注目』がオネゥケプの身に宿っていることが発覚する。
これから起きる原作破壊を想像して、俺は頭が真っ白になり、その場に立ち尽くす。
「アイロツィ、オネネヴ達のところに行きましょうね」
大人の話をするから子供は出ていきましょうと、言外に伝えられる。
思考回路がショートしてしまった俺は、されるがままに庭へと出ていった。
「オネネヴ、もうむり。つかれた」
「オネゥケプ~!たいりょくなさすぎっ!もっとお外であそばなきゃだよ!」
庭に出て最初に見たのは、地面にへたり込み息を荒げるオネゥケプと、傍らに立つオネネヴの姿。ふたりの手には、布でできた棒の様なものが握られている。
模擬戦でもしていたのだろうか。そうだとしたら、オネネヴは結構大人げない部分があるかもしれない。いや、まぁ6歳だから大人ではないのだが。
「オネネヴは、ふせいでる、だけでしょ」
「だとしてもっ!」
違った。オネゥケプが攻撃して、オネネヴが防ぐだけか。
普段オネネヴが、剣術を磨くためにやっている鍛錬を遊びに転じたものだろう。
とはいえ、オネネヴは聖騎士を目指してもう2年以上鍛えている。地力が違うのだ。
……もしかして、俺がある程度大きくなったらあれに付き合わされるのでは?
嫌な予感がして、身震いがした。前世の俺は運動が得意ではなかったのだ。
と、現実逃避をしているが。ラギツェヴニ司教がどうして家に来たのだろうか。
ラギツェヴニ司教とエトナヴ領の間に、特に深い関係性があるような設定は存在しない。ラギツェヴニ司教は中央貴族の出身なので、故郷もここではなく王都だ。
何度もここに来る理由はない筈なのだ。
考えられるのは……俺。
設定の間の補完では片付けられない。オネゥケプの一連の流れは、設定で明確に書いていた。
魔力を動かしているのを見られたことが原因のバタフライエフェクトが起きている。そうとしか考えられない。
「……隙ありっ」
「わっ、と……ざんねん!」
「ええ、なにそれ、すごい」
へたり込んでいたオネゥケプが、布の剣をアイロツィに向かって投げる。
至近距離から投げられたのにも関わらず、オネネヴは身を躱し布剣を掴んだ。それも、刃の部分ではなく、きちんと柄の部分を掴んでいる。
我が姉ながら、運動神経が良すぎる。
間違いなく、騎士学園に行けばエルトセムのライバルになる。
やはり、薬師を目指してもらわなければ。
原作が壊れる。原作の流れに、どうにか戻していかないと。
「オネゥケプ!」
「……おかーさん、おはなし、おわったの?」
「終わったよ、ねぇオネゥケプ、嬉しい話があるの」
「……?なに?」
布剣を放り出して2人和気あいあいと喋っているのを眺めながら、これから起こるであろう出来事の原作改変範囲を考えていると、庭にオネゥケプの母がやってきた。
その後ろにはオネゥケプの父と、ラギツェヴニ司教。
ラギツェヴニ司教は、先ほど既にオネゥケプを見ている。
恐らく先ほどの話し合いは、オネゥケプの両親に事実を伝えるための場だろう。
「なんとね、オネゥケプには、闇の神オルクーセ様の注目が授けられているの!」
「うん?それ、すごいの?」
「え!オネゥケプ、すごいよ!英雄オルゲンとおんなじ!」
「わたし、それしらない……」
「ええー!あとで一緒によもう!」
やはり、そうであった。父ラカクがなんのために神官を呼んだのかわからないが、ラギツェヴニ司教が来た時点でこうなることは予感していた。
オネゥケプの両親は嬉しそうだ。場も祝福ムードである。
英雄オルゲンとは、この世界の昔話に出てくる英雄だ。3つの口で三重詠唱をする強力な魔族が引き起こした大災害を、単身で終息させた伝説の英雄。作中で語られることもあったが、過去の出来事なので実質的に設定資料上のことでしかない。
オネゥケプがそれを知らないのも無理はない。平民にとって、本は高価な嗜好品。これから先授業で習うことはあるかもしれないが、まだ入学してそこまで期間は経っていないのだ。
オネネヴは英雄譚が好きだ。聖騎士に憧れるだけはある。
資料にそこまで詳しく書いてはいないが、設定の隙間を補完するのであればこういった会話も自然な出来事なのだろう。
ポジティブに考えよう。いずれ起きることだったことが、少し早くなっただけ。
むしろ、神殿に行って伝えられることがこの場で伝わったことで、オネゥケプの生の反応が見られたのだ。
問題はない、はず。オネゥケプが受けられる推薦はどうあがいても魔法師学園のものになるから、オネネブと一緒に聖騎士を目指すことはない。
だから、原作の大筋は合う。オネゥケプに関しては問題ないはずだ。
真剣な瞳で、オネゥケプたちを見つめる。
そんな俺を伺うような視線にも気付かず。




