006.1歳の成長
生後1年が経過した。
魔力操作の鍛錬も継続しており、今では意識すればスムーズに魔力を動かすことができる。
これから当面の目標は、動かすという意識をしなくても動くように出来ることだ。
今の俺は、例えるならば文字を入力するのにローマ字を意識し、キーボードを見ている状態だ。
頭の中で浮かべた文章を、タッチタイピングでローマ字を意識せず自然に出力する。その域まで達すれば、魔力の操作自体はマスターしたと言ってもいい。
とはいえ、意識して動かせるだけであっても、既にこの世界では異質の存在である。
現状この世界では、自分の意思で体内の魔力を操作する技術が存在しない。
バレてしまえばそれだけでメイン級の人物になってしまう。
他人の体内の魔力を確認する魔法は存在する。イエル・ラギツェヴニ司教が使っていたものだ。六神教の神官は教典に伝わる光の魔法で以って、他人の魔力を確認して魔力起因の病を診断することが出来る。
しかし、詠唱もせずノータイムで確認できるのはイエル司教か光の枢機卿くらいなものだろう。
光の枢機卿は王都から出ないし、イエル司教も各地を巡る神官。そう出会うことはないはず。
彼らでなければ、一目で魔力を動かしていることはバレない。
だからこそ俺は、安心して魔力操作の鍛錬をしているのだ。
「アイロツィ、夜ご飯の時間だって!」
「ご、はん」
「……アイロツィ、お、ね、え、ちゃ、ん」
「おね、ちゃ」
無事1歳を迎えた俺は、たどたどしくも喋るようになった。前歯も生えてきたし、何より乳離れしたのだ。今では基本的に食事で栄養を摂るようになった。
母ジレフは、「オネネヴはもっとぐずったのにねぇ」などと不思議そうにしていた。本当ならもっと早い段階で食事に移行したかったが、赤子の肉体とは不便なものである。
もっとはっきり喋りたい気持ちはあるが、発声器官が未発達で上手く発音できない。まぁ、1歳の子が流暢に喋っていたら不気味以外の何物でもないから、ゆっくり喋れるようになっていこう。
オネネヴは俺を抱き上げる。何かに掴まっていれば歩けるのだが、まだまだ肉体も不完全。とはいえ6歳になってないくらいの姉が抱っこするには若干重いと思うのだが、鍛えているオネネヴは気にも留めず俺を持ち上げた。
オネネヴは俺におねえちゃん呼びをさせたいらしい。隙があれば俺に刷り込みをしようとしてくる。そんな姿もまた、実に微笑ましい。
この笑顔を守るために、俺は生き残る決断をしたのだ。
さて、幾ら食事から栄養を摂るようになったと言っても、赤子の食事。味の濃い物ではない。
歯茎で潰せる程度まで柔らかくしたパンや穀物、豆類が主だ。
皆がステーキを食べているのを見ながら、俺はドロドロの食事を食べる。
食事している時が一番肉体の成長を願っているかもしれない。
ラーメンが食べたい。あ、寿司も食べたい。けど、この世界には寿司もなければ醤油もない。
世界観を徹底して創り上げた結果、食文化も細かく設定されている俺の作品において、俺が食べたいと思うものはあまり出てこないのだ。ステーキならある。固有名詞はステーキじゃないが、牛肉の厚切りを焼いた料理だ。実質ステーキ。良い匂いがする。
しかし口に入ってくるのは希薄な味付けの食事。
そして体の制御が上手く行かず、俺のために用意されている小さな机の上はグッチャグチャになる。
それらを乗り越えて全て食べ終わった後、俺の目の前に置かれた小さな器。
前世で言うリンゴのような果物を煮たであろう、ドロドロとした食べ物。食後のデザートとして出されるこの料理のおかげで、俺はまだ気持ちを落ち着かせていられるのだ。
とにかく甘い。ちょっと酸味を感じる時もあるけど、甘みが非常に強い。前世でも甘い物はそこそこ好きだったが、この体になってから非常に強く甘みを感じる。
主食の味が薄いから尚更甘みを感じやすいのか、それとも赤ちゃんの舌が特別なのか。どっちでもいい。
デザートをガツガツと食い散らかして、満足そうにゲップをした後、家族の微笑ましそうな視線に気が付いた。少し気恥ずかしくなる。
「アイロツィは煮アカムが好きなのね」
「随分と食べるのが早い」
「口のまわりにいっぱいついてる!ふきふきしようね!」
アカム、リンゴみたいな果物のことだ。
オネネヴは俺の口に布巾を当て、汚れをグニグニと拭きとる。優しい手つきであった。
前世では歳の近い妹しかいなかったので、こんな風に兄妹でお世話したことも、お世話された記憶もない。とても感慨深い何かを感じる。
もう前世に未練はない。俺は、アイロツィとしてこの世界で生きると決めた。
そして、そのうえで原作を極力守る。この方針がブレることはありえない。
「アイロツィ、なんだかむずかしそうな顔してる。いたかった?」
どうやら俺の内心が顔に出ていたらしく、オネネヴが心配そうに俺の顔を覗き込む。
これ以上心配さえないように、問題ないと伝えよう。
「おーあい、あいっ」
「だいじょうぶならよかった!」
「ふふっ、なんだかちゃんと会話できているみたいね」
「アイロツィはどうにも聡い所がある。案外、全部伝わっているかもしれん」
「まぁ、あなた。まだ1歳ですよ?」
「うむ……」
父、大正解。少なくとも、今の会話は理解できている。
けど、やっぱり少し違和感があるのだろう。子供らしくなかったかもしれない。
何が原作破壊につながるかわからないのだから、もっと自重して子供らしくしなければ。
今度は努めて笑顔を作りながら、心にそう誓った。




