007.神の祝福、神の注目
俺が1歳と3か月になる頃、姉のオネネヴは6歳の誕生日を迎えた。
この世界において、6歳はひとつの節目だ。
6歳になった次の年越し後に、その子供は初等教育を受けるために教育機関へと通うことになる。
辺境の村に住んでいる人はその限りではないが、各町に学校は存在する。それに、初等教育は無料で受けられる。大半の平民は問題なく教育を受けられるだろう。
オネネヴもこれから半年経てば初等学院に通い始めるが、貴族にとって6歳の節目とはそれだけではない。
「オネネヴ、準備はできているか」
「うんっ、じゃなくて、はいっ!」
「ふふ、いい子ね」
母の腕に抱かれた俺の近くで、正装に身を包んだ家族が談笑している。
俺が生後半年で魔力の診断を受けたように、貴族の子は6歳の誕生日に神の祝福を受けるのが習わしだ。
俺の時と同様、領都の神殿に居る神官を招くのだろう。イエル・ラギツェヴニ司教は各地を巡っている神官なので、そう何度も来るはずがない。
俺が名も知らない普通の神官が来て、祝福を授ける儀式を行う。そのために正装して、オネネヴは口調を丁寧にしようと努めているのだ。
だが、そんな俺の楽観思考は即座に打ち砕かれることとなる。
「エトナヴ領主殿、本日もお招きいただいてありがとうございます」
「ラギツェヴニ卿。ようこそお越しくださいました」
「ようこそおこしくださいました!」
ラギツェヴニ卿……イエル・ラギツェヴニ司教?
母の方に向けられて抱っこされていたのですぐに気付けなかった。
マズい。
そう思った時には、大抵既に手遅れである。
魔力を動かすのが習慣になっていた俺は、今この瞬間も観測されることはないだろうと考えて無意識下で魔力を動かせるように練習していた。
母に抱っこされている時や、昼寝の時間が丁度良いからだ。
油断した。
この広い国に2人しかいない、見るだけで他者の魔力を読める人間。
どうしてこのタイミングで来てしまうのか。
「いやまさか、ラギツェヴニ卿に我が子らを何度も見て頂けるとは。光栄です」
「……ええ。私も同じ貴族家にそう何度も来たりはしませんが……どうやら、運命のようですね」
ラギツェヴニ司教は、どうにも含みのありそうな間と言葉で返事をした。
オネネヴを見て、そんな反応を?
いや……違う。
間違いなく、俺だ。
魔法を使っていないのに、自力で魔力を動かしている赤ん坊。
そして、それを一目で気付ける光の司教。そりゃあ、運命だとか言うはずだ。
頭を掻き毟りたくなるほどの後悔。だが、絶望とまでは行かない。
イエル・ラギツェヴニ司教は公明正大なワーカーホリックだ。神官という職業柄、常に人の魔力を観測している。だが、そこで得た情報を第三者に広めることはない。
となれば、魔力を動かせる者として有名になることもない。筈だ。
希望的観測に過ぎない。第三者には漏らさなくても、父でありエトナヴ領主であるラカク・エトナヴには間違いなく伝えるはずだ。
だけど、今はそう信じるしかできない。
まだ……まだ、計画を打ち切る程ではない。
魔櫃病はこの世界において原因不明。魔力を動かせるから魔力の病気にはならないと、そう言えるだけの判断材料は存在しない。
故に、俺の方針である魔力操作による魔櫃病の再現は変わらない。
「それでは、六神祝福の儀を始めます。よろしいですか?」
「はい!おねがいします!」
「ふふ、では、こちらに」
ラギツェヴニ司教は、俺の魔力操作に関して特に何も言わず、祝福を授ける儀式を始める。
作中で誰かが儀式を受ける描写をしたことはなかった。設定資料にしか存在せず、世に出なかった儀式の内容。
先ほどの後悔なんて、一瞬でどこかに消えてしまうほどに興味があった。
母の腕に抱かれながら、極力姉、オネネヴとラギツェヴニ司教の方を向く。幸い、母はそれに気付き俺が見やすいように体の向きを調整してくれた。
ラギツェヴニ司教は、片膝をついたオネネヴに右手を翳す。
翳した右手の先に、薄っすらと靄が現れる。その靄はすぐに凝縮し、正六面体を形成した。
魔法だ。魔法を使う時の、魔力が固体となって目に見える現象。
生まれて初めて見たその光景に、少なからず俺の心は躍る。
「『ynéf tígalivgem』」
正六面体は、光の粒子を帯びる。
「『degét dlágem jab züle』」
正六面体に集う光の粒子は密度を増し、眩いまでの光を放つ。
「『netsi degét terezs』」
光の粒子は集いを離れ、やがてオネネヴの周囲にも漂い始める。
「『Rafuriado tál』!」
最後にラギツェヴニ司教が力を込めて言葉を放つと、光の粒子の全ては一気にオネネヴの体内へと吸い込まれていった。
これが、六神の祝福を授ける儀式……。
その神秘的な光景に、思わず言葉を失った。
魔法が発動するプロセスは、俺の記憶にあるアニメのままだった。
魔力を体外に引き出し、体外の魔力と反応させることで魔力が固体化する。
その状態で固体の形を整えるイメージをし、詠唱する。それが、この世界における一般的な魔法の使い方。
魔力を引き出すこと自体は、魔力の操作が出来なくても容易に行えることだ。人は皮膚を切れば血が出る。それと同じようなイメージで魔力を外に出すことが出来る。
ラギツェヴニ司教が魔力を確認する時のように、詠唱せずとも魔法は使うことができる。が、その場合強固なイメージが必要になるし、魔法が暴発する危険性もあるため、詠唱が一般的なのだ。
俺も、詠唱さえできればすぐにでも魔法は使えるだろう。
赤ちゃんが魔法を使ったら不気味だからやらないし、そもそも舌足らず過ぎて詠唱出来る気がしない。
「……おめでとうございます。土の神オロス様が、あなたに祝福を与えました」
「おお……!」
「よかったわね、オネネヴ」
「ほぇ?もうおわったの?」
六神祝福の儀は無事終了した。
オネネヴの反応も最もである。儀式という割には、あまりにも短い。
それはそれだけラギツェヴニ司教が優秀であるということなのだが、オネネヴが知る由もないだろう。
「オネネヴ。土の神オロス様の祝福は、聖騎士に向いている。よかったな」
「えぇ、土の神は固定と蓄積を司ります。その体に宿る経験は、あなたの成長を確かなものにするでしょう」
「ほんと、うれしい!アイロツィ、わたし、聖騎士さまになれちゃうかも!」
無邪気に俺を撫でてくるオネネヴ。
彼女は、聖騎士としても大成できる器なのだろう。
そんな彼女に薬師を目指させるのが、本当に正しいことなのか。
俺には、まだ判断が付かなかった。
――――――(父・ラカク視点)
「ここまでで。ありがとうございました……ラカク殿。本日は娘様の祝福授与、おめでとうございます」
「ふ、殿などと。ここには二人しかおらんぞ」
「……まぁ、職務中でもないか。なぁ、ラカク。お前、息子に違和感を感じていないか?」
日も沈み、暗がりの中。
護衛も兼ねて領都の神殿までイエルを送った。
未だに畏まって話しかけてくるイエルの様子がおかしくて、つい吹き出してしまう。
「……まぁ、感じていないと言えば嘘になる。あいつは時折、全てを見透かすような聡い目をしているのだ」
「……私が言った違和感はそこではないが、そうか。お前も感じるところはあったか」
「そことは、どういう……」
勿体ぶった様子で言葉を紡ぐイエルに焦れて会話を急かそうとする俺を手で制し、イエルは右手の人差し指を天に向けた。
次の瞬間、周囲の闇が一層深くなる。
「……相変わらず化け物の様な魔法行使速度だな。神官にしておくのが勿体ない」
「このお陰で次期枢機卿だがな。……闇だ。これで聞き耳の心配はしなくていい」
「……?聞かれたらマズいようなことか?」
「ああ。ラカク、お前の息子だがな」
真っすぐとこちらを見つめるイエル。
続く言葉を待ち、思わず生唾を飲み込む。
「恐らく、魔神の注目を受けている」




