025.狂気的な叡智
「一般には、体内魔力はその名称通り体内に存在するとされています。血液にも含まれており、他人の血液を体内に注入すると魔力同士の拒絶反応によって最悪死亡する……というのが神官たちの俗説ですね」
「……聞いたことはある」
血液型の違う人の血を輸血できないというのは有名だが、この世界においては『他人の血は異なる魔力が籠っているから体内に入れてはいけない』という説が広まっている。
「実際、魔法師の肉体を生きたまま一部切断すると、その断面から出血と共に魔力固体が一瞬形成され、すぐに霧散すると現象が見られます」
「……」
ラカクは顔を顰めつつも、話を遮らず居直る。
子供に聞かせるような話ではないと感じたのだろう。
「私自身も、大けがをしたときに出血と共に魔力固体が形成されるのを見ました。その様を見ながら、私はひとつの仮説を思いつきました」
ルザは一息吐き、言葉を続ける。
「そのような現象が起きるのは、『人体に穴が開いていると認識しているから』ではないのかと」
「……成程」
「はい。魔法の使い方はラカクさんも当然ご存じだとは思いますが、体に魔力が出てくる穴が開いている想像をして体内魔力を放出、外魔力に触れさせて魔力固体を形成し、魔法を使う意思を込める……という流れです」
「その穴が開いている想像が現実となり、魔力が出てくることを連想してしまっている……と」
「その通りです。流石ラカクさん、話が早くて助かります」
体に穴が開くイメージをして魔法を使っていたが、本当に体に穴が開いてしまった時に、染みついたイメージが『魔力が出る穴』として認識してしまってる。
鋭い考察だ。
「そこで私、出血しながらも『そこは魔力が通る場所ではない』と認識するようにしたんです。そしたらなんとですね、魔力固体の形成が止まったんですよ。出血は止まっていないのに」
「……」
「故に体内魔力は本来、肉体の影響を受けず、当人の意思によってその所在が定められているのではないか、と考えたわけです。血液には魔力が含まれていないのではと」
血が垂れ流しになる程の大けがを負っているのに、考えているのは魔力の事。よく今まで死ななかったなこの人。
そしてその仮説は、この世界で誰よりも真理に近付いている。
ルザと一瞬目が合う。どこか満足そうな顔をした。
俺の様子を見て答え合わせでもしているのだろうか。
「それが、どう魔櫃病の治療薬に結びつく?」
「まぁそう結論を急がないでください。こういうのは順番が大事なんです」
「……」
ラカクは焦っている。いち早くその薬が魔櫃病を治すという確証を経て、オネネヴを治したいのだろう。
ルザはそれを軽く制した。魔晶を1日は漬けないといけない関係上、焦っても仕方がないことを知っているのだ。
「次に、魔法陣についてのお話をします。円環状に詠唱を書き、魔力固体を触れさせることで詠唱をせずに魔法を使うことができます。ここまでは常識ですね」
「ああ」
「実際に魔法陣を起動するために、魔力固体である必要がないことは知っていますか?」
「何?」
「実は魔法陣は、魔力固体に含まれる体内魔力と反応して起動していることが分かっています。触れたまま直接体内魔力を魔法陣に向けて放出するという訳ですね。これは、魔法陣の技術者さんの間では有名な話です」
これは別に秘匿された技術でも先鋭的なアイデアでもない。ルザが知っているのは当然のように思えた。
「それについても私、考えたんです。魔法陣の起動に魔力固体が必要ないのであれば、何故魔力固体もなしに魔法が発動しているのか」
「……魔法陣が、魔力固体の役目を担っている?」
「惜しいです。本当に惜しい」
首を横に振る。
人によっては苛立ちを覚えそうな所作であった。
それは焦っているラカクにも当てはまるようで、小さく舌打ちが聞こえる。が、ルザは聞こえないフリを選んだようだ。
「私が考えたのは、魔法陣に書かれた詠唱文が『意思』を表し、そして魔法陣そのものは『体内魔力と同質の魔力』を放出し……外魔力と反応。魔力固体を極めて短時間発生させ、詠唱文に込められた意思を魔法として発現しているという仮説です」
またもこちらを見て、満足そうに微笑むルザ。やはり答え合わせに使われている。
当の俺は、ここまで辿り着いているその叡智に驚きを隠せなかった。
ルザの仮説は全て俺が設定したものと同一であり……未来でも発見されない筈の理論であった。
「この仮説を基にすれば、魔法陣には体内魔力と同質の魔力を放出する構造が必要です。考えられるのは、『円環』という構造、もしくは『魔晶』という素材のどちらかです。ご存じの通り、魔法陣は円環で書かねばならず、かつ魔晶を溶かしてできる材料を用いているからですね」
突如として、ルザの目の前に黒い立体円環が出現する。
無詠唱の魔法だろうが……属性がわからない。土?いや、闇……?
困惑する俺とラカクを尻目に、ルザは尚も話を続けた。
「まず『円環』という構造ですが、これは単純に魔法の『始点』を可視化するためのものだと思っています。証拠に、魔法陣を起動した際は必ず魔法陣の中央から魔法が発動しますから。聖典にも魔法陣は神が与えた技術と記載がありますし、恐らく間違いないです」
円環の中央に、別の黒い物体を出現させ前方へと伸ばす。
連続で無詠唱魔法を扱うルザのその技量は、何度見ても凄まじい。
「それなら、素材である魔晶にその構造があるのでは、と考えました。これまで、魔晶を溶かして魔法陣にすると何故魔法が発動するのか、その原理は不明のままでした。しかし『詠唱』が『意思』、『魔晶』が『体内魔力の放出』を担っていると考えると……魔法陣での魔法発動に、筋が通るんですよね」
ここまで真面目に聞いて初めて、ルザが昼間の会話を自説として語っていることに気付いた。
ルザが魔晶の正確な特性に気付いたのは、昼に俺と話していたから。
だが、その前提知識となる魔法陣についての仮説は完全に正しい。
ルザの研究がほぼ真実に到達していて、俺の話が決め手となったのか。
それとも、たった半日でここまで理論を結び付けたのか。
どちらであったとしても……その叡智の深奥は、筆舌に尽くし難い。
「更に言えば、この仮説は魔晶を体内に取り込んで死亡する原因にも繋がります」
「……」
「体内魔力は意思によって所在を確定する私の仮説が正しければ、人間は『自分の肉体の内部に体内魔力が宿っている』と考えている訳で。そんな折に魔晶を体内に取り込んだら、『取り込んだ魔晶は体内魔力に触れている』と認識しますよね。すると、自分の体内で魔晶は『体内魔力と同質の魔力』を放出する。しかしそれは自分のものではない魔力。血液を移すことで死亡する理由が魔力に無さそうなのでどうでもいいですが、体内魔力の拒絶反応は存在し、許容量を超えれば死亡するのではないかと思っています」
どんどんと早口になるルザ。その様は、いかにも研究オタクであった。
ひとつ訂正したいのは、『魔力の拒絶反応』は存在しないということ。魔晶を取り込んで死亡するのは、『意思が介在しない体内魔力と同質の魔力』が体内に入って来ることによる意思の消失だ。
俺の様に卓越した魔力操作を用いて眠る他者に体内魔力を侵食させても、拒絶反応によって死亡することはない。ただ、『意思』を流し込まれ思考や記憶が改竄されるだけだ。
口には出さないが。
ここまで考えて、俺も相手の意見を訂正したがっている時点で、ルザのことをオタクだなんだと言えないことに気付く。
ルザは俺の顔色を窺い、僅かに眉を顰める。
俺の態度で正解ではないと気付いたのだろう。
ラカクは真剣な表情でルザの話を聞いている。真っすぐな瞳で、黙って聞いている。
「……ラカクさん、全く興味なさそうですね」
「ああ。早く魔櫃病の薬の話にならないかと思っている」
「待ってくださいね。もう少しだけ説明しますから」
「……そうか」
ラカクは真剣な顔をしながらもルザの説明を聞き流していた。
相変わらず他人の感情の機微に聡い。その上で、ラカクの意向を無視している。
恐らく、ラカクへの説明を主としていないのだろう。そうでなければ逐一俺の反応を確認しない筈だ。
「ここまでの仮説を合わせると……魔晶は、人間の体内魔力に直接干渉できる物質であるということになります」
「……だが、魔晶は毒だ」
「そのまま取り込んだら、そうですね。体内に残っている間魔力を放出し続けますから。では、極めて短時間魔力を放出するだけならどうなると思いますか?」
「……体内魔力が微量増加する?」
「そうです。許容量内での体内魔力の増加。私は、そこに魔櫃病治療への活路があると見出しました」
「そうか、短時間だけ魔晶を口に含めば……」
ああ、ルザに話していなかった部分を、ラカクが言ってしまった。
魔晶を極めて短時間口に含んで吐き出す方法でも、魔櫃病は治療できる。
だが、口に含んだ瞬間から意識の混濁が始まる。飲み込んでしまう可能性が高いのだ。
あまりにも危険である為、絶対にしてはならない。そのことを、ルザに伝えていないが……。
「ダメですね」
ルザは、俺の期待通りに答えてくれた。
続けて話す。
「体内魔力と意思が密接に関わっている以上、増加した体内魔力で意識が喪失する可能性も考慮しなくてはなりません。極力、被験者……もとい、治療対象が何かをする工程を省かないと」
「なら、どうすれば……」
「そこで私が導き出したのが、こちらです」
ルザは、透明な液体が入った密封容器を取り出した。
そして彼女は、尚も俺を驚かせる。
「お酒から酒精のみを抽出した水……私はこれを、『酒精核水』と呼んでいます」
ストックが切れたので更新が遅くなるかもしれません




