011.魔法の先生
「ねぇオネゥケプ、魔法に興味はある?」
オネゥケプの母が、目線を合わせるようにしゃがみ込んでそう話しかけた。
オネゥケプは目をパチパチと瞬かせ、ゆっくりと頷く。
「うん。おもしろそう」
「オネゥケプ!まほうをつかって戦えたらすごくかっこいいよ!」
「それは、わからないけど」
英雄に憧れるオネネヴの熱量は、オネゥケプには若干届いていないらしい。
だが、魔法には興味があると。
この世界において、魔法自体は一般的な技術である。
魔力を放出し、正しい詠唱を言葉にすることで発動する。
恐らくエトナヴ家でも、料理の工程や湯沸かしに使われているのではないかと思うのだが、2歳の我が身では厨房や作業中の風呂場に一人で突撃することもできない。
大抵常に使用人の監視があるのだ。赤ん坊だから仕方がない。
火を起こす魔法や、水を出す魔法程度であれば、平民でも初等教育の後半で習う。
ただし、私有地以外で許可なく魔法を使うと法に抵触するため、あくまで家の手伝い程度の魔法だ。それでも平民の生活を助ける魔法にはなる。
「闇の神様が注目してくれているからね、オネゥケプは魔法がすっごく上手になりやすいの」
「そうなの?」
「ええ。とても珍しく、そして貴女にとっての宝になる才能ですよ」
「そうなんだ、です」
神の注目は、神の祝福を大きく超える才能を与える。
故にエルトセムは英雄となる。
ラギツェヴニ司教が横から話しかけたのに対して、オネゥケプは歪な敬語で返答する。
とって付けたような語尾が可愛らしい。
「闇の神オルクーセ様の注目を受ける者は、魔法に対して絶大な才能を持ちます。しかしながら、逆に言えば……出来過ぎてしまう」
「……?」
「どういうことですか?」
オネゥケプは言われている内容が理解できず、首を傾げる。できすぎることの何が悪いのか、とでも言いたそうな顔だ。
オネネヴは、流石は貴族の娘なだけあり、6歳にしてはきちんとした敬語を扱えている。オネゥケプと同様、不思議そうな顔でラギツェヴニ司教を見つめる。
「魔法というのは、繊細な技術です。きちんと習う前から出来過ぎてしまうと、失敗してしまった時大変な事になってしまいますからね」
「大変なこと……」
「大丈夫よ、オネゥケプ。そうならないために、お勉強するの」
不安げな顔で母の顔を見上げるオネゥケプ。それに対して、オネゥケプの母は微笑んでその頭を撫でた。
そのタイミングで、俺とオネネヴの父ラカクと、魔法師団の制服を着た女性が庭に来る。
オネゥケプ一家はまだ慣れないのか、緊張が顔に滲み出ていた。
「ラギツェヴニ卿、もう?」
「ええ、お伝えしました」
「では、問題ないか。ルザ、頼む」
「はっ!さっきも自己紹介したけど、改めて。こんにちは、魔法師団の団員で、ルザって言います」
「こんにちは!」
「こんにちは」
ラカクにルザと呼ばれた女性は、オネネヴとオネゥケプに対して頭を下げる。ふたりもそれに追従して頭を下げた。
ルザ……俺は、彼女について何も知らない。『平民騎士の英雄譚』には登場しない人物だ。
「ラギツェヴニ司教はお忙しい身分の方だから、私がオネゥケプちゃんに魔法を教えてあげることになったの」
「……まほうの、先生?」
「そう、魔法の先生」
魔法教育制度。
魔法を独学で扱って、事故を起こすような人が出ないようにするため設けられている。
先も思案したが、初等教育内で魔法についての座学と法律、そして実習を通して、その危険性と有用性を学んでいく。
オネネヴも、これから先初等学院で魔法の使い方を学んでいくことだろう。
だが、オネゥケプのように『闇の神の注目』を受けている者は、その教程を繰り上げて魔法を学ぶ。
ラギツェヴニ司教が言ったように、『闇の神の注目』を受けた者は非常に優れた魔法の才能を持ってしまうため、身の回りの人間が魔法を使った際に、感覚で真似して魔法を発動させてしまう危険性があるのだ。
それも、詠唱を用いずに。
故に、オネゥケプがここで魔法教育を受けること自体、不自然なことではない。
ただ、俺が書いた原作設定において、オネゥケプは診断をした神官に魔法を教えてもらうようになっていたのだが……ラギツェヴニ司教がここに居ることもそうだし、小さな改変が積み重なっている。
物語の根幹を揺るがすような大きな改変ではないのだが、どうしても後味の悪さは残ってしまうし、動悸がする。原作改変に対する拒否反応とでも言うのか。
俺が生きる覚悟をした時点で、飲み込まなければならない問題でもある。
「あれ、アイロツィも魔法が気になるの?」
オネネヴに言われてふと前を見ると、知らないうちにオネネヴとオネゥケプの近くまで来ていることに気付いた。
無意識のうちに近付いていた。やはり赤子の身体は制御が効かない。
うむ、赤ちゃんだから仕方ないのだ。オネネヴの質問にはコクリと首肯しておいた。
2組の両親とラギツェヴニ司教は、知らないうちに東屋へ移動しており、こちらを眺めている。
「ん-、まぁ今日は危ないこともしないから、大丈夫だよ、近くで見てても」
「だって、よかったね!」
「うん、たのしみ」
ラギツェヴニ司教がオネネヴに祝福を授けた時も、魔法を近くで見ることができている。
ただまぁ、1回見ただけで満足できる訳もないので、機会があるなら見ておきたい。俺自身が魔法を使っても不自然じゃなくなるのは、初等学院に入学して魔法を習ってから。
それまでは、他人の魔法を見て満足するしかないのだ。
「オネネヴちゃんは、祝福の儀で魔法を見たよね?」
「んー、でも、目をつむってたよ?」
「あ、そういえばそうだ。それじゃあ、ふたりとも魔法を見るのは初めてってことになるかな」
「うん。みたことない」
「たのしみ!」
ルザは、自分が祝福を受けた時のことを思い出したかのように納得していた。
魔法師になっているということは、六神の祝福を受けたことがあるのだろう。あの儀式は俯いて目を瞑っている状態で行うので、第三者じゃないと見ることができないのだ。
「では、実際に簡単な魔法を使ってみようか。よく見ていてね」
そう言って、ルザは手の平をこちらに向けた。




